美人を描写する
店員さんに川島さんが三名ですと告げると店内の一番奥の席に案内された。
俺は壁際の席にリュックを置きその隣に座る。
美人は俺の向かいに座った。
テーブルを隔て美人が俺の真正面にいる。
改めてその美しい顔をしかと受け止める。
素晴らしい。
黒い髪は後ろで一つにまとめられ、少しだけ両サイドの髪をまるで遊ばせるように美しい頬のラインに寄り添うように残されている。
毛先から光が溢れだしそうだ。
因幡の白兎の蒲の穂よりも癒しの効果がありそうだ。
兎さんだってきっと蒲のよりも彼女の膝の乗せられ美しい白い指で優しく撫でられた方が嬉しいだろう。
俺は恐ろしので遠慮したい。
そんなことが起きたら浦島太郎のように年を取るくらいじゃ済みそうにないからだ。
これほどの美人を貰う男は覚悟をしなければならないと思う。
それこそ明日死ぬ覚悟で。
彼女の美しさをどう描写すればいいのかわからない。
美人を描写するのはこれほどまでに難しいものか。
やはり作家とは凄いものだ。
まあ、他人に彼女を説明するとしたら、そうだな。
火星人にお前の星で一番美しい女性を出せ、そうすればこれ以上の侵攻は辞めてやろうと言われた時に地球代表として送り出せるくらいには美しい。
地球の命運を託せる美人。
そんな女性を娶るにふさわしい男がこの日本にいるわけがない。
日本の男には土台無理だ。
勇気、包容力、忍耐。
これら全てが足りなく思う。
顔は二の次だ。
せめて魂レベルで高潔な人間であって欲しい。
「青柳さん決まりました?」
「はい」
川島さんが呼び出しボタンを押す。
美人はまだメニューを見ている。
「ヒレカツ重、お味噌汁はシジミで」
川島さんはヒレカツか。
確かに重箱に入った卵たっぷりのヒレカツ丼は美味そうで、大変魅力的だった。
もう彦根に来ることもないだろうから、これを逃すと食べられないが、俺の心は決まっていた。
「ミックスフライ定食、お味噌汁はシジミで」
とんかつ屋に来てミックスフライ頼むなよと思われるかもしれないが、俺はこの特大サイズのエビフライが食べたい。
大体こういう専門店は衣の方がデカいと言うことはないので安心だ。
そんなことをしたらお客さんを失う。
ぷりぷりのエビにカニクリームコロッケにヒレカツ。
俺の好きなものばかりではないか。
俺は自分の選択に満足しお茶を飲む。
快適な温度に保たれている店内で飲む暖かいほうじ茶は最高だ。
美人がメニューを置くと、店内の視線が全て集まったような気がしたが、そんなことはなかった。
「ロースかつ重。お味噌汁はシジミで」
初めて彼女の声を聞いた気がした。
嫌正確には二度目だ。
さっき名前を聞いた。
佐藤美青という非凡と平凡がない交ぜになった美しい名を。
でも今彼女から発せられた声が本当に自然から出た彼女の声だと気づいた。
そんな声だったのか。
俺は声にはこだわりがある。
声優オタクをやっているのだ。
それはそうだろう。
他にこだわりがあってどうする。
そんな俺にとって美人の声は惹かれるものは何もなかった。
美人は声まで美しいのだなと感心したりすることもなかった。
声など身体の本当に一部にすぎず、構成比からしたら何パーセントだって話だ。
彼女は顔にスキルの全てを全振りしこの世に生まれてきたのだろう。
それくらいしないとこの顔にはならない。
嫌全て振り切ったとしてもならない。
彼女の美しさは人が一生に持てる全てを簡単に超えている。
この顔に青野椿の声が付いたらとは俺は思わない。
何も印象に残らないこの声がいい。
俺は初めて名を聞いた声よりも、今はっきりと言った美味そうな食べ物の名を口にした彼女の声が耳にいつまでも離れなくなりそうだと思った。
好みとかそういう俎上にすら載せられない声だが、研ぎ澄まされたような表情と言い声と言い、さっきの彼女は保存しておきたいと思った。
そんなことを思うなんて自分は少し浮かれている。
初めて見た生美人に恐らくちょっと可笑しくなっている、唯それだけのことなのだ。




