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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.4 Re DATE
66/68

65 RE:RISE 2


真っ暗だ。


「真っ暗だ」


思ったことを口にしてみても、何がどう変わるというわけでもない。言葉がすんなり耳に入ってくるということは少なくとも近くに壁があるということだとは思う。だが、上下左右どちらを向いても何一つ見えやしない。

何よりも不思議なのは自分が今立っているか横たわっているかさえ分からないということだ。地に足がついているでもなく、かといって体のどこかが何かを支えにしているという感覚があるわけでもなく、無重力状態ってのがこういうことなのだろうと感じさせられる。


「催眠状態とか?」


ここが現実でないことは分かり切っている。なら、それが偶発的なのか何者かの意図するものなのかを探るしかない。


「そんな心配は無用だよ、めぎゅるん」


いつの間にか、目の前にはあいつがいた。こんな呼び方をするやつなんてそう多くはいてほしくないと願いつつも、俺は口を開く。


納富のどみいと」


彼女もまた口を開く。


「そうそう、のうどみと呼ばれがちだけどのどみ。覚えていてくれて嬉しいよ」


分かりやすくウインクしてみせる彼女は俺の顔をみてニヤついている。


「なんだ、何がおかしいんだ?」


なんか顔についてんのかな。ペタペタと触ってみるけれど、とくにおかしな点はないはず、たぶん。


「いやいや、おかしいでしょ? どうして私なんだろうって。普通はもっと親しい人間を出すでしょそこは。意中の明羽、全ての発端麻衣、はたまた一番心を許しているであろう妹の沙希ちゃん? お父さんお母さんとか原町くん、戸田くんでも良かったはず」

「何の話をしてるんだ?」

「君の事、そして私の事でもあるんだけどね」


何を言っているんだ? 頭打ったのか? もともと変ではあったけど、まさかここまで悪化していただなんて。


「悪化とは失礼だ、今度会った時謝りなよ」

「お前、心を読んだのか?」


うげぇ。


「読むっていうか駄々洩れ? ここを一体どこだと心得ているんだい君は」

「…………」

「正解、ここは君の中。言うなれば意識の可視境界。って言えばわかりやすいかな?」


いとは分かりやすく、胸を張って応える。


「じゃあお前は俺が作り出した幻ってわけか」

「しょーゆこと、だからおかしくって笑っちゃうんだよ」


ひとしきり、彼女は笑った後深く息を吐いた。


「こんなの、本当に駄目なんだから……」


眼を逸らし、虚ろに答える。


「お前は本当に俺が作り出した幻影か?」


状況把握としては一番の最適解ではあるが、今の一言だって完全に感情が現されている。つまり、俺の知らないことは知っているはずがない。


「そりゃ、わかんないよ。すべてが記憶で構成されるわけじゃない、曖昧なんだよ。自分の中ではこうだったっていう情報以外は露見しようが無いからね、それこそシチュエーションを想い起こそうとするでしょ? ようはただのイマジナリー。だから今ここにいる私も君の妄想が具現化しただけなのかも」


ただでさえ会話をはぐらかすいとだが、これはさすがに質が悪い。


「ちなみに私には1周目の記憶も織り交ざっているの気付いた? まあ一度脳死した君には思い出せる代物でもないんだけどさ、吊り橋効果ってやつ? こう見えて私たち結構いい線まで行ってたんだよ?」

「悪夢だ」


これも全て俺が作り上げているのだとしたら恥ずかしくて死にそうだ。


「潜在意識ってやつかな。でもほら見てごらんよ」


納富が手を叩くと同時に、着ていた制服が溶けるように消えて下着が露わになる。


「何やってんだお前」

「いや、少しは恥ずかしがりなよ」


その言葉はUターンしてお返しするわ。


「でもま、見てごらんよ。ただの想像力でここまで再現できる? つまりどこかしらでこの光景を見ていたりなんかして」


どこまで俺をからかうのが好きなんだコイツ。


「ちなみにこの下とか、気になる? もしきちんと再現されていたとしたら、君と私はいったいどんなことをしたんだろうね?」

「茶化すな、女の裸くらい裸族の妹様がいるからなんてことはないぞ」


そうでなくとも裸の人間を想像力で補正することは不可能じゃないはずだ。思うにその人の身体をすべて覚えているというほうが変な話なのだから。俺はそこまで変態じゃない、はずだ。

しばらく、視線を交差する。


「はぁ、まいいけどさ」


溶けていった制服が何事もなかったかのように戻る。


「今の君に何が起こったのか、気付いてる?」


想いおこせる一番新しい記憶、小学4年生春休みの日曜日ってところか。


「うん、ギリギリまでは覚えているね。問題はその先、というかその前日に遡ったときに起きた」


問題が起こった。

一番最悪なケースを想定するならば、廃ホテルでいとが言っていた。人生の2周目を過ごしているパターン、それの再発か。

度重なる死への拒絶、感情の破壊、心の死。ただ目的として自害を繰り返そうとする生命。人ならざる者へと変貌を遂げたということだろうか。


「その一歩手前だね。今回は少しばかり過程が異なる。心の死、ではなく脳への多大なダメージによる破裂さ」

「ん? どう違うんだ?」


心が死ぬってのは要は気持ちの問題であってそれは結局人間の思想に基づく脳の話に直結するのではないだろうか。


「心の強さってのは、要は決意だ。覚悟を決めた君にこの状況は似つかわしくはないよ。ただね、元から食材が入っていた冷蔵庫に、さらに入りきれないほどの食材を買い込んだ状態って言えば少しは想像できるんじゃないかな? 多すぎる食材は完全には冷え切らない。やがて冷蔵庫は自身の死をトリガーに記憶を24時間前へ引き継ぐとき、脳や視神経に負荷が掛からないはずがない。本来ならば肉体は衝撃を引き継がないからただ戻り続ける分には問題ない、それが通用するのは引き継ごうとする情報の量に比例すればの話だよ。幾ら若返るとはいえ、やはり子どもの身体には負担が大きすぎた。キャパオーバーだ」


そして更に、といとは目の前で人差し指を立てた。


「この仕組みに綻びが生じた原因の一つとして、死を繰り返したこととは別に、戻った先の肉体が既にダメージを負っていたからだ」

「待ってくれ、まったく意味が分からない。それも死んで戻ることで普通リセットされるんじゃないのか?」


今の理屈だと死に戻ったときに脳への負荷ってのが掛かるならそれが重ね掛けされるわけじゃない。その更にもう一日戻ることで一度はリセットが効いているはずだ。


「例えば、5日の12時ちょうどに君が命を絶ったとする。すると4日の12時3、4秒くらいに意識が覚醒するはずだ。意識にはラグがあるからね。そこからすぐ命を絶ったとしても3~5分くらいのラグが発生する。そうすれば3日の12時6分くらいに目が覚めるかな?」

「今更なにを」

「これが最も基本的な使い方だよ、日を跨いで戻れば戻るほど負荷は一度しか掛からなかったことになる。けれど、君は2周目を歩んでいた。その時点で脳にダメージを負った状態での生活を過ごしていたんだよ。そして極めつけは矢武侑史の妨害。彼の放火で幾度となく死んだでしょ? そして死を痛感する度に同じ日の少し経過してしまっている時間へ戻った。だってそうでしょ? 死を回避しようと抵抗したなら、同じ何時何分で死ぬわけじゃない。〇日午前〇時13分に死んで、次はその日その時間の27分に死ぬ、さらには45分に死んだとして次に死を回避したとするなら、君は合計4度脳へのダメージが蓄積される。そのあとの日常、君は何回死んだ? 再度負荷をどれだけ掛けた?」


繰り返された死を、俺は数えていない。なかったことになるならと軽く見ていた部分もあるが、大部分は残った人たちがどう行動をするのだろうと、そこにばかり気を掛けていた。

だけど、その理屈で言うならば……。


「そう、1度目の人生で幼少期まで死を繰り返しちゃっているから、今の君にとって脳へのダメージが2度で済んでいると考えるんじゃないかな。それは正解だよ、だけどこの能力だって万能じゃない。そもそも何故こんな力が自分に宿っているかなんて疑問も今更だよね、それは幾ら乞われても教えてあげられないよ。だって君は私なんだから。知っていたなら、そもそも不思議がらないはずだ」


どこから出てきたのか分からない学校机に、行儀がいいとは言えないかたちで腰かける。


「はぁ、私ばっかり喋って疲れちゃった。たまには君からも喋りなよ、会話のキャッチボールをしよう」

「どうせ意味がないだろ、これは自問自答みたいなものだ」


こいつと喋っていると自分の目的を見失いそうになる。気が紛れるといえば聞こえがいいけれど、生憎と俺は焦らなければいけない状況下だ。


「つれないなぁ。ま、いいけど」


俺がおよそ考えつかないようなことを言ういと(幻)だが、肝心なことはまだ言ってはいない。


「俺はこれからどうしたらいい」


一生この状態なんてあるはずがない、と思いたい。それこそ詰みだ。


「現実での君は度重なる不具合、エラーによって脳神経がひどく損傷している。最悪なパターンでいうと一種の植物状態に成りかねない極めて危険な状態だ」

「最良のパターンは?」

「初期化。今までの記憶をすべて忘れて、また一から人生をやり直す。運命の軌道修正だね、ただこれも同じような未来を辿るなら、やっぱり高校2年でまた地獄が繰り返されるだろうね。或いはこのイレギュラーのおかげで塚本麻衣に出逢わない未来を勝ち取ったかもしれない、それを証明するには今から長い長い時間を掛けてその時が来るのか、はたまた来ないのかを確かめるしか術がない」

「…………」

「残念がることはないし、君のせいでもないよ。もともとそういう家庭に生まれてしまったから仕方のないことなんだよ。世の中ニュースになっていないだけで知らないところで塚本麻衣よりも壮絶な子ども時代を過ごしているやつなんて数えきれないほどいる。悪いのは正しいことができない大人たちだ。私たち子どもは被害者だ」


人によってはまだ未成年で子どもだからという大人もいれば、高校生にもなったんだからと突き放す大人もいる。板挟みにされてたまったものじゃないと思うけれど、確かに一番不安定な年代なのだろうとは思う。 だからっていつまでも誰かのせいにしたまま見て見ぬふりなんて、俺にはできない。


「ま、覚悟を入れ直したところで今はどうしようもないんだけどね」

「いや、また繰り返すことになったとしても出来る限り足掻いてやるさ」


とは言え、体を動かそうと腰をひねったりバタついてみたりするけれど、目の前にぼんやりといるいとを正面として捉えたまま、依然として何も変わらない。


「このまま妄想とお喋りぶっぱするつもりはないんだけどなぁ」

「私としてはこのままでも全く問題はないけれど?」


なんでだよ、俺自身っていうんなら困れよ。


「やっぱりお前は俺じゃないな、ちなみにいとでもない」

「ふっふっふ、どう意見しようと勝手だけどね。君の中にいる者であることに変わりはないさ」


いとの姿をした何かは不敵に微笑む。


「でもま、安心した。俺は独りじゃない」


それが分かっただけでも、まだ待つことができる。


「何を待つのさ」

「俺が目覚めるのを」

「話聞いてた?」


この場において初めて、その何かが表情を強張らせる。


「結局は同じことの繰り返しなんだって、今の人格だって消えてなくなるんだよ?」

「俺一人なら確かにこの空間は耐えられないだろうな」

「っ」


何かがわずかに、息を漏らす。


「俺に諦めてほしいのなら、最初からお前は現れなかったはずだ。今からでも遅くはないよ、消えるなら消えてくれ。俺はもう自分だけ助かるのはごめんだ」


散々自分に言い聞かせてきたんだ。お前も分かってくれ。たとえこの力が神様の気まぐれか、悪魔の呪いであったとしても、俺はお前と生きていくのだから。


「あー、そう。さすがにバレちゃったか」

「分かりやすい解説とご心配をありがとう。ダメもとで聞くけどお前はマジで何なんだ?」


俺自身知らないことまで詳しすぎるのはさすがに記憶喪失では誤魔化せない。能力の事を知っているのなら例えば目の前に居る相手が神様なのか、悪魔なのか、それともただの概念なのか。とにかく自分ではないことだけは確かだ。

それに納富いとの姿で現れたのも、俺がこの力について漏らした唯一の相手だからこそ、撹乱させようとしたのではないだろうか。


「答えなんて求めたところで何も変わらないさ」


何かは深い深い溜息を吐いて天を仰ぐ。


「助かった、早く起きろよ。()()()()()嫌いだ」


いとの口からは発せられないだろう言葉を残し、何かは消える。消える間際に人差し指を上へ向けていた。それに釣られて俺も上を見たら、白い光が洩れていた。

最後の発言を聞いて、やはりあの何かは俺自身じゃないのかと思った。


「俺も俺が嫌いだからな」


だからあいつは違う姿で現れた、そして俺の姿を、俺自身を嫌った。結果的にあいつの正体は分からずじまいだったが、敵意がある感じでもないようだった。


そして、もう後がないこともなんとなく感じていた。








重みが返ってくる感覚というのは、下り終えたジェットコースターに似ている。その感覚で、俺は現実に戻ってこれたのだと悟る。

あまり時間が経っていないことを祈りたい。


「ふぅ……ふぅ……」


今すぐにでも飛び起きたい気持ちだったが、体が動かない。ゆっくりと目を開けると、それよりも先に覚醒していた脳みそが、今の状況がどんな風になっているのか予想できたので、思いのほか落ち着いている自分がそこにいた。

人工呼吸に繋がれ、点滴用と輸血パックの両方が腕の管からゆらゆらと動いているのが見える。


『それじゃあ先生、この子を諦めろって言うんですか!?』


聞いたことのある女性の声がフラッシュバックする。

ぴくぴくと指を動かすことと、数回の瞬きが今の限界だった。


「おでぃいぢゃぁあん゛っ」


鼻水垂らしの妹の顔がはっきりと見えた。


「巡瑠っ、そうだナースコール」


腕の痺れや表情筋がある程度動かせるようになってきた。

母親がベッド脇のナースコールを押すしぐさに視線を寄越す。

眼に見える範囲に父さんはいない。

だが。


「目を覚ましたのか!?」


取り乱しながら室内へ入ってきた父さんは、そのまま俺の手を優しく握った。


「そうか、本当に。本当に良かった、もうこんなことにはさせないって誓ったのに、ごめんな。ごめんな」


泣きじゃくる父を見たのは、初めてだった。

いや、俺はこの光景を見たことがある、のか?


『何度も、何度も頑張った。お前は俺たち二人の宝だ。絶対に死なせない』


聞き覚えのある男性の声が聞こえた。


「そー……か」


ようやく父親のあの態度の意味が分かったような気がした。ま、それに関して何かを言うつもりはない。

どうにか声を絞り出そうと、父さんが握っている手に力を籠める。それに気付き、俺に近付く家族。


「は、話が……したい」


ちっぽけな命の、反逆をはじめる。






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