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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
55/68

54 恵まれ


私が彼に出会えたのは、彼に気付けたのは奇跡だと思っている。

子どものころ、どこから来たのかを聞いておけば、いや聞いたかもしれないけれど覚えていれば手間をかけずに済んだ。夏休みに出会ったあの時期から考えて遠方から来ていても何らおかしくはない。けれど私を取り巻いていた人間の力では少なくとも彼を見つけることは出来なかった。もしくは本気で見つけるつもりがなかっただけかもしれない。彼らは私に逆らえないというだけで従順な駒ではない。人生が掛かっていると言われればそうなのだが、私は私で彼らを使って危険なことをしてきたせいか、上下関係というものに綻びが生じていたわけで、彼らには彼らの生活もあった。そこ一点だけに構ってられないし、下手に動いて足が付いても面倒。だからほどほどでちょうどよかったんだ。

ただの、たらればで願望に過ぎない。

私だって今の生活という足枷がなければ幾らでも遠くへ行ってしまえる。けれど何もかもをかなぐり捨てていける行動派でもロマンチストでもなかったのだ。心では彼に会いたいと、そう願っていてもいざ体が動かなかったのだからそうだとしか言いようがない。人生の前半を何も持っていなかった私がひとたび何かを得てしまうと、尊さを感じてしまう。だから全てを捨てるということは、あの頃の生活の自分に戻ってしまうことを意味している。無気力で全てに絶望していた幼いあの頃。戻りたくはない。

そしてある時、彼を見つける。

私がではない、直接、でもない。現代における情報社会の網に、まさか引っかかってくれたのだ。今までそれらに該当しなかったのは単にSNSといった自らを発信することを毛嫌いしている、もしくは不得手だという考えだった。それが見事にヒットしたということは、誰か友人が一緒に写っているところをアップしたか、たまたま写り込んだか、そう思っていた。

けれど、私の手元に送られてきたのはそれらとは異なる状況だった。少し顔つきは変わってしまったものの巡瑠の顔を久々に見た私は鳥肌が立つような、なんともいえない感覚に支配された。


この人が?


いや、私自身がそこを否定してしまえば、またゼロから洗い直す必要がでてくる。数年を無駄にしたとあっては綻んでしまう。


「やっぱり、自分の眼で確かめないことには」


今すぐにでも動きたい気持ちを堪え、私は彼の周辺を徹底的に調べ上げることを決めた。ありとあらゆる情報手段(ただし、閲覧した記録が残るようなものは避ける)を遣って調べ上げた。

家族構成、彼の父親の死後は報道でもやはり住所までは分からない。新聞紙のお悔やみ欄も載ってはいなかった。概要が載らないということは近辺に住んではいないのかと思っていたけれど二つ隣りの県に彼はいる。


「…………」


もう今年も終わりを迎える。

下川先生が無くなった事件も、容疑者を絞り込めるところまで至っていない。未成年である私と、学校を辞めてしまった朝長由梨には任意であろうと指紋などのDNA採取は要請しにくい。成人した女性の容疑者候補が多いうえに、彼女らのアリバイ証明にも手間取っているのだから。

それもそのはず、手配したのは私だから。

コンビニや施設に足を運べばいくらか証明できたのかもしれない。あとは車のドライブレコーダーだとか、道路上にもある防犯カメラ等々。

極端に治安が良くてなるべく交通網が発達していない地域の宿泊施設を私が予約するように促したからだろう。非常に根回しすることが手間で、人手も諸経費も掛かったけれど、概ねうまくいってよかった。

深層心理とも言うべきか、求めていた結果が確実に得られないという時点で博打もいいところ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、思い通りになるのだから面白い。

生活習慣病とは恐ろしいものだ。

普段から利用する施設、行動範囲それらを意識する人間なんていない。一部他人に不信感を抱いているケースもあるけれど、常に気を張って生きているわけじゃない。油断するから生活習慣病となるわけだ。


「編入するなら年度変わりが自然だよね」


『海星高校』と仰々しいフォントで書かれたそのパンフレットを眺める。


「ふふ、ふふふ」


笑いが止まらない。

どんな顔をして彼に会おう。どんな服装が好みだろう。髪型は、メイクはする、しない? コロンの香りも選ばなければ。心が躍りそうな考え事なんて久しぶりだった。三学期の終業式が待ち遠しくて今すぐにでも会いに行きたい。

ただ、一抹の不安もあった。

彼が私の事を覚えてくれているか。そして、画像からではなんとも言えなかったけれど、とある違和感。

交友関係を調べていると案の定、一人の女子生徒が載せていた投稿に引っかかりを覚える。

巡瑠の彼女?

加工、というかスマホのアプリを駆使したり、投稿されている頻度やフォロワー数、系統をみてもまさに流行に敏感な女の子、という印象。校則違反しない程度にお洒落をしているあたりは良識はありそうだけれど、やはり彼のイメージにそぐわない。どちらかといえば硬派な巡瑠に釣り合うべく、私は私なりに清楚なイメージを定着させてきた。明るく柔和な、どこか子どもっぽさを兼ねた大人の色気。下手に飾る必要のない分、逆にほかの画に合わせづらい。


「この子が巡瑠の好みだとしたら間近で見ておくに越したことはないかなー」


編入するための手続きは叔父さんに任せておくとして、私は私で彼女を探ってみることにした。


明羽めいはね」







時間はすこしだけ経過する。

桜の香り、意識したことはなかったけれどやはり五感で楽しむというのはいいことだと私は思う。今どきはVRが主流なのかもしれないけれど、私からするとやはり日常的に機械に支配されているからこそ自然をより尊いものと感じてしまうのだろう。


「手筈通り、お願い」

「了解です」


彼が店へと近付いてくる。


「ちょ、ちょっと! いたい、いたいってば!」

「うるさいな、俺の誘い断ったくせに一人で悠々と余裕ぶんなよ」


私は突き飛ばされて倒れ込む。


「うお、大丈夫ですか?」


タイミングよく来た彼に肩を支えられ、私は鼓動が早くなった。

ああ、やっと。やっとだ。


「なにも突き飛ばすことはないんじゃないんですか?」


立川巡瑠は倒れた私を起き上がらせながら男の方を睨む。


「関係ないだろ、これは俺たちの問題だ」

「でも手を出したのは、まずくないっすかね」


彼はポケットからスマホを取り出して男のほうへわざとらしく打ち込んだ番号を見せる。


「迷惑行為として第三者が通報した場合、これでも俺無関係って言えますかね」


男はしばらく巡瑠を睨んだ後、舌打ちをしながら気まずそうに速足でその場から去っていく。


「あ、あの……えっと」」


思い想いを押し殺して、私は出来るだけ余所余所しさを表してぎこちのないお礼を言おうか逡巡する。自分らしさが微塵も表現できないコミュ障的な役柄は失敗だったかな。我慢をするのが、しなくてはいけないことがなんとももどかしい。


「今日は気分が良かったですから、それを台無しにされるのもどうかなって。気にしなくていいですよ」


そっか、あなたも気分がいいんだ。でも、そこに私はいないんでしょう?

羨ましいなあ、妬ましいなあ。本当は私が彼の中にいるはずなのに。いざ目の前にしてみると応えるなあ。

遠巻きに観察するだけにしようと思っていたけど、やっぱやーめた。


「ちょっと困らせちゃお」


そう思って巡瑠のあとを尾行する。

簡易的な小屋のような店で鹿せんべいを買ったあと、おそらく彼女さんのところへ戻っていく。細心の注意を払うつもりだけれど、万が一バレた時の言い分もすでに考えてある。


「あの……」


声を掛けられて思考を止める。

さっき、言い合いをしていた「相手」方がそこに居た。


「ああ、そうでした。駐車場にスーツを着た男がいるから、そこで謝礼を受けとってください。今日はありがとうございました。帰り道どうかお気を付けて」

「あ、はい。お疲れ様でした」


いやにあっさりと終わったことに多少の不快感はあったものの、とくに何事もなかったかのようにお互いが他人行儀に離れていく。

息のかかった人間を置こうにも年齢層に幅が出ることを避けたかった。だから大学生の日雇いバイト感覚でDMを介してのやりとりだった。赤の他人ということはないけれど知り合いの知り合い程度の認知だ。求人サイトに掲載するわけにもいかないし、ぱっと見詐欺の広告かと思うほどの内容の胡散臭さ。恋人のフリをして喧嘩別れを演じてほしいだなんて、役者志望の人間くらいしか引っかかりえない。だが、逆にそういうのを経験としたい人間もゼロじゃない。役者や舞台俳優を目指し養成所に通っている卵は都会に近ければ近いほど多い。そういった人間をうまく紹介してくれるところも、今となっては珍しくもない。

さてと、見失う前に追いかけなきゃ。

季節が季節だけあって公園は人だかりがある。お花見シーズンで言うならばほぼ満開になっている今がピークだろうし、この施設は割と寛容で、ゴミさえ持ち帰るなら通行の邪魔にならないところでのシートを敷くことのお花見も許可されている。ただ一部は園内で鹿が放し飼いになっているので持ち込んだ食事は与えないことがルールになっている。それに見回りをするスタッフも多い。迂闊な行動は目立つことと、万が一を考えて変装を、というか普段しない濃いめのチークカラーで化粧している。知り合いじゃない限り、同年代だと気付く人はあまりいないと思いたいが、皮肉なことに下川先生の時と手法が同じことが悔しい。

そうこうしているうちにちょうどいい距離感を見出していた私だが、少し予定外なことがここで起こる。


「っ」


巡瑠と合流した人物、SNSで彼との写真を公開した彼女「明羽」がどうも私の存在に気付いるような動きを見せた。たまにこちらを振り返って気にしだしたあたり、普通にしていたつもりが僅かな不信感を抱かせたようだった。

見た目に騙されちゃいけないと幾度となく注意を払ってきたハズだけど、明羽さんは意外にも視線、というより周りのすべてに対して敏感なようだった。少し遊びっ気のある装いは自分を守るための殻のように見えてしまう。

だからこそ、敢えて接触してみたくなった。

突けばどうなるか。彼女の強度を知りたい。

次に後ろを振り返った巡瑠が少し驚いたような表情を見せたが、警戒を解いてこちらへ歩いてくる。


「さっきはありがと。まだお礼言ってなかったよね」


何の用かを聞かれる前に、こちらから発することで少なからず残っていた不信感を払拭させる。

巡瑠にお礼を言いつつ、その隣で快くは思っていないであろう明羽さんの姿を把握する。やはり仏頂面でいる、というか私の方がむしろまじまじとみられている。けど。

なんだ、加工されていた画像より素のほうが可愛いじゃん。


「いえ、偶然なんで大丈夫ですよ」


巡瑠はとくに不審がることなく接してくれている。それもそうだろう、本人にやましいところなんか何一つないのだから。

私が気にしているのは、彼女のほう。


「ふふ、完璧な彼氏さんですね」

「へ? あ、はい」


2人の時間に水を差され、その相手が女だと知ったらどう反応する。嫉妬するだろうか、機嫌が悪くなったりするだろうか。彼女としての器量を知る一番手っ取り早い方法。


「ほんと、今日は素敵な日ね」


明羽さんへ微笑みかける。

彼女はさっきから、どことなく私と出会ってからの態度がおかしい。普通の人の反応ともまた違う。そこまで他人の目を意識してこなかった、いや意識することに慣れてしまった私からすれば、これまでのとは少し違う傾向。

畏れ。

怖がっているともとれるけれど、何に怖がっているのかは自分ではわからない。自分の頭の中でもっともらしい表現を並べてみて、私にとって、いやほとんどの人が理解できないだろうけど彼女のそれは、きっと本能みたいなものだろう。

特別、恐らく彼女もまた本当の意味で巡瑠に惹かれた人間だ。

背筋が凍るような感覚に陥った。


「では、私はこれで。また会えるといいですね」

「こちらこそわざわざどうも」


巡瑠はとくに表情を変えることがない。

私の背筋は凍ったまま。

私は、明羽という存在を恐れているのだろうか。

同性に対しての憧れなんてものは久しく潰えていたけれど、私は貴女に憧れ、嫉妬する。恋をテーマにする作品には付き物だった。縁のないものだと思っていたけれど、ようやく私にも『ライバル』が現れたというわけだ。

同じ土俵に私があがることは不可能。なら、相手をここまで引きずり下ろすことは?


二人並んで歩いていく背を見つめ、私は恍惚とした表情を浮かべた。








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