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White Christmas.  作者: 高坂結乃
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2 他人の不幸は蜜の味

子供達が寝静まった後、父親は打って変わり思いつめた表情でクリスマスイヴの夜に向けて荷造りをしていた。


サンタさんに会いに行く、という先ほど子供達にした話はもちろん嘘である。

そもそもサンタクロースという人物はこの世に実在しない。

元となった伝承は存在するものの、その話に後世の人間が次々に尾ひれをつけて今日まで伝えられている、いわばただの夢物語にすぎない。

どこからかサンタクロースの存在を知った我が子を喜ばせるために、世の父親母親がクリスマスの日にその話の内容を再現しているというだけなのだ。


そして家族4人は、今住んでいるこの家から近日中に出て行かなければならない。

その期日が12月24日、奇しくもクリスマスイヴの日だった。

わざわざ兄弟に嘘をついたのは、せめて子供たちにはほんの少しでも希望を見せてやりたいという父親なりの配慮であった。


彼らだって元からこれほどまでに貧しい生活を送っていたわけではない。

父親は真面目で優秀なサラリーマンだった。

近年は昔なじみの友人の事業を手伝っていて、それなりに大きな額の出資もしていた。

事は順調に進み、あと少しで大きな成果を得られる。

そのはずだった。


数年前、友人が事業で失敗し大損をした。

その際に友人は手元に残ったいくらかのお金をすべて持ち逃げし、行方をくらましてしまった。

父親の元に残ったのはあまりに膨大すぎる借金と、蒸発する際に友人が流した悪い噂のみ。


置き土産に彼が流していった根も葉もない悪評は、彼ら家族が世間から冷ややかな目線を浴びせられるにはじゅうぶんすぎるものだった。

しかし悪夢はそれだけでは終わらなかった。

その噂はネット上でも騒がれ話がどんどん肥大化していくうちに、一部の過激な思考を持った掲示板の利用者が住所や顔写真をはじめとする個人情報を特定。

その日以降家族のもとに来るのは借金取りだけではなくなった。


嫌がらせのための無言電話。

突然家の外から浴びせられる罵詈雑言。

ポストの中に置き去りにされる虫や小動物の屍骸。


「彼が自殺をしたのはお前らのせいだ、死んで償え」

「地獄に落ちろ」

「お前ら全員皆殺しにしてやる」


そしてどれだけ時が経っても飽きもせずに日々彼らの元に届く誹謗中傷の嵐は、次第に父親の心を蝕んでいったのはいうまでもない。


そもそも蒸発したその友人が自殺をした、という話も根拠の存在しないただの噂話である。

しかしそんなことは誰も気にすることなどない。

世間の理想通りの"面白い"シナリオになるように、現実は尾ひれをつけられ書き換えられていくものだ。

彼らからしてみれば、そこに転がっている話が真実かどうかなどどうでもよい。

「自分たちが蚊帳の外から他者を見下し石を投げる」という行為を正当化するに足りるものであれば、自尊心を充たせるようなものであればそれでよいのだ。

家族は運悪くそのためのバッシングを受ける対象(いけにえ)となってしまった。ただそれだけの話である。


なんとかお金を稼ごうにも悪評のせいで就業先が見つからない。

運良く見つかったとしても同僚となった人たちからの痛烈な嫌がらせが絶えず、

結局は早々に仕事を辞めざるをえなくなってしまうのだ。

生活そのものを維持するためのお金も尽きかけている。

その日暮らしを続けていくことさえ、もう限界が見えていた。


生きてさえいればどうにかなる、というのは物語などの中でもよく言われる言葉である。

しかし彼らに用意されたシチュエーションは、あまりにも分が悪すぎた。

天は彼らの味方をしなかったらしい。


「……」


深いため息とともに、鈍い輝きを放つナイフ、それと家にあったものを調合して作った毒薬を荷物に忍ばせる。

これが兄弟に嘘をついたもう1つの理由である。

誰にも知られぬ山奥で、自分を含めた家族全員を殺すためだ。


生きていたところでもう何も希望などない。

子供たちも例外なく、個人情報を流された際に自分と一緒に世間の晒し者にされてしまっている。

今はまだ理解できなくとも数年後には自らの置かれた絶望的状況を嫌でも実感させられることになっていくのだろう。

正義の名を騙った顔も見えない愉快犯達のせいで、愛する子供たちの輝かしい未来まで失われてしまったのだ。


親にはわが子を不幸から救ってやる義務がある。

こんな腐った世界で生きるのは、もう終わりにしよう。

家族全員でもう誰の手にも届かぬ安寧の地へ行くことにしよう。

自分自身の手で、家族をそこへ連れて行こう。

父親はそう固く決心していた。

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