その28
朝が来た。
いつものように王妃の目覚ましであるオルゴール時計が、柔らかく華やかな音色を立てた。
一睡もしないまま朝を迎えた七海は、柔らかなベッドの中で恐怖にその身を硬直させていた。
控えの間の扉があき、アントワネットが“裏切り者”だと、疑っていた侍女が王妃を起こしに来た。
「王妃様、お目覚め下さい、王妃様」
侍女は、最初は優しく、いつものように声をかけた。だが、いつもと違い、ピクリとも動かないベッドのふくらみに、侍女はふと、不審を覚えた。
「お目覚ましを、王妃様」
侍女が、なかなか起きない王妃のベッドに近づきそっと掛布団をめくると、そこには……。
覚悟を決めた必死の目をした七海がいた。
侍女の顔からは、いつもの上品な、張り付いたような微笑みが消え、みるみる般若のような驚愕と憎しみの表情へと変って行った。
「逃げた!逃げた!王妃が逃げた!」いつものしとやかさはどこへやったのか、というほどの金切声をあげ、侍女は部屋を飛び出していった。
つづいて部屋の外から、「国王は?いない!王太子は?いない王女は?いない!」そんな叫びと数人の駆け回る足音が聞こえてきた。
ベッドの中で放心している七海に、先ほどの侍女が仲間を連れて戻ってきた。
「こいつが、奴らを逃がしたんだよ、こいつがあ!殺しておしまい!」そう叫ぶ女の横にいた男が、カリビアンナイフのようなものをかざして七海に突進してきた。
七海は、「もうだめだ、おじいちゃん」と思いながら目を閉じた。