その15
王妃は声をあげ、今は人目もはばからず、いとしい恋人の元に駆け寄った。
「どうしたらいいの?どうしたら子供たちを守れるの?教えてちょうだいフェルゼン!」
王妃マリーアントワネットにはこのころ二人の子どもがいた。出産したのは4人だったが長男と次女は幼くしてなくなっており、それもあってか、かなり母性の強い女性であったという。
この年の7月にはバスティーユ牢獄が襲撃されたり、「人権宣言」などというわけのわからない物が出されたり、王妃は不安でイライラが募っていた。
フェルゼンは凛々しくたくましい、きっと頼りになる…………。何とかしてくれるはず。何もかも、周りのおぜん立て通りに生きてきた他力本願の王妃、マリーアントワネットはそう思っていた。
もちろんフェルゼンには策があった。
王妃がヴェルサイユに戻って4時間もしてから国王は城へ帰還した。
フェルゼンは国王と王妃マリーアントワネット、彼の想い人に恐ろしいことを言い出した。
「決断せねばなりません」
近衛兵たちに集まった群衆をおさえるために発砲しろというのだ。
「この混乱を収めるにはそれしかありません。今すぐご命令を」
国王も王妃もたじろいだ。だが、たじろぐばかりでこの二人は決断などできなかった。
王妃は初めて、自分が愛していたフェルゼンという男に違和感を感じていた。
美しい顔のフェルゼン。優雅な身のこなしのフェルゼン。だが、男らしく頼りになると思っていた、その素顔は、自国スェーデンでは軍人でもあり、策略に満ち、残虐なことをも否定せず、冷酷な一面を持っていた。
アントワネットは、フェルゼンに今まで見ていた顔と別の顔を感じた。何より、決断、などという恐ろしいことを自分に要求してくる。アントワネットはこのフェルゼンという男から逃げ出したくなった。
このころから王妃の中ではフェルゼンに対する思いが変化していったのではないか、と推測される。
「民衆は我が子と同じである。そんなことはできない」
それまで王妃の隣で黙っていた国王がそういった。
思いがけず、いつもその凡庸さにイライラさせられてきた夫である国王が自分と同じ思いであったことを知り、アントワネットは救われたように夫を見た。
一方七海は。
…………まるでドラマみたい…………。
などとそばでぼんやりこの光景を眺めていた。七海にだってこれから、大変なことが待ち構えているというのに。