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最優先する青  作者: 青木りよこ
30/35

京都駅

前の方に載っていますのでと言われていたが、彼女はすぐに見つかった。

石山駅で電車に乗り込んだ次の車両に彼女は入り口付近のポツンと立っていて、俺を見つけると嬉しそうにしてくれた。


「おはようございます」

「おはようございます。座らなかったんですか?彦根からなら座れませんでした?」

「座れたんですけど、あの、青柳さんの席取っておこうと思ったんですけど、それだと一人座れないから迷惑だろうなって思って、ずっと立ってました」

「すみません。座っててくれて良かったのに。立ちっぱなしでしんどくないですか?」

「いえ、大丈夫です。いいお天気ですね」

「そうですね。昨日は有難うございます」

「いえ、たまたまですから」


昨日美人が夜メールをくれた。

録画しておいた京都スィーツ決定戦のナレーションを青野椿がやっていたらしい。

アニメの出演情報と違ってこういう単発の仕事は事前に公式サイトで載せないことが多くいつも後で知ることになってたので有り難かった。

おまけにDVDにしてくれたらしい。


「今まで誰がナレーションやっているかなんて見てなかったんですけど、昨日は本当にたまたま見て、青野椿さんだったので驚きました。カノンかのんと全然声違うんですね。あの、あんな普通の声も出せるんですね」

「普通、ですか?」

「アナウンサーみたいな」

「あー」

「アニメの声じゃなくても、やっぱり聞きたいものですか?」

「全部の声を把握したいので」

「そういうものですか」

「そういうものですね」


美人はふふっと柔らかく笑った。

こんな風に笑えたら人を喜ばせることができるのだろうなというような綺麗な笑顔で。


田島とは京都駅の改札を出てすぐのワッフル屋の前で待ち合わせだった。

伏見に住んでいる田島はもう来ていた。


「おはよう。待ったか?」

「嫌、そうでもない」

「あの、えっと、こちら佐藤美青さん」

「初めまして。佐藤美青です」


田島は不思議そうな顔をして俺を見ている。

美人が名乗ったのが聞こえなかったのだろうか。

それとも俺の隣に並んだ女性と俺を結びつけるのが難解すぎて迂闊に声を出してはいけないと思っているのだろうか。

それとも実は美人は俺だけにしか見えない美の精霊か何かだったのだろうか。

この中で一番現実味があるのは二番目の俺と美人が結びつかないだが、実際結びつくような関係は何もない。

一緒に飯を食っただけだ。

それも三回。

これが多いのか少ないのか俺にはわからない。

だけど家族以外の女性と飯を二人きりで食ったのは後にも先にも彼女だけだ。


「青柳」

「ああ」

「お連れ、の方は・・・」

「佐藤さん」

「あー、そう。佐藤さん。初めまして。田島です」


田島がぺこりと会釈したので美人もぺこりと会釈した。

下している長い黒髪が揺れ時を止められるように美しかった。


「佐藤です。今日は有難うございます」

「いえ、行けなくなったので、あの、はい」

 

田島は背負っていたリュクサックからチケットの入った緑色の封筒を出した。


「じゃあ、楽しんできてくれ。あー、今日何があっても教えてくれることないから」

「ああ、そうだな。本当にいいのか?チケット代やっぱ払うけど」

「いい、俺からのご祝儀だから。祝ってるわけじゃねえけど、でも今まで楽しかったのも事実だし。意外と金になったから」

「あー、そうか」

「ああ、まあ楽しんできてくれ」

「何か奢ろうか?」

「じゃあ、そこのワッフル買ってくれ。ワッフル食いたい」

「そんなんでいいのか?」

「いいよ。ご祝儀なんだから。ワッフル。ワッフル」

「わかった。佐藤さんはどうですか?」

「私も買います。美味しそうだなって思ってたんです」

「そうですか」


三人で立ったままプレーンワッフルをもぐもぐ食べた。


「じゃあ、また」

「ああ、有難う」

「有難うございます」

「いえ、じゃあ楽しんできてください。さようなら」

「また何かお礼はするから」

「いいよ。ご祝儀だから。じゃあな」

「結局今日どこ行くんだ?」

「奈良。阿修羅見てくる。今日は京都にいたくないから。じゃあな」


田島は背を向け雑踏に混ざりに行った。


「あの、ご祝儀って、青柳さん結婚、されるんですか?」


田島が見えなくなると美人は言った。

俺の目をできるだけ見ていようとしているみたいに視線をしっかり合わせて。


「いえ、まさか。あの今日行くコンサートで出てくる声優が結婚したんです。湯田恵理那って言うんですけど、田島彼女のファンで。相手も今日出てくる声優なんで見たくないらしくって」

「声優さん同士で結婚されるんですか?」

「はい」

「青野さんは一般の方って書いてました、よね?」

「はい。そうです」

「結婚したら嫌なものですか?」

「まあ、嫌なものですかね。アイドルの結婚と一緒ですよ。まあ法律上絶対結婚しなきゃいけないので、いつかはしょうがないってわかってますけど、まあ、田島の場合相手がちょっと、あれで、その、評判の悪い男で」

「そんなのあるんですか?」

「まあテレビ出てるわけじゃないですけど、一応芸能人だし、ネット見ればいろんな話出てきますから」

「大変ですね」

「まあ、そうですね」

「じゃあ、田島さんみたいにショックを受けてる人がいっぱいいるんですね」

「いますね。チケットネットでいっぱい売りに出されてたので」

「悲しいですね」

「え?」

「好きなもの嫌いになっちゃうなんて悲しいです」


美人は厳かに言った。

それは平衡感覚を持った誰にでも平等な声だった。

美人は心底そう思っているのだろう。

ただ彼女の好きなものとして連想したのがカツ丼、天ぷら、カレーうどん、ラーメンなどのがっつり食べられるものばかりだったので、少し笑いそうになってしまった。

そんな深刻な顔しなくていいのに。

まあ綺麗なんだけど。


「大丈夫ですよ。そのうち立ち直ります。奈良行く元気あるんですから」

「京都にいたくないって大丈夫ですか?京都の方でしたよね?」

「今日だけですよ。何か他にハマるものが見つかれば大丈夫です。まあハマろうと思ってハマってるんじゃなくて、気が付いたらハマっていて抜け出せないんですけどね」

「そういうものですか?」

「そういうものです」

「そう、ですね。奈良行くんなら柿の葉寿司と葛餅がありますしね。あと美味しい草餅も」

「そうですね」


ああ、この人は。

本気で美味しいものを食べれたら人は元気になれるんだと信じ込んでいる。

最早これは信仰なのかもしれない。

美味しいものの敬虔な信徒である美人。

確かに彼女には清廉で踏み込むのを躊躇うような尊さがある。

それは彼女の外見のせいかもしれないと思っていたけど、それだけじゃない。

彼女は芯まで美しいのかもしれない。

このまま永久に彼女がこのままでいられたらいいのに。

でもそんなこと法が許さない。

この美しさに免じて特別に免除してあげたらいいのに。

人は決して見た目で恋に落ちるわけではないと言うが、これほど特別な外見の人間は他人がどう見えるんだろう。

本当に俺にしか見えない精霊か何かだったら良かった。

そうしたら俺は彼女に美味しいものを毎日食べさせてうんと大事にするのに。

何を考えているんだろうと隣を歩く彼女を見るが、目が合い微笑んだ彼女は美と名付けられた階段を一人で延々と登っているような孤独は微塵も感じさせず、普遍的でずっと前からそこにいたみたいだった。

それこそ俺が生まれる前から。



























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