第20話 ファースト・コンタクト
「で?あれは結局、何なのかね」
広大な、しかし狭苦しい部屋だった。
無重量空間。多数の制御卓が立ち並び、オペレータたち(もちろんもふもふである)が忙しく働く場所の一角で、市長は白衣の人物へ。眼前の異形へと問いかけた。
一言で言い表せば、彼は巨大な昆虫である。黄色い複眼を幾つも持ち、触覚が頭部から伸び、そして黒い甲殻と節足を幾つも持つ人種だった。
白衣を着た彼は街の住民から教授、と呼ばれていた。本名は別にあるが、もふもふたちには発音できない。
教授は答えた。
「上部から伸びている物体は、突撃型指揮個体、それもごく初期型の攻撃肢ですな。完全に死んでいました。本体はあれに串刺しにされたようです。表面が溶融していますが、こちらは量子機械が活性状態にある事は突き止めました。
情報的に強固な防壁が築かれ、侵入には苦労しておりますが」
二人の前に表示されている画像。そこに写っていたのは、突起が生えた碧色の巨大な金属塊である。ほんの数時間前、運び込まれたものである。
彼らが問題としているこの物体。現在第十三格納庫に収められているそれは、都市の廃棄熱を捨てに行った子供たちによって発見されたのだった。
「ふむ。
つまりそれに貫かれている本体は、どこかの種族の兵器の残骸だ、ということか」
「それはまだなんとも。とはいえその公算は大きいでしょう。ただ、奇妙なのは、量子機械のパターンが金属生命体群のものに酷似している、ということですが」
「まさか奴らが同士討ちを?馬鹿な。それこそありえんだろう。
あれじゃないかね。収斂進化というやつだ。
銀河じゅう見渡しても、どの種族の兵器も大体同じような進化をたどっているのは明らかだろう?」
「その可能性はありますな。あるいは、あれを建造した種族が参考にしたのが当の金属生命体群自体という事も考えられます。実際、我々もそうでした」
「うむ。
…………とまれ、今後は気を付けてくれ給えよ、教授。もしあれに悪意があれば、我々は皆死にかねない。量子機械が生きている、ということは、何だって作れるのだからな。ミートパイだろうが核融合爆弾だろうが危険なナノスウォームだろうが」
「その点は大丈夫でしょう。機械生命体四体を監視に付けております。万が一あれが自爆しても、この居留区に致命的な損害を与える以前に時空の彼方へ放逐してくれるはずです」
「それでも、だ」
「…………了解致しました」
両者の合意が成った時。まさしくその瞬間を待っていたかのように、警報が鳴り響いた。
「――――!総員警戒態勢!何が起きている!!」
戦闘艦に乗っていた時の勢いで市長は叫んだ。すぐさまオペレーターが報告を上げてくる。
「物体が活性化しました。中性微子検出。元素転換を実行したようです」
「なんだと?何が合成された!」
「――――これは。なんというか」
市長らの前に先ほどから表示されていた映像。それに映し出されていたのは、奇妙な生物の姿だった。
甲殻も、もふもふな体毛も持たないひょろひょろの体。頭から長い毛を伸ばしているが、あの貧弱な外皮でどうやって身を守るのだろうか?四肢は細長く、俊敏そうに見える。胸部には二つの膨らみがあり、頭部には二つの目と、口。呼吸器系らしい穴もあいている。
頭部は体格の割に大きい。きっと脳も巨大だろう。
形状からして恐らく、重力下で進化した直立二足歩行型生命に違いない。
「どこから出てきた?」
「物体からです。どうも再構築されたようですな。乗員かもしれません」
市長の疑問に答えたのは、手元の端末を操作した教授。
画像の中の生物は、くるくると回転しながらも物体。すなわち碧の金属塊へと手を伸ばそうとしているように見える。
そいつはやがて、近くに待機していた機械生命体の頭部へぽふん、とぶつかると姿勢を整えた。恐らく、今飛んできた軌道を逆戻りするつもりなのだろう。
この段階で、機械生命体が動き出す。口を大きく開け、ぱくりと生物を捕獲したのである。
一部始終を眺めていた市長は、傍らの教授へと告げた。
「――――どうやらあれを作ったのは、未知の恒星間種族、という事で間違いないな」
「そのようです。丁重にもてなさなくては」
「うむ」
教授の言葉に同意の言葉を返し、市長は部屋の外へ向かった。これから忙しくなる。何しろ知らない恒星間種族と接触するのだ。種族の代表として恥ずかしくない威信を見せねば。
◇
――――どこなんだ、ここは。
遥は、周囲を見渡しながら思った。
そこは狭い部屋である。四方を柔らかい素材で覆われた鈍色の空間。どういう理屈か、壁は光を発している。それも全方位より来るために落ち着かない。窓はなく、外の様子はうかがえなかった。出入り口らしきものもない。見えないだけかもしれないが。
あの巨大羊に喰われた後。気がつくと遥は、ここにいたのだった。既に数時間、こうして放置されている。いい加減喉が渇いたし、尿意も催してきた。
相変わらず無重力で、髪の毛が広がるのに悪戦苦闘した遥はとりあえず、髪の毛をまとめた。髪をアップにしたのである。
気温は良好。このまま寝ても風邪をひく心配はないだろう。不幸中の幸いだった。
少なくとも、わざわざ閉じ込めたからにはこちらを殺す気はないはずだった。そう願いたい。まさか実験サンプルではあるまいな、後で改めてベッドに括り付けられて手術されるかも、などという妄想を振り払う。
それにしても。
鶫は「後で説明します!」と言っていたが、これではいつになることやら。早く彼女に会いたい。会って、自分の想像が全部ただの不吉な妄想に過ぎないと断言してほしい。三宮が吹っ飛んだのは事実としても(十分信じがたい出来事だったが)、そこから先。まさか、まさか地球が…………
その時だった。
壁の一角。遥から見て右手が発光したかと思うと、突如。開いた。
最初小さな穴がぽっかりと。それはたちまちのうちに成長し、人ひとりが通り抜けられるほどの立派な出入り口となったのだ。
「!」
身構える遥。その体を守るものは何もない。着衣すらも。
それでも彼女は、開いた壁を睨む。
自分がひょっとしたら最後の人類かもしれないのだ。間違っていてほしいとは思うが。
その一念が、彼女に力を与えた。困難へと立ち向かう力を。
――――何も来ない。
「…………これは」
出てこい、ということだろうか?
覚悟を決めた遥は、堂々と歩き出した。




