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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.3 最悪の教祖
25/68

25 憤怒の邂逅



桜を見に行ったときは、特別おかしなことはなかった。

アタシの精神が侵されたのはむしろそのあとだった。

あの女に出会いさえしなければ、アタシは巡瑠と別れることなんてなかった。

いや、本当はあの女が現れようとどうだろうといつかは別れていたのかもしれない。だけど、その時はもっと別の理由になることは確かだった。

それは本当に不本意で、どうしようもないことだった。




それは、デートが終わって次の日のことだった。

高校に上がってから仲のいい美帆みほ李奈りなが買い物に付き合ってほしいということで連日で外出することになってしまった。

正直少し疲れていたので今日はのんびりしようと思っていたけど、彼氏ばかりだと自分勝手だと悪印象を植え付けられてグループから外される可能性も無きにしも非ず、という感じなので友達付き合いも大変だということだ。


「もうおっそーい」

「なんであんたから誘っといて一番遅れるわけ?」


駅での待ち合わせに指定した当人である美帆が誰よりも遅い到着となった。


「ごめんごめん、休みの日だから遅く起きるのクセになってさー」

「それはわかっけど人からやられるとマジ迷惑」


美帆は気分屋で李奈は毒舌なところがある。

最初はとっつきにくい二人かもしれないけど、慣れれば根はいい子たちではある。ただルールを守ることが苦手なだけで。


「まあまあ、早くしないと予定の時刻過ぎるよ」


アタシはその仲裁役というかそんなポジションにいつの間にか納まってしまっていた。


「さっすがメーハ。立川の教育が為せる業だねぇ」


ニヤニヤと含みを込めた笑みで美帆が肘を使って小突いてくる。


「で、どうなの? あっちのほうは」


李奈が何食わぬ顔で聞いてきたので吹き出しそうになるが、グッと堪えようとして咳き込む。


「なんで他人の性事情を聞きたがるんだか」

「いいからいいから」


改札を抜けてエレベーターに乗り、反対側の乗り場まで下りていく。

その間に沈黙を貫こうとしたけど何度もしつこく聞いてくるので次第にうざったらしくなって沈黙を破る羽目になるんだけど。


「あーもうっ! 別に普通だってば、ふ・つ・う!」


それを聞いた美帆と李奈は「ほー」と感嘆とした声を漏らす。


「つまりマンネリ化はまだしていないと」

「いいねいいね、いつまでもプラトニックだねぇ」

「それ意味間違ってるっての」


新鮮と純真の意味を取り違えている。


「っていうか、会って最初の話がこれ!?」

「だってあーしたち今フリーだし」

「男子いないからこその会話じゃん。それに明羽のこんな話、間違っても侑史ゆうじには知られちゃマズいっしょ」


矢武侑史。高校に進学してからなんとなくで集まったグループのうちの一人。本来はバスケ部に入っていて放課後に集まれないハズだけど、単純な仲間はずれが嫌なのか放課後の集まりに積極的に参加している。そのせいもあってか部活サボりの常習犯になり、アタシたちグループがまるで不良の集まりのように周りからは見られているという。元々品行方正からはかけ離れている人たちの集まりなのでそう見られても仕方ない部分は否めない。

それにグループの人間はそんなこと気にならないくらい肝の据わった連中がほとんどだし。勿論アタシだって最初くらいしか気にならなかったし、あとから言わせたい奴には言わせておけばいいというスタンスで過ごしていた。だって、その時はほかに居場所なんて作れないと思っていたし。


「あー、アイツってばメーハのこと好きじゃんね」

「アタシは眼中にない」


別に同じグループ内の恋愛は後々問題が起こったときにややこしいから、という理由を抜きにしたところで結局アイツだけは巡瑠と出会っていなくても付き合うことなんてなかっただろう。

なんていうか、侑史に関してはやたらしつこいし、粗暴で過去に付き合った女に手を挙げたとか話に聞くから普通に無理だし。アタシってばガツガツ来られるタイプとか主導権をこっちに委ねなさそうな奴ってとにかくイラつくから元々相性すらよくない。


「わーお、見事にぶった切るね」

「本人の前で言ったら逆ギレしそ(笑)」


確かに。アタシが言うのもなんだけれど自分本位なところが際立っている侑史からすると実に面白くない話になることだろう。それこそ暴力を振るわれる、なんてことも。

今まではあいつもアタシもなぁなぁな関係性で程よい距離感を保ってきていたけど今は巡瑠がいる。前ほど突っかかってこなくはなったものの、侑史にとって巡瑠の存在が目の敵に映っていることはアタシも見ていて思う。

それとなく注意するようにあいつに言ってみたものの「実害が無ければ基本無視」と機械的な答えが戻ってきた。まあ、それはアタシに最後の最後まで告れなかった侑史が悪いから仕方ないことだけど。


「あたし一晩だけなら全然アリ」


美帆が言う。

筋肉質で体格がガッチリした男が好きだからその発想に至るんだろうけど、この子のこと時々心配になるのはアタシだけ? なんというか不安要素たっぷりだし、危ない目に後々遭いそうで怖い。


「手懐けられりゃ金蔓かねづるになりそうだけど、あーしそんなに器用なことできないし何より面倒そうだからパス」


李奈は男女関係がサバサバしている。理想はめんどくさくなくいい顔で貢いでくれる男が好きというこれまた夢見がちな女だ。いい顔で貢ぐやつなんて存在しない。思いっきりフィクションであり、白馬の王子様の迎えを待つメルヘンと大差ない。

っていうか何が器用なことができないだ。アッシーとメッシーを使いこなす現代の召喚士のくせに。


「10ヵ月くらいだっけ、しっかし今でこそしっくり来てるものの最初はなんの冗談だよって思ったね。メーハって本気の恋はしなさそうに見えてたんだけどちゃっかりしてる」


恋愛の価値観がだいぶ違う三人組だけどアタシが二人をこんな感じの人間だろうと思っていたように李奈もアタシの生活から恋愛に頓着がない女だと思われていたらしい。

たしかに同年代はガキっぽい部分があるから眼中にはなかったけど、もともと彼氏作ったのも最初は親への反抗心からだったし。確かに本気の恋ってやつは実のところしてないのかもしれない。

どこかで軽んじているアタシがいる、それは恋に対してなのか巡瑠に対してなのかはハッキリとは断定できない。

誰の恋愛も、結局はごっこ遊びでしかないのかもしれない。映画の中のようなピンチに陥ってこそ、吊り橋効果というものを経てこそ、本当に大切な相手のことが愛おしくて堪らなくなるのかと思うと比較的平和な今の世じゃ『本気の恋』とは誰もできないのでは。


「本気じゃないかもだけどアタシはあいつが好き。あいつよりいい男を知らない」


あいつのおかげで今は自分の気持ちを整理することができている。自分の建前や地位などを気にしなくなったら、胸のつっかえが取れたし立ち回りも前よりスムーズに出来るようになった。そのせいで少し攻撃的になったと言われるようになったかもしれないけど、前よりはだいぶマシ。


「明羽かっくぃ~」


美帆がアタシの腰に手を回して低姿勢で抱きしめてくる。


「やぁめろ~~」


駅のホームにアタシの悲痛な叫び声だけが響き渡った。




***




「あれ」


アタシ、何してたんだっけ。


「どこ?」


まだ昼間だというのに、いやに暗い。どうしてか分からないけれど、アタシは倒れている、気を失っていた?

ひんやりとした床についた右の頬が冷たさでかじかんだようになっている。うずくまった状態で体を起こすために手を動かそうとするが、不思議なことに何かに遮られている。意識がハッキリしないアタシは腕の位置が背のほうに周っていることにようやく気付いた。


「あれ、あれ」


何も神経の痺れで動けないというわけじゃない。もっと物理的な何か。

ジャラ。

鉄条の何かがコンクリに擦れる音。

アタシが地面に面しているせいか、はたまた空間のせいか、その音はよく響く。


「なに、これ」


手足が、鎖によって縛られていた。

激しい偏頭痛が襲い掛かる。

ぐちゃぐちゃになった記憶をかき乱しながら、自分の身に起こった出来事を振り返ろうとする。

今日は、美帆と李奈と買い物に来てて……。

そう、モールに着いたのは良かったんだけどそこからがあまり記憶が。

お店を周って、美帆がどっちの服を買うかなかなかに渋ってて。


「そうだ、トイレに行ったとき…………」


洗面所で手を洗ってからジェットタオルで濡れた手の水分を飛ばしていた時、後ろから誰かがアタシの口を覆って、ダメだ。そこからがどうにも思い出せない。


「そう、あなたが個室に入った瞬間からすべて織り込み済みの計画通り」


自分の状態ばかりを確認していたあまり、周りの注意を怠っていた。それもそのはず、元々薄暗い部屋で目を開けたばかりのアタシが視認できる距離は短い。

まして、その部屋に人が居ることに気付かず喚かなかったことは正解とも言える。


「誰?」


声の高さからして女だ。

けど、美帆や李奈のものじゃない。2人の悪ふざけを疑ったけど、どうにもその線は薄い。最悪の予感が脳裏を掠めていく。


「ふぅ、ふぅ」


沸き上がってくる恐怖をどうにか抑え込まなくては。落ち着け、自分を俯瞰しろ。でなきゃパニック状態になる。助かる方法、女の目的、冷静に、冷静に。

考えろ、アイツならどうする。

まずは状況の整理。

けど、周りに人が居ないと思い込んでいたからこそ目の前の情報が今の今まですんなり入ってきたのだけど、そこに状況から鑑みて見張りとも取れる人間が居たとなれば、目覚めたアタシにアクションを起こす。

つまり状況を整理する時間をくれない。


「何、誘拐? 金が欲しいの?」


自分の中の恐怖に打ち勝つことなんて、人間そうできるものじゃない。だけど嘘で塗り固めることはできる。自分を騙すように相手も騙し、その場の空気に呑まれないように自分を生かす。


「普通ならそう考えるのが自然よね」


声の高さと話し方からも、知り合いに当てはまる人物がいない。無差別? 接点の無い相手?


「私が女だからって、お金目当てと決めつけるのは早計ね。もしかしたらレイプされるかもしれないわよ? ただ殺すことが目的かも、いえいえもしかしたらあなたに恨みがあってその復讐ってこともありえる」


なに、この女?

まるで道化を演じているようだ。狂っているのか、そう見せて恐怖を煽っているのか。


「ふぅん。面白みのない反応」


黙ったまま睨まれることが気に入らなかったのか、腕を組んだ指先がリズムを刻むようにトントンとアタシの気持ちを急かしてくる。


「理由は何にせよ、私にとってそれは手段でしかない。目的は別、手段として今言った中から、或いは全てを与えるかもしれない」


なにコイツ、何を言っているわけ?


「それは、アタシである必要がある何かってわけ?」


下手に体を動かすこともできない状況下で口だけは一端でいるしかない。この女が何を目的としてアタシを拉致ったのか。要件次第ではすぐに解放されることもあり得る。アタシはこいつが女であることしか、未だに分かっていない。

恰好がどうとか、背丈はいくらだとか特徴も何も掴めていない。

話から察するに金品や体が目的ではない。ましてやアタシ個人に恨みがあるわけでも無さそう。だからこそ、どこだかわからない場所に拉致監禁してまでする、その話というのが恐ろしくもある。本当は今言ったことが嘘で、実はもう取引のようなものが開始されているとしたら? 意識を失ってからどれほど経過しているのかさえ分からない。分単位、時間単位、もしくは日をまたいだか。

助けを呼びたいけど、もしもここが無人の場所だったら? 防音壁の部屋だったら? そんな嫌な妄想ばかりが次々に浮かんでは消えていく。

スマホの入ったバッグは離れた位置に置いてある。手足を拘束された状態で、しかも女に見張られているこの状況下では取りに行くことも絶望的か。


「見た目よりは物分かりが良くて助かるわ。その調子で私の要求も呑んでくれると助かるのだけど」


女は滑稽に笑う。

未だかつてこれほどまでに人を馬鹿にする笑い方を、アタシは知らない。

少しずつだけど、暗闇に目が慣れてきた。

足元がスカートに覆われていて、女の身長はわからない。ただヒールを履いていたとしても高身長ではある。ショートボブの髪型に顔を見られないようにとサングラスをかけている。口元はグロスの色が僅かに見えるくらい、マスクはしていない。

黒を中心とした服装はどこかへ出かけるのには向いていない。つまりアタシに特徴を知られないための恰好だということになる。

女の高らかな笑い声はピタリと止み、目の奥が窺えないサングラスと視線が合う。そして女は口を開く。


「これから今後一切、彼に付きまとうのをやめてもらえない?」


女は人差し指を立てて、至極当然のような表情でそう言った。


「は」

「良い返事を早急に聞かせてもらえると嬉しいのだけれど」


また、女は嗤った。







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