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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
34/68

33 いとめいは「川」


「…………」

「んぁにはんはえへふほは」


極端に言えば私は、あの話を全て信じたわけではない。ただ塚本なら、あの女なら人を陥れるようなことを簡単にやってのけるだろうと思っただけ。

また間接的にアタシを被害者に仕立て上げたという点においては推測通りだったし、この件に関して絶対に許さないことだけは揺るがない。川名、松永、湊、枚方が例え私と同じような境遇にいたとしても、いいようにあの女の道具とされただけだとしても、それでもアタシはあの四人を許せない。

だからといって償えなんて言わない。だから協力させる。塚本のように道具として扱える度量も自信もないから、アタシは協力という言葉を選んで、一旦は感情を抑えることに徹した。

塚本以上ではないにしても、あいつらもアタシのことを恐がっている上に罪悪感もあるので無下にはできない。

思えば和解という目的ではなく味方を増やすという算段でいとは引き合わせたんじゃないかと疑っている。

それから日を跨いでの今日。

昨日の今日でまた、いとの奴に呼び出されて今度は学校ではなく駅での待ち合わせ。

そして特急列車の自由席に座っていた。


「あんた何言ってるかわかんない……ってか、なにこの臭い」

「でんひゃほいえばへきへんばろう?(電車といえば駅弁だろう?)」


集合時間に遅れてきたから何をしていたのかと思えば。

なんか弁当食ってるし、アタシの分もあるみたいだし。


「いやその価値観わかんないし、今じゃスメハラだからそれ」

「私はすめはらではない納富だ」

「もう若者やめれ」


とは言っても平日お昼前の車内で周りに人がほとんど居なかったので、お腹が空いたアタシも弁当をいただくことにした。


「あ、うまし」


隣でドヤ顔するいとを放っといて景色を見ながら咀嚼。


「あ、ほほろへろほむはっへんほ?(あ、ところでどこ向かってんの?)」

「え? なに?」


眉根を寄せて聞き返すいとは直後に不敵な笑みを浮かべた。


「なーんて、T県だよ」


何言ってるのか分かんのかよ。

.........ってか、


「へ?」


少しの沈黙で今まで気にしていなかったわずかに揺れるレールの感覚がむずがゆく思えた。


「で、なんで?」


アタシたちの住む県と面していない二つ隣りの地。夏休みというシーズンにこれといったイベントモノもなかったような記憶がある。催し物があった記憶がないことを記憶していると言い換えるととても複雑なことになる。あべこべだ。


「趣向を凝らしたというと聞こえが悪いかもしれないけれど、ある事件があったことを覚えていないかな?」

「んーと……」


あ。

記憶の中を一人の女子生徒が過る。

『舌切り雀事件!』

およそ一年前に起こった出来事の一つ。

そして、今年三月に発覚した『花咲じじい事件』。


「気持ちの悪い事件が2つ浮かんだ」


アタシの嫌そうな顔を余所にいとは意気揚々と語る。


「そ! 塚本が転校してくる以前のT県で起きた事件」

「で、だからそれが何なの?」


いい加減回りくどい言い方にも痺れを切らしそうになってきたアタシは箸を止めて再度尋ねる。


「舌切り雀が起こった当時、その男が高校教諭だったことは知ってるね? 塚本はその当時殺された男の高校に通っていた」

「え」

「転校してきた理由ってのは、汚職者がいる学校にいられないという何ともありふれた理由だったらしいけど、そのこと自体は伏せられてる。学校側から塚本に対する配慮とも取れるけど、カモフラージュだったらウケるよね」


弁当の箱を袋に入れながら淡々と語るいとはペットボトルのお茶を一口飲む。


「ふぅ」

「あんた、何を探ろうってわけ?」


せっかくの食欲もどこかへ失せてしまった。いや、まだ目的地まで時間はあるから焦ることは無いんだろうけど、何故か嫌な汗が背中に流れる。


「推察。同T県の中学校で今年発覚した通称『花咲じじい事件』だけど推定4~5年経過している遺体、もし最短の年数だったら塚本は当時中学一年生。これは果たして無関係になるのかな?」

「まさか全部あの女がやったと思ってるわけ?」


あの女の底をアタシは知っているわけじゃない。けど、そんな残酷なことを転々として来て何故それが未だに許されている? 当時からぶっ壊れてる人間なら日常のどこかで普通はボロが出る。アタシが知る塚本(あいつ)は少なくとも日常に溶け込める。擬態できる。


「塚本が全ての元凶だったと仮定しての段階だよ。万が一そうじゃなかったとして、犯人が別だったとしてだ。それが塚本という人間を作り上げたルーツだとするなら、これまでの意味や、これから先を幾らか予見できるかもしれないと思ったのさ」

「いや、体のいい言葉を並べたところであんたの場合って好奇心や探求心のほうが勝っただけの話でしょ?」

「あれ、バレた?」


舌を出してウインクするいと。やり慣れてないせいですっごい下手だった。






「案外きれいな学校ね」


やってきたのはT県にある川波高等学校。どうしてこんなところにやってきたのかというと、それはアタシにもよくわかんない。


「ね、まずいんじゃないの? アタシたち私服だし他校だし、中に入ろうとか考えてないよね?」


せめて制服を着ていれば練習試合に来た他校の生徒くらいで誤魔化せそうなものだけど、二人とも思いっきり私服。まず侵入さえ不可能。


「だいじょーぶ、無問題もうまんたい、お昼時に来た理由がちゃんとあるからさ」


そう言いながら少し大きめのリュックから折り畳み式の椅子を取り出して徐に座る。


「え?」

「あ、ごめんこれ一個しかないんだ」

「いや、そういうことじゃなくて……、それもあとで問い詰めるけど要は誰かを出待ちするわけ?」


ライブ当日の早朝みたいなスタンスで構えるということは、誰かを待つということなのだろうけど。そしてスマホをいじるわけでもないということは、連絡先を知る相手を待つわけではない。つまり。


「この炎天下で待つとか聞いてない。帰る」


嫌な予感しかしないアタシは颯爽と来た道を引き返そうとした。


「待て待ちたまえ! 君は私をこんな暑いところに一人置き去りにしようとしてるのか!?」

「うっさい、一人でコゲ丸になってろ!」

「…………コゲ丸!?」


一応キャップを被ってるけれど、確実にこの快晴は肌が焼ける。ただでさえ出かけるときは細心の注意を払っているというのにむざむざ自分から肌を晒しに行くこともない。

そそくさとその場から離れ、眼前のコンビニに立ち寄った。


「アイスカフェラテひとつください」


イートインスペースでまったりしながら外を眺める。


「こっからでも見えんじゃん」


バードウォッチングの如く椅子に座りジッと待ついとをこっちに呼ぼうかと思ったけど、たまにこっちを見て手を振ってくるあたり、あれはあれで楽しんでいるのかもしれない。


「ね、なにあれ」


同じスペース内の二つとなりの机に座る女子二人がいとを指さしてヒソヒソと話している。話し方はヒソヒソ話のそれだけど、声のボリュームが大きいせいでまったく意味がないけれど。


「ストーカー? うちの生徒じゃないよね?」

「わかんないけどどうにかしたがよくない? 撮る?」


そう言ってスマホをカメラモードにして外のほう、いとがいる校門へ向けた。


「やっば~、めっちゃ怪しすぎウケる」

「これ学校のとこモザイクかけて上げちゃおうよ」


アタシはゆっくりと立ち上がり二人の生徒へと近付く。ものすごく至近距離まで。

気付いた二人がアタシの存在に気付き振り返る。


「は、なに? っつか誰?」

「なんでスマホ向けてんの?」


二人はアタシの右手に持つスマホが気になったのか、険しい顔つきで見上げる。


「盗撮の盗撮、お構いなく」


アタシはスマホのカメラを回していた。しかも静止画ではなく動画。


「ふざけんなよ」

「生憎とあそこに居るのはアタシの連れでさ。妙な真似したら分かってるよね?」


そう言って録画を停止させ、スマホの画面を二人に向ける。再生ボタンが真ん中についていることからすぐに動画ということは理解してもらった。わかりやすく表情が曇る。


「ちっ、わかったよ。消せばいいんでしょ」


素早くタップ操作をして画像フォルダをアタシに見せる。


「ほら、これでいい?」


アタシは差し出されたスマホを取り上げ、いじり始める。


「おいてめっ! 返せ!!」

「削除項目んとこ、抜いたでしょ。完全抹消さしてもらうかんね」


やっぱり、フォルダから消しただけで復元しようと思えばできる範疇だ。相手側も気づいてもいたのか、また小さく舌打ちをした。

操作を終えたスマホを差し出すと女子生徒は黙って受け取り、立ち上がった。


「いこ」


もう一人が遅れてついていこうとしている姿を見送ろうとしたアタシはあることに気付いた。


「ねぇ、あんたらってそこの生徒でしょ? 何年?」

「は?」


アタシの呼びかけに喧嘩腰で返事をしたものの、少し黙り込んだ女子生徒(盗撮していた方)はアタシのほうを睨むように見た。


「……二年だけど」

「ふぅん、タメなわけね」


恐らくこの二人が自分より年上かもしれないという考えはしていなかった。夏休みのこの時期だと基本的に三年生は部活動を引退しているだろうし、この二人の肌はわずかに日焼けしていただろうから恐らくこのお昼時は部活帰りにコンビニへ立ち寄った感じだとわかる。

だとしたら一年か二年。一年生だったらおとなしく帰ってもらうところだったけれど。


「ちょっと面貸してくれる?」

「ま、まだなんかする気?」


さすがに少し怖気づいたのか距離を取りながらアタシから目を離さない。


「や。なんかトラブってる?」


入り口付近で立ち止まってるのを見ていたいとが、中へ入ってくる。


「ちょうどよかった。あんたにお客さん」

「え」


女子生徒二人が驚いた様子でいとの方へと視線を向けた。


「なんか怯えてるじゃないか。まさか、また恫喝まがいなことしたんじゃないだろうね?」

「さあ? アタシは何かした覚えはないけど。気になるならその二人に聞いてみれば?」


にこやかな表情を一切崩さないいと。怯えている二人を怖がらせないためにやっているのだろうけど、むしろ逆効果で恐怖が倍増でしかない。


「ち。用ってなに?」


観念したのか、イートインスペースのさっきまで座っていた席へと戻ろうとする。

それをアタシは黙って4人がけのテーブルに手を差し伸べて促す。

そして4人とも座る。


「舌切り雀事件」


その言葉を聞いて前に座る2人は、一瞬だけ口を紡いだ。


「それ聞いてどうすんの?」

「そういうのって教えられないように一応なってるんだけど、遊び半分なら尚のこと教えられない」


強固な意志を感じさせる2人はさっきの印象からすると妙な違和感があった。

自分たちを棚に上げて何様だ、とアタシは怒りを覚えるも抑え込む。


「別に事件そのものを知りたいわけじゃ無いんだ。その事件と、一部関わりを持ったんじゃないかという生徒について聴きたいんだ」


いとの口から放たれたあるワードに引っ掛かりを覚えたのか、2人していとの顔を見やる。


「誰か、居るね。いや居たんだね?」


関係ない隣にいるアタシが堪らず心臓に痛みを覚える。威圧感、というと聞こえが悪いけれど無駄なことを考える隙を与えさせないような、そんなピリッとした感じ。


「いや、誰とかそんなの、ないし」


アタシが見ても分かりやすく目が泳ぐ。なんかこういう事に関わり過ぎて日増しに洞察力が鍛えられてきている気がする。あんまし嬉しくない。


「塚本麻衣」

「「.........」」


片方が目を瞑った。もう1人は小さく息を吐いた。


「なに、塚本さんのこと知ってんの? ってか本人から聞いたとか?」

「みんながみんな口々に言うわけじゃないから、フルネームで言うってことは当てずっぽうでもおふざけでもない感じ?」


突如とした安堵の息を漏らした2人は口を抑える。


「先言っとくけどあん人のことならあんま知らないよ。仲良いわけじゃないし」

「ま、でもかぁいいから興味はあったけどね。なにアンタらもそういうクチなの?」


いともアタシも戸惑った。明らかな警戒心の解き様に拍子抜けした。


「転校した今となっては関係ないっつーか。むしろアイツ居なくなったから転校する必要あったのかなーとか思ってたんだけど。ま、塚本さんにとっていい思い出はないわな、川波高校(ココ)は」


この2人が何を言っているのか、全くもって頭に入ってこない。理解が追いつかないのはアタシが馬鹿だから? それともただ単に噛み合っていないだけなのか。

そもそも舌切り雀事件とあの女に何か関係があるわけ?


「ここに勤めてた下川先生ってそんなにヤバかったのかな?」

「ヤバいっつーか、完全にセクハラ教師って感じ。あいつ顔いいから多少のことは多めに見られてたのかなー」

「なんか裏でヤバい奴らと未成年集めて乱交してたとか噂まであるけど、どこまでホントか分かんないレベルだし」


心臓が跳ねる。

下川。覚えのある名前、というか完全に舌切り雀事件で(まさ)しく舌を切られた男の名前だった。

思い出せ。あの事件はそもそもどうして起こったのかを。死んだのは高校教師。原因は不倫、複数の女性と関係を持っていた。殺人現場はどこか忘れたけど旅館。勤めていたところは川波高等学校。T県。

塚本麻衣が転校してくる前に住んでいたところ、T県。塚本麻衣が前居た学校。川波高等学校。


「っっっ」


忘れかけていた記憶が、蘇る。

塚本、加害者が被害者?

自分の痛みを武器にしていた?


「.........いと」


最悪だ。

関連性を求めてはいけない。踏み入れてはいけない部分のような気がした。

いとはあの女の邪悪さを、底意地の悪さを味わっていない。だから関わってしまおうとする。関わるために動けてしまう。

怖い、恐い。


「いと」

「...ぇ......ょ」


歯がカチカチと鳴り出しそうになる。膝が震える。心臓の音を感じる。感情が全身を支配しようとする。熱い、暗い、寒い。

吐き気がする。


「いと!」

「聞こえてる!」

「っ!」


肩を掴まれてアタシはいとの方を見た。自分が今どんな顔をしているのか、いとの表情を見て想像できてしまった。


「……聞こえているよ、ちゃんと」


今にも泣きだしそうな顔でアタシを見ていた。憐れだとでも思ったのだろうか。可哀想だとでも思ったのだろうか。そう思われたくなくて今まで振舞ってきた態度が、均衡が、崩れ落ちる。


「トイレ行ってくる」


その場から逃げた。顔を背けた。

情けない、アタシは本当に情けない。

鏡を見ながら、憎々しげに自分を見つめる。


「醜い」









「明羽にはやっぱり荷が重いかな」




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