偶像
泉涌寺の楊貴妃観音は記憶にあるより近くで見れた。
丁度いい偶像とファンの距離。
隣に美人がいたが居心地は悪くなかった。
イートインできるパン屋でコロッケパンと粒あんパンを食べコーヒーを飲んで会場に入った。
服装丁度良かったですねと言った切り美人は公演中何も話さなかった。
ただ黙ってステージを見つめていた。
京都駅でお土産を買い一緒の電車に乗り俺は石山で降りた。
田島からメールが来ていたので返信すると電話がかかって来た。
「あー、どうだった?」
「おめでとうコールとか何もなかったよ」
「嫌、それはいい。あの、佐藤、さんと」
「ああ、楽しかったって言ってたよ。瞬時に違う声出せるなんて声優さんて凄いですねって言われた」
「嫌、そうじゃなくて。どういう関係なん?付き合ってるの?」
「付き合ってるわけないだろ。知り合いだ」
「知り合いと休みの日出かけるのか?」
「出かけるだろ。多分」
「どこで知り合ったん?」
「同僚の紹介」
「スゲーな、岡本商事。同僚って男?」
「男。詳しく言うと同僚の幼馴染の友達」
「かー」
「かーって」
「かーだろ。付き合うの?」
「そんなわけないだろ。あんな美人と。有り得ない」
「嫌、あちらさんだって、何とも思ってない人間とわざわざ休みの日に会うわけないだろ、言うだけ言ってみたら。当たって砕けたって駄目で元々だろ。失う物なんもないじゃん」
「ないけど。なあ、その、告白するにもライセンスがいると思わないか?この程度の男に付き合えるかもって思われてるんだって、気を悪くしないか?」
「ないだろ、だって紹介してって言われたんだろ?だったら付き合ってもいいってことだろ」
「そんなわけない」
「あるかもしれないって。結婚詐欺師じゃないんだろ?お金貸してとか言われてる?」
「嫌、一度もない。いっつも割り勘だし」
「じゃあ、あの美人は何のためにお前に会ってるの?岡本商事勤めだから?年収そこそこだろ?」
「一番暇な部署だよ。閑職もいいとこだ」
お前はいいよなと田島に言いそうになる。
田島は別会社だがAIを開発をする部署にいる。
俺は何社受けても受からなかった。
「佐藤さんていくつ?」
「同い年」
「じゃあ、二十四か。あと一年だな。あれだけ美人なら相手いくらでもいそうだけど、そうもいかないのがこの世界のおかしいとこだよな。まあ美人だから好きになるわけじゃないし」
「そうだな」
「おまえはどうなん?」
「どうって?」
「佐藤さん。気になってるならいて見たほうがいいと思うぞ。言わなかったら一生後悔するだろうし。振られて元々だろ」
「そんなんじゃないって」
「まあいいや。なんかさ、今日俺阿修羅見たじゃん?なんかさ、浄化されたっていうか、いいタイミングで足洗えてよかったなって思えた。もういい加減他人に夢見んのやめろってことなんだろなって。だからもういい。それに佐藤さん見ると、あの子一般人だよな?」
「ああ。看護婦」
「看護婦か。それは素晴らしいな。何で彼氏いないのか不思議なくらいだ。まあ、それでな、あんな美人が一般人やってんだよなって思ったら何か色々どうでも良くなった。顔で好きになったわけじゃないけどさ、相手に生きててくれてセンキューなって気持ちが持てなくなったらもうファンやめるべきだなって。だってそうじゃなきゃ思っちゃうだろ。何でコイツのために働いた金使ってんだろって。あんなのと結婚させるために貢いできたわけじゃないって。無理なんだよ。もう俺は湯田に対して生きててくれてセンキューなってどうしても思えないもん。これがすべてだよ」
「生きててくれて、か」
「そう。でも人間て凄いな。あのラジオ聞くまではそう思ってたんだよ、ホントに。嘘偽りなく思ってたの。もう思えない。生放送のラジオで発表してツイッタートレンド一位になりたかったのかもしれないなって思ったら気持ち悪いし。インスタに誰も望んでいないツーショット写真載せるのも腸煮えくり返るし。もう無理。それ許す事務所もダメだろ。できちゃった婚の時点で駄目なのに、あの態度な。客商売舐めてんのかって言う。でももういい。これでもうあんなのに金使わなくて済むんだし。これからは旅行とかしてみるわ。イベント以外でどこも行ったことないし。漫画もさ、どうしても声優で読んじゃうからさ顔浮かぶし、そりゃそうだよな。人生の大半そうして来たんだから。根っこから生活変えないと。まあ、阿修羅最高ってことでいい。クリアファイル買ったわ。わりとグッズ充実してるのな、寺って」
「そうだな。お守りとかポストカードとかいろいろ売ってるな」
「なー。浄化されたしな。阿修羅綺麗な顔してんのな。何時間でも見てられるなって思った。今人間の顔見たくないし。ああ、でも佐藤さんはいいな。ホントに綺麗だった。顔のパーツの配置が完璧にできたなって顔だな。神様も喜んでるんだろなって思った」
「ああ、そうだよな。そうなんだ」
「でも好きになるかって言われたら、別だから、もてないって言われてもそうだろうなって思うよ。ちょっと次元が違うっていうか、な」
「そうだな」
「来年は結婚だな。まあ気合わなかったら別居でいいんだし」
「最初からそのつもりなのか?」
「だって結婚は一回はしなくちゃならないけど離婚は認められてるし、別居してても罰則規定なんかないし。別にどうとでもなるんじゃないの。多分」
「そうか」
「ああ、籍だけいれてそれ以降二度と逢わない夫婦だっているんじゃないの、知らんけど」
「まあ、そうか。法律上は問題ないか」
「ないよ。まあ、いいや。頑張れよ」
「何を?」
「何でも。じゃあな」
「ああ。今日は有難う」
俺は唐突に気づいてしまった。
俺は美人が好きだ。
でもこれは彼女が美人だからだ。
それ以外の理由がない。
そんな人間が告白していいわけがない。
顔とか収入とか学歴とかそんなんじゃない。
彼女の顔以外まともに見ていない、そんな人間に彼女に告白する資格はない。
貴方の見た目が好きですなんて言われた方は迷惑極みないだろう。
彼女は真面目だ。
今日も上坂君が一緒のラジオをやっている声優の白川聖のモノマネをして余りに似ているので会場は爆笑だったが彼女は白川聖を知らないから笑うことができなかった。
帰りの電車でもっとちゃんと知っていたら同じように笑えたのに何か申し訳なかったですと言っていた。
事前にアニメを見たほうがいいですかと言ったように、彼女の生真面目さがうかがえる。
物腰も柔らかで最高に綺麗なのにちゃんと出し惜しみしないで笑顔を見せてくれる。
だけど、そんな彼女の美点を全てどうでも良くしてしまうくらいに彼女の顔は全てをなぎ倒していく。
それこそ無情なほどに。
見た目が好きだからって付き合って上手くいくのか。
そもそも彼女は何だろう。
一年しかないのに何で俺に会うなんて無駄なことをしているのか。
もっと色んな人間と出逢って選択肢を広げたほうがいいのではないか。
もう時間がないのだし。
時間がない、か。
一年なんてすぐだ。
次に彼女に会えるのは来週の日曜日。
それまでに考えなくてはならない。
どうしたいのか。
この気持ちが本物か。
その色の正体を。




