一人
「もしもし」
「あー。悪い青柳」
「何が?」
「あのさ、わりぃんだけど下の子が急に熱だしちゃったんだわ」
「ああ」
「それでホントわりぃんだけど救急連れてくから一人で行ってくれるか?穂乃果には言っといたからさ」
「は?」
「嫌、だから俺いけなくなっちゃったんだけどさ、あっちは穂乃果いるし、美人ちゃんと会って来てくれよ」
「嫌だ。お前がいないんなら今日は無しでいいだろ。俺もこのまま帰る」
「だってお前彦根にもういんだろ?だったらもう一時間もないし丁度いいだろ。飯食うだけでいいから会って帰って来いよ」
「嫌あっちだって困るだろ」
「困らねえよ。穂乃果が何とかするって言ってるし。このチャンス逃したくねえんだと」
「誰が?」
「穂乃果が」
「は?」
「嫌だからー、美人ちゃんが初めて会ってもいいって言ったんだから穂乃果はこのチャンスを逃したくねえんだと。頼むわ。な?」
佐々木はさっさと病院へ行きたいだろう。
熱と言っても子供のは怖い。
これ以上押し問答するわけにはいかない。
「わかった」
「頼むな。まあ飯食ったら解散でいいから、じゃあな」
「ああ、悪かった。お大事に」
「おー」
さてどうしよう。
嫌答えというか俺がこれからやるべきことは決まっている。
六時に井伊直政像の前に行き、美人さんと佐々木の幼馴染さんと合流する。
一緒に食事をし、電車に乗って帰る。
それだけだ。
何も難しいことじゃない。
でも堪らなく憂鬱だ。
初対面のそれも女性となんて何を話していいのかわからない。
今日俺は割と何も考えずにここに来た。
考えてもしょうがないし、佐々木が俺が喋るからお前は座ってるだけでいいと言っていたからだ。
その佐々木が来ない。
まあどうしようもない。
別に美人に気に入られなくたって俺の落ち度でもないし、佐々木に借りがあるわけじゃない。
そう、今日俺は美人を鑑賞に来たのだ。
電車に乗って。
まあでも青野を追って福岡に行ったことを思えば彦根なんて電車で四十分足らずだ。
大した話じゃない。
明日も休みだし、明日は何にもないから昼まで寝る。
昼からはゲームをしながらアニメを見てダラダラ過ごす。
いつも通りの休日。
そうだ。
これ終わったら家に帰って丁稚羊羹食って暖かいお茶を飲む。
いいぞ、そうだ。
風呂に入って青野のラジオを聞いて寝る。
よし、いける。
話すことは何もないが、佐々木は言っていた、穂乃果が何とかすると。
俺はどうせ何もできない。
任せよう。
俺の今日の仕事はこうだ。
待ち合わせ場所に行く。
初対面の女性二人と飯を食う。
聞かれたことにちゃんと答える。
以上。
恐らく俺にできるのはこれだけだ。
俺は場を盛り下げることはできても盛り上げることは決してできない人間だ。
俺は青野にはなれない。
リュックから携帯を取り出しイヤホンを差し込む。
高慢ちきなお嬢様の歌声が聞こえてきて俺を奮い立たせる。
この声がここにある限り俺は大丈夫だ。
だからいつまでもこの世界にいてくれ、青野椿。
それだけが俺の望み、だ。