綺麗ですね
オーケストラコンサートは午後二時からなので、それまで観光することにしていた。
あまり遠くへ行くと間に合わなくなるので近場で済ませようと話していて、美人が東福寺の通天橋を見たいと言ったので東福寺へ行った。
まだ紅葉が見ごろではないので、日曜日といえど観光客はまばらでおかげでゆっくり整備されつくした感のある見渡す限りの緑の絶景を贅沢に堪能することができた。
「綺麗ですね」
美人は美味しいと同じ要領で言った。
足りない色など何一つないと確信させてくれる鮮やかで研ぎ澄まされた植物の色は人間には持てない色だった。
その色は軽やかなのに重かった。
「すみません。綺麗意外言葉が見つからないです」
「俺もです。ホントに綺麗ですね。初めてですか?」
「はい。初めて来ました。青柳さんは?」
「昔祖母に連れられて来ました。あ、この近くに楊貴妃観音が見れるお寺があるんです。まだ時間あるのでそちらも行きますか?」
「はい。行ってみたいです。でも、もうちょっとだけ見ていてもいいですか?もうちょっと見ていたいです」
「はい。俺も」
「お婆様とは紅葉の頃見に来られたんですか?」
「いえ、五月でした。ここからの景色が今日と同じで緑でしたから。何でしたっけ、仏像の特別公開があるとかで連れてきてくれたんですよ。何かでっかい仏像見ました。至近距離で。それも何体もあって」
「そんなに大きかったんですか?」
「まあ、二メートルはあるんじゃないかと。あ、でも小さかったからそう思っただけかもしれないです。多分十歳くらいだったので」
「紅葉の頃綺麗でしょうね」
「その頃は観光客でいっぱいでこんな風に貸し切り状態にはならないんじゃないですか」
「確かに。今は独り占めですね」
そう言う彼女はこの景色と並んでも遜色なくて、寧ろこの景色を益々美しいものにしていた。
人間界で敵なしの美貌を持つ彼女は最早自然界でしか対等に戦える相手がいないのかもしれない。
ふと思った。
彼女は自分より美しい存在に出逢ったことはあるのだろうか。
もしないのだとしたらそれは大変なことだ。
人は恐らく自分にないのだから焦がれるのであって、自分が両手に抱えきれないくらい持っていたら興味すら抱けないのではないか。
彼女が食に傾倒していくのは当然の結果なのだ。
「本当に綺麗ですね。来れて良かったです。有難うございます」
「いえ、俺も又見れて良かったです。子供の頃なのであんまり覚えてなかったので」
記憶にあった色と少し違う気がした。
それは隣に彼女がいるせいなのか、単に幼少期の朧げな記憶だからなのかわからないが、目の前の色が単純に緑色と言っていいのか俺にはわかりかねたので誰か教えてほしいと思う。
何処までも広がっている果てしないこの色の名前を。




