始まる
勇者に不覚を取り、ジョーゼフに心配されてから早1週間。それは突然だった。
本当にもう、突然過ぎた。
「ハイネダルク様!報告です!」
いつもの通り、いつもの如く、自分の部隊に属する隊員達を鍛えていた時、慌てたように部下のルッシーが駆け込んできた。
15ある部隊の中で、私が指揮を執っているのは7つ。他は私と同数の7つをジョーゼフ、1つを魔王様自らが。
私の7つの部隊は、どちらかというと戦重視ではない。そちらはジョーゼフの分野だ。脳筋達をまとめるのは同じく脳筋と言おうか。
脳筋、とは言ってもどこにそんな筋力を隠してるんだと思うくらいジョーゼフは細身なのだけれど。
一方私の部隊は、大まかに言えば暗殺、偵察、潜入捜査に後処理など、隠密なものが多い。
細かくは分けているけれど、このルッシーが属する隊も偵察。
そのため、ジョーゼフの隊は屈強で、大剣を振り回すような男達が多いのに対し、私の隊員達は半数が女性が占め、男性に関しては、パッと見分からないような優男が多い。……腹の中はドス黒い者ばかりだけれど。
クルクルとカールした金髪を肩まで伸ばしたルッシーは、偵察中隠していたであろう、三ッ目族特有の額にある目、にかかる髪を手で避けながら口を開いた。
「先日発覚した、勇者一行についてですが」
「…あぁ。…何か動きが?」
その単語に苦い思い出が蘇るのだけれど、あ、私それには関わりたくありません。とか言えないし、このままじゃ逃げたも同然と思われる。早めに一発、拳でもおみまいしたいところだ。
「じ、実はですね、数日前からこちらに向けて進んでいたのですが」
ルッシーはそこで区切ると、言いにくそうに、もごもごと口の中で言葉を回していた。
あら?進んでいた、ということは?ていうかその報告受けてない気がするのだけれど。
「なに?」
「そ、その………先程、魔王様のゲートが破られたと」
「はぁ!?」
続きを促さなければよかった。
魔王様のゲートとは、以前勇者を見に行くため通った門のことで、四六時中門番が見張り、人間側からでは見えないようになっている。
それが、破られた。
……………ありえない。
まず見えないはずの門をどうやって見つけたのか。見つけられたとしても、あれは魔王様の魔力を帯びているもの。それを破るとなると、相当の力……物理でも魔法でも、とにかくぶっ壊せるだけの力が必要になる。が、これ、魔王様の魔力を凌ぐ力が必要となる。正しく言えば、魔王様の魔力の欠片なのだけれど、欠片だろうがなんだろうが、中々にあるはずのない力ということになる。
仮にその力があったとして。門をたたっ壊した後に待っているのは門番。幹部程でないにしろ、彼らも門番である故、相当の強さを誇る魔族達。それに勝った?
……………あ、ダメだ頭が回らない。
とりあえず、ひとつ言わせて。
「何故進軍してきた時点ですぐ言わない!?」
「す、すみません!だって、ゲートが見えないのにどう開けると言うんです!?」
ルッシーの言うことも分かるけど。わかるんだけど!
なんでちょっと様子見、とかしちゃったのかな!?
急いで訓練を中止し、部下達に実践武器を取りに行かせる。武器庫まで、ここから数分。全員が武器を手にしてここに戻るまで……ダメだ、相当にかかってしまう。
ゲートからここの城まで、障害と言える障害など、魔族軍が停留する街や村が五つと、魔物が住む森が二つほど。
ゲートから一番近い街までは、人間の足だと半刻も掛からない。ここからそこまで、飛ぶか、魔族の足で間に合うかどうか。
急がないと、何の罪もない街の人達が。
「ルッシー!」
「はいい!!」
声が裏返っているのは気づかなかった振りをしよう。
それよりも。
「ジョーゼフのとこに行って説明して、隊を動かしてもらって。今なら東の訓練場にいるはずだから」
「は、はい!!」
ジョーゼフの隊は今二つが実践訓練。他は休憩やら魔王城周辺の見回りだったり。動くまで時間はかかるけど、そこは私の隊の方が機動性はいい。戦える隊は動かして、なるたけ食い止める。
一目散に駆けていくルッシーの後ろ姿を見ながら、訓練のために置いていた刀二振りとサーベルを取り、魔王様に報告に向かうことにする。
私の隊が揃ったらゲートまで急ぐように、と隣にいた兵士に伝え、歩き出す。
なんて説明したものか。
確実に、面倒なことになる気がする。
「俺が出ていってやらァ!!」
報告して1分後。魔王様はデスク横に置かれた2メートルもの大剣を担ぎ、何故か窓から出ようとしていた。
何からつっこんだものか。
「ん?あれ、ちょ、ぢょ!?ジベットさん!?痛い痛い痛い!!何気に切られるより痛いよ!?」
魔王様の尖った褐色の耳を掴んで部屋に戻すと、大剣を下ろさせ、魔王様を椅子に戻す。
威厳も何もあったものじゃないなほんと。
「いいですか?アンタは一応なりともここの大将なんですよ。何かあったら魔族は終了なんですよ」
「あれー?ジベットちゃん?アンタって言った?一応って言った?」
「ですから、(ガキみたいにはしゃいでないで)ここで指揮を執って、(無駄な好奇心しまって)待っててください」
「あれ、なんか色々伏せられてない?ん?」
完全に魔王様を無視して、刀を腰から一振鞘ごと抜く。
酷い、主に向かってあんまりだ、と萎れる魔王様ですが、そんなこと知りません。
一人つまらなさそうな魔王様の前で跪き、刀を立て、魔王様を見上げる。
じっと黙って見つめていると、一つのため息の後、「可愛くないなぁ」と呟いた魔王様の紅い瞳がゆるりと閉じられた。どうでもいいけど、可愛さなんて持ち合わせてませんよ。
そして再び開かれたそこには、さっきまでとは程遠い、おどろしい光が宿っており、知らず背筋が伸びる。
いつもおどけたようなこの人の、こういった時のこの瞳は、本当に美しいと思う。
誰もを虜にし、かしづかせる威力に、呑まれたのはいつ。
「……ジベット・ハイネダルク。俺の為に命をとせ、行ってこい」
儀式のようになっている言葉を口にすると、魔王様は口角を上げて怪しげな笑みを浮かべた。