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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
30/68

29 いとめいは「星」

セミの声が鬱陶しく、人の心を急かしてくる。

短い命の間に懸命に声を上げるその姿を風情と呼べるかどうかは、やはり人それぞれなのだろう。窓の外に視線を向けつつ、あたしは待った。


「まず、私が君たちを犯人だと言った時に誰も否定しなかったね」


一応、落ち着きを取り戻した塚本組の4人。川名、枚方、松永、湊。

塚本組と簡単に呼称しているけれど、彼女たちにとってはあたし自身に及ばずとも忌々しいのだろう。

もっとも、いとの話が本当ならあたしはそれ以上の被害者であるのだけれど。


「それは……」

「私が明羽の名前をダシに呼び出したのも、単に脅しを受けたからじゃなくて彼女に対しての罪の意識があるからだろう?」

「「……」」


暑さで熱中症にならないように、図書室を開けてエアコンを入れてもらった。

今年の夏は例年よりも暑く、学校でも幾つか避暑地としての制度を生徒に設けている。もちろん勉強をする生徒が優先されるが何もうるさくしなければ基本的に在学生で許可が降りないなんてことはまず有り得ない。

大声の出せない図書室ならば、あたしも興奮して突っかかることは無いだろうと、いとが言っていた。なんだか見透かされているみたいでなんともムカつく。


「さぁ、今こそ罪を告白しようじゃないか。何も生まれて初めての告白じゃないだろう? 想いを打ち明ける、謝罪、感謝、独白、そして身の潔白。難問を解けと言っているわけじゃないよ? 素直に、起こったことをそのまま話すだけの簡単な音を出してくれればいい」


淡々といとは続ける。まるで遮る余地など無いと言葉で圧をかけているようだ。

4人組に余計な考えを与えないようにしている。言い逃れや言い訳を作る時間、抜け穴を塞ぐ行為。


「その言い方だと、ま、まるで私たちっ、が、何をされたのか……、分かってるみたいですね」


一呼吸一呼吸をゆっくりとしながらいとの目を見据える。


「んー?」

「織田さんには、申し訳なく思っています。け、けど私たちにも、話したくないこと、あります」

「ちっ」


わかり易く舌打ちをするとあからさまに肩を跳ねさせ怯える4人組に、何故だか苛立ちを感じることは無かった。

そうか。

同じ被害者だからなのか。

あたしが話さないこと、話したくないことと似ているのか。

もしそうならやっぱりあたしと違ってコイツらは頭はいいんだろうけど、バカなんだなと思ってしまう。

嘘をつけないんだろう。

あたしの場合は嘘が下手な自覚があるから技術を用いる。本当のことも話しつつ合間に嘘を交える方法、もしくは1番話したくないことを伏せた状態で本当のことを話す。

そうする余裕が無い程に、追い込まれた。まぁ、長期間あんな女と過ごせば心だって壊れるか。

客観的立場になってようやく分かってしまう自分の愚かさに思わず下唇を噛み締め僅かに血の味を感じる。


「私は、話す」


沈黙を破ったのは、湊だった。

いとを含めたその場の誰もが押し黙った。


「もういい加減いいように使われるのはたくさん。これ以上罪を重ねてもいつかは償わないといけない。私は、たとえみんなを裏切ることになっても、なっても」


湊は溜めていた涙を零した。


「塚本さんに知られた時点で、もう終わったようなもんだしいいんだけどね……」


川名が湊の背を軽く叩く。


「罪」


女子高生で言うところの罪、とはいったいなんだろう。

納富いとは考える。


「それは、つまり塚本さんによる脅しでの罪……ということかな?」


湊は首を横に振る。


「待って、私たち4人の人生掛かってるんだよ?」


湊の肩をぐいと引っ張る松永。


「だから、これからも隠し続けるって言うの? たった数ヶ月だけでこんなに辛いのに……、椎那は耐えられるの? いつ発見されるかもわかんないのに」

「だからってあのままだったら皆どうなってたか分かんないじゃん! 私たちが何したって言うんだよ!!」


さらに声を荒らげる松永に対して川名が止めに入る。


「後悔しちゃダメ、もうアタシ達だけの問題じゃない」

「離してよ!」


川名と枚方が松永を抑えるが抵抗を続ける。

その会話の端々で納富は既に解答を得ていた。


「まさか、人を殺めたのか」


4人、いや明羽も入れて5人が息を呑んだ。

内心いとも驚いていた。

その言葉どおりまさかとは思いたかったけれど、沈黙が何よりの正解を著していた。

塚本麻衣がいるところには必ず「死」が纏わり付く。もうそれは一種の呪いに等しい。いや、もしかすると本当に死を呼び寄せているのは……。






新学期が始まって間もない頃。

学年がひとつ上がり早い人は就職先の的を絞ろうと企業パンフを、楽観的に今日も午後からどこに遊びに行こうかと相談しあう人たちはきっと、後で周りに置いて行かれる浦島太郎状態になるのだろうな、とクラス全体を一通り見渡し、すっと自席から離れる。


「塚本さん、お昼一緒にどう、かな?」


彼女なりの精一杯の勇気を振り絞った一言だった。

ただ知らない誰かに声を掛けるよりも、これから何度も顔を合わせていく相手に声を掛けるほうがはるかに緊張する。印象次第ではこれから友達になるか、ただのクラスメイトになるか、その差は大きく分断されてしまい兼ねない。状況的に孤立しているのは恐らく転校してきたばかりの塚本であり、彼女以外に周りを気にする生徒など本来ならばいないのだが、如何せん枚方は小心者であった。

周りにはほとんど顔なじみだと思われる生徒ばかりの枚方と、まだクラスメイト一人か二人の名前と顔が一致するかどうかも分からないくらいうろ覚えの右も左もわからない塚本。

そんな状況下であろうと、まるで初めて振り分けられたクラスでのやりとりのような光景がそこにあった。

女優クラスの可憐を型に取ったような塚本とお近付きになりたいという考えは同性の枚方にも多少あったのかもしれない。けど、枚方が塚本麻衣に声を掛けたのはもっとも別の理由があった。


「わ! 嬉しい、ここにきて初めてお昼誘われた」


転校してきて早数日。塚本ほどの美貌と明るさならすぐにでも女子の友達ができそうなものだけれど、女子勢からしたら少々憚られる状態にあった。

はじめは容姿端麗な塚本に群がる男子がとにかく後を絶たない状況だった。さりげない質問からちょっとしつこいアプローチまでされる始末。夏も近く、チャンスだとばかりに行動を起こす男子たちを女子は快く思ってはいなかったうえに、チヤホヤされる塚本を気に入らない女子だって少なくはなかったはず。そして持ち前の明るさも男に媚びるための演技だとかなんとか、とにかく塚本は同性の半数近くから煙たがられる存在へとたちまち変わっていく流れにあった。例え、彼女と友好関係を築けたとしても人間というのはひねくれた考えを起こしてしまうもので、並んで歩けば彼女の惹き立て役になってしまうのではないか。道行く人はどうしても比べてしまいがちなもので、どこか一緒に居てはいけない風潮になっていった。

それに塚本は同じクラスの立川と親し気にしており、下校時間などは誘いづらい雰囲気にある。

立川君、カッコいいんだけどなんか暗い、というかどことなく人を寄せ付けないオーラみたいなの出てるし。塚本さんと帰っているときも別に嬉しそうでも、ましてや楽しそうに笑うでもないから不思議なんだよね。やっぱり恋愛に興味がないっていう噂は本当だったのかな。


「ごめんね、前々から誘おうとはしていたんだけど……」


そう言うと、塚本は首を横に振った。


「ううん、こうして誘ってくれてるんだからありがたいよ~」


嬉しそうに私の手を握る塚本さんを見て、私は思わず見惚れてしまった。同じ女の子である私が思わず照れてしまいそうになるほど、塚本さんの笑顔は破壊力が凄まじい。私よりも少し小さいその手は、とても力強く私の手を握っている。じんわり手汗を搔きそうになるくらいだ。


「じゃあ、いこっか」


席を立ち、教室をあとにする。

言うなれば全学年の人たちが集まるのは集会のときなどを除けば、ほとんどが図書室か食堂での顔合わせとなる。特別に席が決められているわけではないけれど、なんとなく雰囲気で人気のある席は三年生を筆頭に、仲が良くてもそうでなくても学年である程度固まる節があった。明確ではないが上下関係の構図だ。なので食堂に向かうまでに、すでに一年生三年生とすれ違ったりするわけだけど、さすが塚本さんというか、やっぱり視線を集めている。

塚本さんの隣にいる私はその視線が自分に集まっていないと分かっていながらも、なんだか恥ずかしく感じていた。

私はふと、塚本さんのほうを見やる。


「ん、大丈夫?」

「う、うん」


涼し気な表情で逆に心配されてしまった。顔が熱くなる。

やっぱり駄目だな、人の視線って。

もしかして自分と居ると気を張る羽目になるから、あえて塚本さんは自分から周りを誘ったりしなかったのかな、なんて深読みしているとあっという間に食堂に着いた。入口から割と近いところ、先に席だけをとっておいてくれた松永さんたちが分かりやすく手を振ってくれていた。


「この時間って食堂混みがちだから先に行っててもらってたの」

「……クラスが違う子もいるみたいだけど、みんな枚方さんのお友達?」

「あれ、よくわかったね。みんな一年の時に仲良くなったんだ」


松永、湊、川名。

それぞれが名前と簡単な自己紹介をして、塚本さんが名乗りテーブルを囲む形で座る。

思えば、この時からすでに違和感が生じるべきだったのだ。

転校してきて僅か一週間足らずでクラスメイトの顔ぶれを覚え、尚且つその判断が素早かったこと。そして私は塚本さんにまだ自己紹介をしていなかった、という点に。

単に記憶力が抜群に良いということで疑問は解消されるかと思っていたけれど、すでに彼女は動き出していたことにほかならない。




彼女をご飯に誘ったその日からおよそ二週間後、私たちは人を殺めることになる。








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