その27
就寝時刻になり、アントワネットがベッドに入ると、件の侍女は自分の部屋に下がっていった。
深夜12時。七海はアントワネットの希望通り、髪をキャップに押し込めて、アントワネットと入れ替わり、アントワネットのベッドに入った。
「じゃあ、頼みましたよ、七海」
そういってアントワネットが部屋を出て行こうとしたとき、ベッドの中から七海が答えた。
「王妃様、どうぞご無事で」
「七海……。知っていたの?知っていて私たちを行かせてくれるの?」
七海はベッドの中でうなずいた。涙で声が出せなかった。
アントワネットはそのまま静かに部屋を出て行った。
残された七海はアントワネットのベッドの中で涙を流しながら、これから自分の身に起こるであろうことをできるだけ考えないよう努力した。考えてもどうにもならない。この世界で自分が生きていくには、ここにいるしかなかったのだから。ここで、少しでも、楽しく暮らすしかできなかったのだから。
七海は国王たちが逃亡を計画していることには、かなり早い段階から気が付いていた。そして、その際、自分がどういう風に扱われるのか、非常に不安定な立場だということも。
七海はアントワネットとともに過ごした日々を思った。行く当てのない自分に、本当に友人のように優しく接してくれた。「ありがとう、七海」、「あなたのおかげよ、七海」その言葉で、どれほど、一人ぼっちの孤独から救われたであろう。
そしていつも、自分のふがいなさを感じていた。
あんなに安田先生が一生懸命説明してくれていたのに……。
「大学受験にフランス革命が取り上げられることは少ないんだ。それはわかっているんだけれど、僕は歴史の面白さ、世界史を学ぶ面白さをみんなに知ってほしいんだ」
そういって安田先生は、教科書では、ほんの数ページしかないフランス革命について、いろいろな話をしてくれた。
「この短い期間に、本当にめまぐるしく人の価値観も社会の仕組みも変わったんだ。基本的人権の考え方も、ここから世界に認知され広まった、と言っても過言ではないよ」
そういっていた安田先生は思い出せるのに……、肝心のフランス革命の中身が全く思い出せなかった。そのことで七海は国王一家に対して申し訳なさでいっぱいだった。
…………ごめんなさい、国王様、王妃様。私に暗記能力があれば、みなさんを助けることができたかもしれないのに…………。
今日、黙って身代わりを引き受けたのも、七海の、そんな気持ちからだった。
夜中に一度、誰かが王妃のベッドのわきに立った。おそらく、アントワネットが言っていた、”裏切り者”の侍女が王妃の存在を確かめに来たのだろう。