美人
佐々木が余りに美人だ美人だと言うので写真は?と聞いてみた。
別に気になるわけでも乗り気なわけでもない。
当日いきなり見て固まるよりは身構えておきたいと思ったのだ。
恐らく至近距離で見る生れて初めての美人とやらを。
「写真はない。当日のお楽しみだ」
「何だそれ」
「まあまあ、びっくりするって。俺驚いたもん。初めて見たのは高校の時なんだけどさ、穂乃果って俺の幼馴染な、中学までは一緒だったんだけど高校は違うとこ行ったから初めて見たのは高1の夏休みかな。まあ、びびったね、美少女過ぎて」
「大げさだな」
「見たらわかるって。こんな綺麗な子ホントにいんの?ってレベル。芸能人とか目じゃない感じ」
「芸能人見たことあるのか?」
「嫌、ないな。城祭りで臼井良平見たくらい」
「誰だ?」
「ベテラン俳優。毎年城祭り俳優呼ぶんだよ。大名行列すんの」
「へー」
「確かに芸能人見たことねえな。声優くらい。声優って芸能人?」
「芸能人だろ」
「まあ、そうか」
佐々木とはロボットアニメのイベントで偶然会ってしまい俺が青野椿のファンだと言うことを知られてしまった。
佐々木は声優には興味がなくロボットアニメが好きなだけなのだが、驚いたことに奥さんも同じ趣味で二人の出会いは大阪の同人誌即売会だったらしく、見事にこれまでハマッたカップリングが一緒だったらしい。
どうでもいい。
たまに佐々木は俺に奥さんと子供の話をしてくるが共通の趣味を持つ伴侶の話をしてくれても俺は少しも羨ましいと思わない。
俺は誰かと青野椿の話をしたいわけじゃない。
ただ青野が褒められると嬉しい。
もっと褒められていい声優だし、もっと人気が出てもいいはずだ。
でもアイドルっぽくないのがいいと思っているのかもしれない。
もっとアイドルアイドルしてたら入っていけなかったかもしれないとは思う。
自分が場を盛り上げようなんて精神のない俺は青野椿が女性声優でありながら自ら汚れ役となり火中の栗を拾う姿に崇高なものを感じたからだ。
俺はもっと色んな青野椿の声が聞きたいし、青野が欲しい役全部手に入るといいのにと思うし、青野が出てないアニメで琴線に触れるキャラがいたとすると、何でこの役青野じゃないんだろうと思う。
この間鼠にまでそんな感情を抱いてしまったから末期かもしれない。
もっと働いてくれ青野。
青野だけが俺の明日なんだ。
俺は学生時代友達と呼べる人がいなかったわけじゃない。
就職してからも連絡を取り合い会ったりする人間もそこそこいる。
別に孤独ぶりっこしてるわけじゃないし、一人だなどとわざわざ呟いたりするわけじゃない。
家に帰れば母と祖母がいて、まあ他愛ない話をする。
ほとんどがテレビの話だ。
おかげでアニメ以外見ない俺でも顔はわからないが名前だけは知っているタレントでいっぱいだ。
お笑いコンビかと思っていたらバンドの名前だったということもしょっちゅうだ。
父は三年前に亡くなったが、特に冷たい親子関係じゃなかったと思う。
穏やかで優しい人だった。
ちなみに俺の両親は見合い結婚だ。
この制度が始まった初期の。
だからだろうか。
俺は自力結婚に興味がないし、憧れもない。
俺がこの世で唯一肉親以外でその生を願わざるを得ないのは青野椿だけなのだが、何故そんな風になったのか考えてみると単純に青野椿が俺を感動させたからだと思う。
俺は人生において青野椿が齎してくれた以上の感動を誰かから得ることができるのだろうかと思う。
恐らく絶対に無理な気がする。
彼女の声を初めて聴いたのはデビュー作の「新しい選択」だったと思うが、放送当時これといって印象に残る声ではなかった。
今は違う。
今あの月川花音の声を聞くと青野の高揚感、緊張感までが伝わってきて堪らない気持ちになる。
青野はデビュー初期は割とクールな美少女役が多く俺はその手のキャラが好みではなかったため、青野に興味はなかった。
認識すらしていなかったかもしれない。
青野椿が俺の人生に本格的に表れたのは2050年四月放送の「世界のはてはて」でやった多重人格お嬢様からだ。
やたらとハイテンションで高慢ちきなお嬢様と清楚なお嬢様とガサツで物騒な戦闘狂と主人公をパパと呼ぶ幼女を演じ分けていた。
俺は特にやたらとハイテンションで芝居がかったセリフ回しの高慢ちきお嬢様の声が大好きでこんな声聞いたことないと感心した。
そうだ、聞いたことのない声だった。
俺はその日から青野椿を追いかけ続けている。
青野以上に情熱を捧げられる人間がこの先現れるとはとてもじゃないが思えない。
例えそれが言語の限りを尽くしても足らない美人だとしても。