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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
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39 相対する絶望

「ふぐ……う、うぁ」


わたしは、取り返しのつかないことをやってしまった。

立川くんは泣いていた。

裸に剥かれ、片手で目じりを抑えながらわたしから距離をとった。

思えば、わたしは自分のことしか考えていなかったことに気付く。

ああ、蝉の声が五月蠅い。冷静になれない。


「大丈夫、こわくない」


突如として衣服を剥ぎ取るなんて珍しいことじゃないでしょう? わたしはあいつらに散々やられてきた。

たった一回、ましてや子どもの悪戯程度の度量だ。些末でしょうに。

それにこれは彼にとっても気持ちのいいことだ。

わたしは彼に気持ちよくなってもらいたい。そしたらわたしも気分がいい。まさしく一石二鳥じゃない。

ほら、体は反応している。

ただ理解が追い付いていないだけ。

わたしの腕の中の彼はすごく震えている。

大丈夫、全部わたしにまかせて。


「上書きしなきゃ」


わたしの表情は彼にどう映っているかな。

彼の瞳を覗き込み、愉悦に浸る自身の顔を見て安心する。



わたしはせいじょうだ。



おかしいのはあいつらのやりかた。


「立川くん」


かわいい顔をしている。


「立川くん」


あいつらのガサガサした肌とは違う。女の子みたいな肌。


「めぐる」


燃え盛るような温もり。


「あはは、めぐるっ」


楽しくなってきたわたしはめぐるの耳を甘噛みする。


「っ」


声は出さない、だけど体を仰け反らせて分かりやすく反応を見せる。

素敵。

めぐると、いつまでもこうしていられたらどれだけ幸せだろう。

そうだ、彼を連れてどこか誰も知らないところへ行ってしまおう。それがいい。

わたしの望みなら彼も喜んで応えてくれる。めぐると一緒にいられるなら、誰が相手でももう怖くない。


「泣いてる?」


めぐるがここで初めて口を開いた。


「え」


涙が流れていた。そんなつもりなかったのに、なんで泣いている?

嬉し泣き?


「か、簡単に、自分を捨てちゃだめだ」


虚を突かれた気分。

捨てる?

捨ててない。むしろやっと本当の自分に出会えたところだ。


「まいは、なんでそんなに悲しそうなんだ?」

「悲しくなんて……」


ゆっくりと、震える手で、彼はわたしの頭を撫でた。


「あ、ああ」


溢れる涙がとうとう息すら吐かせなくなった。

わたしはめぐるに縋りついて、泣いた。押し殺していたものが溢れてくるようだった。溜めていた感情をぶつけ、更にもっとぶつけている。

みっともない。はしたない。

めぐるはこんなわたしを拒まなかった。

間違えそうになったわたしを、彼は正してくれた。

どこからおかしくなったのか、わたしの壊れた思いをそれでも抱き留めてくれた。

たとえこの先一人になっても怖くない。

今を変えられないことの方が、わたしにとっては辛いんだ。

あの男たちを地獄の底に、なんてもう考えない。ただただ罪を暴いてやるんだ。


だいじょうぶ、わたしにはめぐるがついている。






「いけない、眠っちゃってた」


どこからともなく聞こえる配管から漏れた水の滴る音が、眠気を誘ったみたい。

それにしてもあんな昔の夢を繊細に思い出すだなんて、やっぱり今日という日を楽しみにしていた甲斐があったというもの。

でも、()()()()()()

あれは私の思い描いた理想に過ぎない。

そう、ほんとはあの時。巡瑠と身体を重ねたあの日、彼は私が恐ろしくなって逃げたんだった。


「でも、ちゃんと戻ってきてくれたよね」


私は独り言のように語る。

語るべき相手は目の前にいる。けれど警戒心を露わにされてすこし悲しいんだよね。


「いったい何の話をしているんだ」


その声色は未だかつて私に向けたことのない明らかな敵意の声。


「ふふ、いいね。こんな状況なのに落ち着いている。なんでか知らないけれどそこもまた魅力あふれるんだよね」


私は気分がよくなってその場でくるりと回って見せる。倒れているその位置だとスカートの中とか見えちゃってるよねー。

それでも表情を変えない巡瑠。やっぱり緊張してたかな? もっと自分には素直でいていいのに。


「小さい頃の話、君はわたしを覚えているかな?」


怪訝だった顔つきが別の意味で険しくなった。


「覚えてない、のかな? まあ三日くらいしか一緒に過ごしてないし、あのあとも君ってやっぱりかなりモテてたみたいだからあやふやになってるかな?」


石造りの床を何度も踏みつける。ブーツを履いているので音が部屋中に響く。その音が耳障りに変わり、彼の顔が強張る。


「いけない、冷静にならなきゃ。ふー」


かかとを数回鳴らして、私は横たわる巡瑠の前で屈む。

頭を支えながらゆっくりと彼を起こす。


「悪いけど、覚えてない。そこは素直に謝る。ごめん。だけどこんな事はやめよう、今ならまだ悪戯だったとして終われる」

「悪戯、ね」


彼の手足はロープで縛ってある。下手に解かれる心配も今はない。


「いったいいつになったら私が本気だということに気付いてくれるのかな」


およそ五年前のあの日、遊び感覚で私は彼を染めた。そしてあとになって私は気付いた。初めて出会ったあの日から、全部が本気だった。

誰かにとってはその程度で、些細な出来事で、って思うかもしれない。でもかつての私にはそんな些細な出来事さえも訪れなかった。私が彼にとっての特別な存在でなかったとしても、私にはそう足りえるのだ。

私は彼にキスをした。


「――」

「っ」


一瞬だけ硬直した時間を割くように、彼は縛られた両の手を前に押しやって私を突き飛ばした。


「そう、だよね。私たちにはまだ時間が必要だったんだもんね。でも、あの四日目の朝にあなたのお父さんが私たちの距離を離した。邪魔したの。だからあの人にも退場してもらった、私が巡瑠を救えるように」


「は?」


彼の目が見開かれた。

そうだよ、真実を知ってもらおう。そしたら、彼も分かってくれる。


「思い出話をしましょう」







めぐるが泣きながらわたしから逃げて行った日。

待ってみても戻ってくる気配がなかったので仕方なくわたしはトボトボ帰り道を歩いた。


「なにを、間違えてたんだろう」


ぶつぶつと呟きながら屋敷の塀周りをウロウロしていた。

見るとところどころ老朽化した後が残っている。どうもこの屋敷はただのお金持ちということではないみたいだった。土地が余っているのか、見かける家の敷地はどこも無駄に広い。昔はお金持ちだったという名残だけが恐らくこの家に残っているのだと思う。。

ところどころ蜘蛛の巣が張っているあたり、人の手があまり入っていないなによりの証拠。


「嫌われてないよね?」


何度も頭の中でさっきの出来事を反芻しながら自問自答を繰り返す。

きっとわたしは間違えていた。何を、と言われるとはっきりこうとは分からないけど。ゆっくり時間を掛けたかった、というのが本音だけど何よりもわたし自身が気持ち悪かった。だから一刻も早くこの気持ちを取り払いたかったというのが正直な感想だ。

でもおかげでわたしはギリギリわたしとして保たれている。

けれど、このまま何もせずに夕方を迎えてしまえばまた昨日のように襲われる。モノみたいに犯される。


「わたし、どうすれば」


警察を呼ぶ? 本当にそれだけでわたしは助かることが、今の状況をより良いモノへと変えることができるだろうか。子どもが声を上げて、それを大人がきちんと答えてくれるだろうか。大人同士の会話に持ち込まれて、果たしてわたしに勝機が訪れるのだろうか。

今のわたしはどんな立場にいる大人だろうと信用できない。大人の、言わば男たちの眼つきが恐ろしい。

決定的な証拠を掴んでさえしまえばいいのだろうけれど、ビデオカメラや動画を撮影できる携帯電話など持っているわけでもない。

子どもには値段が高くて手が出せる代物でもないし、机上の空論でしかなくなってしまう。

でも、どうしようもない。


「今日はすんなり家の中にいるじゃねぇか」


ならば、そういう夢を見ることでしか今のわたしには楽しみが、希望が、活路が無いのではないしょうか。


「ちょっと早いけど始めちまおう」


無だ。

四肢に伝達信号を送らない。

目を閉じて浮かぶ光景にだけ集中する。

こいつらをどう殺してしまおう。どう苦しめてやろう。

それを考えると自然と笑みが零れた。


「おいこのガキ壊れたぞ、てめまた勝手に打ちやがったな!」

「今回はまだ打ってねぇよ。すぐに俺を疑う癖をどうにかしろよな!」


はは。


「あーあ、抵抗するからよかったんじゃねぇか。だからわざわざこんな辺鄙へんぴな場所まで車出して来てんのにさ」

「うるせ、お前のとこだからどうせ遮音してる部屋とか普通にあんだろうが。そっちはそっちの商品で楽しめよ」

「宗次のとこの嫁さんが好みだったからな、おまけに娘もほぼ瓜二つと来ればこれほどのいい思いはないだろうよ」

「おまえなんかがよくあんな高嶺の花モノに出来たもんだな。挙句あのざまだけど」

「兄さんたちが喜んでくれて、援助もしてくれてるおかげですよ」


はは、ははは。


「記念に写真撮っとこうぜ」

「そういえばまだだったな、奥さんの時と並べて飾っておくか?」

「はっは、やめろよ俺まだ捕まりたくねえよ」

「まぁまぁ、このガキも嫌がってる顔はしてねぇからセーフセーフ」

「いや完全にアウトだろ、…………まぁいいか」


フラッシュが眩しい。

わたしの楽しい時間を邪魔するのは誰?

ああ、写真ね。

バカみたい、自分たちが不利になる証拠を残しておこうだなんて。またデータとしてあいつのパソコンに追加されるのは目に見えている。

こっそりアクセスできることは分かった。あとは警戒さえされなければいつでもデータを抜き取れる、そういう状況が訪れるのをわたしは待つ。ほんのちょっとの我慢。





結局、次の日になったところで外出すらする気になれなかった。

外に出たところで彼が待っているはずもない。結果的に酷いことをして逃げられてしまったのだから。一番の後悔はそこ。

屋敷内のとある一室を覗き見る。

父親とほかの男たちと金品のやり取りをしているところを目撃した。なるほど、昼間は晩餐のための前金を徴収しているわけね。


「お、麻衣ちゃんはっけーん」


廊下奥の曲がり角から男が一人歩いてきた。

わたしは声の下ほうへとくに気付いた素振りもせず、金品のやりとりを覗き見る。


「んだよ、無視かよ。まぁいいや、こんな時間に暇そうにしてるってことはつまりはアレじゃん?」


わたしは部屋を覗くことを中断し、ひとりで誰に語るでもなく喋っている男へ振り向く。

その途端、男はわたしの手を握って廊下を歩き出した。


「いたっ」


小さく声を漏らす。大声を出したところで誰も助けてなどくれない。むしろ連中を引き寄せることになるので半ば強引にどこかへ連れていかれようとしても相手の気に触れないように振る舞うことで精一杯。

玄関口まで手を引かれて、サンダルを履かされる。男も靴を履き再びわたしの手を引いて速足で外へ出ていく。石畳を歩き門を出て無言で道を歩く。

まさか逃がしてくれる? それはあまりに期待しすぎかな。この男の顔からしてそういった正義感を放つようにも思えない。むしろ悪戯をするときの男子みたいな悪徳さを秘めている。きっとよくない。覗きなんかしないで無理にでも今日はどこかへ行っておけばよかった。

今頃後悔してももう遅い、後悔なんて連続して起こっているものだから今更どう足掻こうともしない。


「このあたりがいいな」


ひと気のないバス停、わたしにとっては数少ない良い思い出のひとつ。けど、すごく心臓のあたりが痛い。裏の茂みに連れ込まれ、わたしは口を塞がれた。


「ここならあいつ等抜きで楽しめるな。それと、大声出したら殺すから」


手際よく服を脱がされる。

外でなんて変だ。おかしい。心臓の痛みが強くなる。


「や、やめ」


なんでだろう、今までやられたどの状況よりも嫌だ。

男がズボンを脱いでアレを入れてこようとしている。なんで毎日こんな目に遭わなければならない。わたしが、本当に、何をしたっていうの?

涙が零れ落ちそうになるのを堪える。こういうのは逆に喜ばせてしまう。こいつらはそういう生き物だ。

弱い部分を見せてはいけない。見せたら本当に、負けてしまう。


ばさっ。


木々のざわめきじゃない。セミの鳴き声でもない。わたしや、ましてこの男が立てた音じゃない。

音がした方を男は見た。男の背後でした音だろうか。わたしからは男が邪魔でよく見えない。


「ちっ。見せもんじゃねぇぞガキがっ! 失せろ!!」


男が怒鳴り声をあげる。わたしには声を上げるなと言っておきながら自分で声を出すなんて馬鹿だな、と思った。

ガキ?

嫌な予感がした。

体をよじらせて男の背後を見たわたしは、


「め、ぐる」


めぐるは苦しそうな表情をしたままわたしという存在を確認し終えると慌てて走り去っていく。さっきまでめぐるが立っていたその足元にはビニール袋が落ちて中身が溢れていた。ペットボトルのジュース二本とお菓子の袋が幾つか。


「めぐるっ! 待って! お願いたすけ――――――――」

「声出すなっつってんだろ!! くそ、ここはガキどもの溜まり場だったのかよ」


口を手で塞がれる。

ちがう! ちがうんだよめぐる。

お願い待って! わたしをたすけて!

遠ざかっていくその背中がやけにゆっくり、はっきりとわたしの目に焼き付いた。そしてわたしのなかで何かが割れたような音が響いた。

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