仕事
私は両親が愛し合い生れた子供ではない。
こういうと語弊がある。
身体の一部をパズルのピースの様に繋げていく行為を便宜上愛し合うと隣の国では言っているが、それこそ技術的後進国の野蛮人の言うことだ。
真に受けてはならない。
私は今年三十になる。
隣の国ではその年で独身でいると言うことは許されていない。
優秀な日本国民を残すためと言い強制的に男女を結婚させているらしい。
私達の国ではとっくに禁止されたが、あの国は未だに女性に痛みを強いる出産を強いているという。
考えられない。
わが国では感染症や精神が汚染されるのを防ぐため、獣ごっこは火星から来た貴族達にしか許されていない。
火星に選ばれなかった西。
失われた双子。
あの国には獣が溢れている。
嫌、獣ではない。
禍々しい怪物が。
さて、どうしよう。
別に事実がそのまま書いてあるだけで、火星を称賛しているわけでもなければ、現体制を批判しているとも言えない。
禍々しい怪物が何を指すのかも不明だ。
まあ、削除するところは見当たらない。
このままいこう。
俺の仕事は検閲だ。
日本で出版される所謂純文学を担当している。
俺は学生時代国語の成績が良かったわけでもないし、小説なんてはっきり言ってまるで読まない。
大学も工学部で、AIが作りたくってこの総合商社に入ったわけだが、検閲部に配属された以上仕方がないと早々に諦め日々業務に当たっている。
俺は諦めはいい方だ。
就職が決まって初めてこの国に検閲などと言うものがあるのを知った。
検閲の仕事は日がな一日パソコンのモニターで出版社から送られてくる原稿を読み、出版できないと判断した部分を消していく。
削除対象は火星を称賛することと、現体制を批判することだ。
それ以外の過剰な性描写や暴力描写は漫画と違って規制は緩い。
ただし小児性愛は除く。
子供の裸の描写は生まれたばかりの赤ん坊のみ許されている。
勿論男女共に、だ。
隣の国ではまだ男と女が愛し合う行為に寄って子供が出来るということにしている。
その方が彼らにとって都合がいいのだろう。
子供は女性だけが産むもの。
男性は産めないと頑なに信じられている。
そんなことはないのに、国が愛を斡旋する。
男女であることを押し付ける。
それ以外の組み合わせなどないかのように。
可能性を踏みつけていく。
同性婚、男性妊娠の話だろうか。
難しい。
同性愛の性描写は同意であろうが削除対象だ。
結末も二人の未来が完全に閉ざされ、悲恋であらねばならない。
どうしても出したいものがあるのならスパコミで出せばいのに。
同人誌即売会までは検閲対象じゃないからあそこは唯一表現の自由が許された地だ。
この仕事は定時に帰れるし、給料だって悪くない。
場所だって駅からすぐだ。
だがパソコンのモニターを一日中眺める仕事だから目が痛い。
ひたすら痛い。
だから俺は時々じっと目を瞑ったり、遠くを見るようにしている。
昔アメリカと火星で戦争があった。
アメリカと火星の戦争が終わり日本はアメリカと火星で分割されることになった。
その結果青森秋田岩手山形宮城福島新潟茨木栃木群馬千葉埼玉東京長野が火星の領土となった。
火星の最新の子作りが入って来て、その結果私の祖母は腹を痛めて子供を産んだ最後の世代となった。
お婆ちゃんは言っていた。
「あんたのお母さんが出来ちゃったから結婚しただけでお爺ちゃんのこと別に好きじゃなかったよ。
もしかしたらお爺ちゃんの子じゃなかったかもしれないし」
子供の頃こんなことを言われ死んだお爺ちゃんが得体のしれないものに見えたことは確かだ。
赤の他人の男と風呂に入り、抱っこしてもらっていたのかと。
その日初めて怖くてトイレに行けなくておねしょをしてしまった。
これを隣国は愛の行為という。
獣であることが推奨される。
獣でない人間は淘汰される。
私はあの国では生きられないだろう。
生きたくない。
何が言いたいのだろう。
純文学はこんなのばっかだ。
あからさまに「火星万歳、日本滅びろ」とかだったら簡単なのに。
まあ実際火星統治下の東日本がどんな状態なのかはわからないからいくらでも書けるのだろう。
最近特に多くなってきた気がする。
過去も現在も嘘は付けないが、未来と未知の世界は自由だ。
作家とは見てきたように嘘をつく。
火星側の主人公が人気なのは全てが架空だからだろうか。
実際貴族がいるのか王族がいるのかさえ誰も知らない。
勿論代官山に世界一美味しいケーキ屋があるのかも、何も。
昼飯の時間だけがこの会社にいて唯一楽しい時間だ。
モニターを眺めなくていいし、うちの社員食堂の飯は美味い。
俺がケチャップまみれのバターの香りが芳醇な幸せを運ぶ特製大盛りナポリタンを前にしていると佐々木がやって来て「よう」と言い俺の前の席に座る。
「美味そうだな」
俺はナポリタンを口に運ぶ。
美味い。
間髪入れずに味わいたくなる。
俺は佐々木を気にせずナポリタンを運ぶ係となる。
「なあ、あのさ、あの美人ちゃんのことだけどさ」
俺はそこで動きを止めてしまう。
仕方がないだろう。
美人と言う単語を前にしては庶民はいつだってへりくだり姿勢を正すしかない。
それも俺はその美人の意味を正しく知っているのだ。
この世で美人といったら今の俺にはあの人しかいない。
「ああ」
「お前の連絡先教えといたからそのうちかかってくるかも」
「は?」
「嫌、だーかーらー、あの子にお前の電話番号とメールアドレス教えたの」
「勝手にか?」
「別にいいだろ。詐欺師とかじゃないんだから。美しい看護婦さんだよ」
個人情報保護。
俺は再びフォークを動かし、赤い魅惑の糸の山を動かす。
「でも期待しないほうがいいかも。かかってこないかもしんねえし」
「ああ」
勿論だ。
期待などしない。
「まあかかって来てもあんま驚くなよ。向こうは好印象だったみたいだぜ」
「そんなわけないだろ」
「ホントだって。じゃなかったら連絡先教えて下さいなんて言うかよ」
俺は水を飲み、千切りキャベツを胡麻ドレッシングで食べる。
昨日食べたキャベツの方がずっとずっと美味かった。
「お前はどうだったわけ?」
「何が?」
「美人ちゃん」
「どうって、美人としか・・・」
他に言いようがない。
彼女は美人。
それは覆りようのない事実だ。
「そうじゃなくって、付き合いたいとか思わなかったかってこと」
「そんなこと思うわけないだろ」
「何で?」
「俺の方が何で?だ。そんなこと思えるわけないだろ」
「何でだよ、あの子がお前指名してきたんだぜ。紹介してくれって」
「は?」
「嫌、あのさ、穂乃果にさ写真送ってくれって頼まれたんだよ。俺の独身の知り合いの。で、結構いっぱい送った中からお前を紹介してくれって言われたんだぜ」
「写真なんていつ撮ったんだ?」
「悪い。隠し撮り。だってお前写真撮っていいかって言ったら嫌だって言っただろ?」
確かに言った。
写真を撮られるのは嫌いだ。
「その写真が良かったのかもな。横顔で賢そうに見えてさ。お前だけだもん隠し撮りになったの」
ほれ、と言って佐々木が俺に携帯を見せる。
自分の顔なんか見たくもないが、確かに実物よりよく見える気がしないでもない。
社食で撮ったのか。
全然気が付かなかった。
完全に無防備だ。
首を落とされても気づかないだろう。
「でさ、穂乃果が喜んじゃって、どうしてもお前を紹介して欲しいって。穂乃果はさ、美人ちゃんにどうしても自力結婚して欲しいんだよ。結婚相談所じゃ自分で選べないだろ?どんな男用意されるかわかったもんじゃないからな」
「まあ、そうか」
確かにとんでもないDV男かもしれない。
離婚は認められているが、その前に殺されてしまうかもしれない。
あんな美しい生きているだけで感謝されるような女性が。
「だからさ、美人ちゃんがもっと積極的に行くかと思ったんだけど、まあでも、まだわかんないな、俺はかけてくると思う」
「こないと思う」
「そうかな、俺はお前と美人ちゃん、縁があると思うよ」
「どこが?」
「青柳美青っていい名前じゃね?」
「青の付く名字なんていくらでもあるぞ」
「俺の知り合いじゃお前だけだよ」
「それだけか?」
「それだけだよ、縁なんてそんなもんじゃねえの?」
「ない」
「でもさ、現実味がないとは言い切れないだろ?同じ世界の住人じゃないとまで思えるか?そこまで遠く感じたか?」
確かに青野に比べたらよっぽど近く感じる。
憧れと言うのは世界で一番距離が付くと言うことなのかもしれない。
青野のことは尊敬している。
生まれ変わったらこういう人間になりたいと思う。
でも美人さんはどうだろう。
彼女のようになりたいとは思えない。
なりたいというより彼女は見たい。
できれば食べているところを正面からじっくりと。
こういう気持ちを何というのかはわからない。
単純に言うと好ましい。
でも正直もう一度見てみたいと思う程度で、この先一生会えなかったとしても全然かまわないから彼女は気になるあの子ですらない。
美人と言う概念。
美の擬人化。
受肉した美。
美の付喪神。
どれも生活するのに必要ではない。
俺の日常に美しい青は必要ない。
俺の青はたった一人、お世辞にも美しいとは言えない面長の世界一尊い声帯を持つ青野椿。
彼女だけがいたらいい。




