1 弓兵は死んだらしい
説明を会話に入れて語るのが難しい……
ここはどこだろう……
おれはなんでここにいるんだろう……
おれはだれだったんだろう……
なにもおもいだせない……
なにもかんがえられない……
なんかねむいな……ねるか……
あれ……なんだ……なにかにひっぱられる……
「ん……寝てたのか……」
頭がボ~とする。心なしかいつもより身体が軽い気がするし声が高く感じる。俺、何してたんだっけ…………………………っ!
「そうだ……穴みたいなのに飲み込まれて、それから……なんかフワフワしてて……」
状況を確認しようとふと周りを見回して呆然としてしまった。体育館くらいある部屋を埋め尽くす程のぬいぐるみがあったからだ。しかも、乱雑におかれてるわけでもなく綺麗に飾られているのだ。
「なんだここ……」
「ようやく、目が覚めたみたいね」
「えっ!?」
「中々、起きないから間に合わなかったかと思ったわ」
声のした方を振りかえるとそこには絶世の美少女がいた。身長は160くらいだろうか。足まである金髪にサファイアブルーの瞳、少し尖った耳、そして幼さを残しながらも妖艶さを兼ね備えた見事に整った顔つき。やばい、滅茶苦茶タイプだ。
「ちょっと、ボ~としてどうしたの? 大丈夫? どこか異常があったりする?」
「はっ!? い、いえ、な、なんでもないです!」
やばい……自宅警備部ゲーム課に配属されてから母ちゃん以外で女性と話してないから思わずどもってしまった……
ん? その役職は何かって? 気にしたら駄目だぞ。
「そう、ならいいけど……」
そう言って、安心したように胸をなでおろした。
割とガチで心配してくれたらしい、ええ子や……
そんなことより今の状況を整理しよう。
・パーティーメンバーと一緒に穴に飲み込まれた
・目を覚ましたらぬいぐるみに囲まれた部屋にいた
・目の前には超絶美少女がいて俺に話しかけている
隠しイベントか何かか?
だとしたら、彼女はイベントNPCか? 俺、NPC相手にどもったのかよ。うわっ! 恥ずかし!
というか、俺の様子から心配してくれたみたいだけど、やけに高性能なNPCだな……
「あの~、これ何のイベントですかね? あと、俺以外の奴らはどこですか?」
「イベント? あっ、あ~そのね、これは現実よ」
「………………はぁ?」
何言ってんだこの子。
「何言ってんだこいつみたいな顔しないでよ……『さっきの子』にもそうゆう顔されたんだから……」
どうやら顔に出ていたみたいだ。若干、泣きそうになってる。
「ん? 今、『さっきの子』って」
「ええ、あなたと同じ転生対象者よ。」
「……転生対象者?」
「そう、今回の事故での死者を転生させてるのよ」
………………何言ってんだこの子。
「っ! またそんな顔して! 嘘じゃないわ、これは本当に現実なんだからぁ!!」
泣き出してしまった。ちょっと男子ー、何泣かせてんのよ。
「泣かせたのはあんたじゃない!!」
エスパーかこの子。
「すみません、まさか泣いてしまうとは思わなくて……本当に申し訳ない」
俺は彼女に謝罪した。
俺はちゃんと謝れる子なのだ。
「ぐすっ、大丈夫よ、気にしないで。今日までそんな顔されたことなかったから少し取り乱しただけよ……それにしても綺麗なお辞儀ね……」
そりゃあ母ちゃん直伝のお辞儀だからな。昔、母ちゃんに『宗隆、謝罪するときは上体を45度傾けてお辞儀をするのよ。完璧な謝罪をすれば大抵のことは許してもらえるわ』と言われたことがある。
しかし、泣いた顔もまたかわいいな。何というか、もっと虐めたくなるというかそそられるというか……
まぁそんなことより、さっき彼女が言っていたことが気になる。
「それでその事故とか転生って何ですか?」
「あっ、そうね。ちゃんと説明しないと……えーと、まずあなたは死んだのよ」
「…………は?」
「私にもよく分からないのだけど、あなたは『次元の穴』に飲み込まれて死んだのよ。普通、塞がない限り周囲のもの全てを飲み込み、繋がった先に飛ばすはずなんだけど、あなた達は魂だけになって飛んできたのよ」
「次元の穴……魂……」
「次元の穴に飲み込まれた人が死ぬことはあったみたいだけど、髪の毛一本もない魂だけの状態で飛ばされることは今回が初めてらしいわ」
どうしよう、この子が言ってることが分からない……
取り敢えず事故についてを聞いてみるか。
「えっと、事故というのは?」
事故という単語を聞いた瞬間、彼女の顔が曇った。
「それについてはまず謝罪しなければならないわ。ごめんなさい」
事情を聞く前に謝罪されちゃったよ。
それから彼女は申し訳なさそうに話し始めた。
「そもそも、そっちの世界に穴が空くことになった原因が私たちにあるの。ここ神界は人界を管理する為に私たちの造物主、この世界の創造神が創ったものなのだけど、特殊な術で人界側から神界と人界を無理やり繋げようとした存在がいたのよ。そいつがまた危険な奴で神界に侵入させるわけにいかないから私たち管理者が術に抵抗していたのだけど、恐らく抵抗したときの余波であなた達の世界に穴が空きこの世界と繋がってしまったみたいなの。そうしてあなた達はこの世界に飛ばされてきたということ」
彼女はそう説明して一息ついた後、俺に視線をまっすぐに合わせた。そして深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。謝って済む問題ではないのは分かっているけど……本当にごめんなさい」
「………………転生というのは?」
「この世界では、肉体のない彷徨った状態の魂は新たな肉体を求めるのだけど、その場合、大抵は人や動物の死体に憑依してアンデットになるの。一、二体くらいなら他の人間が討伐してくれるから問題ないのだけど、今回は数が多くて下手したらアンデットの軍団が生まれるかもしれないから転生させることにしたのよ。ただ、魂の器である肉体を一から作るには数が余りにも多くて時間が足りなかったの。そしたら魂と一緒に飛ばされてきた膨大なデータを解析した同僚が擬似的な肉体情報であることに気付いてね。そのデータに受肉してあなた達に新しい肉体を与えたってわけ。今がその状態よ」
………………つまり、俺は死んでゲームキャラの肉体を得て別の世界に転生することになったと………………
俺が死んだ? ただゲームしてただけなのに? ゲームキャラが新しい肉体? すべて現実だと?
そんなぶっ飛んだ話があるわけがない。現代では魂という概念自体あやふやだ。例え魂というものが本当にあったとしてもVRゲームのキャラに宿るなどあり得ない。
だが、目の前の彼女との会話や漂ってくる甘い香りがゲームとは違うと物語っている。
いや、そんなはずがない。そう、これは妄想だ……俺の妄想なんだ……そうに決まっている!!
―――ドゴッ!
「ち、ちょっと、急にどうしたの!? 血が出てるじゃない!!」
いてぇ……
混乱して床に頭突きをかましたらしい……血が出てる……妄想じゃないのか……
「ちょっと動かないで…… 【治れ】」
彼女がそう呟いた瞬間、俺の額の傷はみるみるうちに消えていった。
「もう! 急に危険なことしないでよ!」
「すみません……混乱していて……」
「……混乱するのは分かるけど、自分の身体なんだから大切にしなさい」
「……はい」
自分の身体、か……
さっきの痛みと言い床に垂れた血と言い現実とそう変わらない、否現実なのか……
「あの、元の世界に帰ることはできないんですか?」
「ごめんなさい。私たちでは元の世界に帰すことはできないわ」
「私たちではってことは、できる人がいるんですか?」
「……アルケー様、創造神様ならできると思うけど、あの方は……その……興味のあることしかしないから……」
「俺や他のプレイヤーが巻き添えで死んだことも興味がないと?」
「……ごめんなさい」
「………………」
思わず罵倒しそうになって口を紡いだ。
この件に関しては彼女にも多少なりとも責任はあるかもしれないが、ここで罵倒するのはただの八つ当たりだ。自分の死に価値を求めるのも何もしようとしなかった癖に何もできずに死んで悔しいと感じるのも間違っている。ましてや八つ当たりなどお門違いだ。
そんなことより今はこの先のことについて考えよう。
転生させるってことは別の世界で一人で生きていけってことだよな……
なにその無理ゲー。自慢じゃないが、こちとら親に養ってもらう生活しか経験してこなかったんだぞ。その俺に社会の荒波に一人で立ち向かえと? 冗談じゃない。今まで自堕落な生活をしてきた俺が転生したところで生活態度が直るはずがない。心の拠り所である家やゲームがない世界で生きていても楽しいはずがない。いや待てよ、もしかしたら俺の望むようなゲームがあるかもしれない。
「話が変わるんですけど、転生する先にはゲームってありますか?」
「へ? ゲ、ゲーム? えっと、あの、え?」
なんか素っ頓狂な顔してる。
なんだ? シリアスな話から急にゲームの話に変わったから訳が分からないのか? だが、俺にとっては非常に重要なことだ。
「えっと、ゲームね。あるわよ」
「あるんですか!!」
「ひゃう!? ト、トランプとかリバーシとかがあるわ」
「………………………………そうすか」
「え、なにその反応……」
そっちのゲームじゃないんだよな……
というかトランプとかリバーシって別の世界にもあるのか。
まぁそのことについてはどうでもいい。
ゲームがなくて養ってくれる人もいないと、なら俺の答えは一つだ。
「俺、転生したくないです」
更新のペースはゆっくりになると思います。
誤字脱字がありましたら、教えてください。