66 RE:VENGE 1
「信じてくれてありがとう」
俺は、父さんの車の助手席に座っていた。
多量出血だったにも関わらず、こうして快復できたのは奇跡だと担当医が言った。その奇跡とやらのおかげか、俺がするとんでもない馬鹿げた話も真実味が増した。
「自分の子が、年相応じゃない言葉で説得までしてるんだ。応じない親は親じゃない」
運転席にいる父さんは俺の事を幼い子どもを見るそれとは違った。やはり同様していたのは病室でしていたやり取りの間だけのようだった。
「でも、意外だった」
「何がだ?」
窓の外を眺め、俺はこのあたりの筈だと、周りの景色の特徴を目に焼き付ける。
「信じてくれるかもとは思ったけど、正直言うと協力はしてくれないんじゃないかなって気がした」
「ふむ」
俺の命を優先させるなら、自ら望んで危険に飛び込もうとする俺を止めるだろうと思った。それこそあの夏、塚本麻衣を否定してみせたように。
「放っておいても反対しても、お前の能力ならばどうせ協力させるか、別の協力者を探すだろう。ならば俺がどう足掻こうとお前に全て従った方が、得策ではないだろうか。どうも今の巡瑠の方が、俺よりいい判断が出来そうだ」
俺が、病院で目覚めて一番最初に話したこと。
「俺は未来から来ました」
当然、笑い話ではない。ましてや冗談をいうタイミングでもない。目覚めてからすぐにでも話して良かったけれど、精密検査を終えたあとの方が落ち着いて話せると思って待ってもらっていた。
その直後の発言だ。
「どういうことだ」
父さんはユーモアなのは好きだが、時と場合を選ばない冗談は好きではない。したがって、俺がふざけていると思ったのか、顔をしかめた。
「もう、この子は何言ってるんだか」
「…………」
母さんは安堵のあまり、俺の言うことがただの冗談だと思っている。沙希に関してはぽかんと口を開けている。
「昨日、俺が血を噴き出していた原因を果たして医者は解明できただろうか?」
俺は踏み込んだ。
俺が気を失っている間に恐らく究明が行われたであろうが、はっきりと特定はできていないハズだ。
「脳の損傷による内出血、外傷がないのに突然そんなダメージを負うなんてあると思う?」
母さんは僅かに声を漏らした。どうやら思い当たるところがあるようだ。
「アドリブにしちゃ、出来過ぎだな。おまけに言葉遣いも年相応ではない。お前は、本当に巡瑠か?」
息子の明らかな異変に、三人は動揺を隠せない。
悪魔憑きか何かと勘違いされる前に、本題に入るか。
「たったひとり、女の子を救いたくて俺は今の俺になりました。突然頭がおかしくなったと思うかもしれない。けど、俺が今からすることをどうか反対しないでほしい」
家族の話をした。好きなタレントとか、バレても問題なさそうな小さな隠し事とか。それで完全に信じてもらえているかは分からなかったけれど話は聞いてくれた。
死ぬことで一日前に遡っていることは、さすがに言えなかった。言えばきっと悲しむだろうし、怒らせる。今までの未来を裏切って俺は今ここにいるんだ。一生償えることのない俺だけの罪だ。
少し時間はかかったけれど、家族の理解は得られた。そして、
あの父さんが、俺の味方をしている。
いや、そもそも敵というわけではないけれど、家族へ迫る危険には人一倍敏感なこの人が俺の危険な賭けに賛同するわけがないと思い込んでいた。
「子どものお前に言うか迷うべきところだが、実は父さんはとても弱い人間なんだ」
「え?」
「強く、時に厳しく振る舞ってはいるけどな。裏を返せば弱さを見せたくないのさ。俺は無力だと思い知らされる出来事があってから特にな。だからなるべく家族に危険が及ばないよう努力はしてきたつもりだ」
こんなに、腹を割って話す機会なんて今まで無かったから、俺は遠いと思っていた憧れの人がとても身近に感じた。
「俺はどうやって死ぬんだ?」
俺は伏せていた顔を上げ、父さんの横顔を見た。こっちを見ずに運転に集中している。まさかその質問が来るとは思っていなかった俺は背中を伝う汗に鳥肌が立った。
「死ぬと思う?」
「病室で話してた時、家族にどんな危険が迫るかは濁して言ってなかったな。それと俺に対する反応の余所余所しさが少し気になった。お前の今の性格で単に俺と折り合いが悪いというわけでもないだろう。なら、こういうやりとり自体が不慣れなのだと考えるが合理的。つまりそう遠くないうちに俺は死ぬのではないだろうか、と。違うか?」
隠し事が得意な方ではないが、ここまで仮説を立てられるとやはり、親と子の差というのはいつまでも縮まらないのだなと思う。
「お前が救いたいという女の子を救えば、それを阻止できるのか……。もしかしたら説得させる為の出まかせなのでは? とも考えた。お前、まさか人を殺めるつもりじゃないだろうな」
「俺がそれをやって家族が無事が保障されるならやるかもね。でもそんなことできるわけがない、俺は言ったよ。家族を悲しませたくないって」
「だろうな、お前が俺の子で良かったと思う」
父さんは不慣れに笑って見せた。ちょっと怖い。
「言われた通りの住所だと確かこのあたりだが、そこのマンションか。少し戻ったところにパーキングがあったからそこに停めて歩くか」
マンションの名前はうろ覚えなので確証はないけれど、色や特徴はだいたい一致している。
「504号室の塚本さん、そこの子どもが俺と同い年なんだ」
「その子どもをどうやって救う? 大方話を聞いたが手っ取り早く警察を呼べば話は簡単じゃないのか?」
「未だに泣き寝入りしている母親が事件性を認めればだけど」
そう、俺が語ったのは今後において塚本麻衣を襲う事象。本人談によれば彼女は未だ穢されてはいない。だが、母親に関しては恐らく結婚前から既に毒牙にかかっていたとみるべきだ。俺の人生ではさすがに母親までは救うことができない、だが説得さえすれば可能性はある。子どもが大きくなるにつれてそのプレッシャーに耐えきれず蒸発した。それだけならまだいい。
「家の住所を覚えていたのは奇跡だったな。固定電話とか他の情報だけだった場合、探ろうとすると必ず足がかりが必要になる。だが、接触したことのない人間、更に家族関係に土足で足を突っ込むことの難しさ、むしろここからが一番厳しいだろう。俺の言っていることが分かるか?」
時々、父さんは不安そうに尋ねてくる。無理もない、小4の子どもに持論を展開してまともな返答があると思う方が変だ。一応精神年齢としては高校2年生のつもりだが、それでも全てを理解できるか難しいところがある。義務教育を抜け出したとはいえ未成年は未成年である。子どもになり切れない大人、大人になりきれない子ども、その両方とも取れる。難しい年代だ。
「ばっちし。俺だって実際来たことがあるわけじゃないし、向こうは初対面だから慎重に事を進めなきゃいけないことは重々承知だよ」
突然の訪問で今のところ出掛けているのか、部屋にいるのかさえ不明だ。家族3人でいた場合、接触が難しいだろうしその場合どうにか父親を引き離す必要がある。麻衣の友達を装うのも無理、こちらが持っている切り札の出しどころを誤れば簡単に詰む。
駐車場に停めた車から降り、互いに歩き出す。
「今はまだ昼時だから、一室にいても食事中だろうか」
腕時計を確認してゆっくりと歩いている父さんの後ろを俺はついていく。
歩幅が狭い俺に合わせて移動してくれている。純粋な子どもならこういった所作に気付くべきじゃないんだろうけど、素直にありがたかった。
「どうする。インターホンを鳴らすか? このままロビーで待つのは不審だぞ」
「一応部屋番号を入力して呼び出してみようと思う、確認のためにも」
誰かが通るのを待って自動ドアが開いた瞬間に紛れて通るなんてドラマみたいなことをやる度胸は残念ながらない。監視カメラもあるし、一度相手の反応を伺ってみるしか今後の行動は絞れないだろう。
数字の書かれたボタンを3桁、該当する番号を押すと呼び出し音が鳴る。
「…………出ない、ね」
「ふぅ、仕方ない。出直そう、だが周りをちゃんと確認しておけよ。俺はその塚本さんとやらは見たばかりで分かるはずもないからな」
「うん」
とはいえ、面識があるのは麻衣本人ってだけで母親や父親の単独は分かるわけがない。麻衣が母親似なら或いは特徴の似た人物を見出すことは可能かもしれないが不確実、やっぱり通報されることを覚悟して一人一人声を掛けるしかないのか。
「夕方と、それと夜に呼び出してみよう。それで成果を得られなかったとしたら旅行にでも行ってしまっている可能性が高いだろうからな。その時は面倒だが日を改めるしかない」
春休み期間だから、その可能性もあるわけか。いや、家族仲がいい家庭ならまだしも複雑な家庭環境でどこかに行くものだろうか。
「くそ、くそっ」
父さんとその場を離れようと自動ドアから外に出る際、一人の男とすれ違う。見ればかなり機嫌はよろしくないようだ。片手に携帯電話を握りしめ、さっきからずっとどこかへ掛けているようだ。スピーカーモードになっているので呼び出し音が洩れてきているが、それさえも気にならないほど、苛立っている。
「どうかしたんですか?」
普通ならここでスルーしただろう。だが俺は気になって声を掛けてみた。まあ子どもだし下手に怪しまれはしないだろうと思ったのもあるけれど。
「ちっ。う、うるさい。お前には関係ない!」
見下ろし怒鳴る男の間に、父さんが割って入る。
「ゆとりのない男だ、まるで子どもの手本にならない。行くぞ」
俺の手を引いて、その場を去ろうとする父さんの肩を男が掴んだ。
「おい待て、失礼だと思わないのか?」
とくに物怖じせず、ゆっくりと男の顔を見やる。
「忙しいのかもしれないが、子どもの親切心を無碍にする大人に失礼も何もない」
「……覚えたからな」
今後の不安を煽るような一言に俺は腹が立った。
「俺も父さんもついでにそこの監視カメラもおっさんの顔覚えましたよ。今からでもここで泣き叫んでもいいんだぞ? ん?」
「…………っ」
俺の一言に顔をしかめたものの、男はそれ以上は何も言わずに小走りでマンション内へ消えた。
「すまんな。どうも俺は対人があまり得意ではないようだ」
父さんが短く息を吐いた。
おそらくずっと癖になっているのだろう。初対面のどんな相手だろうと決して引けはとらないところ。坦々としている部分が見る人によっては感情が無いようにも見えるかもしれない。言葉選びも時折煽っているかのようだし、その部分に関しては俺も似てしまったせいで学校で殴り飛ばされたりしたのだけど。
「大丈夫、俺も得意じゃなかったから」
先ほど煽ったのは、わざとだ。
あの男はこのマンションの住人。誰かに電話を掛けていたが、スピーカーモードにしていたということは耳に当てていられる状況ではなかったということ。少し息も荒かったことから走ってここまで来たのではないだろうか。電話の相手に何かしらあった或いは電話の相手を探しに戻ってきたと考えるべきだ。
態度からして後者なんだろうけれど、俺の身長が低いおかげで下ろした手に持っていた携帯電話の画面を盗み見ることも容易だった。そこに表示されていた名前は『麻希奈』。
外見は普通の容姿さながら、大きく出た態度。それも慣れているわけじゃなさそうだ。そう、まるで自分は強くないが自分の部下は強いと言わんばかりの態度の違和感。
「にしても妙な男だ」
「意外とアタリかもしれないよ」
少し待ってから、もう一度部屋番号を入力して呼び出してみる。
『はい』
男のくぐもった声、俺と父さんは顔を一度見合わせた。
「今日、麻衣ちゃんと遊ぶ約束をしてた立花巡瑠です」
父さんの方へ一度人差し指を立てて、一人のように思わせる。
『ごめんね、麻衣は今お母さんと買い物に出掛けててまだ帰ってこないみたいなんだ。また今度にしてくれるかな?』
「え、そうですか……わかりました。お邪魔しました」
ガチャリ、と向こうが通話を切るのを待って外へ出る。
「偽名を使うなら、全部変えた方が良かったんじゃないか?」
「万が一、さっきの父親がこの話をしたときに、不審に思うのは麻衣だけだからね。こっちは初対面で遊ぶ約束なんてしてるわけないし、偽名だし。深く詮索はしないと思うよ」
とても用心深い男なら、エントランスであんな失態は犯さないだろう。もろに監視カメラがあり、同じマンションの住人が一番通る道での悪目立ちよう。
俺たちも怪しまれないように話をしながらパーキングへ向かう。
「今の男が父親だとして、母親は娘を連れて買い物に行ったと言っていたが、どうやら逃げられたようだな」
「様子からして何度も電話を掛けているみたいだし、なんにしても遊ぶ約束をしていた相手をただ帰すなんて普通はしないでしょ。もしそうだとしてもこっちから連絡をさせるだとかワンクッション挟んでもいいってのに、かなり焦ってるみたいだった」
「仮に今すぐにでも帰ってきたとして、ただで済ませるわけがない。だから待たずに今日は帰れと言ったのも合点がいくな」
まさか母親の方が既に行動に移っていたなんて、麻衣からは何も聞いてないぞ。別行動なのか? それとも覚えていないほどの何かがその時あったのだろうか。
それかもしくは、俺がここへ来たことによって過去が変わってきている?
「でも逆にチャンスだ。父親と分断されている今ならこっちから出向いて話が通せる。だけどそれだとあまり時間がない。普通なら家族と連絡が取れないなら親戚に尋ねて回るだろうし、向こうが見つけるのは早いと思う」
「いや、実はそうでもないかもしれない」
駐車場の精算を終え、互いに車に乗り込む。
「一番有力な情報を持っているのは母方の実家だろうが、安易に連絡はしないと踏んでいる。単純に思うところがないなら話は別だが、お前の話だと父親が日常的にDVを行っているなら思い当たる節があり、なかなか切り出せないんじゃないだろうか。見たところあの男のメンタルは鋼というわけでもなさそうだしな」
もし連絡をすれば夫婦仲、強いては家族仲がうまくいっていないと疑われる。そういった点でボロが出ることを嫌うなら塚本の母は必ず実家の方へ連絡しているか、またはそこにいる可能性が高い。ただひとつ問題なのは。
「さすがに母方の実家までは聞いてなかったなぁ」
もし移動距離が長い場合、絞ることは不可能だし聞き込みなんて以ての外だ。
詰みか。
バン。
「え」
バン、バン。
助手席の窓を叩かれている。
が、手だけが下から出ている。どういうことだ? 車高が高いわけじゃないんだけど。
窓を開けてみる。
「やい、君は誰だ」
やや毛先に癖があるポニテの少女がしゃがんでこちらを見上げていた。
「失礼な子どもだ、車に触るとは」
嘆息しつつ、父さんが俺の方を見る。
「知り合いか?」
「いや、でも名前だけなら知ってるかもしれない」
未だにこちらを睨むように見上げていた少女が立ち上がり、鼻息を荒くしている。見知らぬ土地で現地の子どもが接触してくることなんて普通はありえない。ましてや非常識にも感じる接触方法でだ。
子どもながらに何か怪しいと思ったのだろう。わざわざ危険だと思う方に接近してきたってことはだ。
「田栗楓」
「っ。誰に名前を聞いた、私は君のことなど存知ないぞ!」
子どもながらに丁寧語を使おうと失敗している感じが個性的だが、こんなに怒りっぽい子だとは納富に聞いてないぞ。廃ラブホに監禁される前に経緯はある程度聞いていた。塚本麻衣の旧友にしてたった一人の理解者。そして塚本麻衣が一番絶ちたかった存在。
当然、この子が俺たちに接触してきたということは、俺たちより前に塚本麻衣を尋ねていたから。そこでどういうやりとりがあったか知らないけれど、ただ出掛けているからだけの理由で近くを監視するような頭のネジがぶっ飛んだ子でなければ、やはりその前に何かがあったと示唆している。
「麻衣を捜しているんだろ。友だちだもんな」
「……なら、叩くドアを間違えているな。家を知らないわけでもあるまいし」
この説明をしたことで、当然ながら父さんも田栗楓がマンションから尾行していたことに気付く。
「う、だって麻衣のお父さん嫌いだもん」
同じタイミングで戻ってきた父親に尋ねることはしない。まったく知らない俺たちに接触した方がマシだと思わざるを得ないくらいに苦手としている、か。
「怖いではなく嫌いか。子どもからも嫌われているのは相当だなあの男」
一見すると温厚そうで人畜無害な雰囲気なのだが、人は見かけによらないってのはいつ何時でも痛感させられる。見た目で判断するというのは、容姿だけでなく仕草や行動もそれに該当するというのだから、つくづく思い知らされる。転校してきた塚本麻衣の狂人ぶりに対し、その洗礼を見事に受けたのだから。
「遊ぶ約束をしてたんだけど家にいなくて、車はあるみたいなんだけどあのクソ親父の車だったから」
「クソ親父て」
えらい言われようだ。
「ブラフじゃなくて今度は本当か。母親が娘を連れて逃げ出したのが真実味を帯びたな」
普段なら自分の考えを滅多に口にしないのが俺の父親だ。子どもの教育によろしくない発言は夫婦喧嘩をしたときも言葉を選ぶほどの冷静さを持っているのだという。母に関してはそのことに関しても含めた愚痴をたまに俺たち子どもに漏らすのだけれど、結果的に惚気話で片が付いている。それを踏まえたうえで考えを口にしているあたり、俺をただの子どもだと思っていないという意志の顕れでもある。
「車が仮に一台しかなく、歩きで家を飛び出した場合に小学生の子どもを連れて遠くまで行けるとは思わん」
「ここから駅までは?」
「…………だいたい歩きで40分くらいか。いけないことはないんだがな」
「バス停でバスに乗ったとしても巡回していくから……、スマホがありゃ調べるのも簡単なのに」
父さんが使っているのは現役ガラパゴス様だ。これまた検索もやりづらい。古の検索方法もあるみたいだけど、残念ながら話でしか聞いたことが無いし結果も乏しいだろう。
「くっ、最悪のタイミングだったかもしれない」
塚本麻衣の母親が消失した日の詳細なんて聞きだせる状況じゃなかったし、現状麻衣と母親が一緒に行動しているのなら麻衣自身が今父親の元から逃げている感覚なんてないはず。つまり、遅かれ早かれ麻衣と母親は見つかり連れ戻される。そしてその後に母親だけがいなくなる。母親は自分を捨てて逃げたと言っていたが、本当なのかどうかも疑いたくなってきた。
麻衣自身は嘘を吐いているわけじゃない。だが、母親が殺されたか自殺を選ぶよりも生きていてほしいと願っての言葉だったのではないか。逃げ出した。それならまだ幼い麻衣にも救いがあったんじゃないかって。
「楓と言ったか、探し人がいるのはこっちも同じだ。ただ我々には残念ながらここの土地勘がない。多少遠くだろうが構わない、どこか塚本麻衣と母親が行きそうな場所に心当たりはないか?」
「……?」
固い話口調にいまいち内容が呑み込めなかった楓が、わかりやすく顔をしかめる。
「あの父親と麻衣を捜すか、俺たちと麻衣を捜すか、それともお家へ帰るか、どうする?」
俺の言葉を聞いて、少し俯いてから何かを決心したのだろう。唐突に後部座席のドアを開き乗り込む。
「……門限はごじはんだ」
「図々しいな、この子」




