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獣の目

 太陽の光を受けてキラキラと光る銀髪が、視界の隅で揺れている。

 まるで月の光を反射してる湖面のようだな、なんて柄になくロマンチックなことを考えつつ、にしてもいい音したなー、と他人事のように思っていると、じわじわと頬が熱をもっていく。

 あー、これは。何気痛いかもね。

 うーん、しかしこれは予想外。

 予想してた反応としては、真っ赤になって照れるか、腰にあるもう一方の刀を抜かれるかのどちらかだったんだけど。

 引っぱたかれるとは思わなかった。

 ……………おもしれー子。

 腫れてないかなーと頬を指で確かめつつ、触れると痛い頬に顔を歪ませつつ魔族の少女に目を向けると、綺麗な顔が照れではない感情で真っ赤、眉間にシワまでよっている始末。

 あーらら?


「っざけ…んな」


 鈴が転がる、よりは少し低めの声で唸られる。

 と、瞬間、凄まじい彼女の殺気が隠すことなく俺に向けられる。

 ………これ、下級じゃねぇな。

 それは銀髪や神秘的な紫色をたたえる瞳などからも想定出来ることだったけど、殺気を向けられて、その鋭さと威圧に確信する。

 けれど、彼女は腰にしがみつくミナがビクリとすると、ハッとして殺気を隠した。


「おね、ちゃん?」

「ご、ごめんね…………?」


 うーん?ミナにはめちゃくちゃ甘いな。

 慌ててオロオロしている姿は魔族とは無縁に思っていた。

 ………これで魔族かね。

 口元に手を当てながら、しゃがみこんでミナの手を握っている彼女を観察する。

 今まで幾人の魔族と戦い、殺してきたか知れないけれど、こんなやつ見た事ない。

 今までの魔族は、真っ先に弱い女子供を狙って殺そうとしていた。

 けど、こいつはそんな素振りなく、挙句溺れたミナを助けたらしい。

 ………ありえない。面白い。

 自慢じゃないが、俺の見た目は仲間いわく悪くないらしい。それどころか上のほうだと言うことで、まぁ確かに女性からのアプローチ等は日常的なものだった。

 しかし、俺を好きと言って近寄ってくる女たちでも、この激流に飛び込んでまで子供を助けるやつなんて居ないだろうし、今まで生きてきた中で、ここまで裏表が無さそうなやつは初めて見た。

 不意に、この魔族の少女を隣に置いておきたいと思った。興味が尽きなさそうだと。

 ………何故そう思ったかは、よく分からない。

 大切な唯一の家族である妹を助けてくれたからかもしれない。

 ……………けど、やっぱ魔族だしなぁ。

 俺個人としては興味があるんだけど。

 勇者という立場では、この女は逃がしておけない。

 さぁ、どっちを取る?






 ミナちゃんの頭を撫でて、どうにか宥める。

 けど、そんな意味ないのでは、と思いもする。

 私は魔族で、助けたとはいえ、ミナちゃんにとっては敵なのだ。

 今は区別付かなくとも、もう少し経てば嫌でも風潮に流され魔族を嫌うだろう。ただでさえ、兄は勇者として魔族を狩る側。今から怖がってもらった方が、後々ミナちゃんにとってもいいのでは。


「?お姉ちゃん?」


 撫でる手を止めた私を、不思議そうに見上げたミナちゃんの真っ直ぐな瞳に、ちくりと胸が刺される。

 何か言わなければ、と口を開いた時。


「ミナ」


 勇者が、彼女を呼んだ。


「なぁに?」

「………ノックスたちが城にいるから、先帰ってて」

「えー?お兄ちゃんは?」

「俺は姉ちゃん送ってくから」


 は!?と勇者を見るが、こいつはにこ、と笑うだけ。その真意は読み取れない。

 何を考えているのか、いや、もしかしたら何も考えてない?

 しばし迷っていた様子のミナちゃんだけど、やがて、頷いて私から離れた。


「早くね!バイバイ、お姉ちゃん!!」


 駆けていく小さな背中に私が手を振り、彼女が見えなくなる。

 その小さな足音が聞こえなくなった瞬間。

 ゾクリと背中に冷たいものが落ちた。

 反射的に地を蹴り、少し離れた場所に着地する。

 目を走らせれば、先程まで私がいた場所はえぐられ、土が覗いていた。

 え、嘘。この一瞬でそんなになるって……少し反応がおくれていたら………。

 と、そこまで考えてサッと血の気が引く。


「…………貴様、」

「ははっ。……やっぱりさぁ、魔族ちゃん」


 剣をその肩にかけ、男は笑った。

 その森色の目は、瞳孔が開いていた。


「さっきの無しにしよっか」

「……………何のことかしら?」


 そっと腰元の刀に指をかける。

 先程落とした刀は、男の足元。一気に懐に入らなければ取れない。けど、それを許してくれるほどに弱くはないだろう。

 近づいたが最後、待ち受けるは死。だろう。

 かと言ってここで引けば、魔王様側近の名が廃る!魔王様に顔向けができなくなる真似はできない。

 私は体勢を低くすると、刀を引き抜いた。


「いいね、そーゆー強気な感じ。俺の好み。…………けど」


 ハッとしたときには、男は剣を振り上げていた。

 あまりの速さに息を飲み、刀で防御する。

 けれど、どんな馬鹿力か、刀を支える手が震えるほどの衝撃に顔が歪む。


「チッ」


 やはり相手は男。力が強い。剣を受け流し、足に力を入れて蹴りあげる。

 それを避けるため相手が離れたすきに、翼を広げる。

 川の中心にある岩に足を着けると、肩に激痛が走った。


「、っ!」


 確かめると、血が流れ、指先を伝って、川を赤く染めていた。

 いつの間に……!?


「アンタ面白いけどさ」


 腕を払って血をきり、止血のためにハンカチを傷口に巻く。

 出血から、そんなに深くは入ってないだろうと安堵する。

 勇者の声に顔を上げると、彼は楽しそうに笑っていた。けれど。


「俺、勇者になっちゃったから、やっぱダメかな」


 そう言うと、全くつまらないような顔をして、足元に転がる私の刀を拾った。

 それを軽く投げ、私の足元に落とす。

 川に落ちる前に拾い上げると、勇者は目を細めた。


「……魔王からの生贄、なんて風にして手元に置いてもいいけど……やっぱ好きな人には奥さんになってもらいたいよねー」

「何をぬかしてる?」


 ダメだこいつ、さっきから話が一定しない。矛盾だらけだ。何言ってるのかもよく分からん。

 勇者のアホな考えにこめかみがピクピクするのを感じながらそう言うと、勇者は剣をしまった。


「まぁ、いいや。とりあえずさ、帰って魔王に伝えてよ」


 伸びをしてから、私を振り返った勇者の目は、依然瞳孔が開いたままだった。


「………すぐ殺しに行くから待ってろよ、って」






 魔族の少女に宣戦布告した後、何事もなく城に戻った。

 無駄に広い、真っ白な、けれどどこか無機質な城の中で、先に着いているはずのミナを探していると、甲高い声が聞こえた。


「勇者さまぁ!」


 頭に喧しく響くような猫なで声で俺を呼んだ正体が、横から現れ、俺の胸にピタリとくっついた。

 ふわりと香るとかでなく、鼻をつくような香水の匂いに顔を顰めるものの、相手はまったく気づいてない。


「勇者様ったらぁ!わたくし、ずぅ〜っと探してましたのよ?どこにいらっしゃったの?」


 耳障りと言っても差し支えないだろう声を発しながら、背中に手をまわして今以上に引っ付いてくる女。

 顔は薄化粧が成されているが、一応整っているのだろう。しかし。

 豪奢な黄色のドレスはヒラヒラと邪魔だし、頭や靴、首飾りなどの色んな装飾が飾っているせいで重量たっぷり、機能性など微かもない装いの、この女は、残念なことにこの国の姫の1人だ。

 二人いる姫の内の一人。えーと、姉の方だっけか?

 この押しの強さは姉のそれだろうか、と適当に考えつつ、彼女に微笑む。


「すいません。ちょっと野暮用で」

「え〜?わたくしには言えないことですの?」


 拗ねたように唇を尖らせた女。それが可愛いと思っているのなら、とりあえず鏡を献上したい。

 残念ながら全く俺の好みじゃないんだよね。

 現実を知るべきだろうな、と思いながら顔にださないように気を使って、自分の腰に回る女の手を離す。


「姫、こういったことはあまりするべきではございませんよ?」

「どうして?」

「それは……」

「マリアリーテ」


 面倒くせぇ、と思い始めた矢先、鈴の転がるような、控えめな声が聞こえた。

 そちらに顔を向けると、目の前の女とは雰囲気は似ているものの、全く違う、おしとやかを絵に書いたような女性が立っていた。

 もう1人のお姫様。妹の方。


「お父様がお呼びですわ」

「あら………何かしら」

「さぁ…わたくしには、何も」


 渋々といった感じで俺から離れると、女は上目遣いに俺を見やって。


「また後で会いましょうね、勇者様?」


 と、わざとらしくゆっくりと言葉を紡いでから、背を向けた。

 彼女が去ったあと、妹のほうが俺に近寄ってきた。

 そして、3歩前で立ち止まると、淡く微笑んだ。


「妹が、ごめんなさいね」

「…いえ」


 あ、あっちが妹か。じゃあこっちが姉ね。

 てっきり逆かと。


「………じゃ、俺もう行きますね」

「お待ちになって」


 さっさとミナとノックスたちを探して、こんな城出たいんだけど、と思って背を向けると、袖を掴まれた。


「なにか」

「その……謝罪をしようと、さがしていたのです」

「……なんの」


 もじもじと、おずおずとしながら、もごもご喋る姫。

 ………こーいう女って苦手なんだよな。何が言いたいか分かんないし、言うまでに時間かかる。

 さっきの押せ押せも苦手だけど、こっちの方がより苦手。

 仕方ない、と耳を彼女の口元に近づけると、姫はかっと頬を赤く染めた。

 その仕草に、先程の魔族の子を思い出す。

 …………あーいう方が、やっぱいいかな。

 真っ直ぐ自分の思うまま動ける子。たぶん、ミナを助けたことすら衝動的に何も考えてない。


「………先程、」


 やっと話し始めたけれど、やはり声は小さい。耳を近づけておいてよかったと思う。


「貴方があまりにも格好よくて……つい、民衆の前で…………く、口付けてしまったので……」

「……………あぁ」


 そう言われて、思い出すのに少し時間がかかった。

 全くどうでもよかったし、むしろ王族からの労いか何かだと思っていた。

 ……っていうか、キスしてきたのあっちの姫だと思ってた。

 間違っていたことが気まずく、視線を外すと、姫は何を勘違いしたか、ぼっと顔を赤く染めた。


「あ、あの!深い意味はございませんの!……な、何でもないですの……」

「……そう」


 お互い無言になると、姫は慌てて頭を下げた。


「そ、そうですわ!わ、わたくし、父に呼ばれていましたの!それでは、し、失礼しますわ!」


 そして、優雅な仕草ではあるものの、すたこらさっさと逃げていった。

 いや、さっき妹に用事だって言ってたよね。明らかに嘘だよね。

 指摘したら可哀想だから言わないけども。

 はぁ、とため息をついて、姫が去った方とは逆に進む。

 適当にそばにあった扉を開くと、ワッと大量の声が聞こえた。


「おっそーい!!」

「何してたんだい、全く」


 仲間たちの中で、少数派の女性陣が真っ先に声を上げた。

 それを受けて、他の酒盛り達も振り返る。

 ………昼間っから酒飲んでんじゃねぇよ………。

 先に声を発した癒術師ステラは、俺にデコピンをしようとして、身長が足りず諦めていた。

 まん丸の瞳と同色の、フワフワとした赤みを帯びた茶髪をハーフアップにした少女で、俺の幼馴染でもある。

 それを、ウェーブがかかった黒髪を腰まで伸ばした水色の目の、色気たっぷりの女性アーチャー、ミリアンが慰めていたが、その胸を見て再びテーブルに沈んだ。

 お前はもう成長しないだろうな。


「遅かったな」


 仲間のまとめ役であり、魔法使いでもあるノックスが、座った俺に水を差し出してくれた。

 漆黒の髪と、少し紫がかった黒の瞳。聞いた話によると、世代を重ね薄くなってはいるが魔族の血を引いているらしい。

 まぁ確かに、真っ黒なローブに身を包んだこの男が微笑むと、女かと聞きたくなるほどに綺麗な顔をしている。


「どうせ姫さんとイチャイチャしてたんだろ?」


 ふん、とそっぽを向いて牛乳を煽っているシーフのフレッドは、どうやら不貞腐れているが、誰がとデコピンしたい。

 その桃色を帯びた金髪と桃色の瞳のせいで女のようだと言われ続けている彼は、何かと女関係にうるさい。お前は女子か。


「自分が相手にされないからって拗ねるなよ」

「うっせぇローウェン!お前なんてただのタラシじゃねぇか!」


 タラシ、と言われてヤレヤレと肩を竦めたローウェンは、ゆったりとワインを口に流し込んでいた。

 ブロンドの柔らかそうな猫毛。意味もなく緑色の瞳を流してるその色気たるや、男ですら胸焼けしそう。

 こんなでも戦場では頼りになるガンナーですけど。

 無駄にうるさいメンバーの中で、1人だけ、静かにジュースを飲んでいた少女が、ちらりと俺に目を向けた。

 先に帰ってきていた、ミナだった。

 深緑の瞳を不安そうに揺らして、何かを言い淀んでいた。


「ん?どした?」

「……お姉ちゃん、大丈夫?」

「………………うん」


 にこ、と得意の笑顔で頷くと、ミナは安心したようにステラにお代わりを強請っていた。

 ………ミナには嘘つきたくなかったんだけどね。

 まぁ死んでないし嘘ではない。けれど、怪我はさせてしまった。それも意図的に。

 殺しにかかった一撃を難なく避けられ、軽い傷のみしか付けられなかったあの強さ。恐らく上位魔族なのだろうけれど。

 そんな奴がこっちに来てる。恐らく魔王も俺達の存在を認知し、対策を練ってくるはず。

 ……………あまり時間はかけられない。

 ふぅ、と1つ息をついてから、声を張り上げる。


「聞いてくれ」


 すると、それまで騒がしかった部屋がしんと静まり返る。

 全員の目がこちらを向いているのを確認して、言葉を紡ぐ。


「……民衆の前で誓ったばかりだけど、さっそく魔王討伐に出ようと思う」



「………準備してくれ。…………明日の早朝、城を出る」


 俺の言葉に、全員の顔色が変わるのが分かった。

 さぁ、鬼退治と行こうか。

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