3 帰路、そして吐露
俺の家より塚本の家の方がどうやら遠いらしい。話し込んでいる間に自宅前まで着いていたので、俺は自然とそこで足を止めてしまった。
「残念、ここまでみたいですね」
「なんなら、途中まで送って行こうか?」
さすがに今日会ったばかりの女子の家に行くのは気が引ける。だからお世辞でも何でもなく途中までならついていけるという意思表示。
「大丈夫です。これからたくさん話す機会もあると思いますので、続きはまた今度」
「じゃ、今度はタメ語で話してくれることを期待しておくよ」
俺は軽く手を振って見送る。塚本もそれに応え歩いていく。
もっと彼女の事情とか聞いても良かったのかもしれないけど別に気になっているわけじゃないからなぁ、かわいいけど。
玄関の鍵を開けて家に入る。
「おかえリローデッド」
全裸の妹が階段を上る途中を振り返って出迎えた。降りてこなくてええねん。
「お前部活は? っつか服は?」
「体力測定二時間でスタミナ切れっス。あと家族の前で全裸は定期もんでしょ!」
玄関先の危うさを自覚してほしいんだけどな。
「ま、俺もタイミングは悪かった……、いや俺は悪くねぇ!」
「週刊少年主人公のタイミングだぞ、小学生をエロに目覚めさせる如何わしい瞬間ぞなもし!」
俺を見下ろしながらビシッと指差しポーズを決め込む。全裸で。
「もし俺が男友達を連れた状態で帰ってきてたら?」
「異議あり!!」
「ねぇよ、完全論破だわ」
「うひゃはー!」と奇声を発しながら階段を駆け上がっていく沙希を俺は冷ややかな眼差しで見ていた。さ、お茶でも飲も。
***
次の日。校門を通り抜け靴箱へ向かう途中、駐輪場がある方から塚本が歩いてくる姿が目に留まった。
校舎の陰に隠れて駐輪場が見えづらいというのがこの学校の難点のひとつ。死角になる為、一昔前の世代ではよくカツアゲなるものがあっていたそうな。近年、そういった場所には監視カメラが導入されてきたそうだから学校内で人目につかない場所というのは減ってきているらしい。おかげ様で学校内での如何わしい行為に及ぶマニアックなカップルも撲滅できて俺は嬉しい限りだけどね。なんかこう、隠れてやっているようであえて見せつけているのがなんとも鬱陶しい。他人の色恋沙汰なんて毛ほどの興味も湧かない。
「おはよう立川くん」
「ん、おはようございます」
ふと隣で歩幅を合わせている塚本に軽く驚いたものの、普通の対応で返す。
「自転車、きちんと鍵掛けた?」
「お気に入りの自転車だから抜かりなく」
俺の自転車もお気に入りだったんだけどなぁ、不注意で悲しい些末だこと。
「俺も新しいの買うかなぁ……いっそ原付にするか」
悩ましい限りだ。就職先が近ければ原付はそのまま引き継いでもいいわけだし、自分で漕がなくてもいいって魅力的。
「おっす立川……と、新しくきた女子!」
後ろから声を掛けられ振り返ると朝から元気たっぷりの戸田がいた。
「なになに、もう仲良くなってんの? うらやまっ!」
当然の反応だろうね、傍から見れば。
「席が前後だから必然的にね」
「塚本です、よろしく」
「うす、戸田圭吾っス」
カタチだけと言わんばかりの自己紹介を終え戸田はそっと俺の耳元に口を寄せた。
「良かったな。早くも次の彼女候補が現れてよ」
「そう見えるなら是非とも応援してくれ」
少なくとも新しくきた女子生徒に真っ先に手を出そうとする不当な輩だと周りは認識しそうなのが怖いけど。
戸田やマコっちゃんなら、そう思うことはあっても俺を遠ざけるような事はしないのだと願いたい。
教室内では既に昨日俺と塚本が一緒に帰ったという噂(本当の事だけど)が広まっていた。
「こういうのって本当に広まるの早いなー」
情報社会マジ怖い。
この分だと明羽がいる隣のクラスまで知れ渡っているんじゃないだろうか。ただでさえ珍しいこの時期の転校生塚本麻衣で注目をそこそこ集めているのに俺が介入したせいで巻き込み喰らったなぁ。
「別に昨日今日で付き合ってるとか言う馬鹿な奴はいないから大丈夫だろ」
「立川は変なとこストイックだよな」
「みんな誰かの話で盛り上がるくらいなら自分の心配をしろって言いたいだけよ?」
俺の後ろの席へ腰掛ける塚本を横目に俺は戸田の机に寄りかかっていた。なんというか、予鈴が鳴るまでは自分の席に戻らない方がいい気がした。
周りの女子生徒は塚本の事が気になっている感じだったけど、朝の時間帯では誰も塚本に近寄る生徒は居なかった。
昼は学食へ行ったから塚本が誰かと何を食べたのかは分からない。ただ俺が離れていれば女子生徒の誰かが塚本を誘ってそこから女子グループに吸収されてくれればと願っていた。
その日、授業内容は頭にまったく入ってこなかった。
いつの間にか放課後になっていたのに深く息を漏らす。なんというか、これから先もクラスメイトと塚本に気を遣う自分の姿を想像すると物悲しくて仕方がない。
「もしかして怒ってる?」
肩をトントンと叩かれて後ろを向くとそこには塚本麻衣。今日、まともに目を合わせていなかった気がする。こうしてよく見てみるとけっこう顔立ちが整っていて綺麗だ。明羽とのことが無ければ今すぐにでもアタックしていたに違いないだろうけど、案の定今の俺は恋愛に冷めている。実に惜しい展開だ。
「顔つきは昔からよくないよ?」
「そうじゃなくて、故意に避けてるみたいだから」
そう言われると俺がまるでイジメをしているみたいではないか、失敬な。
「邪魔しないようにしてただけだよ」
「何の?」
「オトモダチづくり」
その言葉をきっかけに塚本は困惑したような表情をあからさまにしてみせた。
「変に気を遣う人だったんだ」
「男の俺が近くにいたら誰だって話しかけづらいだろ」
それにこれ以上変な噂とかされたら、気が滅入ってしょうがない。最近の高校生って色恋沙汰に過敏なんだから厄介。
「今度は別の男子が近付いてくるかもね」
「はいはいモテる女は辛いね」
「そういう意味では言ってない」
ヤキモチでも妬いてほしいのかね、この子は。
「とにかく、この学校来てからの友達一号が離れていくのは寂しいってだけ」
あ、俺のこと換算してくれてたのね。
「たまたまの一号だけど、誉れますね」
俺は席を立ちカバンを持って帰ろうとした。
その後を塚本がついてくる。
「あー、部活とかやんないの?」
「二学年から部活はちょっと厳しいかなぁ……、というか昨日も同じ質問してたでしょ?」
あれ、そうだったっけ。
「一つのことが長続きしないとか、言ってたね」
それでもやらない理由にはならないだろうけど。俺の道具を揃えるのに金が掛かって面倒という理由の方がしっかりしてると思う。
「なんでも挑戦してみればいいと思うけどなー」
「その言葉、そのまま返すね」
「…………」
昨日と打って変わって今日はえらく距離感が近しい気がする。俺に対する接し方を自分の中で確立させたなこりゃ。
「そう邪険にしなくてもお昼は同じクラスの女子とご飯食べたからこうやって帰るのも最後かもしれないよ?」
「帰るのは最後でも授業では前後してるから何の未練も浮かばんね」
そもそもそこまでの間柄でも無いだろうに。
誰にでもこんな態度なのだろうか? 色んな意味で誤解する奴とか今まで居なかったのだろうか? 戸田なら素敵な勘違いするだろうね、きっと。
「もしかして女の子に興味がないタイプ? ホモ?
ゲイ?」
「女じゃなかったら張っ倒すとこだわ」
わざとらしく指を鳴らしてみる。あ、綺麗に鳴った。めっちゃ嬉しいんですけど。
「冗談だからやめてね? なんか戸田くん? たちと居る時と比べると塩対応かなぁて」
「あー」
別にそういうつもりは無いのだけど、最近の出来事とかそれでピリピリしているだけかもしれない部分は確かにある。
それでも塚本に話すような事じゃないと判断した俺は、
「誘惑に負けないように己と常に闘っているんですわ」
はぐらかすことにした。
半分はホントのことだからまーいいよね。
「へー」
さして興味も無さそうに声を漏らした。なら聞かないでほしいもんだわさ。
「そういうことにしておくね」
「別に嘘とか吐いてないっちゅーに」
ニマニマと変に笑顔でとうとう隣にまで来て並んで歩く塚本が可愛いと思えてしまった。
やはり顔立ちと体付きは好みだ。童貞ウケすること待ったナシと言わんばかりの。
もし高一のときに出会っていれば俺はアタックしただろうか。明羽と付き合わずに塚本に好意を寄せていたなら、どんな一年だっただろうか。
これくらいの美貌だったらすぐに彼氏の一人や二人出来るだろーなー。
読モとかやっていても何ら不思議じゃない。
「陸上部にやたらと見られるな」
坂道を下っているとちょうどダッシュをしている陸上部に出くわした。
一年生とかはチラ見程度だけど二年が特にすごい。昨日の今日だから確かに珍光景ではあるかもしれない。塚本も自転車に乗ってサッサと帰ればいいのにご丁寧に押してペースを合わせている。
「わざわざ俺と帰るかね普通。教室にまだ他の女子とか居たろ? そっち誘ってスウィーツ店とか俺だったらそっちに行くね」
「甘いもの好きなんだ」
「んにゃ、写真撮っていいね稼ぎでもしよーかなと」
「そういうのやってるの?」
「たまにやるから面白いんだよ」
遊びに行った時の写真とかデータで残しておくよりアップロードしておく方が容量喰わなくて楽なんだよね。必要ならデータ移せばいいだけの話だし。
性に合わないことを敢えてやることがストレス発散になる人だっているんだってだけのことよ。
「なんか意外かも」
そういう風に驚いた顔をされるのだって別に悪い気はしない。むしろ「やっていそう」と思われる方が心外だから俺の保たれているイメージはその通りに作用してくれているとこの時ようやっと実感できるのだ。
「見かけによらないよな、確かに」
俺は自分の性格の悪さを自覚している。誰かに自分を理解されているって思われたくないし喜ぶ顔を見るより困った顔を見る方が気分がいい。甘いラブコメは嫌い。何も学べないから。
人は単純じゃないのを誰よりも自身が知っているくせに、そこに気付かない。客観的に酔いしれている奴が嫌いだ。
「立川くんは面白い人だね」
「面白いよりカッコいいって言われたいもんだね」
「面白い人の方がモテるんだよ?」
「求められる方のプレッシャーが半端ないな」
毎日楽しくさせるなんて芸人でも至難の業なことをパンピーに求めたらあきまへん。
「ほかの男子よりは断然話しやすい人だよ」
「まぁ転校生に言われたらそうなんだろうねぇ」
でもそれってある意味異性として見られてないってことなんじゃないかな?
「友達だってたくさんいるでしょ?」
「特別仲が悪い人が居ないってだけなんだよね」
友達作りではなく、絶対に敵を作らないというスタンスで過ごしてきている俺の作戦は恋愛という一感情によって根底から覆されつつある。
心の不安定さを具現化させるような他人との関係性を築きあげてしまった俺のミスだ。
どこか悟っていた自身の心に亀裂を入れ、明羽がズケズケと踏み込んでくる。腕の中に抱き留めている間はたしかに幸せだと感じていたのに、大切にすると決めたのに。それらが物語の一部のように切り取られて微睡みに沈んで一気に現実へと引き戻させる。
「気を遣っているってことは、それだけ誰かのことを考えられる人ってことじゃなくて?」
「そんな余裕があるように見える? ただ怯えてるってだけなのに」
塚本だって、俺が話しやすい相手だと誤認しているだけで俺には純粋な下心しか働いていないせいではないだろうかと思っているのだ。可愛いな、とか綺麗な脚だな、とかそういう感情は普段から考えてはいる。けれど付き合いたいとかそういった下心で異性に近付いていないから女子も無駄な警戒心を本能的に解いているだけなんだ。
「怯えているようには到底見えないけどね」
「あまり考えないような人間は例え存在したとして、単純な人間なんてこの世に絶対いない。その辺にいるヤツだって闇だらけで病みツイートの嵐だ」
途中まで俺は本音で話をしている事に気付いて最後ははぐらかすように小ボケを挟むことにした。
出会って二日の人間にここまで饒舌になることなんて多分有り得ない。それが成されているということは塚本の醸し出す雰囲気がそうさせているのか、それとも俺の方がおかしいのか。
「偏屈だなぁ」
「ほっといてけろ」
そしてまたあっという間に俺の家が視界に入り込む。
「あ、この辺だったよね。それじゃまた明日」
押していた自転車に跨りゆっくりと漕ぎ出す。生まれ変わったらサドルになりたひ。
「お気をつけて〜」
ヒラヒラと手を振って塚本を見送る。
「もしかするとワンチャンいけたりするのかな?」
などと淫らな妄想をしたり舞い上がったりしていた次の日あたりから塚本は女子グループに少しずつ誘われるようになり、俺とはもうほとんど接点を持たなくなっていった。
転校生と一気に仲良くなってちょっとした噂になるという主人公気分をほんのり味わった俺の日々は穏やかに収束されていくものかと思い込んでいた。