30 いとめいは「森」
「ね、私の叔父さんが経営してるキャンプ場があるんだけど、よかったら今度の土曜日塚本さんも行かない?」
「キャンプ?」
川名さんの一言に、塚本さんは聞き返す。
「そ、キャンプ。私たちこう見えて割とアウトドアなんだぜぃ」
「こらこらウソをつくな」
「どう見えてかはさておき、一年の時にはそこまで話が進展しなくてウィンターキャンプはどうにかこうにかしたんだけど、今年は是非ともサマーキャンプをしたくて」
湊さんが無表情にボケを入れて松永さんがツッコみ、それをものともせず川名さんが続ける。
「でもまだGWすら来てないよ?」
「それも作戦のひとつだよ、言ったでしょ。次の目標としてはサマーキャンプだって。かと言ってGWだと人が多い、だからこれは予行演習みたいなものだと思って」
「無理にとは言わないけれど、そのほうが塚本さんも参加しやすいかなって。難しく考えないでいいからね」
塚本さんはしばらく考えるように唸る。どうやらかなり迷っているようだ、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「んー、当日朝早かったりする? 私あんまり朝得意じゃないから集合できるかなぁ」
「場所が木々の星って名前のキャンプ場でね、このあたりからはそう遠くないから朝10時くらいに集まろうと思ってたけど……、厳しい?」
あ、それなら。と僅かに笑みを零したことで私たちは小さくガッツポーズをした。塚本さんがあまり外に出ることを良しとしない性格、もとい休日の予定をすでに組み込まれていたら確実に断られていたはず。私にとって最も意外だったのは、塚本さんがみんなとの集合時間を自身の危惧による心配だけしかしていなかったということ。
塚本さんくらいなら休日、私たちの思いもよらぬ予定とか入ってそうなイメージだったから。それは考えすぎだったかな。
でも通常ならもっと他に質問すべきことがあるような気がするけれど、結局それ以上の質問は自分が行くことを前提とした質問がいくつか(シャワーや寝るところ云々)あっただけで話は驚くほどスムーズに進んだ。私ですら初めは虫とか出たらどうしようとか少し抵抗あったのにな。虫平気なのかな。
「じゃっじゃーん。ここにある『月刊山攻め六月号~雨でも楽しいキャンプ生活~』でだいたいの流れは載ってるから一通りおさらいしようか」
キャンプも最近はオシャレ且つ、すること自体はそう難しくなくなってきている。聞いたばかりで飯盒でご飯を炊いたりテントもタープから何からと考えるだけで億劫になりそうだけれど、体験でピザを作れたり経営店によってはほとんど道具が揃っていることもあり気軽に参加する人も少なくはない。
そして極めつけは映えるからだ。私生活が充実していることへの何よりのアピール。下手したら大型テーマパーク並みに人の層が偏る。
ハリ〇タみたいな広さのテントなんて今や珍しくもないし、キャンピングカーなんかも装飾がかわいらしいのも多くて少し憧れる。あれあったらもう家とかいらないんじゃない? ってなる。
ただまぁ、川名さんは軽度なキャンパーではあるけれど、自家製の燻製器を持っていたり別ベクトルの拘りが凄い。時折、私にそこまで拘れるものがあるかともし誰かに問われたら、きっと何も答えられないのだろう。就活対策で作成する履歴書での自己PR蘭ではいつも足止めを食らう。
自分自身の価値を見出すことは、勉強することよりも難しく思う。いくら成績としての数値が人より優れていようが、それ自体が個性に成り得ることは決してないのだから。
そんな私は心のどこかで非日常的なことを期待していた。自分がこんな狭苦しい生活をしていたのだと、皮肉なことにキャンプ体験をして初めて気づいてしまったのだから。
当日。
みんなの最寄り駅がバラバラなので到着駅での待ち合わせをする。
事前にグループチャットでだいたいの時間帯と必要な道具類は話し合っているので当日もよほどのことが無ければ特に問題はなかったはずだった。
「軽く旅行のしおりとか作れそうな長文だったよねー、こういうのわくわくするよね。枚方さんは何もってきたのー?」
手元のスマホ画面をスクロールし、グループチャットを読み返しながらウキウキの塚本さん。
「私はそんなに持ってきてないよ」
最初は湊ちゃんが一人、続いて私と塚本さんの二人が現時点で合流して到着駅で川名さん松永さんと全員揃ったところでバスに乗る道順となる。
「念入りに確認したのに家出たあととかも不安になるタイプがわたし」
あまり表情が変わらない湊ちゃんだけど、割とユーモアな性格をしているので私は彼女と二人きりだったとしても気兼ねがなくて安心する。反対に嫌いってわけじゃないけれど松永さんと二人になると頭の中でどうしても言葉を選んでしまうきらいがあったりする。別に喧嘩したりとか一方的に嫌われているとかそういうのじゃないってのはわかってるんだけど、なんかね。
本人もサバサバしている性格なのは認めているし、それで不満に思うことがあったら教えてほしいとさえ言われているけれど、むしろ言いづらいよねと心の中で苦笑していた出会い当時のことを思い出しながら電車の揺られる吊り革を見つめる。
人によっては電車の吊り革を掴むことが汚いと感じる人がいる。いわゆる潔癖症なんだろうけれど、そこを掴まずに他人にぶつかるリスクを考えると、やっぱり掴むべきなのだと私は思う。それでも癖なのか、吊り革を回した後に掴んでしまうあたりは私にも少し潔癖が入っているのかもしれない。
あっという間に目的の駅名がアナウンスされて私たちはぼちぼちと降りる準備をした。改札を抜ける手前のエントランスで残る二人と合流、みんながカジュアルな服装の中、若干軽装備で来てしまった塚本さんは少し恥ずかしそうに俯いている。
「うは、塚本さん本格的~」
川名さんが少し茶化すと塚本さんが改めて私たちの服装を見回す。
「キャンプってだいたい森とか山とか、そんなイメージがどうしても離れなかったんだよね、湊さんと枚方さんの格好でまさかとは思っていたけど……、はぁ、やっぱ私だけだったかぁ」
どうやら、電車の中で私と湊ちゃんをちらちら見ていたのはこういうことだったらしい。前日とかSignalで聞いてくれればよかったのに。悲しいけれど、まだそこまでの仲じゃないってことなんだよね。今日のをきっかけに距離を縮められたらいいな。
「じゃ、そろそろ時間になるしバスターミナルのほうに移動しようか」
今回のデイキャンプの企画者ということもあり、基本的には川名さんが場を取り仕切る形が自然と形勢されている。それに異論を唱えるような高圧的な人間は、ここにはいない。一番それに近いのは松永さんになるのかもしれないけれど、基本みんな内向的なので仕方なく発言している節もある。
そして川名さんは仲良くなれば、とても明るい。誰にでも明るく接することができない彼女はこの中の誰よりも人見知りなのだろうと思う。本当の自分と、そうじゃない自分との差がハッキリしているから私も途中は戸惑った。
湊ちゃんは暗い明るいというよりも、少し抜けているというだけで出会った時からずっとこの雰囲気である。表情があまり変わらないというのは、まったく彼女を知らない人からすると確かに関わりづらいのかもしれない。
私、私はきっと本当の自分というのは表に出てはこないのだろう。自分が率先することもないし、明確な意見を言うでもない。ただ、みんなといると楽しいというだけでしかないそんな女。嘘は下手だけど隠すのは得意。卑怯者なんだ、私は。
『木々の星』というキャンプ場は今回で来るのが二回目ということもあり、それほど新鮮さが湧かないものであったけれどメンバーに新しく塚本さんが入ることで、こうも華やかさが上がるとは思ってなかったなぁ。ジョギングと登山の間のような、微妙な軽装備をしてはいるけれど、それでも様になってしまうのはきっと彼女が魅力的だから。
勇者パーティに踊り子が加わったようなものである。魅力度がうなぎのぼりなのである。
「でさ、本当に荷物こんなに少なくてよかったのかな?」
塚本さんが困惑したように聞いてくる。
「あー、みんな最初はそんな感じのこと言ってたっけね〜」
川名さんが笑いながら私たちのことをそれぞれ見る。
「いやいやいや、だってねぇ」
松永さんが苦笑混じりに膝に乗せていたバッグをポンと叩いてみせる。
「最初っからディープなのはやんないっしょ普通。みんな引いちゃうし、私はあくまで楽しいキャンプがしたいからなるべくネガティヴになる要素は削ってるだけだよ」
川名さんがあははと手を叩いて笑う。
私も最初の頃、正直に言うとこの荷物の少なさはさすがに不安を覚えたけれども、今は概要を知っているのでそれほど不安じゃない。にも拘らず、だ。少なからず心がザワついている理由はまた別にある。
「でもそこは確かに、助かってる」
湊ちゃんがこくこくと頷いている。私もそこは確かに同意する。
最低でも一人ひとつの寝袋や簡易的なコップや皿などを用意しなければならない。テントや飯盒など共通で使うものはそれぞれの役割分担で持たせたとしても女の子ばかりの非力なパーティになるとそれこそ目先の苦労しかイメージできない。かといって現地調達などという原始的なことは便利な世の中に浸かっている若者からするとストレスでしかない。衛生面とかはとくに気になるだろうし。
「久しぶりだね、しーちゃん。今日はデイキャンプで良かったんだよね?」
「うん、急に予定入れてもらっちゃってありがと、悟おじさん」
バスを降りた先に待っていた肌の焼けた少し強面なおじさん。川名さんをしーちゃんと呼ぶこの人が叔父の悟さん。『木々の星』の管理人である。
「みんなも久しぶり」
「「お久しぶりです」」
私たちはそれぞれ頭を下げて挨拶をする。
「で、キミが噂の塚本さんかな。なるほど確かにJKとは思えないくらいカワイイね、おじさんもっかい高校受験を考えそうになるよ」
「あ、あはは」
「やめなよおじさん。それ、セクハラだから!」
僅かに表情を引き攣らせる塚本さんを見て川名さんが悟さんに喝を入れる。
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ…………」
額に手を当てながら天を仰ぐ悟さん。
見た目の割に、って言うと失礼だけれどユーモアに溢れる優しい方なのである。
なので私たちは誰も物怖じはしない。初めて会った時みんなガチガチだったのは内に秘めておくけれど。
若干強気の松永さんですら、自己紹介噛み噛みだったし後から悟さんが優しい人だって知ると顔赤くなってたし。
「ほら、おじさん元気だしなって~。いつかいい人と出会えるからさぁ」
「おま、正月とか会うたびにそれ言うのやめろよねマジで。地味に傷つくぜ」
悪い人ではないんだけれど、一説によると恐い見た目のせいで女性からモテないらしい。あくまで一説。
「ん。それじゃ手続きとかはこっちで勝手にやっちまったからほいこれ、7番コテージの鍵ね」
渡された鍵には⑦と書かれたタグがキーチェーンとして繋がっておりシャラシャラと音を立てている。
「あれ、コテージだけで7組目ってこと? 今日そんな多かったっけ?」
「いや、ちょっとばかしガラの悪そうな客がいるから少し離しただけだ、特に何かってのは無いだろうけどそのほうが安心だろ?」
えー、今日はちょっと運が悪かったのかなぁ。
「おじさんに言われちゃ、その人たちも相当だよね」
「俺のことはいいんだよ、別に!」
そうやって私たちは和気藹々と話し合いながらコテージへと歩き出す。
ほとんどの道具が貸し出し可能で食材に関してもデリバリーサービスを最近取り入れたおかげでそこそこの人気を集めつつあるらしい。あとは女子人気を狙ってのSNS映えを目指したオシャレな外観、内見を日々研究しているらしい。
確かにログハウスとかもう見た目だけで可愛いもんね。
「うわぁーやば、鉄板の周りレンガになってるー」
「前に来た時とまた違うね」
「ああ、前来たときは別の部屋だったろ? 部屋ごとにテーマ決めて少しずつ変えてるからな。リピーターを増やすための手口の一つだよ」
松永さんと湊ちゃんの反応に得意顔で語る悟さん。
少し高い斜面を登るところどころに木の板が埋め込んであり、道しるべになっている。
「よし、こういう雰囲気あるところだと私の格好も溶け込むね。一安心一安心」
未だに少しアバウトな服装に対して懸念していた塚本さんもようやく安堵したようで、最初のるんるん気分を取り戻してくれたようだ。確かに電車の中、バスの中でもちょっと違和感があったのでここにきて様になりすぎているというか、雑誌の表紙とかになりそう。『月刊山攻め』七月号に応募できるかもしれない……!
コテージはだいたい位置的に管理棟を中心として弧を描くように連なって建っている。これはあくまで遊歩道、いわゆる散歩コースのような作りを敢えてしている部分。コテージ自体は自動車などの乗り入れも可能でその場合は裏手の道路を登る形となる。ちなみにテントサイトなる広場も入口を表に据えた際の裏手のほうへ回ったところにある。木々に囲まれている分もあり、よりプライベート感を演出するためなのだろう。他の客も気にならない配慮になっている。
ここまで来て完璧そうなこの『木々の星』の人気に今一つ火がつかないのは、オーナーの見た目も多少関わっているのだそう。一説によると。
「なんか困ったことあったら内線か俺の携帯に連絡してくれ。それじゃ皆さん良い一日を」
7番コテージ、2階建てのログハウスに辿り着くと悟さんはそのまま真っ直ぐ道なりに進んでいく。別のお客さんの対応が待っているのだろう。スマホを耳に当て誰かと会話しながら道を下っていく。
「本来は中にある設備とか一通り説明するのが筋なんだろうけどね、今回身内の私がいるから適当なんだよねあの人」
あはは、と乾いた笑みで身内の失態をなんとか誤魔化す川名さん。そしてすぐに気持ちを切り替えたのか「ささ、入ろ入ろ」とコテージの入り口を開錠させる。
中に入るとまず目に飛び込んできたのは木漏れ日。天窓がついており中央を明るく照らしてのお出迎えとなった。ただし、今日は午後から曇りのマークがついていたので晴れているうちに見られてよかったと心の底から私は思った。
「いい香り」
玄関口の棚に置かれた芳香剤が自然の香りを演出している。
「あ、ここ土足禁止の部屋みたいだね。そしたら適当なところに荷物置いちゃおうか」
「はーい」「ほーい」
ぞろぞろと中へ入っていき、荷物を置いた後は部屋の中を散策したり外へ出て外周をぐるりと回ってみたりとそれぞれが小休憩みたいな感じでのんびりしたあと、晴れている今のうちにちょっとした登山をしようという流れになった。
「準備はいいかー?」
「「おー」」
塚本さんに関しては既にできていると言わんばかりのどや顔で腕を組んでいたので、みんなしてつい笑ってしまった。
荷物にならない程度の動きやすい服装に着替えてゆるいコースのちょっとしたハイキングをする流れになった。全員が運動を得意としていないので軽い運動みたいな考えで捉えているはず。
湊ちゃんは小柄なので運動部向きじゃないらしく、松永さんは上下関係が苦手らしいのと、川名さんは趣味の時間が減るのが嫌だという考えを持っているそう。私は単に運動音痴。塚本さんは運動得意だったりするのかなぁ。
「はい、しゅっぱーつ」
「……………」




