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第七章「人」

 佐久真の聴取は警察が担当することになった。

 が、四ツ原の計らいでまつり達も三十分だけさせてもらえることになった。留置所管理課にもその旨は伝わっていたようで、それを告げると一瞬嫌そうな顔をされたが、会わせてくれるらしい。

 熊ケ谷とまつりが取調室に着くと、薄暗い部屋の隅を見ていた佐久真が顔をあげる。

「やあ、一日ぶりだね。まつりちゃん」

「……そうですね」

「レイは? そっちが保護したんだろう?」

「レイちゃんは、重要な体質です。こちらで保護することになりました」

「なるほど。貴重なサンプルとして、どこかのお偉いさんの養子にってとこ?」

「サンプルなんて、そんな!」

 声を荒げたまつりに目もくれず、佐久真は冷たい言葉を放つ。

「いっそのこと死んでくれていたら、証拠も隠滅できたのに」

「そんな言い方、あなたは本当に……!」

 かっとなった頭に「……氷田?」と、熊ケ谷の普段より低い声が響く。

 その声に現実に引き戻された。

「相手に翻弄されてどうする? 君の仕事は少しでも多くの情報を得ることだ。できないなら五条に代わってもらう」

 ゆっくりと息を吸い、堪える。

「大丈夫です。失礼しました」

 頭を下げたまつりを熊ケ谷はもう責めない。

 顔をあげるといつも通りの柔らかな笑みがあった。その顔にほっとして、佐久真と向かい合う。

「まず、佐久真さんは、あなたが今回の計画を立てたんですね」

「そうだよ」

「どうしてこんなテロリストみたいなことを? 都郷連合との血盟もそうです。あなたはどうして薬にそこまで……」

「知りたかったから」

 警察からの調書では黙秘を決めていたはずだ。

 熊ケ谷が気付かれないように頷いたのがわかる。完全黙秘というのは一番厄介だ。だが、やはりまつりには気を許しているのか、応じる意思が見える。

「何を、ですか?」

「シュガーはもうすぐ副作用や依存性がなくなる。それでも君たちは取り締まるの?」

 それを聞いた熊谷は「なるほど」と納得したように呟く。

「君の研究施設はよくできていた。ちゃんとした医療用品の研究所にしか見えなかった。それほどまで慎重な君がどうして恋人がシュガーをばらまくのを止めなかった。依存性を少なくして、どうするつもりだった?」

「僕には一部の薬物は反応が出ない。僕はね、昔から周りの大人の演説を聞いてたよ。体に悪いから、将来を大切にして。それを聞いて思ったんだ。じゃあ、僕はいいだろうって。社会は何を怒っているんだろうって」

「――なるほど、君は正しさとは何かを問いかけたかったのか。それで、厚労省に訴えかけるように今回の事件を起こしたんだな」

「事件だなんて失礼だな。これは計画だ」

 悪びれもない態度に、まつりは身を乗り出す。

「ふざけないで、あなたのためにたくさんの人が死んだのに!」

「発展に死はつきものだ。君が使っている携帯端末も、もともと軍事技術。戦争の産物だろう?」

 熊ケ谷が宥めるように、まつりの肩を掴む。

 気持ちを堪えて腰を下ろしたまつりの代わりに、熊ケ谷が問いかける。

「君が言うように、いつかシュガーが認められる日が来るのかもしれない。でも、君がしたことで今日までに涙を流した人を、俺たちは知っている。だから俺は君を許せない」

 佐久真が熊ケ谷を鼻で笑い飛ばす。

「許せない? 社会の犬なのに?」

「犬にも感情はある。正義を確かめたい。大いに結構だ。だが、それを問う方法が間違っていると思う以上、俺たちは君を止める。俺たちは自身で判断し、なんらかの方法で君を捕らえる。譲れないものは自分の中にある」

 そうだろう、と問われてまつりは顎を引いて肯定する。

 その答えを見た熊ケ谷は射抜くように佐久真を見る。目に宿る鋭い光は、佐久真を捉えていた。

「たとえ、社会がシュガーを認めても、俺たちは君の過去や研究を否定する。たとえ君たちが何度、俺たちを金やコネで潰しても。何度でも立ち上がる。そして俺たちが信じる正義をふりかざす」

「正義? 笑わせてくれるね。国に縛られて、君たちは俺を指をくわえて眺めるしかできない」

「縛られてなんてない。選んだ場所が、たまたまマトリだったというだけだ。俺たちは常に自分の意志で行動している。俺も、氷田も、佐藤もだ」

 真っ直ぐに、熊ケ谷は佐久真を見据えた。

「あまり、人をみくびるな。お前たちが思うほど、俺たちは弱くはない」

 その言葉に佐久真は何かに気付いたように目の奥を光らせる。

 そして腕を組み、無言のまま何かを考え込むような仕草をしていた。

 まつりは熊ケ谷の言葉に、すっと胸の靄が晴れていくのを感じた。

 ずっと自分がここに居て良いか悩んでいた。でも違う。まつりが正しくあるために、正しい側でいるために、ここにいて良いのだ。ここなら、それができる。強い自分でいられる。

「――金の泉は、どうして?」

「知りたかったんだ、君があれを見てどう思うか。僕たちが本当に悪だというのなら、君はあれを見たときに躊躇なく僕たちを責めたはずだろう?」

 間違っていたかな、と問う佐久真。純粋なその問いかけは子供のようだった。

 彼はずっと誰かに――社会に認められたかったのかもしれない。どれだけ自分に人望があって、周りに守られているのかは知っている。それでも、自分に絶対に手の入らないものを、求めている。

「それは私ではなく、社会に決めてもらってください。でも社会は人が作ったものです。人を傷つけることにためらいのない人には厳しいかもしれませんね」

 その答えを聞いて、佐久真は不意に沈んだような顔をした。

 深い闇を知った目がこちらを見た。

「オヤジが君に鍵を託した理由がわかったよ。実はオヤジはそれぞれに別の金の泉を用意していてね。君はどこまでも公平で人を大事にする人だ。だから、理解したうえで、オヤジのあれを守ろうとしてくれた。君が守ろうとしたのは心だ。でも、僕にはあれが金にしか見えなかったよ」

 自分を責めるようにそう言うと、佐久真は頬杖をつきそっぽを向いた。

 彼の手にそっと手を重ねる。

「変わりますよ。変わらない世界なんてありません。いつか見に行きましょう、ケシじゃなく、彼のお孫さんが作る綺麗な苺畑を」

「ああ。夢のような言葉だね。きっと、無理だろう」

「可能性は低いですね。でも、ゼロじゃない。私たちの体質が奇跡のような可能性なんです。あり得ない話じゃないでしょう?」

 資金を貯めて、また畑を買い戻す。途方もないそんな夢。もうすでに困難が約束された、潰れかけた夢。それを信じる――まつりの決意を聞いた佐久真は、少しだけ顔をこちらに向けて、乾いた笑みを浮かべた。

「君を手に入れたら、世界が変わる気がした。それはきっと、君が僕と似てるからだと思っていた。でも違った。君のそのきれいな心に、僕はこんなにも強く惹かれていたんだな」

 うなだれる佐久真の手に、まつりはぎゅっと力を籠める。

「やり直せますよ、何度でも」

 佐久真は僅かに期待をこめた目をまつりに向け、そして諦めたような笑みを浮かべて頭を振る。

「僕は組にとって金のなる木だ。僕が逃げようとしても、組がそれを許さない。僕はもう戻れない。こういう生き方しかできないんだ。それでも、君にそう言ってもらえて良かった」

 時間です、と管理課の担当に呼ばれた。

 不正を防ぐための開けっ放しの扉から、元々取り調べていた捜査官が待っている。憮然とした顔つきに慌てたまつりに、佐久真は少し笑った。

「時間切れだね」

 そういうと彼は決別を意味するように、まつりの手を振りほどいた。

 そしていつもと変わらぬ、少し余裕げな顔をまつりと熊ケ谷に向ける。その目は少しだけ寂しそうに見えた。

「――僕は近いうちにここを出る。まつりちゃん、捕まえられるものなら捕まえてみろ。僕はその日を待っているから」

 彼はもう、いつも通りの澄ました顔をしていた。

 熊ケ谷に声をかけられて、まつりは席を立つ。

 一度だけ振り返ると、佐久真は、やはり余裕気な笑みを浮かべていた。


   *


 しおりとの面会をとるのは大変だった。

 戸籍上違うとはいえ、肉親であるまつりを会わせられないというのは何度問いかけても変わらなかった。厚労省経由でなんとか搬送先の病院を説得した。手術後生死をさまよっていたおりが意識を取り戻し、一か月。度重なる説得にようやく折れ、まつり以外ならという取り調べの希望ということで妃早と久住が担当することになった。

 まつりは駐車場で、テレビ電話でその様子を見守ることにした。

 医師立ち合いの中、二人が病室に入ると、しおりは無言でこちらに目を向けた。

「少し話をさせて」

 そう言って用意されている椅子に、久住と妃早は腰を下ろす。しおりは鬱陶しそうな目で妃早を見た。

「すました顔。殺したいほど憎いくせに」

 毒づくしおりに、妃早は憎悪のこもった目をしおりに向けた。その迫力のある目に突き刺されたように、しおりの表情が凍りつく。

「憎いわよ。あんたなんか、死ねばいいと思ってる」

 はっきりと妃早は言った。

 病院の中の空気が緊張で張り詰める。

「でも、やらない。まつりが信じてくれている。どんだけ裏切ったって、あの子は私の手をとってくれる」

「……そうやって、杏ちゃんは捨てるのね」

 バカにするようなしおりの言葉に、少し考えるようなわずかな間があった。ゆっくりと息を吸い込んで、妃早はまっすぐに前を見据える。

「杏も、まつりも大事よ。だからここで、欲望のままにあなたを殺さない。どちらも大事にして、強くなれる。薬なんかなくても、人は強くなれるわ」

はっきりと告げる妃早にしおりは悔しそうに顔を唇の端を歪めた。

「人はそんなに強くないわ。いまだけよ。あのとき、私を殺そうとしたあなたはまだあなたの中にいるんだから」

 妃早が怯えたように肩を震わせた。そんな妃早の代わりに、静かに見守っていた久住が口を開く。

「そうだろうよ。きさも俺もお嬢も、強くない。だから強くあろうとする。精一杯、虚勢を張って自分を作る。大事なものをなくさないために。自分は弱いから。そんな言い訳で、あんたみたいに大事なものを傷つけてしまわないように」

 しおりが、「はっ?」と短く笑った。

「大事なもの?」

「お嬢なんて嫌いだって言ったな。でも、あんたがそういうしんどい思いをしてまで良い自分であろうとしたのは、誰のためだ? お嬢や、家族。そういう大事なものを、守りたかったからじゃないのか?」

 しおりはぎりりと奥歯を軋ませた。そして、それを拒絶するように叫ぶ。

「やめてよ、愛とか家族とか、くだらないっ!」

 怒気を含んだ口調に、久住はまっすぐな言葉で返す。

「愛なんてくだらない、そう言いながらあんたが一番それに執着してる。お嬢に嫉妬したのはなんでだ? 佐久真や両親からの愛情がほしかったからだろう?」

「やめて!」

 しおりは耳を塞いだ。何かに怯えるように、彼女の綺麗な瞳が揺れている。

「あなたたちも、あの子も嫌いよ。どうして、潰れないの? どうして信じられるのよ、不確定で曖昧で、いつ裏切られるかもわからないのに」

 その言葉を呑み込むように、妃早はそっと目を閉じた。

 誰よりも、そう思っていたのは妃早だ。

 過去から抜け出せずにいた自分としおりを重ねているのだろう。

 瞳を開けた妃早の眼差しは、どこまでも優しく、しおりを見守っていた。

「……いつか裏切られる日が来ても良いの。もしそれで傷ついて本当にしんどいのなら、手放すわ。自分に持てないものを求めるのは、苦しいでしょう?」

 苦しいという単語に、しおりの目が潤んでいく。

「それでも、それがほしかったらどうするの。どうしても譲れないものなら」

 妃早はにっこりと微笑む。

「ほしいって言えばいいじゃない。それでダメだったら諦めもつくでしょう?」

「諦めつかなかったら?」

「――頑張って手に入れればいい。しんどくても辛くても、本当にほしいのなら」

 しおりは何かを受け入れるように唇をきつく噛んだ。

「でも、間違った方法で手に入れてはだめよ。そんなに無理やり手に入れたら、いつかは壊してしまうわ。そうでしょう?」

 子供に言い聞かせるように、妃早は丁寧に答えた。

 傷ついた子どものような顔のまま、しおりはゆっくりと目を伏せる。静かに流れた涙に、妃早はもう何も言わなかった。

「レイは元気?」

「レイちゃんは元気ですよ。心はまだまだ、ですが。養子も組んでもらって、そこの家に、たまに俺たちも見に行ってます。あなたと会いたがってますね。でも」

「わかってるわ。もう会わない。でも、――無事でいてくれて良かった」

 しおりの涙声に、胸が塞がりそうだった。

 彼女たちが映っているディスプレイを伏せて下を向くと、運転席にいる熊ケ谷が心配そうにこちらを見る。

「氷田、大丈夫か?」

「はい……問題ありません」

 精一杯涙を堪えた。そんなまつりに気付いて、熊ケ谷はわざと外に目を向けていた。

こちらを見ないまま、彼はいつも通りの声でまつりを呼ぶ。

「――氷田。今回はお前にはしんどい事件だった。良くやってくれた」

 けっして、慰めるような言葉じゃなかった。悲しいでしょう、苦しいでしょう、泣いていいですよ。そんな優しいだけの言葉だったら意地を張って踏ん張っていただろう。

 だが、思いもよらぬ上司としての労いの言葉に、我慢していた堰が外れた。

 涙が洪水のように溢れ出す。せめて気付かれぬようにと、声を抑えて泣くまつりを、熊ケ谷は見ようとしない。それが優しさだとわかっている。

 苦しくて、しんどくて、悲しい――それでも、頑張っていたのだ。これで良かったのだ。

 まつりはようやく、自分に言い聞かせることができた。

 やっと前に進める。

 妃早たちが戻ってくるまで、まつりは涙を流し続けた。


   * 


 事件の事後処理もようやく落ち着いてきた。

 久々の丸一日の休日に、まつりは自宅にいた。くつろぐためではない。

 妃早と久住、熊ケ谷、玲央も一緒だ。

 そして――大量の段ボールの中に、荷物を詰めている。

「妃早さん、こっち終わりました」

「きさ食器も終わったぞ!」

「佐藤、こっちも終わったぞ」

「キサキ。リビングも終わりましたよ?」

 その様子を見て、本を移していた妃早が焦ったように振り返る。

「ありがとう。あとこれだけだから、もう少し待ってて」

手伝おうか、とまつりと久住は同時に訊ねた。

 久住と目を合わせると、彼は折れたとでもいうように肩を落として「ビールでも飲んでるよ」とまつりの頭をくしゃくしゃに撫でて立ち去る。

 熊ケ谷と玲央は冷蔵庫から出したビールを飲みはじめていた。

 もう、とまつりは唇を尖らせるが、久住が自分に譲ってくれたのだと思うと、その優しさがくすぐったい。

 まつりは迷わず妃早の隣にいき、段ボールの前に座る。

「妃早さん渡してください。私、詰めます」

「……ありがとう」

 その微笑みにつられて、まつりも笑う。

 妃早が近畿に異動するという辞令が出たのはつい先日だ。

 元々異動が多い職場だが、単独行動が要因となって危険地域である近畿にとばされたのは明らかだった。

 少し不安だったが、それを引き受けた妃早の目は以前のように強い光を宿していた。まつりは笑顔で送り出すことに決めたのだ。

(寂しいけど、我慢)

 本をすべて移し替え、段ボールにガムテープを止める。

「終わったー」

 伸びをする妃早に、ビールを飲んでいた皆が笑う。

「あ、きさ。わからなくなるんだから。品物名マジックで書いとけよ」

 目ざとく久住が言って、うんざりした顔で妃早はマジックをとりに行く。

 戻ってきた妃早は黒いマジックと、そして――あるものを持ってきた。

「腕時計、ですか?」

「うん。私が警察だった頃、ボーナス貯めて買った。少しいい時計」

 ピンクゴールドの時計は中にダイヤがあしらわれていて、おしゃれなデザインだ。それを差し出して、妃早はまつりを見た。

「これ、お古だけど良かったら貰ってくれないかしら?」

 戸惑うまつりに、妃早は笑顔のままそれを押し付けた。

「どん底な時を一緒に乗り越えた時計なの。辛いことこれからもあると思う。でも、これを見て思い出して。乗り越えられないことなんて、ないんだって」

 乗り越えられないことなんてない。嘘みたいな魔法の言葉なのに、妃早が言うとと、本当にそう思える。まつりが頷くと、妃早は優しく左手首をとった。そして、丁寧に時計をつけてくれた。

「たまには電話して。仕事でこちらにくることとかあるでしょう? そのときにはおいしいものを食べながら、恋バナでもしましょう」

 そういえば、そんな女子らしいことをしたことがなかった。

 この部屋に一緒に過ごした数カ月は激動だったし、何より先輩後輩のような関係がずっと続いていた気がする。

「まつり、一緒にいてくれて。見捨てないでくれてありがとう」

 握手を求められ、まつりの目頭に熱いものがこみ上げる。

 涙を必死に堪えようとするまつりに微笑んで、妃早は優しく抱き寄せた。

「本当に、お前たちは仲がいいな」

 熊ケ谷達が笑ってこちらを見ている。

 まつりと妃早は体を離し、お互いを見ると肩を竦めて笑った。

「キサキ、こちらを向いてください」

 玲央の声に振り返った妃早の目が丸くなる。

 そこには妃早をイメージした淡い紫のバラをメインに作ってもらった花束を抱えた玲央が立っている。

 まつりは一歩身を退き、驚く妃早の顔を見てにっこりとした。

 玲央が妃早に近づき、ゆっくりとした動作で花束を渡す。

 妃早は泣きそうな顔でそれを受け取った。

「花は氷田が選んだんだ」

 熊ケ谷の言葉に、まつりはぶんぶんと顔を左右に振った。

「いえ、選んだだけで、言い出しっぺは久住さん」

「それを言うなら金を出したのは熊ケ谷さんだぞ」

 皆で押し付け合っていると、妃早は泣きながら小さな笑みを浮かべた。そして、全員を見回してぎゅっと花束を掴むと頭を下げる。

「本当に、今回はご迷惑をおかけしました」

 肩を震わせながら謝罪をする妃早の肩を、熊ケ谷がそっと叩く。

「君は一度道を踏み外した。けれどもう大丈夫だろう?」

 顔を上げた妃早に、熊ケ谷は優しい眼差しで応えた。

「近畿のマトリはここよりも危険なことがあるはずだ。その時は今回のことを忘れず、自分の中の正義を信じろ。君はもう、君自身や氷田を苦しめることはしないと信じている。何か困ったことがあったら連絡をくれ。俺たちは少なからず力になろう」

 泣きそうなのを堪えて、「はい」と妃早が答えた。

「ほんとに、ありがとうございます。私を引き取ってくださって、熊ケ谷さんの下で働けて、幸せでした」

「引き取ってなんて、自分を荷物みたいに言うんじゃない。この三年間。君はよくやってくれた。本当に――今までありがとう」

 妃早の涙腺が崩れた。子どもみたいに号泣する妃早の周りに、皆が集まる。

 温かな光景は少しだけ眩くて、まつりは目を細めて微笑んだ。

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