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最優先する青  作者: 青木りよこ
22/35

美味しい

「あの、今日は青柳さんに聞きたいことがあって」


串天が来ると美人は口を開いた。

まるで串天が彼女に積極性を与えたみたいに枝豆を食べる手を止め俺をしっかりと見ている。

俺は揚げたてのエビ天の串を手にする。

俺は通常好きなものは最後に取っておく方だが、揚げ物は別で好きなのから食べる。

美人は穴子天を手にした。

彼女はどっちだろう。

俺はエビ天を食べず穴子天の行方を見つめる。

美しい口元に吸い込まれるように薄い小麦色の宝石が消えてゆく。


「あの、聞きたいことって何ですか?」


美人は穴子の余韻に浸っているようで、本当の所聞きたいことなどないように思え聞くのが躊躇われた。

事実美人ははっとした。

恐らく穴子天が俺への聞きたいこと以上だったのだろう。

それは当然だ。

俺もエビ天を口にする。

口内に熱さという充足感が波紋の様に伝わってくる。


「美味しいですね」

「はい」


美人はさつまいも天を手にする。

聞きたいことは?

俺は穴子天を手にした。


「あの、佐々木さんから青柳さんはオタクだとお聞きしてるんですけど、具体的に何のオタクなんですか?あ、あの、私聞いてもわかんないと思うんですけど、お聞きしたくて、あ、でも、あの、お話したくないなら、あの、その無理にとは、すみません」

「あ、あの、多分知らないと思うんですけど、青野椿って声優のファンで、まあいわゆる声優オタクです」

「声優さんですか?」

「はい、知ってます?」

「いえ、すみません。あの、アニメとかの声やってる人ですよね?」

「はい、それであってます」

「そうですか、すみません。私アニメ見なくって」

「いえ、それで普通ですよ」

「あ、でも姪っ子が見てるので一緒に見てることもあります、あの、日曜日の朝にやってるアニメ。女の子が変身する」

「魔法少女カノンかのんですね」

「そうですかね?」

「それにも出てます。紫のパープルカノンが青野です」

「紫?」

「紫の髪の女の子のキャラがいませんでした?」

「いましたっけ?すみません。しっかり見てるわけじゃないので。あのピンク色の髪の子がいたなってくらい」

「ピンク色は主人公です。紫の子は一番背が高くって仲間で一番のお姉さんキャラです」

「そうですか。見てらっしゃいますか?」

「勿論見てます。映画も見に行きました」

「そうなんですか」

「姪御さんて一緒に暮らしてるんですか?」

「はい。姉が離婚して姪っ子を連れて帰って来てるので」

「姪御さんおいくつですか?」

「今年七歳です」

「うちは甥っ子で双子なんですけど、アニメ全然見ないんですよ。広島カープのファンで野球の話ばっかりしてます」

「野球お好きなんですか?」

「いえ、俺はスポーツは全然見ないです。見ますか?」

「いえ、私も見ないです。あ、バレーは見ますけど。バレー部だったので」

「バレー部ですか」

「はい」


意外だ。

運動部と美人が結びつかない。

文芸部とか放課後の図書室で一人きりにしておきたい。

その姿はきっと人類が肉眼で見ておきたいもの五本指には入る。

それか手芸部。

針と糸が恐らく魔法道具に見えるはず。

美しさっていうのはそうなのだ。

真面目に努力を重ねる以上の才能と言う壁、それが生まれ持つ美しさという凡人が持てない最高の武器。

その前には一切の努力は無効化されるもの。

彼女がこつこつと練習を重ねるというのは申し訳ないがどうも想像できない。

それも団体競技。

だが俺はバレーボールというものを体育の授業以外でしたことがないし、ルールもさっぱりわからないのでこれ以上話を広げられない。

美人はその美しい指で薔薇のつぼみの様に枝豆を摘まむ。

指の腹まで女神の吐息がかかったと思われるほど優しく繊細で美しい。

唇に触れられたものから命を吹き込んで行く様に音を産む。

語彙が死ぬとはこういうことなのだ。

彼女は美しい。

それは美味しいものを食べて美味しい以外の言葉が見当たらないと言うそれに似ている。

誰か俺に美しい以外に彼女を表現する言葉を教えて欲しい。

職業柄文字ばかり追いかけてはいるが、本当に追いかけているだけで、俺は何も理解していない。

でもきっとこれはあれだ。

真に迫った美しさを前にして人間は平静なんかではいられないし、地に伏せるしかできないのだ。

圧倒するとはそういうことだ。


「美味しいですね、枝豆」

「はい」

「これくらいの大きさだと天ぷらいくらでも食べられますね」

「そうですね」


俺達は串天と枝豆を食べ終え店を後にした。

駅までの十分ほどの道を俺達は無言で歩いた。


「今日は有難うございました。すみませんお疲れの所無理言って」

「いえ」


松尾芭蕉像の前まで行くと彼女は口を開いた。

十分間ずっと考えていたのかもしれない。

彼女はそんなどこか不器用な感じがある。


「あの、すみませんでした。何かあんまり上手に喋れなくて。私いっつもそうで」

「いえ、楽しかったです」

「本当ですか?気使ってません?」

「使ってません。美味しいし楽しかったです」


楽しいより美味しいと言った方が彼女は喜ぶと思った。

だって彼女はきっと楽しいより美味しいを選ぶと思うから。

まだ二回しか会ってないけどそれくらいは俺でもわかる。

彼女の最優先は美味しいだ。

そして彼女に美味しいと言わせられるのは彼女の唇に選ばれた彼女の体内に入ることを許された選ばれしものたちだけ。


「あの、ご迷惑じゃなかったら又会って貰えますか?」

「はい。俺で、良ければ」

「良かった。私まだ石山で行きたいお店いっぱいあって」


そっちか。

嫌そっちでいいし、寧ろその方がいい。

こうなったら石山で彼女が食べたいものが尽きるまでお付き合いしよう。

だって俺だって悪い気はしない。

自然に目の保養になるし寧ろ気分がいい。

俺で良ければと言った時の彼女のまるで心地よく吹き抜ける風をロミオとジュリエットのようなバルコニーで受けているかのような晴れやかな顔を見たことがある人間はいるのだろうか。

美味しいと言った時に彼女が見せる顔に比べたらやや分が悪いかもしれないが、それでもこんな顔を見たことがある男はこの世にそうはいないと思われる。

彼女の食べたいものが尽きるまでだ。

それまではこの降ってわいた非日常を俺も楽しむことにする。

まあどんなことがあっても好きな声優と恋に落ちるなんていう超展開に比べたらなんてことはない。

例え相手がどんなに美人で、優しくて、食いしん坊で、不器用で看護婦という盛りすぎな設定であっても。

















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