その33
――――にゃにゃみちゃん、一度、危なかったんだよ。ク―が、あ、ク―の本体の方がおじいちゃんに抱かれてさすられていた時に、一度、この空間がぐんにゃり歪んで、おじいちゃんが消えそうになったんだ。
「えっ、それどういうこと?」
――――たぶん、過去が変わろうとする瞬間があったんだと思う。にゃにゃみちゃんが世界史の教科書に入っちゃったことで、過去の出来事が。
七海は知る由もないが、それは、国王一家ががテュイルリー宮殿に移ってから、国王一家を逃亡させる計画の中で、フェルゼンが七海を王妃の影武者として使うことを提案し、王妃がそれをいったん受け入れた瞬間であった。もし、あのまま、王妃が七海をフェルゼンの提案通りに使い、逃げおおせていたら、王妃は再び我が子である本物のマリー・テレーズと暮らし、マリー・テレーズのロシアでの軌跡は消えうせたはずである。当然ロシアの子孫も生まれなかっただろう。そして、もしそのまま、七海が替え玉となって国王一家が逃げ延びていれば、その後の王家の不幸は、何もかも消えうせたのだろうか。もし、そうなったならば、その後、国王夫妻はギロチンで処刑されることもなかったのだろうか。もし…………。
そして、ここからが本題、とでも言うように姿勢をただし、ク―は言った。
―――――にゃにゃみちゃん。私は、当時のフランスの魔女たちの総力を結集した猫なの。体は滅びても、その魂は王家の血筋を絶やさぬ使命を帯びて何代も何代もにわたって、あなたたちを守ってきたのにゃ。体が滅びたら、その瞬間に生まれ出た新しい体に魂を…………。
七海は聞いてはいなかった。検索をすることに夢中になっていた。
王妃様は、あの、優しかった王妃マリーアントワネットは、少しでも、あの後幸せを感じることができたのだろうか、七海はそのことの方が気にかかった。
七海は再び検索する手を止め、泣き出した。今度はいつまでも泣き止まなかった。
そこには、とらわれたアントワネットからフェルゼンにあてた手紙が映されていた。
獄中から送られたというその手紙には
「愛する人、私はあなたを狂おしいほどに愛しています。
あなたをお慕いしない瞬間は、私の人生には決してありません。」
「私はあなたを愛しておりますし、いつもそのことだけを考えているとさえ申し上げることができます。
…さようなら、もっとも愛され、もっとも愛情あふれるお方。
心を込めてあなたを抱擁します」などと記され、あふれんばかりの愛が記されている。
そして、手紙の最後にはかならず、
「すべてが私をあなたの方に導く」と刻まれた印章が押され、その後に「この語句が今以上に真実であったことはありません」と書き加えられていたとあった。
王妃は最後には愛する人を、愛を信じることができるようになったのだ。
七海は涙が枯れるまで泣いた。やがて、日が傾き、西日が差しこんできた。
七海の長かった世界史の旅が終わったのだ。
次回完結になります。ここまでのお付き合い、感謝いたします。
是非次回まで、よろしくお願いします。_(_^_)_