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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
49/68

48 貉



「せーんせっ」


由梨ちゃんと呼ばれる生徒をよく目に映すようになってから数日。

先生の態度がいつもと違うことに日々、変化を察することができないわけじゃなかった。


「ん? 柔軟剤変えた?」

「いや、べつにいいだろ」


それは私の家で使われているのと同じ香りがする柔軟剤だ。

図書室での日々から一転、私はいつまでも立ち止まるわけにはいかないと先生にアプローチを続けた。もちろん恋人関係にあたっているので普通のアプローチとは別角度。恋人同士で最終的に愛を確かめ合う行為の克服だ。

男は感情任せな部分があるのは仕方のないことだと最近は悟っている。けれど強姦紛いな行動を少しでも私が感じてしまえば拒絶反応がどうしても顕著になる。




だから私は休日、先生の家へ行った。何がだからだと思われるのかもしれないけれど、必要なことだった。

かなりリスクを生じることは分かり切っている。けれど、少しの変装でそれは誤魔化せるということを知った。

私の顔は綺麗に整っている。自分で言うのも変な話だけれど。

パーツのおかげで幼さはまったくないので、少し化粧でもすれば少なくとも学生には思われない。そしてヒールと私服を着て出かければ、私を学生だなんて思う人間はほぼいなくなるわけだ。大学生くらいには思われるかもしれないけれど。

先生だって二つ返事とまではいかなかった。


「迎えに行くにも俺の顔とか車の車種とかわれてるし、どうしようもなくないか?」

「私が先生の家に行けば、バレませんよ」


そして変装という業を手に入れた。

現住所をGPSで送ってもらい、電車で向かう。

高校へは車で40分くらいかかるところに住んでいるらしいので、さすがに無免許で車を運転するわけにもいかず、交通機関を利用することになった。

おじさんに送ってもらってもいいけれど、リスクが全くないわけじゃないのでこの方法は保留。

一応、帽子をかぶりマスクをしているけれど。さすがにサングラスとか掛けたら怪しさを前面にアピールしていることになるので伊達眼鏡。変装なのかお洒落なのか際どいラインではあるものの、やはりなんとも視線は感じるわけで気が滅入る。

完全に顔を隠さないと、いや隠したら隠したで今度は忌避の眼で見られるか。うん八方塞がり。

というわけで先生の家に着くわけだけれど、清潔感のあるアパートでマップのピンが止まっていた。


「すこし意外」


マンションとか戸建てのイメージが勝手ながらあったから、言っちゃ悪いけれど拍子抜けした感がある。


「105号室、一階かな」


門のところにマンションの入り口にあるインターホンがあった。

うん意外。セキュリティー面は見た目以上にしっかりしていたらしい。部屋番号を入力して決定ボタンを押す。

ピンポーンとありきたりな音がしてそのあとガチャッとどもった音がした。


「どうぞ、部屋の鍵も開けておくから」


チャコン、と門のロックが外され押すと開いた。

手前には階段とその隣に各部屋番号の書かれた郵便受け。なんの迷いもなく105の番号を開けた。契約している水道会社の広告やとくに興味を持つものはないかと思ったけれど、ひとつだけあった。うすピンク色の封筒。差出人の名前も宛名もない。

興味をそそられたけれど綺麗に封をしており開けたら一発でバレてしまう。


「んー」


しょうがないか。

戸を閉めてほかの部屋番号を確かめながら奥へ進む。

部屋は空いていると言っていたけれど急に開けるのもどうだろうか。一応ノックをしてドアノブに手を掛ける。ゆっくりと引き中を覗き込む。


「そんなにビビらなくても、合ってるよ」


玄関先で先生がスリッパを持って立っていた。


「はい、これに履き替えて」

「先生って潔癖ですか?」

「玄関先でスリッパを出す奴が全員潔癖症だと思うのは偏見だぞ? 単純に廊下はフローリングだからリビングまでの間だけだ」


さすがにアパートといえど入ってすぐに部屋、というわけではなく数メートルの廊下がまず目に飛び込んできた。本当に間取りはマンションと言っても差し支えないくらい。そして外壁もそうだったけれど全体的に落ち着きのあるモダンな色合いを基調としている。家賃がどれくらいなのか気になるところ。


「男のひとり暮らしの割には、なんというか可愛らしい部屋ですね」


見たまんまの印象だった。さすがに汚部屋とまではいかないにも少しはモノが散乱しているのかと。収納が多い家具を全体に置き使いたいものが分かるように種類分けをしている。目に飛び込んでくる小物はできるだけないようにしている。その代わりなのかソファのクッションとかは遊び心がある色味というか、なんか女子っぽいなという印象。


「俺だって二十何年間独りだったわけじゃないからな。見栄えくらいは気にしますとも」


部屋に入るとそこそこ新しめのエアコンが冷気を送っていることに気付く。


「少し寒くないですか?」

「これくらいがいいんだよ」


そういった先生は机上の電気ポットを指さした。


「コーヒー、カフェラテ、ココア。どれがいい?」

「あ、じゃあカフェラテを」

「そしたら俺は大人ぶってコーヒーを」


粉末スティックタイプのものをカップに入れ、お湯を注ぐ。


「俺はこういった飲み物が好きなんだ。だけど、アイスだと8割がたお腹を下すからホットしか飲まない」

「私的には部屋を寒くする方がお腹を冷やす原因だと思うんですけど」


とはいえ、寒いところで飲む暖かい飲み物が格別美味しいのは頷ける。なんともいえない味わい深いものがある。風情なのかもしれない。


「部屋を冷やす目的はそれだけじゃないぞ」


そう言う先生は後ろから私の首元に腕を回した。


「くっついても暑くない」

「先生ってお調子者ですね」


そして先生に促されるままそのままの状態でソファに腰掛ける。正確には先生の膝の上。


「ぬくもりが欲しいときだって、あっていいだろ。俺だって寂しがりたいときもある」


年下に甘えるのは、ましてや教え子にだなんてどうなのかと思うけれど、悪くないと思えてしまう。こういうことにはハッキリと言えないのが人間悲しいものである。

ああ、でも幸せだなとしみじみ感じてしまう。


「塚本はどうだ」

「私は今まで楽しいと思えたことがあまりないから、今のぬくもりを素直に受け入れられる自信がありません」

「……そっか」


先生は私の頭を撫でて今よりもぎゅっと強く抱きしめる。


「このぬくもりを受け止めてくれるように頑張らないとな」

「……はい、期待しないで待っています」


大人の余裕、そんな感じがした。

こういうことを言われるとやっぱりついつい甘えたくなってしまうのだろう。

けれど。

それでも私は。

やはりすべてを信じきるには時間が掛かってしまうのだと薄々勘付いている。




あっという間に夕刻。

寝泊まりするにはまだ、関係を刻み切っていない。


「とくに何かをしなくても楽しいものですね」

「ま、そういってもらえると幸いだ」


玄関先まで見送りをしてくれる。

さすがに外まで出ればリスクがあるのはお互い承知の上なので踏み込まずに留まれている。


「…………」

「どうしましたか」


何かを言いたそうな表情。細かな変化を察しているわけじゃないけれど、これくらいはさすがに見てわかる。


「悪いな。もっと恋人らしく色んな場所に連れて行ってあげたいけど」

「……私が卒業した後の楽しみが減るのでいいです」


これ以上の贅沢はどこかで罰が当たるんじゃないかと肝を冷やしそうになるので望まない。本当はしたいことや行きたいところがたくさんある。だから一種のおあずけだと思うことにした。学生の間だけ。辛い日々に比べると可愛いものだ。たかが3年ほど。

ただいくつか不安因子があるから、それをどうにかしなきゃいけないかな。


「それじゃ、また学校で」

「はい。それでは」


口付けを交わして別れを告げる。

部屋を出てすぐの駐車場にチラと目をやる。


「ん」


疑問が浮かび、一瞬声が漏れる。けど先生には聞こえていないらしく笑顔で手を振っていた。私はお辞儀をして扉を閉めた。

そしてもう一度駐車場の方をあたらめて見る。

先生の車がない。

いつも学校に来る時の車種が今日、たまたまないだけだろうか。それとも別の場所を借りている、とか。


「…………」


深く考えないほうがいいのだろうか。

なんというか、この胸の奥のもやもやは、今の幸せを壊してしまいそうな気がする。


「ま、いっか」







そして数日経ったある日の月曜日。

休み明けの学校は何かと億劫に感じる人も多いだろう。けれど私にはあまり関係がない。少なからずできた友人と会える、授業を受けて見分を広げることでいろいろな可能性に出会える、そして先生に会える。

私にとってはやはり素晴らしい教育機関であると言える。

1年の靴箱に人混みができていた。

単純に登校ラッシュに出くわしたわけではない。そもそも入口でそこまで引っかかるようなこともないと思える。別に野次馬になりたいわけじゃないけれど、近付く。避けて通れないため。


「あ、塚本さん」


友人の覇気のない顔を見て、どこか察してしまった。

人の根をかき分けるでもなく私と気付いた生徒はモーゼの十戒の如く避けていく。そして靴箱に辿り着いてみると簡単に答えに辿り着いた。

異臭。黒々とした物体。

恐らく腐っている何かの死骸。全容は分からないけれど、それが私の靴箱もとい上履きに入っていた。


「なるほどね」


私は靴箱を素通りして靴を抜いだ。靴下のまま職員室棟へ行き、そこから来客用スリッパを拝借して教室へ向かった。もちろん靴は持ったままで。

そしてそのまま教室へ入り、自分の席を確認する。

さすがにここは問題ないみたい。とりあえず鞄から荷物は出さず、そのまま席に着き時間が来るのを待つ。ときどきクラスメイトが心配そうにこちらを見ているけれど、かける言葉が見つからないのか、はたまた関わり合いになりくはないのか。誰も声を掛けてくることはなかった。


「朝のホームルームを始める前に、塚本。ちょっと先生と来てくれるか」

「はい」


私は鞄と靴を持って席を立った。


「いや、荷物はさすがに……」

「用心ですので」

「……わかった」


私の視線から何を察したのか、先生は諦めたようで軽く息を吐いて手招きをする。

そして教室を出た私は真っ直ぐ校長室へ誘われた。


「先ずは座りましょう、どうぞ」


校長室に入ったのは今日が初めてになるけれど、感動なんかしていられる状況ではないみたい。


「塚本さん。今朝の騒動、心当たりはないですか?」

「ありません」

「誰かに恨まれたり、虐められたりとかは?」

「今日が初めてです」


校長先生の質疑に一答で応対する。

周りに生活科担当の先生や何人か強化担当の先生がいた。そのなかにはクラス担任である下川先生も私と校長先生のやりとりを聞いている。


「心当たりがあるんじゃないのか」


そのやりとりを割いて入ってきたのは体育担当の教師だった。


「上履きの中にネズミの死骸だぞ? 遊び半分でこんなことをほかの生徒がするなんて考えられますか校長。さっきから被害者面してる塚本にも原因の一端があるんじゃないんですか?」


私はゆっくりと目を閉じた。


「彼女は被害者面じゃなくて被害者なんですよ」


振り返りはしなかったが声で反論した人間が誰か分かった。


「下川先生。自分の生徒を庇いたい気持ちもわかりますけど、ここは客観的に見ようって話ですよ」

「私が担任だからこそ、言わせていただきます。彼女、塚本さんの生活態度を見ても誰かから恨まれたり日常でトラブルを起こすような生徒じゃないことは周りが見ても明らかじゃないですか」


再び目を開けたとき、私は涙を零していた。

その姿を対面で見ていた校長先生が席を立つ。


「生徒の前でこのやりとりは問題行為ですよ、大野先生」

「……失言でした。申し訳ありません」


周りの先生も呆れているのか、声も出ない。

私は初めて後ろでやりとりをしていた先生たちの方を向いた。頬を伝う涙に先生方はみんな、目を反らしていた。下川先生は少し悔しそうに俯いている。


「先生方は授業の準備をしてください。塚本さんに関しては本人が落ち着くまで私が付いていますので」


そう言った校長先生の勢いに何も言えない先生たちは確かに1限目が始まる時間に迫っていたので校長室をあとにする。

二つの影を残した校長室はほんの一瞬だけ沈黙が訪れた。


「あなたは自身をどう思っているか分からないでしょうけど、容姿は非常に優れています」


私は流れる涙をそのままに校長先生を見た。


「騙されました、嘘泣きだったのですね?」

「そう見えますか?」

「いいえ」


かまをかけたつもりだったけれど、食えない女性だ。というよりは私と似た人種なのかもしれない。人に言えないことをした匂い。危険な香り。


「上履きの件、自作自演ってわけじゃないのでしょう?」


校長先生がジッとわたしの眼を見る。


「そんな目立つことして、なにか得があるのでしょうか」


負けじとその眼を見つめ返す。


明眸皓歯めいぼうこうし

「どういう意味ですか?」

「非業の死を迎えないように気を付けなさい。あなたはこの先も苦労するでしょう」


非業。たしか災害にあって死ぬとか、そんな意味だったような。


「上履き、どうしますか。被害届を出してもかまいません。学校側は犯人を見つけることよりも今後同じことを起こさせないように働きかける次第です」

「驚きました。普通は公にしたくないところですよね?」


教育機関と言えど保身に動くとばかり思っていた。問題事は起こしたくはないに決まっているものの、学校中には知れ渡っているからしょうがないのかな。


「情報社会は怖いものでネットに書き込まれれば一発アウトなのですよ。デタラメを書かれてもそれが通用してしまうのだから、誰にとっても生きづらい世の中になったわ」

「…………」

「正直者は馬鹿を見て、そうでないものは周りに怯えて生きるしかない」

「校長先生は、どっちですか?」


その瞬間に彼女が見せた笑顔は、何を意味していたのか分からない。


「自分に正直で、ただそれだけよ」

「そう、ですか」


座ると深みにはまりそうなソファから必要以上に力んで私は立ち上がる。


「校長先生の事、好きです」

「あらそう? 相思相愛ね」

「はい、ですから私はこれからも私らしくあろうと思います。私は私を不幸にする人に容赦しません」

「ふふふ、意気込むのはいいけどあまり声に出さないほうがいいんじゃない?」


机の下に手を伸ばした校長はビリビリと何かを剥がす音を立てた。そして机上に取り出したそれを置いて見せた。


「ICレコーダーですか」

「ドライブレコーダー然り、なんでも証拠ってのは手に入る時代になったからねぇ。こういうのを誰もが持っていると思って生きていくのと、後先考えないで言動を起こすのと、いったいどっちが幸せなのかとも言い切れないわね」


私は机上のモノをじっと見た。


「こんなの無くたって今はスマホでなんでもできるらしいけどね。残念ながらインストールの仕方も分からない私は実機に頼るしかないの。安心して、それバッテリー切れだから」


確かに、本来なら赤いランプでも点いているのだろう部分に光がない、そして秒数を刻むデジタル表示部分も数字はおろか、波形も刻まれていない。


「用心深いですね」

「なにも圧ってのは上から来るだけじゃないから。上と下、まさに板挟みなの。あなたはよく思わないでしょうけど、今日は久しぶりに楽しかったわ」

「私もです。授業なんかよりよほど有意義な時間だったと思います」


お辞儀をして部屋を出る。


「強い子ね」

「……しつれいしました」









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