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最優先する青  作者: 青木りよこ
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美人が行きたいと言ったラーメン屋は駅からすぐだった。

店内は混んでいて俺達はカウンター席に並んで座った。

美人は鶏がらスープのこってり醤油ラーメンと豚トロチャーシュー、俺は茹で卵入りとんこつラーメンとチャーハンを頼んだ。

隣に座ったのは初めてだった。

顔が見えないので残念だと思ったが、木霊の様に美しさを感じられてこれもいいかと思った。

ラーメンはすぐ来たので俺達は並んで無言で食べた。

ラーメン屋を出ると美人がコーヒーでも飲みませんかと言ってくれたので、ラーメン屋のすぐ傍にあったイートインできるケーキ屋に入った。

美人はモンブランとコーヒー、俺はティラミスとコーヒーを頼んだ。

今度は向かいに座れた。


「美味しかったですね。ラーメン」

「そうですね」

「豚トロチャーシューが本当に舌で蕩けてこれなら何枚でも食べられるなって感じでした。ご飯も頼めば良かったです」

「そうですね」

「すみません。あの、そういえば今日のお昼は何を食べたんですか?」

「にしん蕎麦です」

「美味しいですよね。にしん甘く炊いたの」

「はい、ネギいっぱいで七味とも合って美味しかったです」

「毎日麺でも平気ですか?」

「三食麺でもいいですね。美味いものって飽きないじゃないですか?」

「飽きないですよね。私も毎日カレーでもいいです」

「俺もいいです」


ケーキが運ばれてきて美人が目を輝かせる。

そうだ、これを見ていなかったと気づく。

でも隣に座ってラーメンを食べている時雑踏の中で彼女を見つけた様に安心した。

この席を譲りたくないと思った。


「美味しいですね」

「はい」

「美味しい以外言えることないですよね」

「そうですね。美味しい以外に言い方ないですね」

「美味しいです。お店中のケーキ食べたいくらい」


また来ましょうと言えばいいのだろうけど、やはり言えなかった。

行きたいお店がいっぱいあると彼女は言ったけど俺と行きたいかは別な気がした。

俺みたいな上手く喋れない人間と行くより友達と行った方が楽しいだろう。

あれ、そもそも何で彼女は俺を誘ってくれるんだろう。

定時で上がれるからだろうか。

写真を見て紹介してくれと言ったと佐々木は言っていたか。

あんな写真で何故?

謎だ。

でも聞くのは少し恐い。


「あの、またお休みの日はイベントに行かれるんですか?」


モンブランを食べ終えると美人はおずおずと口を開いた。

とても寂しそうで夏の夜の最後に上がる花火の様に儚いのは彼女の前に置かれた白いお皿が空になったからだろう。

ケーキくらいいくらでも食べさせてあげたいがそれを言える立場ではないこともわかっている。

身はわきまえているつもりだ。

身の丈に合った暮らし。

それが生きる上の基本だ。

信条と言ってもいい。


「イベントは月末まで予定ないです」

「そうですか」

「はい」


美人が白いカップに唇を持っていく。

淡い色なのに触れただけで白カップにピンク色のコスモスが咲いたように見えた。


「あの、もしよかったら今週の日曜日どこか、い、きません、か。あの、食べる以外で」

「食べる以外?」

「はい、あの、ご迷惑じゃなければ」

「今週の日曜ですか?」

「はい、お休みですよね?」

「はい」

「あの、ダメですか?」

「いえ、あの、実は丁度友達がコンサートのチケットを二枚譲ってくれることになったんです。良かったら一緒に、あの、行きま、せん、か?」

「いいん、ですか?」


勿体ないが俺は美人から視線を逸らした。

彼女の美しさから目を背けたかった。

それくらい彼女はその黒い瞳だけで俺を動けなくさせることが出来そうだった。

テーブルを隔てているはずなのに、まるで千年先の来世の身体までも白いほっそりとした手を伸ばして全身を絡め取られそうだ。

何というか美が強い。

余計なことまで自白してしまいそうだ。

別に隠していることなんか何もないけど。


「あの、でもアニメのコンサートなんです。でも、そのキャラソンとか歌うようなライブイベントじゃなくてオーケストラコンサートなんです。あと朗読もあって、座って聞いてるだけなので、音楽は凄く綺麗なのでアニメ見てなくてもそんなにつまんなくないと思うんです。普通のアニメのイベントと違うからお客さんも静かだし、あの、京都なんですけど、どうですか?」

「はい」

「ついでに京都で何か食べましょう。あの、行きたいお店言ってくれたらどこでも行きますし」

「はい」

「あの、はい?」

「はい」

「はい?」

「えっと、はい」

「あの、行くってことでいいんでしょうか?」

「はい。行きたいです」


俺は泳ぎまくっていた視線を漸く美人に戻す。

彼女はずっとその顔をしていたのだろうか。

美に寄る強制圧迫感はまるでなく、そうっと背中をさすってくれるように優しい。

まるで泣き止むまで待っていてくれたように。


「コンサートって何着て言ったらいですか?」

「あ、普通でいいですよ。オーケストラコンサートっていってもアニメのイベントなので皆普通の服です」

「そうですか、嬉しいです」

「そうですか?」

「はい、私アニメのイベント初めて行きます。声優さん生で見るのも初めてです。あの、何てアニメですか?」

「星が落ちたらってアニメです。去年の夏やってたんですけど」

「青野さん出て、ました?」

「はい、主人公のお姉さんの役で何回か」

「青野さんもいらっしゃるんですか?」

「いえ、メインキャストではないので青野は来ないですね」

「そうですか。私、あの、魔法少女カノンかのんは見たんですけど」

「そうですか、見たんですか」

「はい。でもあんまりよくわからなくて」

「あ、子供向けなので。俺もストーリーっていうより青野が出てるから見てるだけですね」

「青野さんいっぱい出てますよね。あのウィキペディア見てこんなにあるんだって驚きました」

「何本も掛け持ちできますから。レギュラーだけじゃなくってゲストで出たりもするから一話しか出てなくても出演歴に載るので凄い数になるんですよ」

「そうなんですか」

「はい」

「どれから見たらいいですか?」

「青野のですか?」

「はい」

「俺は一番好きなのは世界のはてはてなんです。俺が青野にハマるきっかけだったので。あれがなかったらハマってなかったかもしれなくて。あ、星が落ちたらの主役の上坂君って声優がいるんですけど、世界のはてはての主役も上坂君なんです。日曜日見れますよ」

「そうですか。上坂さん。あの星が落ちたら見ておいた方がいいですか?」

「いえ、その、何て言うか話としてはあんまり面白くはなかったんですよね。オチもちょっと。そっち選ぶってなりましたから。音楽で大分ごまかしたアニメですね。あと声優と。主役三人がホント良かったんですよ。主役三人の声優さんが好きだったら薦めますけど、ストーリーメインに考えたら余りお勧めしないですね。まあ、だから見なくていいと思います」

「そうですか?」

「はい、二十七話ありますし。いいですよ」

「はい」


美人は真面目なんだろうと思った。

予備知識を持っていった方がいいと思ったのだろう。

そんなことしてもらわなくても、どっちかって言うと隣に座っていてくれるだけでいいのに。

その美しさならもう少し傲慢になってもいいのに。

彼女にはその価値が十分にあるのに。


「それじゃ、これ」


駅に着くと俺は美人にお土産を渡した。

彼女は夜を朝に変えるような笑顔を見せた。

本当に魔法が使えるのだなと有り得ないことを思う。

でも本人はいたって真面目だ。

そして食いしん坊でわりと大食い。


「ありがとうございます。食べるの楽しみです」

「家にも買って帰ったので食べたんですけど美味しかったですよ」

「そうですか。本当にありがとうございます。嬉しいです」

「いえ」


また何処かに行ったら買ってきますと言えばいいんだろうけど、言えない。

彼女はお土産の入った紙袋を大きなクマのぬいぐるみの様に両手で抱きしめている。

美しいと言うより可愛いと思った。

彼女は可愛いんだと気づいた。



「あの、日曜日楽しみにしています」

「はい」

「それじゃあ、今日は有難うございました。おやすみなさい」

「おやすみなさい。気を付けて帰ってください」

「はい。着いたらメールしますね」

「はい、そうしてください」


美人はにっこりと微笑んでくれた。

美人表情集に掲載するには鷹揚すぎる笑顔に見えた。

何というか少し砕けていて幼くって危うい。

でも可愛くって目が離せないそんな顔だ。

帰り道男なのに赤い髪のパトロールAIがついて来てくれて自分はそんなに頼りなげだろうかと隣を歩く使命感に満ちた凛々しい人でない美少女を見た。

攻撃力に特化したためコミュニケーション能力ゼロの美少女と連れ立ちもう暗い空を眺め、彼女もこの空を見ているのかもしれないと思い、この気持ちがなんであるか俺は簡単に理解できたがそんなはずはないと自分に言い聞かせた。


空には星が数えるほどしかなかったが、それでも微かに見えて傍にいたら俺みたいな人間ですら綺麗ですねと言ってしまいそうだと思ったので、隣にいるのが彼女じゃなくて良かったと思った。

そして思い過ごしでありますようにと願った。

俺は手に入りそうにないものを一瞬でさえ望むのが嫌で嫌でたまらない性分なのだ。

丁度夜空に瞬く星など誰にも掴めないように。

夜空に囁く様に光るもの、それが俺と美人の適切な距離だ。

近づいたと錯覚することさえできない遠さ。

いけないなと思う。

最近美人を過剰摂取しすぎている。


家に帰ると外食ばかりしてちゃ駄目だよ恭ちゃんと祖母は言い、風呂から上がると紙パックのトマトジュースを出された。

ご丁寧にストローまでさして。

血液がサラサラになるからねと祖母は自分が開発したかのごとく得意げだ。

祖母は現在八十五歳だ。

そう、人生は八十年ある。

ちょっとくらい美味しいものを食べ過ぎてもきっとトータルでは上手くいく。

だから食べられるうちに食べておこう。

見ておこう。

星が落ちてくるよりまたとない彼女を。



















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