21 心壊の二人
目が覚めると、そこは異様なまでにとても静かだった。
馴染んだ部屋の見飽きた天井を見て、どこか安心したかと思えば、俺はすぐさま起き上がり太股の付け根や背中を確認する。
傷はない。
だけど、大切な何かを失ったみたいに心が空になっていた。
右目から流れる涙には、きっとそういった感情を洗い流そうとしてくれていたに違いない。
握った拳に力を込めて爪が掌に食い込もうとそれを一切緩めない。
「殺す」
ゆったりとした足取りで俺は部屋を出て、階段の手すりに手を掛け降りていく。こめかみにチリッとした痛みが迸りフラつきながら頭を抑える。
キッチンに向かい、開き戸から出刃包丁を抜き取る。雑誌のカラーページを何枚か破り包丁の周りを丁寧に包み、ズボンの尻ポケットに入れる、だが柄の部分はどうしてもはみ出てしまう。
そのまま俺は家を出た。
今は夜中の2時くらい。暗い世界を街灯と星空が艶やかに照らしている。虫の鳴き声が時折聞こえて、俺に安らぎを与えてくれようとしているのかもしれないと錯覚さえしてしまう。
だがその音色が逆に俺の心を掻き立てるように鼓動が早いリズムを刻んでいく。
公園に辿り着くと、脇目も振らず茂みに入り土を掘り起こす。土にまみれたビニールを俺はグシャグシャにして荒らすことができる限りを尽くした。
「はぁ、はぁ」
こんなことをしたって矢武という男は止まらない。何の意味もない、むしろ相手に警戒心を与える行為を俺はしている。
ジャリ、と土を踏む音がした。
もちろん俺が出した音ではない。後ろを振り返りながら立ち上がった俺は相手の顔を確かめるまえに声を発していた。
「納富」
この日、納富いとは俺の家の周りに潜んでいた。本人からの話、電話を掛けて呼び出した時間を鑑みても近くで俺を監視していることくらいは察することができる。
「こんばんは。あまりいい気分じゃ無さそうだね」
困惑した表情の納富は俺が電話で呼び出す前に接触してきた。俺にとっては手間が省けて好都合だ。
「俺の周りを尾け回してるみたいだな」
高圧的な俺の態度に一抹の不安を感じた納富は俺との距離を空けたまま静かに頷いた。
「その前は矢武だったな?」
俺の発言に驚いた納富は口を片手で覆った。何かを探るように視点を左右に揺らし、やがて息を吐く。
「そうだよ」
「知ってるんじゃないのか? 矢武の家」
じりじりと詰め寄る俺に、納富は俯いたまま口を紡ぐ。唇の端と端に込められた力から知ってはいるが話したくないという意志がそこにはあった。
「教えろ」
俺は一歩、また一歩と近付くにつれて納富もまた一歩後ろに下がる。そして納富の背に公園の遊具のひとつであるジャングルジムにぴったり張り付いたとき、逃げ場を失ったことを悟り目を見開いた。
「めぎゅるん、いったいどうしたの? なんか怖いよ」
納富が俺のことを不気味に思ってしまっても、それは仕方のないことだ。今の俺はある決断をしてしまっている。矢武に対してこれ以上にない殺意を芽生えさせてしまっている。もちろん逆上したからでもその場限りの高揚感ということでは決してない。
俺は罪を犯す、殺人犯になる覚悟ができているのだ。もちろん殺した後は自首する。信じてもらえるかわからないが、警察に動機も話す。運が良ければ情状酌量かもしれない。
「お前が手っ取り早いと思ったから、呼び出したんだけどな。わかった、他をあたる」
「待って」
と、言っても今の時間に起きている人間はあまりいないだろうから明日ってことになるのかもしれない。
俺は納富を無視して夜の公園から立ち去ろうと踵を返す。
だが引き留められた。
「らしくないよ。感情的になっちゃって」
俺の腕を強く引く納富は俺を振り向かせようとしていた。
説得する気か?
らしくないとはなんだ?
「お前は何もわかってない!」
振り返りざまに納富の両腕を抑え込み、再びジャングルジムに追い詰める。
「こっちがどんだけ下手に出ようと矢武は必ず俺を殺す! 俺の家族も、俺に関わったお前でさえも!」
もう嫌だ。
「事情の全部を話せないから警察だってまともに相手しないし、殺意を持った相手は容赦がないから力量差が激しい」
それに、俺は死なせてしまった。納富も、母さんも、沙希も。
だから、
「先手を打つしかもう手立てがないんだ」
やられる前にやる。こんな言葉、本来ならば成立しないもののように思える。やり直しのきかない人生において、普通ならどちらが先だとか後とかは結果でしかないのだ。どれだけ策を練っても後には、その結果だけしか残らない。自身の記憶は他人からすれば記録として捉えられてしまう。
後悔先に立たず、なんて要は言い訳にしかならない。
「その先手を打つっていうのが、ポケットに入っているものなの? それしかないの?」
ズボンの尻ポケットに入った出刃包丁を俺は確かめるようにさすった。簡単に人の命を奪えてしまうソレを今度は俺が持っている。
そこでようやく気付いた。
納富は泣いていた。
「っ」
頭痛とともに金属音に似た耳鳴りが俺に襲い掛かってきた。そして納富が矢武に刺された庭の光景、俺の腕の中で冷たくなっていく納富の顔が浮かび上がる。
涙を流していた納富は、俺の感情を察したかのように笑った。
「心配してくれてたんだね」
「やめろ」
そんな言葉をかけるな。
「君のこと、助けられなかった」
「違う」
助けられなかったのは俺だ。俺が招いたタネなのに。
「役に立てなくてごめんね」
「黙れ!」
そんなこと、言わないでくれ。
俺は納富の手を放し、距離をとる。
手足が震え、目の奥がキュッと熱くなる。途端に喉が渇いて仕方がない。
「俺は何もできてない、誰も救えてなんかいない。お前を嫌って、疑って、迷惑がってた俺は何も見えちゃいなかった。お前は変わってるけどいい奴だよ、俺になんか近付いちゃいけない。お前はもっと色んなとこへ行き、色んなことを知ったりして大切だと思う人を大事にするんだ」
どれだけ言い訳しても俺が死なせてしまった納富にはもう会えない。ここにいる納富はそんな記憶を持ち合わせているはずがないのに、まるで全てを見てきたかのように俺を諭そうとしていた。
彼女にとっても疑問に思う点が多いのに、それを聞かないのも納富いとの優しさだった。
なんて大人気ないんだ。俺は。
俺は静かに頬を伝う涙を拭うよりも早く、その場から走り出した。後ろで納富が何かを訴えている声が聞こえたけど俺は無視して精一杯力の限り走った。
施錠し忘れた玄関を開け、今度はしっかりと鍵を閉めた後に俺はドアを背にその場に座り込んだ。
「もう誰も苦しませたくない」
自らの死によって終わる世界なら、どれほど楽だろう。
だけど、俺には自殺する勇気はない。
それでも命日が明日だというなら、せめて最小限のカタチでその時を迎えよう。もしかしたら、俺が諦められるような、納得のいく死に方ならあの能力は発動しないかもしれない。
無力な俺には相応しい最期なのかもしれないな。
次の日、俺は学校へ休みの連絡を入れ、家に誰も居なくなるまで部屋の中で引き籠ることにした。
***
1日中寝たままというのは、思った以上に気怠くなってしまう。
戸田とマコっちゃん、塚本からSignalに2、3件ずつメッセージが入っており、返信したところでまた眠気に誘われる。
「けほっ」
本格的に風邪を引いたかもしれない。頭がガンガンするとはよく言ったものだ。これ以上にない擬音だと俺は思うよ。
「気、変わってくんねぇかな」
もし俺の体調不良によって矢武が行動に移す日をズラしてくれたら、それだけで大した収穫になるのだが希薄なんだろうな。
「んー」
横になったまま伸びをする。
体調不良からか、はたまた眠り過ぎたのか体のあちこちがポキポキと音を立てる。
「ぷは」
もし、俺自身が死を望んでも死ねなかったら。
ループする日常の中で、もし1番の苦痛が何だと聞かれたら恐らくはソレなんだろう。
丸一日タイムリープするこの力は、俺の命が失われたその瞬間がトリガーになっている。今までは可能性だけの話だったけど何度も繰り返されれば嫌でも理解せざるを得ない。
「ただいまー」
沙希の声がふと聞こえた。
また寝ていたのか。いつの間にかもう夕方だ。
タイマーをかけていた扇風機もとっくに止まっていて、身体中が汗でしっとりしている。
こんな日に風呂に入れないなんて、こんなにももどかしいことが未だかつてあっただろうか。
蒸しタオルで余すところなく拭くしかないか。
「生きてまっかー?」
ノックもせずに人の部屋に入ってきた沙希は俺の顔を覗き込んだ。
「おぅえっ! けほっけほっ!」
「ぷぁ! うぇー絶対わざとだろ!?」
エンガチョしながら部屋の隅に避難する沙希を見て俺は声高らかに笑ってやった。
「治ったらシバく!」
「その前にお前に伝染るだろうな」
中指を立てながら沙希はズンズン部屋を出ていく。危ないので自主規制モザイクとピー音を脳内で付け足しておいた。
「治る前に、生きていればな」
俺は静かに天井を見つめた。
なんの特徴もない真っ白な景色。LEDのシーリングライトが溶け込むんじゃないかと言うほどの白さの中に夕景がカーテンの隙間から入り込んでくる。艶やかな橙色の壁が出来上がり部屋の色に味を持たせてくれる。
やがて夜になれば、温かみのある色を冷ますような静寂を運んでくる。
風邪のせいでか、食欲が無いことから晩ご飯はお粥を食べた。
「ごちそうさま」
食器をシンクに下げて、すぐさま2階へと上がる。朝の不調を訴えたときから不安を募らせる母さんと沙希には申し訳ないと思いつつも、今はとても誰かと話す気にはなれないのだ。
どうしても、あの時負傷で動けなかった後悔が襲いかかってくる。家族が苦しむ、その声を聞きながら俺は息絶えた。
その世界では、その後がどうなったのか知ることが出来ない。いったい誰が悲しみ、誰が喜んだのだろう。気になるけど、気にしても仕方ない。
俺は今いるこの世界に目を向けなければならない。立ち止まることなんて不可能なんだ。
普段はまともに向かいもしない勉強机にピッタリと付いて俺はノートブックを開き、しばらく止めていた日記まがいのメモを執り始める。
「午前2時くらい、矢武が敷地内に侵入。そして放火、ね」
やはり重要なポイントはここにある。
思い起こすも吐き気と憎悪が増してくるが、奥歯をグッと噛み締め俺は情景を思い出す。
「庭先に火が着いていた。ということは本来なら逃走時間、アリバイを確保するための手段か」
火の移り方から見ても計算して灯油を撒いたはずだ。だけどあの時は目撃者がいた。
納富と俺にみられた矢武は容赦なく襲いかかった。矢武にとって捕まることは二の次で目的に対する執着心の強さが裏目に出ている。
おそらく火事になったあの時、矢武は納富と立川家の全員を殺して逃走を図った。だけどどうしても黒ずくめの格好にサングラスとマスク、軍手やライターと怪しさオンパレードなアイツが素直に逃げきれているとは限らない。近隣の目撃情報や状況証拠から遠からず矢武は捕まる。
つまりその点を踏まえれば犠牲を出すことなく難を逃れる方法も逆算できる。
「納富に謝らないとな」
殺人を犯す覚悟は出来ていた。だが最善ではないこともまた知っていた。
俺は矢武を心の底から恨んだ。次に顔を合わせれば自分でもどうなるかは分からない。勢いに任せて殺してしまえる、それならそれでいいとも思えた。
けど納富が言ったように、首謀者がいたとしたら。矢武もまたソイツの掌の上で踊らされていたということだ。
それを思うとほんの少しだけアイツを哀れに思ってしまう。
「さてと」
イメージトレーニングとまではいかないが、だいたいの流れは頭の中で整理できた。
「バケツに水でも汲むか」
午前2時。
玄関にたっぷりの水を張ったバケツを用意した。
夜遅くに家の中を徘徊するのは気分がいいもんじゃない。いつも過ごしている空間に暗さと静けさが蔓延っている。誰もいない家とは違い、今は家族が就寝中ということもあってなるべく物音を立てないようにゆっくりと歩き回る。
リビングの天井に火災報知器がひとつ。キッチンが近いからだろうか。
和室にもひとつ。ここは仏壇が置いてあるから必然といえばそうなる。一家に火事が起こる原因で最も多いのが線香の不始末らしい。
けれど、外からの放火に関してはこの報知器も感知するのに時間を要する。
これらが鳴り響く時、半焼状態に等しい。そう思うとどれくらいの時間で救助が来るのか分からない。
俺は助け出された記憶があるにはあるが、それ以降は目覚めることがなかった。
なんの参考にもならない無駄死に。
生物は生きている以上、死という運命から逃れられない。死期でさえ、運命論だというのなら俺は足掻いている途中で世界がそれを阻止しようとしているのかもしれない。何度も考えるが、ならば殺された記憶を持つ俺はなんだ?
夢というにはもう流石に無理がある。
「きたか」
2階に続く階段を音を立てないよう慎重に上り自室へ。時計を確認しながら待つこと数分。ゆっくりと網戸を開けてベランダから外を確認する。庭の草が家の方に向かって燃え広がってくる。人の姿がないことを確認したあと。ベランダに置いていたスマホを回収する。
「急がないと」
早足で階段を降り、玄関先に置いていたバケツを持って外に出る。庭へと回り込み轟々と燃え移りゆく雑草に容赦なくバケツの中身をぶちまける。
焦げ臭さと灯油の匂いが鼻につく。鎮火することは成功した。黒煙が庭より上空に舞い上がっていく。夜に紛れ込み、またこんな時間なので気付く人もほぼいないだろう。
「いないな」
近くを見渡すが、肝心の放火魔である矢武の姿がない。
どんな犯人でも事件現場に長居するもの好きなんていない。罪の意識で早くこの場から立ち去りたい気持ちが先行するか、それとも冷徹にアリバイ工作に移るか。近所に住んでいるわけでもない矢武は野次馬に紛れ込むことも難しいと思ってか、ことが公に出る前に離れる算段なのだろう。
俺だったらそうする。
放火という手段を選んだことで深層心理は少なからず理解ができた。
「もしもし――――」
全ては順調だ。
近くの公園にある公衆トイレで着替えてしまえばあとは走って家に帰るのみ。証拠に繋がりそうなものは残していないし、あとは忍ばせている刃物さえ見つかることなく家に帰りつけば大丈夫だ。
あの人の言っていた手順には逆らう形になってしまったが、いやもう考えることはよそう。どちらにせよあの人を今後敵に回してしまうことは確実なのだから。
「やーたっけくーん!!」
「っ」
明らかに住宅街の、しかもこんな夜中に出していいわけのない大声が公園内に響き渡った。
いや、声に驚くよりも出した音に俺は反応せざるを得なかった。
「立川」
トイレから出てきた俺は、まだ着替え終わっていない。俺の中では緊急事態に等しい出来事だ。大幅に予定が狂った。
部屋の明かりは消えていた。こんな夜中だというのに立川はたまたま起きていた? 起きていたなら火事に気付かないはずはない、それなのになぜコイツはここにいるんだ?
様々な疑念が浮かぶが、考えることが苦手な俺はそれらを取り払いひとつの結論を出す。
あいつは生きている。
「お前本気で俺を殺そうとするんならよ、正々堂々掛かってこいよ」
ジャングルジムを間に挟んだ立川は俺との距離を離したまま接触してきた。嫌に警戒心が強い、まるで俺が凶器を持っていることを知っているかのようだ。
「正々堂々なんて意味の無いことだろ」
殺しにそんな感情は必要が無い、そこには圧倒的な力関係しか働かない。
なのに立川は俺を見て笑った。
「そんなんでよくバスケが続けられたな? いやもう辞めたんだっけか、協調性のある選手にはなれなかったみたいでご愁傷様」
いつもいつも癇に障る奴だが、コイツを殴ったあの時の俺とは違う。俺は確実に立川を殺すのだから。これが最期の言葉だと思えばたいていの悪口は許せてしまう。命ひとつで許してやろう。
「どうせ俺のこと殺す気なんだろうから最後に聞かせてくれ。なんでわざわざ放火なんて回りくどい方法を選んだ」
立川の言うことは間違っていない。俺はいつだってすぐにでも殺してやりたいと常々思っていた。隙あらば帰り道にだって出来た。
ただ、そうできない理由があった。
「答えるつもりは無い」
ただ、何も喋らない。
それが第一の制約であり、絶対だから。
「ふーん、でもこのままだとお前捕まるよ?」
立川はキョトンと何とも間の抜けた顔でそう言い張った。
「は、何を根拠に」
「まずここで俺を殺したところで俺の家族が朝異変に気付く、庭の燃えた痕跡に灯油の臭い。被害届を出せば放火未遂なのは明らか。次は周辺情報を洗い出せば近所のガソリンスタンドに捜査が入る。事件の前の日に海星高校の男子生徒が買ったポリタンクの情報なんてすぐ掴まれる。そして極めつけはこれ」
立川はスマホの画面をこちらに向ける。遠くなので何が映し出されているのかサッパリだ。
「お前が家に火を点ける、その決定的瞬間をカメラは捉えた〜。ここで俺を殺す素振りを見せればすぐにSNSに投稿できる準備は整ってるからな。ボタンひとつで拡散拡散」
なるほど、立川の余裕の正体はその証拠映像ってわけか。
なるほど、な。
「つまり俺は今、追い込まれているってわけか。お前に」
「まぁ、そういうことになるな」
確かに立川は変なところで機転が利くみたいだ。あの人の言うことはやっぱり間違ってはいなかったらしい。逆らったりしなければ、素直に従っていれば良かったんだろうがあの人と俺の最終目的が違うからいずれは道は違えていた。
俺は絶対に立川を殺す。たとえ俺が捕まったとしても。
「お前は大きな勘違いをしているな、立川」
「は?」
「追い込まれているのはお前だ」
俺は走り出した。
「な、今さら逃げても…………っ。しまった!」
俺の行動の意味に気が付いたのか、立川が後ろから追いかけてきた。
そのまま公園を出て住宅街を走る。
もともとスポーツをしていた俺に立川が追いつけるはずもなく、俺は走りながら迷っていた。
一本道になったところで振り返って立川を追いかけ、そのまま刺し殺すか。
いや、当初の予定通り一家惨殺に甘んじることにしよう。俺が走り出した意味、立川が追いかけてきている理由はそこにあった。
立川は家族に弱い。それを引き合いに出されれば冷静ではいられなくなる。
だから俺は、後ろの立川が見えなくなるまで引き離し家の敷地内に潜むことにした。
家に着いたところで殺す。
どこで犯行がバレたのかは知らないが、流石にこの不意打ちには対応出来ないだろ。
玄関に近づいたところを後ろからひと突き。
ザッ。
今だ――――。
立川が敷地内に入り玄関に手を掛け、なかった。
くるりと俺の方へ振り返り、懐中電灯のようなものを手にしていた。
「っ」
バシュッという発砲音らしき音とともに俺の全身を何かが覆った。
網?
「ネットランチャーって知ってるか?」
重みで後ろに引っ張られ、倒されてしまう。抜け出そうともがいてみるが網の端が重りのように動かない。
「くそ!」
仕方なく腰元から刃物を取り出して網を切ることにする。ところが。
「動かないで!」
複数のライトに照らされ、俺はぎゅっと目を瞑った。薄く瞼を開くと何人もの影が俺を取り囲んでいた。
「取り押さえるよ、暴れないで!」
呆然とする俺の手から刃物を奪い取り、動けないよう両手を後ろで組ませ地面に倒される。
「あなた、立川さん?」
「そうです、さっき連絡させてもらいました。立川です」
「なっ」
どういう事だ。
なぜ警察が?
頭が痛くなった。俺はいつから劣勢だった?
ネットランチャーだと? なぜこんなやつがそんなモンを……っ!?
「なんで俺が隠れてるって分かったんだ!」
俺は拘束を解こうと力を込めるがさすが警察、単純な力量差で言えば敵うはずがなかった。それに相手は抑え込みのプロ。
付け焼き刃の武術では天と地の差か。
「動くな!」
さらに抑え込みが強くなり俺は苦悶に顔を歪める。
「俺は何も分からなかったさ」
筒の先から煙を上げるネットランチャーを手から離し地面に落ちる。
俺は警察に無理やり立たされ、両腕に手錠をかけられた。絡みついたネットはそのままの状態で連行される。
「やっと、この光景を拝むことが出来た……」
「お前、何を言って」
俺は、言いかけて途中から声が枯れたかのように掠れて声が出なかった。
立川の顔を見た俺は鳥肌が立ったのだ。
その目つきには見覚えがある。あの人とまるで同じだ。
お前が狙われる理由をようやく理解したよ、立川。
「人の顔じゃねぇ」
俺には結局、届かないところなのだろう。
明羽を振り向かせられねぇわけだ。




