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第2話 そして一時のお別れ

 死んだ女の子が目を覚ました(・・・・・・)とき、相変わらず天候は最悪だった。山の斜面はびしょ濡れで、森の木々からは滂沱と雨滴が垂れている。おまけに暗い。

 そして。

 死ぬ前にはその場にいなかった者が、風景には付け加わっていた。

「こ、こんにちは…………」

 少女だった。

 不思議な服装である。碧に近い色合いの狩衣を身にまとい、髪の毛は長かった。後頭部から一束のみ、白いひもで結ばれている。顔立ちは整い、生気に溢れていた。年の頃は十代後半だろうか?女の子よりかなり年上である。

「あ…………こんにちは」

 いつの間に現れたのだろう?ほんの一瞬前まで、周りには誰もいなかったはずなのに。

 女の子の疑問を読み取ったかのように、少女は告げた。

「私は、つぐみ。あなたのお名前は?」

「は、はるか…………」

 相手の穏やかな表情に、女の子。すなわち遥の緊張も解きほぐれていく。

 

  ◇


 遥と鶫。二人の女性がいる、雨が降り注ぐ空間。そこは、つい先ほどと寸分たがわぬ姿をしていた。

 木々も。木陰に隠れる蟲たちも。土も。湿気も。大気も。

 拡大して調べても同じであろう。仮に原子を直接見比べることができたとしても区別などつくまい。

 だが、そこは確実に違う世界だった。

 狭い。直径三十メートルしかないこの場所は、地球上に存在しない。鶫。そう名乗った少女の空想上・・・の世界だった。

 比喩ではない。彼女の思考。超精密なシミュレーションによって再現された仮想空間なのだ。

 空想であるから、自分自身も登場することができる。どころか、死者すらも。

 彼女は、想像上の遥と、言葉を交わしていった。


  ◇


――――――やっと、うまく行った。

 鶫。そう名付けられた金属生命体は安堵していた。

 彼女が横たわっているのは、雨の降り注ぐ山の斜面。地面を半ば溶融させ、めり込む五体は凄まじく大きい。それ自体がひとつの地形と言い換えてもよかろう。

 膨大な熱量を地面と、雨滴によって冷却する彼女。著しく傷ついたその全身からは湯気が上がっている。もしも悪天候でなければ、この星に住まう人間たちはすぐに気づいたかもしれない。

 鶫は思考する。

 ようやく現状を打破する足がかりができた。

 ここがどこなのか分からない。どころか、今がいつなのか。自分は何者なのかすら。鶫は、自身に関する記憶の一切を喪っていたのだ。分かるのは、己が著しく傷ついている事。それが原因で記憶を失ったのであろうこと。

 わずかに覚えていたのは、自分の正体とは直接結びつかない、学術的・科学的知識についてだけ。

 だから、調べようとした。ここはどこなのか。自分は何者なのか。

まずは周囲の環境を調査し。次いで、自らが焼き殺してしまった少女へ訊ねようとした。

 鶫の感覚器は常に作動している。遥を死なせるその過程までも、観測し、記録されていたのである。それをもとに生み出したのが空想上の遥だった。

 鶫は、遥と言葉を交わすべく失敗を重ねていた。まったく異種の知的生命体である。あまりにも異質な生命構造。思考形態。試行錯誤の果て、ようやく満足のいくシミュレーションモデルが完成した。 そして、鶫自身。言葉を覚え、行動にも滑らかさが出てきて、ようやく人間らしくなってきた。鶫という名前も、試行の過程で定義された名前である。気に入ったのでそのまま自称にしている。

「鶫さんは、どこから来たの?」

「…………分からないんです。気が付いたら、ここにいて」

 降り注ぐ雨の中、遥と鶫。二人は、木の下で雨宿りをしていた。

 遥は様々な事を話した。学校の事。家の事。両親の事。山中に遊びに来て、ふとした冒険心から道を外れたこと。迷ったこと。

 鶫はただ、遥の話を聞きながら時折相槌を打ったり、あるいは頷いたりしている。

「…………雨、やまないね」

「そうですね」

 ここは現実世界に限りなく近い。少なくとも、人間の感覚では区別などつくまい。だが実際には異なっていた。ここはシミュレーションの内部。鶫が自らの演算能力で再現した空想の世界だった。

 外では、遥が焼け死んでからまだ数分しか経っていない。

 死んだはずの人間。彼女ならこうするだろう、という想像が、今の遥だった。

「鶫さんの体、あったかい」

「そうですか?」

 ふたりは抱きしめ合い、温め合った。


  ◇


――――不思議な人だ。

 鶫と話してみての、遥の感想だった。

 とても慎重に、言葉を選んでいるように見える。遥を大切に扱ってくれている気もする。壊れ物を扱うかのように。

 けれど。

 同時に違和感も覚える。なんというか、とても上手ではあるのだ。その振る舞いは。

 けれどどこか違う。人間ではない者が、人間の形を無理にしているかのように。

 そこが、怖い。不思議だった。とてもいい人なのに。

 仕方がない。どちらにせよ、雨がやみ、助けが来るまでのつき合いになるはずだった。

 やがて、遥は眠りについた。


  ◇


 苦労の甲斐はあった。

 鶫は思考する。

 遥から得られた情報は大変に貴重なものだった。この世界の大まかな地理。社会体制。テクノロジーレベル。生理構造。精神性。

そして彼女が手にしていた端末。

 携帯電話の解析を終えていた鶫は、既に外部のネットワークシステムとの接続に成功していた。もちろん、その創造者たちに気取られないよう慎重に。しかし言葉や社会構造が分からずにアクセスするのと、前情報がある上でアクセスするのでは効率が桁違いだ。

 調べたところ、この星の住人たちは宇宙開発のごく初期の段階に到達しているらしい。鶫が生理機能として有しているそれとは比べるべくもないが、長期的には脅威となりうる将来性である。

――――脅威?

 突如飛び出してきたその認識に鶫は戸惑う。

 確かに、彼ら人類は大変攻撃的だ。しかし、この星の環境を破壊し尽くせるだけのテクノロジーを得ていながらもきちんと制御しているではないか。彼らは同族同士でいがみ合いながらも破局に至らぬだけの知性がある。

 だから、鶫はもうしばらく様子を見ることにした。

 修復が完了すれば、身を潜めなければなるまい。そしてもう一つ。

 遥の肉体を復元する。さして難しい作業ではない。手近な物質を素粒子レベルで組み替える。余剰のエネルギーは集めて元素へ変換。

 完全に制御された核融合を体内で実現し、鶫は必要なものを組立なおした。眠っている女の子。その精神を形作るニューラルネットワークごと。

 作業を終えた鶫は、ゆっくりと地面に沈み込み始めた。物質の構成原子間はスカスカだ。物質同士がすり抜けてしまわぬように働いている電気力学的メカニズムを無効化しているのだった。ついでに、破壊してしまった地形も適当に復元。

 全てを終えた彼女の姿は、地上から完全に消滅した。

 後に残されたのは、眠りについた一人の女の子だけ。

 やがて、雨が上がり、消防と警察からなる捜索隊が遥を発見した。

 彼らは、ここにいた金属生命体の痕跡に気付くことはなかった。


 それから十年の歳月が流れた。

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