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電話ビジネスの不思議

作者: 哀岬 ふうか

「──ではよろしくお願いします。ありがとうございました。」


新泥谷(あらでいや)魔子は電話アポインターである。

なかなか昨今、振り込め詐欺だとか特殊詐欺だとかの犯罪が認知されるにつれて、一般消費者層のガードは堅いように言われて久しい。確かにお年寄りなどの警戒感はそれなりに強固で、昔のように電話をしてきてくれた相手をじゃけんにすることなく、話を聞きしゃべってくれた時代とは隔絶の感が拭えないが、もう少ししっかりした──ちょうど自分くらいの年頃の女性の場合、自分はだまされないという自信のようなものがあるからか、一応話を聞いて精査し自分に利があると感じれば成約とまでは行かないまでも、営業訪問のアポまではとりつけることができる可能性は高い。


魔子の仕事はそこまでだ。その後は業者の依頼主の営業の腕の見せ所であって、アポをとった魔子には成約されようとされなかろうと、同じだけの報酬が入ってくる。

だが──と魔子は思う。自分だったら絶対にこんな電話には引っかかったりはしないだろう。世の中、そんなうまい話が向こうから飛び込んでくるわけがない。ましてや、振り込め詐欺に引っかかるなんて論外だと魔子は思っている。自分の息子や孫の名前を聞き間違えるなんて、間違えた方がバカなのだ。

それに比べれば、このテレアポという仕事には罪悪感はない。れっきとしたビジネスであり、消費者は自分で判断して必要なものならそれに値する金額でそれを購入するにすぎないのだ。


「今日は調子いいわ。朝から三軒話し聞いてもらえたものね。じゃあ次も頑張って──と。」


実際にかけた電話は11本、そのうち三本がゲットだから二割七分三厘の打率というわけだ。魔子の平均打率から言うとかなり効率がよいといえる。

魔子は業者から支給された、手元の固定電話番号リストの次の番号に指をおき、これも業者から提供されたガラケーのダイヤルボタンを一つ一つ間違えないようにプッシュしていく。


『──プルルルプルルル、ガチャ』


「はい。俺だけど。」


案外若い男が電話口に出た。ちょうど魔子と同年代だろうか。あまり期待できなさそうなパターンだ。

こんな相手の場合、話し始めたとたん無言で切られることも決して少なくない。


「こちらは、○○電力の委託で、ご家庭の電気代をお安くするユニットを斡旋しております××電気保安株式会社と申します。」


そういったとたんに、相手の息を飲むような音がかすかに聞こえた気がした。そしてすぐに、思いがけない返事が返ってくる。


「おー、電話くれるの待ってたんだよ。」


その言葉には魔子の方が驚いた。この手のテレアポをやっていては、なかなか聞けない言葉である。


「えっそうなんですか?」

「そうだよ。ちょうどさっき交通事故起こしちゃってさ。それが相手が悪いやつで大したこと無いのに百万よこさないと出るとこに出るって脅すんだ。」


いきなり何の話かと思ったら、どうもお悩み相談か何かと間違えているんじゃないだろうかと思えるような内容だった。思わず魔子は閉口する。


「な、何の話ですかそれ?私、そんなの関係ないですから。」

「なに言ってるんだよ。俺だよ俺、わからないの?」

「俺だけじゃわかるわけ無いでしょ。」


ランダムに業者からもらった固定電話リストにかけているのだ。絶対に知り合いにかかる可能性がないとは言えないが、そんな相手を声だけで聞き分けて分かるなんて有り得ない。だが、相手は本当に分からないのが不思議だとばかりに食い下がる。


「本当に?俺だよ、わかるだろう?」


そこまで言うのだ。これはかなり腐れ縁のあいつに違いないと魔子は感じた。そして一か八か聞いてみる。


「えー──んっと、俺ってもしかしてあんたダイキチ?」

「そうだよ、ちょっと昨日から風邪引いてて声がおかしいかも知れないけど、ダイキチだよ。そっちは元気かい?」


そうか。思い出せないのはダイキチが風邪を引いていて、声のトーンが昔自分が知ってるダイキチの声とちょっと違うためなのだろう。

ダイキチなら、自分が電話してくればすぐにわかっても当然かも知れない。こいつとは小学校から高校まで徹底的に腐れ縁でつながっていた。


「まさかダイキチだとは思わなかったわよ。で、相手が悪いって、こっち系の?」


また、まんが悪いというか、そういう手合いに引っかかりやすいチンピラっぽい奴だった。


「そうなんだ。あれじゃ適当な診断書でも書いてくれる医者とか知ってそうだしさ、とりあえず20万で話しつけたんだけど今月ピンチでとても5万くらいしか出せそうにないんだよ。25日に返すからさ、ちょっとだけ貸してくれないか?」

「そんなー私だって急に15万は痛いわよ。」


まあ、テレアポで毎月30くらいは平均的に実入りがあるから、それくらいの蓄えはあるが、ダイキチに貸しても戻ってくるとは思えない。


「じゃあ10万でいいからさ。頼むよー。相手の口座番号教えるからさ。お前の口座番号も教えてくれよ。絶対25日に振りこむから。」

「本当に大丈夫?絶対返してよ。」

「もちろんさー、俺がうそついたことあったかい?」


どの口が言うのかしらと魔子は思う。とてもではないがこの男の言うことは全く信用できたものではない。

幼少の頃からの悪い思い出が走馬燈のようによみがえってきた。まだ小さい頃は笑ってすませられたが、思春期を過ぎた頃には笑えない事件となって記憶に残っている。

魔子はこの苗字と名前で、そのころから魔法使いだの、魔女アラディアだのというあだ名がついて、それでなくてもいじめられる対象だったが、こいつとのつきあいは名前がどうこういうものではなく後味の悪いものだった。


「けっこうあったわよ。今だから言うけど、しっかり根に持ってるんだからね。」

「すまん、全部謝るからさー。」

「今更あやまられてもねえ。あんた中学の時、体育の後、教室から私のブルマ盗んでそういう店で売ったでしょ。本当に腹立ったんだから。知り合いのおばさんが人づてに聞いてきて教えてくれたから買い戻しにいったのよ。体操服って、裏に名前書いてあるんだからね。そんなのが他人の手に渡ったら気持ち悪いし恥ずかしいじゃない。」

「そ、そんなこと──、あーごめんよ。悪気はなかったんだ。お前のブルマが一番可愛かったからさあ。」


こいつ、一瞬忘れていた返事だったと察した魔子はカチンときた。しかもその言い訳は何だ。いきおい学生時代のように言葉を荒げて怒りをあらわにする。


「なに言ってんのよ、みんな同じじゃない!」

「本当にすまん、謝るから今回だけは──。」


ダイキチはこんなに素直だっただろうか?もう目の前に逃げも隠れもできない証拠が並んでいてもしらを切るようなふてぶてしい男だったと思うが、さすがに風邪を引いて体調が悪い上に、あっち系の強面のおじさんに脅されているとなると気が弱くなっているのか、それともよほどその支援がないと困るのか、いずれにしてもダイキチのこの平身低頭ぶりは目を見張るものがあった。


「それにねえ、修学旅行で全員2人部屋のホテルに泊まったとき、夜遊びに行こうって呼び出しといて、私の同室の子とよろしくやったそうじゃないの。いつまでたってもこないから、二時間も待ってからあきらめて部屋に戻ったら同室の子がなんか変な雰囲気で──、問い詰めたら教えてくれたわよ。」

「あーごめん、本当にごめん。あれは待ち合わせ場所を忘れててさ。部屋に行ってお前が帰ってくるのを待とうとしてたら変な風になっちゃって──。」


その空々しさに魔子はカチンとくる。その後日談をこいつはすでに忘れているのだ。


「いいわよ、今更へんな言い訳しなくても。あの後彼女と二人で初めからそういうつもりだったって土下座して誤ったくせに。」

「えっあー、そ、そうだったよな。へへ。」

「それにね、」

「まだあるのか?」

「あるわよ。」


それから延々と恨みつらみをぶちまけて、ダイキチもそれにこたえて謝ること、およそ30分は過ぎていた。


「もう無いだろう?」

「いいえ、まだあるわよ。後一つだけ。」

「なんだい?もうなんでも謝るからさ、さっさと言ってくれよ。」

「あんた、去年入院したからっていうから、当時のクラスメートみんなでお見舞いに行ったとき、なんて言ったか覚えてる?」

「いやあ、悪い。覚えてないよ。それ謝ったら本当に振り込んでくれるんだな?」

「ええ、いいわよ。ここからネットバンクで振り込んであげるわ。」

「じゃあ言ってくれ。俺なんて言ったかな?」

「あんた、絶対完治して今度は自分が幹事で同窓会開こうぜって言っといて──。」


そこまで口にする途中で涙が出てきた。ダイキチには、涙声になっているのを気づかれただろう。


「言っといて──何だよ。何で泣くんだよ。」

「そう言ったくせに、後から聞いたんだけどあんたそのとき末期の肝臓ガンで、ひと月もしないうちに死んじゃったじゃないの。そのお葬式の日のこと思い出したら涙が出て止まらないの!」

「あー俺が悪かった!って──。」

「ちよっ、──てことは、あんたいったい誰なのよ!ダイキチじゃないの?」


『ツー』


もうそのとき回線は切れていた。

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