23 TEA TIME
「私があの女の事を知ったのは巡瑠とゴライアスのライブに行った帰り。春休みって何のことよ」
特別教師棟の女子トイレ内でする話じゃないと思ったけど、まぁ呼び出した私が人目のつかないところで真っ先に浮かんだのはここだったから仕方ないかな。それか屋上へ続く階段の踊り場とか? いやぁいくら何でもベタでしょ、男女の告白タイムじゃないんだから。そんな生易しい会話、とてもじゃないけどこんな辺鄙な場所くらいでしかできないでしょ。
ただ、やっぱり嘘をつくのが下手だね。
「いや違う。そういう条件、というよりは命令されたんでしょ? そう装うようにね」
「いい加減にして!」
私の会話の種類を知る明羽ならこの先自分がボロを出すことを承知している。誘導するように、自然な流れを作れる私のことを分かっている明羽だからこそ、早急に逆ギレしてこの場を逃れようという算段かな。
それは既に答えを言ったようなものだけど。
「明羽の悪いところ、やましい事があると肘の裏を掻く癖やめた方がいいよ」
「っ」
息を呑んだ明羽が無意識下にやっていた右の手が触れていた左肘からそっと手を離す。
「めぎゅるんに矢武を嗾けたのが塚本さんってのはご存知?」
「え、うそ」
ご丁寧に指パッチンをしてから人差し指を明羽に向ける。
驚愕に染まる表情から察するとどうやらそこまでは知らなかったようだね。
表情筋をキッと締めて睨みをきかせながら明羽は私の服の襟をつかみ自分の方へ寄せる。
「あんた何を知ってるわけ!?」
「おいおい明羽、随分と乱暴になっちゃったもんだね。それは何かな? 高校デビューで身に付けたのかな、それともめぎゅるん印かな」
パンッと乾いた音が女子トイレに響いた。やがて頬にじんと痛みが広がり横目で明羽を見ると目に涙を溜めていた。
「アタシを馬鹿にするのはこの際、幼馴染みの好で許してやってもいい。だけどアイツだけは馬鹿にすんな!」
ギリッ。
奥歯を噛み締めた私は剥き出しの感情を露わにする。
「馬鹿にするくらいなら私だって命懸けでやるわけない!」
カッとなるのは私のキャラじゃあ無いんだけどな。
私は両手で明羽の腕を掴み個室の壁に叩きつける。
「なんで君が1番の被害者面してるんだ……! 悲劇のヒロイン気取りとはよく言うもんだ。誰よりも先に立川巡瑠を見染めたクセに、なんで今の彼を見てやらないんだ!」
「なに? いっつも澄ました態度でいたかと思えば熱血に路線変更ってわけ? 何にも知らないくせに出しゃばんなよ!」
「ああ、何も知らないさ! 君たちの間に何があったのか、何を仕組まれたのか! でも今の君にも分かるだろ、標的は彼なんだ」
あ、れ。
なん で だろ。
涙が、溢れてきたや。
「君たちを救いたいだけ、だったのにな」
深く踏み入るつもりなんて無かったのにな。
「…………いと」
はは、みっともない。
「明羽にそんな顔されちゃ、私の立場がないじゃないか」
「何言ってんだか」
明羽は私の首に手を回し、ゆっくりと抱きしめた。
「あんたの立ち位置は今も昔もアタシの味方でしょ」
なんだ、明羽め。やっぱり覚えてたんじゃないか。小学生のときも、そして今も。
どんなことがあっても私たちは互いの味方でいる。
「ここ胸キュンポイントだね。そりゃ難攻不落のめぎゅるんを落とせるわけだ」
「あんたも何だかんだ言ってアイツのこと好きなくせに」
「あれ、バレてた?」
余計な部分だけホント察しがいいんだからなぁ。
明羽のニヤつきが止まらない。
「あんた覚えてないの? 小五のときに推しのグループで揉めた事」
「あ、ああ! そんなのあったね。確か私たちって理想のタイプ同じだった気がする」
いや、でもめぎゅるんに関してはこの説は通用しないんじゃないかな?
もともと私が羨ましがってただけなんだし。
「というか思い出話もいいけど昼休み終わっちゃうね」
うーむ。これは少し誤算だったかな。
私の予定では塚本さんが春休みの二人の仲に関わっていると睨んでいるけれど。昼休みのあいだに心を開かせて、さらに話を聞くなんて芸当、やっぱりやって退けるあの女はバケモノだね。
「じゃあ放課後?」
明羽が首を傾げながら提案する。
「それだ! どっかカフェとかゆったりできるところで続きといこうじゃないか!」
私は目を爛々と輝かせ明羽に詰め寄る。
「いや、あんた部活――」
「それじゃ放課後教室に迎え行くね!」
私は颯爽と女子トイレを出てスキップしながら廊下を鼻歌交じりに通る。
いやはや正直楽しみなんだよ。
趣向が少し変わった明羽はさぞかしオシャレなカフェや穴場スポットを知っているに違いない。
私だって女子の端くれだ。少しくらいの憧れはあってもいいじゃないか。たまにはアフォガードとか食べて優雅に過ごしてみたい。うん、それがいい。
そして放課後。
「なんだ、ファミレスか」
明葉が連れていってくれた店が思いのほか馴染みのある場所だったのでなんだか拍子抜けした。なんというかこう、隠れ家のような大人で言うならバーのような場所へ連れて行ってくれるのではないかと過度な期待をしてしていた、落胆ぶりもまた凄まじい。
「おあいにくさま。金銭面に優しい且つ好みも分かれない、長時間居られる理想の場所よここ」
「なるほど、物は言いようだ」
学生の身分だと確かに限界があるかもね。
「なんならスタバでも行っとく?」
「それはカロリー的に死ねるね!」
残念ながらSNS映えを目指すわけじゃないのでね。それらを踏まえると確かにファミレスというのは何とも便利に思えてきた。
「いらっしゃいませお客様、何名様のご利用でしょうか」
「「二人で」」
店員に促されるまま四人掛けの席に案内された。放課後の時間帯で言うと晩御飯を食べにくる客層は少なく、店内は学生のほうが多い。それに席もけっこう空いているのでゆったり出来るスペースを優先的に案内してくれたようで。
「いやぁそれにしても明羽と2人でお喋りするのなんて久しぶりだね」
「まぁね。あ、とりあえずドリンクバー二人分」
席に座る前に案内してくれた店員に指を2本立てて注文。「かしこまりました」と素早くリモコン操作し、注文履歴の紙をよくあるあの透明な筒に丸めて入れ込む。
この丸い筒って正式名称あるのかな? 食パンの袋を挟むアレもバッグ・クロージャーなんて大層な名前があるくらいだもんね。
「じゃ、注ぎにいこっか」
「あいあい」
ドリンクの種類は多種多様、珈琲にティーバッグと充実している。
「なるほど確かに長居できるわけかー」
どれを飲もうか悩んでいると明羽は既に飲むものを決めていたようで立ち止まる素振りがない。
「メロンソーダかぁ。炭酸はあまり得意じゃないんだよね」
「あれ、いとって炭酸ダメだっけ?」
ジュースサーバからシュワシュワと緑の液体を見ながら私は堪らず舌を出した。
「微炭酸ならまだね。鼻にくるやつはどうも苦手で」
悩んだ挙句グラスからカップに持ち替えて珈琲をチョイスすることにした。ボタンを押すと豆をドリップする音がし始める。
「逆にアタシコーヒーって無理。苦いしカフェオレの方が美味しい」
「眠気を覚ます飲み物は?」
「エナドリ!」
親指をグッと立てる明羽はまさかのドヤ顔をしていた。確かに栄養ドリンクよりは手が出しやすいし、強炭酸の刺激で眠気を飛ばす効果もあるんだろうね。飲んだことないけど。
「私のは少し時間掛かるから先に戻ってていいよ」
「りょー」
押せばそのまま出てくるジュース系と違い珈琲は少し時間を食う。それに何を飲むか悩んでいた私と直決の明羽とは差がまた大きい。
ようやく注ぎ終わり、席に戻ると明羽は手に持っていたメニューをこちらに向けてきた。
「何食べる?」
開かれているページはスイーツ全般を指していた。
「コーヒーに合うのってこの辺でしょ」
「おおー、最近はファミレスもレベルが高いじゃないか。悩むなこれは」
最近来ていなかっただけでこんなにもメニューというものは変わるものなのか。新し物好きの現代に合わせてのことなのだろう。もはや定番のメニューなど霞んでしまうクオリティだった。
「アタシのオススメはコレとコレとコレ」
「ほうほう…………うん、このアールグレイってやつに決めたっ」
呼び出しボタンを押すと、程なくして店員がやってくる。
「コレとコレ、あとコレも」
明羽は店員にメニューを向けて商品を指さしていく。それを見ながら店員は手元のリモコンを素早く操作。なんだか妙に息の合ったやりとりに私は口を挟むことなく見守った。
「阿吽の呼吸かよ」
それと注文の仕方の斬新さに少し引いたことは黙っておこう。
「さてと、どっちから話そうか」
「ちょっと待って」
私の言葉を遮った明羽はふと立ち上がり店内を見回し、さらには窓の外の方にまで視線をおくる。
「ああ、大丈夫だよ。尾けられてない」
「……そう」
安堵の息を漏らしながらソファに深く座る。露骨な警戒も芳しくはないけどその心構えだけは確かに必要かもね。
壁に耳あり障子に目あり、私が警戒するのは時代の進歩だ。
盗聴器やカメラ。小型かつ高性能なものが世に出回るのは普通の社会。いつどこの誰が被害者になっているか分からない。
「敵は組織的な力じゃない。あくまで個人だからそこまで警戒するのはどうかと思うね」
「あんたはアイツの恐ろしさが分かってないだけよ」
私は息をつくようにカップを手に取り口へと運んだ。
「だから、それを今から教えて貰うんじゃないか。ただ残念なお知らせというわけじゃないけど、今から私が話す内容については証拠として提示できるものが何ひとつとして無いんだよ」
「それは私もだから」
明羽は両の手で頭を抱え、項垂れる。
「とにかくあの女は狂ってる。とても同じ高2とは思えない、ていうか人間とは思えない」
震えている。
明羽もだけど、私自身も震えていた。
身を持って味わったわけではない。ただ明羽の言うようにその異質さを垣間見た私は、これから明羽の話すことを全部鵜呑みに出来る。
お互い、それだけの覚悟を持って今こうして向かい合っているのだから。
「それじゃ、話してくれるね? 春休みに何があったのか」
明羽は静かに頷いた。
そして恐らく誰にも話せないことを今から彼女は口にするのだ。




