そのろく
王妃は笑顔をたたえたままだったが
「ごめんあそばせ。お名残惜しいけれど、今は、人を増やすこともままならなくて。素晴らしい踊りを見せていただいたけれど、あなたを宮廷舞踊家として雇い入れることは今の私にはできないのよ」
お読みになっている方はもうお分かりだろう。この王妃という女性こそ、フランス革命で断頭台の露と消えた、かのマリー・アントワネットだ。
七海は高2だったが、得意のバレエを生かして、女子体育大学への推薦という進路が、もうほとんど決まっていたので、授業中にうとうとして大切なことを聞き漏らしていることが多かった。
そして、今、正にその報いを受けようとしていた。
いま七海はまごうことなき革命前夜のパリにいるというのに、その時代の知識がほとんどゼロだった。そして、もっと言うなら、そこの授業は受けたばかりなのに、だった。
…………王妃様って…………たしか、マリーアントワネット?きれいだにゃ~。
七海がかろうじて認識できたのはそこまでで、この人がフランス革命に巻き込まれ、その後どのような不幸な運命をたどるのかなど、七海の頭にはまだ何も浮かんでは来なかった。
その時、
「王妃様、お待ちください!」
先ほどの長身イケメンジェントルマンが声をあげた。彼は王妃にづき小声で何かを耳打ちしていた。
王妃は彼の言った言葉に驚き、拒否をするように首を振ったが、やがて、うなずくと七海に向かって、
「あなた、名はなんと?」と問いかけてきた。
七海が緊張しながら、
「幾瀬七海と申します」と答えると、うなずき、
「もし、あなたが望むなら、その舞踊を私のなぐさめとしてそばで見せていただける?」と言った。
分かりにくいかもしれないが、要するに七海を舞踊家として雇いたい、と王妃は言ったのである。