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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
35/68

34 いとめいは「波」



「連れの人、具合悪そうだけどいいん?」

「ん? ま、あの子には少し荷が重い話かも分かんないからね」


明羽がトイレから戻らないこと数分。このまま待たせるのも正面に座る川波高校2年女子2人に悪いからね。


「心配してくれてありがとう。でもこのまま話を進めたほうがいいかもしれないね、塚本が下川先生に言い寄られていたって認識でいいかな?」


私の言葉で1人が頷いて、もう1人が「んー」と喉を鳴らした。


「うちは少し違う印象だったかな」

「少し違う、というと?」

「んーと、そこまで嫌がってなかったというか……まんざらでもなかったんじゃないかな」


「えー、うっそだー」と隣に座る女子は反論する。


「見え方が異なる?」


人によって印象が異なるのは珍しいことじゃない。その人にとっては嬉しいことも他の人からすると実は嫌だったりすることなんてありけりだし、感性がからっきし違う人間のほうがむしろ多い。


「塚本さんが転校する話はどう思った?」

「いまさら? って言うのが正直な感想かな。言っても5月くらいの事件を理由に3月末いきなし転校ってのも驚いたし」

「それまでは割と普通に過ごせてたっていうか、誰にでも愛想いいのは相変わらずだったし。でもなんかどっか覇気無さげだったけど」


塚本にとっての人生の転機ってのはどうやら唐突だったようだ。話を聞く限り十中八九、転校する理由なんてただの後付けに過ぎなかったのだろう。

塚本麻衣はきっと1年の春休みに、彼を見つけてしまったんだろうね。立川巡瑠その人を。

明羽から聞いた話を繋げると、追いかけるために転校したってのも整合性がとれる。塚本麻衣にとってめぎゅるんがどうしてそれほどまでの存在なのか、分かり兼ねるけど。


「顔は、似てなくもないのかな」


下川って教師とめぎゅるん。どことなく目鼻立ちが似ているのは私の勘違いだろうか。


「ね、君たち」

「なに?」


私はスマホの写真フォルダから人物だけをピックアップしてくれる機能を使って、彼の写真だけを表示させる。


「わぉ、誰これモデル?」


最近のスマホカメラってのは本当に優秀だ。周りに少しぼかしを入れて撮ったおかげでプロとは言わずともアマくらいは映えている。何も知らない人から見たら勘違いしてもおかしくないほどのクオリティで仕上げている。

画面を食い入るように見ている辺り、そこはかとなく気に入ったのだろう。心無しか2人のテンションが高くなっている。


「例の下川先生と似てたりする?」

「うーん……、言われてみれば似てなくもない、かもだけど。え、まさかアイツの学生時代とか?」


何故か少し嫌な顔をされてしまう。下川が嫌なのか、そんなやつの青春時代の写真を持っているかもしれない私のことを気持ち悪いと感じているのか。ま、そんな些末なことはさておいてだ。


「私のクラスメイトだよ。1つ前の席に座ってる」


スライドして斜め後ろから横顔の見える写真を見せる。

基本的に無防備だから撮りやすいんだよね彼。盗撮した私が言うのもなんだけれど、だからこそ危険な目に遭いやすいのかもしれない。


「何枚か秘蔵のコレクションあげちゃうからさ〜。例の話もっと詳しく聞かせてくれないかな?」

「え、えぇ〜」


まんざらでもない表情。即答しなかった時点で私の勝利は確定したも同然と言えよう。

取引成立。

良い子は真似しちゃダメ、ゼッタイ。








明羽にSignalでメッセージを残した私は一人、とある中学校の近くへと足を運んでいた。


「この辺り、だったかな」


ほぼ殺風景に近い公園のベンチに静かに座る。ところどころ色が剥がれ落ちているベンチ、あとは砂場と滑り台だけというシンプルなつくりに水飲み場が一つ。ブランコすらない、元々あったのを撤去された可能性もある。異様に広い空間がところどころあるので、感覚としては歪で気持ち悪い。

人が通りかかる。いや、正確にはこちらへ歩み寄ってくるというほうが正しいだろうか。女性は目の前で立ち止まる。


「こんにちは」

「こんにちは、私は田栗という」


挨拶をすると笑顔で彼女も返す。


「私は納富。わざわざ来てくれてありがとう」


独特な流れを持つ女性だな。


「数珠つなぎで私まで辿り着いたのは、それは執念にも近いよ。納富さん」

「一昔前の探偵じゃないんだから、簡単にSignalで伝ってもらっただけだよ。それにあなたのような人が塚本さんと近しい友人なんて、とてもそうは見えないけど」


コンビニで出会った2人から知り合いの伝手に伝手を辿って、小中学校ともに塚本と仲が良かったという田栗という女子に行きついた。

ハッキリ言ってこれは賭けに近い。過去を知る人物に近づけば近づくほど、本人にバレる可能性が高いからである。もし彼女が塚本の旧友だったとして、今も繋がっているんだとしたら……。どちらにしても、もう引き返せないところまで来てしまっている。


「生憎と今の麻衣がどんな風に変わっているのか知らないけれど、私にとってはとても喜ばしいことだと思っている」

「変わってる?」

「少なくとも高校に入ったあたりから人柄ががらりと変わった、と聞いている。最後に会ったのは中学の卒業式だしね」


高校にあがるところで転機があった?

いや、私の中にはない情報だ。塚本に転機があったのは少なくともその一年後の春休みあたりの筈。


「ところでどうして麻衣のことを知りたがっている」


心臓をきゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。

本当のことを話したところで信じてもらえるわけでもない。ましてや塚本麻衣を知る人間というのは偽情報で既にあの女の術中にハマっているのではないかという可能性もあり得る。。


「変に勘繰るな。状況をただ受け入れるというのも大切なことだ。私はどうしてこんな炎天下のなか、わざわざ外を選んで話していると思うんだい?」


手を広げてくるくると回る田栗。一見すると奇行ともとれるけれど、幸い近くに人はいないようだ。いくら寂れた公園といえど、夏休みなので人は居そうなものだけれど、それでも通行人さえ見当たらない。


「この場所を指定したのは田栗さんだったね。なるほど、人目につかないところを選んだということはあの女の素性を知っているね?」

「あの女、なんて言ってくれるなよ。私にとって麻衣は憂うべき友でありまた好意を寄せる相手なのだ」


私はベンチから立ち上がり後方へ跳ねた。わりかしフットワークは軽いほうなのでベンチを挟んで向かい合う形になんとか距離をとることができた。


「まあ、あの子にはとっくに振られた身だからそう睨むものじゃない。ひと気のないところに呼び出したのは別に君を始末するためじゃない、確認をするためだ」


田栗はさっきまで私が座っていたところへ腰かけた。


「掛け給え」


これほどまでに苦手意識の芽生える相手が未だかつていただろうか。いや、きっといない。ポニーテールの髪型で少しボーイッシュな恰好。見たところ体育会系にしか見えないけれど、物腰が柔らかく落ち着いている。自分のペースを絶対に乱さない人間だと瞬時に理解した。

だからこそ、相手のペースに乗らないようにしなくてはいけない。


「どうしてそんなに前向きなのか、分かり兼ねるね」


少し距離を置いて、隣に座る。


「そもそも私は例の花咲じじい事件のことについて尋ねていたつもりだったんだけれど?」


初めから論点をずらしている。私としても露骨に塚本麻衣という人物のヒストリーを巡るわけにはいかない。これはあくまで起こった事件に焦点を当てて探っていた、という建前を模していたはずなのだけれど、見事に掌の上で踊らされた。私も詰めが甘いということか。


「麻衣のことを嗅ぎまわっててその事件と出てくれば、そっちはオマケに過ぎない。この関連性は彼女から直接聞くか、彼女と関わった人間くらいしか辿り着けないようになっている。そういうものだ。もちろん私が見ず知らずの人間にそれを漏洩できるはずもない。あの子、麻衣にとって私という存在は汚点なんだ。絶ちたかった過去のひとつでありながら、同時に消し忘れた証人でもある」


いまいち敵か味方かの区別がつかない。何はどうあれこの田栗という女子生徒は本当の塚本麻衣を知っていることだけは確か。どうにかしてこれまで塚本が犯してきた罪の証拠がほしい。すべて解決するわけではないけれど、幾らか立ち回りがしやすくなるだろう。一番は刑事事件として処罰されることだけれど、どうにも逃げ道を用意していそうで油断ならない。


「塚本に恨みを抱いている人間からすれば、過去の一つでも調べたくはならないかい?」

「ふーん、麻衣がよくそれを許したね。もしかして君は秀逸だったりするのかな。彼女に何か弱みを握られていたりしないかい? それとも……お構いなしに動ける鋼の精神の持ち主だとか」


勝手にぶつぶつと分析を始める。じろじろと外見を物色されているようで何とも気に入らない態度の田栗という女子だが、どうも狂っているとかそういった心配は一先ず無さそうだ。


「まあいいよ。どうせお互い橋は渡ってしまったんだから情報の出し惜しみはしない。知っていることなら何でも話そう。勿論質疑に応じてだけれど」


立ち上がって数歩、歩き出した田栗は立ち止まって振り返る。


「歩きながら話そうか。情景だけじゃ、伝わらないからね」


僅かに遅れて、あとに続いた。


「懐かしいな、この通学路。といってもほんの二年くらい前でしかないけれど」

「…………」


応じない。当然のこと、私の通学路ではないからである。後ろから見ていると時々、誰もいないはずの隣に視線を寄越すあたり意図を読み取った。


そう、これは追憶。

田栗という女子生徒の視点で描かれる、嘘か真かの物語。


「そうそう、私は高校デビューを機に演劇部に入ったんだ。主観ではあるけれど一番近くで見てきた私の麻衣は、本物と見紛うことなかれ」


何がなかれ、だ。

それに高校デビューの定義とはこれ如何に。













「そう、見つけたら連れてきてくれると嬉しいな。ううん大丈夫、私のこと割と嫌っている人って多いからこういうことは慣れてる。うん、ありがとう」


声がして目が覚める。

なんだろう、ひんやりとして涼しい。

いつの間に眠っていたんだっけ。

右手左手、右足左足がピタリとくっついたまま、離れようとしてくれない。単純に寝起きで力が入らないこともあってのことだろうか。


「っ!」


驚きに声を上げようとして、上がらなかった。

明らかに不自然だ。縛られていた。

次の瞬間、ここ数ヶ月に起きた悲惨な出来事がフラッシュバックした。

自分の身が危険だということは分かった。

冷静になるためにひんやりとした床に頭をつける。

寝かされている間に縛られて、運ばれた。全く身に覚えのない場所だった。

部屋全体を見渡すために体を揺らした俺の視界に、信じられないものが飛び込んだ。


「おはよう、楽しい夏休みが始まるよ」


塚本麻衣が、満面の笑みで俺を見下ろしていた。






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