第21話 素敵な贈り物
「"贈り物作戦"で行きましょう」
廊下を進む市長。彼に続く教授が告げたのがそれだった。
「常ならば数列交換から始めるところですが、相手がせっかくこちらに乗り込んでいるのです」
宇宙でもっとも普遍的な言語は数学である。こればかりは宇宙のどこに行っても同じだから、未知の種族であろうとも通じる。今までに幾度も通用した実績もあった。
だが今回の教授の案は異なるようだった。相手(生物学的に女性性である)が手の届く場所にいるのだから、喜びそうな品物を渡して見るのはどうかと提案したのである。一般的にこのような時、プレゼントされるのは化学的に安定した稀少元素類の他、工芸品、芸術品、食料品、辞書などなど。こちらの価値観を伝える役に立つし、相手がどのような品物に興味を持つか。あるいは受け取りを拒否するか、反応を見て、相手の人なりを判断することもできる。
「ふむ。
彼女。そう呼ぶが、彼女の生命構造は判明しているのだな?」
「はい。スキャン済みです。とはいえ脳内の情報の翻訳は手こずりそうですが」
「それは後でいい。それより、生物汚染の危険性は?」
「ありません」
教授は即答。件の異星人は、完全に滅菌された状態だったことが確認されている。生化学的危険はない。
市長はしばし考え込み、これはたとえ話なのだが、と前置きしてから意見を述べた。
「金属生命体に襲われ、乗機が半壊し、命からがら安全な場所にたどり着いたとする。君ならまず何がほしいかね」
「食料。それと水分ですな」
「よし。食料と飲料水。まずはこれだ。ほかには?」
「適切な住環境が必要です。彼女の身体構造からの推察ですが、清潔な環境を用意すれば喜ぶでしょう。その維持に必要な、排泄物処理の為の設備も必要かと」
「ふむ。」
「それと、我々についての情報。未知は不安を呼ぶというのは多くの種族に共通の習性です」
ふたりはこの後も意見を交換しあい、機械知性や部下たちの補助を受けていかなる接触を行うか。それを決定した。
◇
そこは、宇宙だった。
「――――!?」
思わず息を飲む遥。星々の光が瞬く漆黒の空間。宇宙背景放射と希薄な水素原子を除けば虚無に満たされた世界はしかし、見せかけなのが明白であった。何故ならば息ができるからである。
周囲を見回し、背後に強い光を見とがめた遥は振り返った。
とてつもなく巨大な、燃え盛る球体。縮尺が分からないが、恒星であろう。
「…………太陽?」
それがただの太陽ではない。ということはすぐに分かった。
周囲を周回している球体。恐らく惑星を表すのであろうそれらの公転軌道に対して、恒星の直系はとてつもなく大きかったから。
終末期の太陽。赤色巨星に違いない。
そこまでを認めた段階で、恒星は急激に膨らみ始めた。いや。遥の視点が移動し、そして赤色巨星の中へと突入していったのである。
たちまちのうちにプラズマの奥へと運ばれた視界。そこに浮かんでいたのは。
「――――今度は、クジラ、だと?」
それは巨大な機械であった。周囲をぐるり、と回転し、そいつの全貌を見て取ったところで今度は、クジラが巨大化を始める。いや、 本来のスケールで表示しようとしているのだろうか?
たちまちのうちに山脈か、と思うようなサイズにまで膨れ上がり、それは遥の視界を越えた。
眼前にそそり立つ、機械仕掛けの壁。
かと思えば、それは急激に接近。
「!?」
ぶつかる、と思った瞬間には、遥はそいつの中へと入り込んでいた。凄まじい速度で機械の合間を潜り抜け、通路を抜けて行った先。
そこは、広大な空間であった。
円筒形。一体どれほどのサイズがあるのだろうか。空中から見下ろせるその場所は、一言でいえば都市。
内側にへばりつくように生えている多数の建物は人間とは明らかに異なる美的感覚でデザインされた、されど明らかな居住空間。上へ上へと伸びているその構造から、遥はこの都市が、一方向に荷重がかかることを前提にデザインされていることを悟った。
そして、よく目を凝らしてみれば、それら建物の合間を行き交う住人たちの姿。
丸い、まるで毛玉のような姿のひとびとの生活がそこにはあった。
一通り観察したのを待っていたかのように、また視点移動が始まる。
凄まじい速度で通路を抜けて行った先。
驚くほど広大な空間。見覚えのある場所。
遥が最初に降り立った、格納庫だった。
周囲を見回す。
背後には、箱型の構造物。先ほどまで己が閉じ込められていたスペースとそっくり同じくらいのサイズである。
さらに見回せば、整然と並んでいる巨大な羊たち。ハンガーに固定された、碧の金属塊。
そして、床。そこに設けられた小さな丸テーブルと、それを覆う日よけのパラソル――――のようなもの。敷物。
その隣に立っている。丸い毛玉のような生物が、一礼する。
遥は、今の体験が彼らの自己紹介であることを悟っていた。
毛玉が、手本を示すように歩き、敷物へと腰かける。
遥もそれに倣うべく、前へと進む。
お茶会が始まった。




