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街の一角に一軒の中華料理屋がある。
店の前の電柱には看板が付けてあり、「中華ハウス」と書かれている。
春の温かな陽気のため、入り口の扉は置石を挟んで半開きにしてある。
店内はカウンターが3席にテーブル席が4席ほどの小さな店で、今は昼時ということもあり客がいて、残りは奥のテーブル席のみが空いていた。
カウンターには若い娘がいて、つり目がちの美人だ。
元来のキツイ顔立ちは、世間の波に揉まれ角が取れ、やわらかさを感じさせる。
今は忙しそうに皿を洗っており、かと思えばテーブルの方から注文の声にいそいそカウンターを出て行く。
カウンター内は狭くほとんど一方通行で奥には小さな厨房があり、店主が忙しなく中華鍋を振っている。
身体は小さいが、老人にしてはしっかりした骨格で
、鍋を振る動作はよどみない。
中華ハウスはこの2人だけでやっている。
店主が厨房から手だけを出して持っている料理を娘が受け取る。
受け取りながら娘は
ー今日は忙しくなる。
そう思い、ふと天井の方を見る。
それを見た店主は、コンロの前には戻らず、自分にも言い聞かせるよう、ため息をつきながら言った。
「あいつは間が悪いから間違いなく来るよ」
中華ハウスの横には、小さなスナックがありその二つの店の間に小さな路地が収まっている。
暗い路地を2、3歩歩くとすぐ階段で、上がると左右に扉が2つずつ。
中華ハウス側、通路奥の扉は開けっ放しで中からは
高いびきが聞こえる。
なんの偶然か、店主が下でため息を着いた直後にいびきはぴたりと止まった。
数分しない内にひとりの男がのそりと出てきた。
あくびをしながら、胸のあたりをかく。
ボタン2つ開けたワイシャツからのぞく胸板は厚く、中背ながらガタイが良い。
白いワイシャツはよれていて、下はこげ茶色のズボンにサンダルを履いている。
男は階段を降りるとかいていた手を短髪の頭に移しまた、ポリポリとかきだす。
暗い路地を歩いていたので、通りに出た瞬間その大きな目を細める。
その顔は丸顔、三白眼とまるで猫の頭がそのままのっかったような顔立ちで近所のボス猫のような雰囲気である。
目が昼の明るさに慣れてくると、なんともなしに周りに目線をやる。
通りは昼時と言うこともあり、行き交う人の量も多い。
男はその中には加わらず、路地を出て右手側すぐの中華ハウスの扉を開けた。
開けるとすぐに店員の娘がこちらに目をやり、驚いた顔をしている。
店主もその男に気づいたのち、そのしわがれた口からすぐに本日2度目のため息をついた。
「やっぱり来やがった」