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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.2 リデイト
20/68

20 大敗を喫す



俺の部屋に女の子が存在することがかなり久しぶりな気がする。

ちゃっかりお泊まりセットを持参した風呂上がりの納富はすっかりラフな部屋着に着替えて俺の部屋にあるクッションの上でペタンと座り込んでいた。


「女の子ならほぼ毎日私が存在するんだけどね!」


ベッドに座る俺の後ろで仁王立ちの沙希がプンスコしている。いつもは裸族の妹様が服を着ていることに兄は感動しそうだ。


「俺の心を読むな!」

「?」


俺が反り返って叫ぶと、なんのやり取りをしているか全く理解出来ていない納富が小首を傾げてこちらを見ている。

ああ、とうとう納富に不思議がられる日が来るとは、俺のプライドは今プディング状態だぜ。


「というかお前寝ろよ、なんで俺の部屋にいるんだよ」


呆れ顔の俺に沙希は冷ややかな眼差しで見下ろすもとい、見下していた。


「男女同じ部屋を阻止やらいでか!」


盛大に唾が飛んでくる。ばっちい!

そして言葉遣いもおかしい。


「いいから自分の部屋戻れって、寝る時はコイツをお前のとこにやるから」


沙希の背中を押して部屋から追い出し、親指で後方にいる納富を指す。

誰に何も言われずともそうするつもりだし、納富が部屋に居たんじゃおちおち安心できない。色んな意味で。


「寝る間までに済ませるのか? え? あぁん?」


眉根を寄せてメンチ切ってる沙希は中指を立てて何故かしゃくれながら自室へ戻っていった。

知らなかった、人って簡単に変われるんだね!


「はぁ」


嘆息混じりに部屋の鍵を閉め、クッションに座る納富をジッと見た。


「あっはははー。この方が手っ取り早いかなーて」

「確かに手っ取り早く誤解を招いてくれたよ」


明羽と別れてからなんでか少し寂しそうだった母も、今日俺の家に泊まると豪語した納富を見て息子がモテモテなのだと勘違いする始末。

ま、沙希のほうは誰が来ようとあんな調子だろうから逆に安心なんだけどな。反抗期に屈しないのよアタシ。


「ま、これなら万が一死んでもめぎゅるんと一緒だから楽しいけどね」


納富の無邪気な笑顔に俺は少し顔が熱くなった。

まぁ自分の部屋に女の子がいて、尚且つ部屋着となるとそりゃドキドキくらいはする。納富に対して邪な気持ちが全くないこともない。むしろあると言っていい。


「馬鹿なこと言ってないで、流れを確認するぞ」


俺と納富はテーブルを間に向かいあわせで座る。時期的には夜も暑いので扇風機を首振りで回している。ちなみに明日も学校があり納富はその荷物さえも持ち込んでいるのでプチ家出くらいの量を持ち込んでいた。

あちらの親にはなんと説明して泊まりに来ているのか気になったけど、それを聞いたら聞いたで何かを失いそうで怖い。


「深夜1時から2時くらいに恐らく矢武はこの家に火を放って逃げるだろう。アイツを確実に止めるためには確たる証拠か、犯行現場を抑えるしかない」


学校や親を引っ張り出す方があとは大人たち任せで勝手が良いのかもしれない。

だけど塚本、明羽、俺を含めた掲示板事件には学校側は措置を取るわけでもないし、矢武の暴力事件に関しても1週間程度の謹慎処分と形づくりに出る傾向がある。

まぁ、どの学校法人も看板を汚すような厄介事は極力無くしたいのだろう。気持ちは分からないでもない。

かと言って大人に頼ることだって無意味なことでしかない。例えどんなに発言力や権力を有していようとも、命は平等に尽きてしまえるのだから。

むしろ俺はこんなことで家族に不安の芽を植え付けたくはない。それなのに、


「アイツを止めたところで、まだ黒幕がいるんだよな?」


納富曰く。だが説得力はある。

短期間であれほどまでの憎悪を抱いた矢武には違和感があったが、それを示唆する人物が居たとしてもおかしくはない。

普段から素行が悪く、短気な性格をしている矢武が妙に大人しかったのも関連しているのかもしれない。


「そうだね、でも言ったはずだよ。今は矢武に全力を注がないと足元すくわれるよ?」


扇風機が当たるたびに髪が揺れ、削がれそうになる集中力を切らすことなく真っ直ぐに俺を見る納富。


「そうかもな」


殺しにかかってくる相手には躊躇がないから覚悟や力の差としてはいつだって被害者の方が分が悪い。ただでさえ矢武はバリバリの体育会系なのに、対する俺は帰宅部ときた。

そして味方は納富。けど、女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかないので事実上の戦力外通告。


「矢武を止めたら聞かせてくれるんだよな?」

「どうかな、めぎゅるんはきっと信じないだろうし私だってどうなるか」


どこか憂いを帯びた納富の瞳はとても寂しそうに感じた。


「電気消すぞ」


そろそろ寝たフリくらいしておかないと、外から怪しまれる可能性だってある。犯行は夜中でもその前から張ってることも視野にいれておかなければならない。


「いやん、暗闇でなにする気?」


わざとらしく全身をくねらせ顔を赤らめる納富は完全に無視して常夜灯に切り替える。


「アラームかけたから俺は寝る」


ベッドで横になり納富とは反対の方を向いて目を閉じる。

緊張の糸が解れ、すぐにでも眠りにつきそうだったけどすぐに意識は覚醒する。


「何してんの?」


体勢は変えずにそのまま問いかけた。

ベッドの軋み加減とちょっとした気配ですぐに気付いた。


「え、いやぁ。暇だから」


ばっと起き上がり隣に寝ている納富の姿を見て俺は溜息を吐く。

なぜ添い寝してるんだ。


「暑苦しいだろ。離れろ」

「えー! ほかに何か言うことないの?」


ブーブー文句を垂れる納富をベッドから突き落とそうと思ったけど、俺が寝たら確かに暇になるよな。


「はぁ」


人間諦めが肝心、俺はタオルケットを納富に譲り再び横になる。


「あまりこういうこと、すんなよ」

「こういうことって?」


わざとらしく上ずった声で聞き返す。どうでもいいけど眠くならないのかこの人? だから朝練間に合ってないんじゃねぇの?


「勘違いとかされるぞ」


ここは野獣じゃない俺がきちんと納富の貞操観念を正してやらなければならないと思った。


「勘違いは、慣れてるよ」

「…………」


まただ。

常夜灯と月明かりだけでも分かる納富の寂しそうなその瞳にいったい何が映っているのか。

俺の家の風呂を借りて同じボディソープを使ったくせにその爽やかな香りはやっぱり他人なんだという違いを魅せながら、納富はまた口を開く。


「立川巡瑠くん。もし矢武の願いが叶ったなら、今の私はどうなると思う?」


いつものように俺のことを「めぎゅるん」とは呼ばなかった。その質問は俺に、というよりまるで世界に問いかけているような気がした。


「今、矢武の願いが叶ったなら俺と俺の家族、あと多分お前も死ぬ」


その場に居合わせる人間ですら、矢武はきっと殺すのだろう。

だから狙いを俺だけに絞らない。アイツは俺を殺せるのなら、俺の家族さえも巻き込む。


「でも君はやり直せてしまう。私がここにいた事を知るのは君だけになる。私は異性とひとつ屋根の下で共に寝たことさえ、忘れてしまう。正確にはなかったことにされる。とてもズルいよね」


そして納富は俺の背中にピッタリと抱き着いた。


「おい…………っ」


彼女は震えていた。寒い訳でもないのに。

そうか、そうだよな。怖いよな。

だって納富にとってはそこまでの人生かもしれないのだから。


「今からでも引き返せる。家くらいまでは送っていくぞ」


納富は口を開かなかった。その代わり俺の服を強く握りしめた。


「そうか」


味方や戦力外通告なんてもんじゃなかった。

納富いとも俺が護らなきゃいけない相手の一人に過ぎない単純な話だった。




***




スマホのバイブレーションとピコンピコンと鳴る電子音で目が覚めた俺は時間を確認する。

午前2時まえ。


「おい、のど――」


隣に寝ているはずの相手が、居なくなっていた。










「や、こんばんは。矢武くん」


私が異変に気付いたのはめぎゅるんの仕掛けたアラームが鳴る数分前。

トイレに行こうと思って下の階に降りた時、確認する程度で玄関を開けてみたら庭の方から水っぽい音と、ある臭いが鼻についたから来てみればこのザマだよ。


「お前、たしか女バスの納富だよな。なんでこんなとこにいやがんだ」


フード付きの黒いパーカーにマスク姿の彼は間違いなく矢武だった。

水の音と臭いの正体は公園に埋められていたポリタンクから流れる灯油。

なるほど、直接引火するのではなく離れたところから火を誘導することで逃亡する際の目撃者減らしと時間稼ぎってわけね。


「私のことなんかより、そっちの方がヤバいんじゃない? 何がしたいのさ」

「お前には関係ない、と言いたかったがたった今関係者になったな」


中身をばら撒き終えたポリタンクを乱雑に捨て、ポケットから刃物を取り出した。


「そっか。サツは動かなかったわけね」


うまくそっちに引っ掛かってくれた方が良かったのだけど、どうも日本のお巡りさんは名前負けするくらい巡回が下手みたいだね。


「恨むならあの最低野郎を恨めよ」

「残念、私は彼に首ったけのメロリンなのさ」








俺は部屋を出て、隣の部屋を覗いた。

妹の沙希の部屋なのだが、もしかしたら俺が言ったように寝る時は沙希と寝たかもしれないと思った。けれどベッドに寝ているのは沙希だけ。


「まさか帰ったのか?」


もしそうなら、それで良かったのかもしれない。

俺のために犠牲になる必要なんてどこにもないんだ。それでもし、ここにいる俺が矢武のことを阻止できたら、その土産話を明日学校で聞かせてやれる楽しみが出来たと思えばいいだけの事。

階下へ降り納富の靴がないことを確認すると開けっ放しの鍵を閉めようとドアへ近寄って違和感を覚える。

あれ、俺の部屋にたしか納富の荷物ってあったよな?

なのに靴はない?

恐る恐る、ドアを開けた。


「まさか」


俺は鼻にまとわりつく臭いに嫌な予感がした。

玄関先から横に抜けた庭へと足を向けた。そこには会いたくない人間が立っていた。


「お前っていろんな女に手、出すよな。なんかコツとかあんの?」


矢武がまるで俺を待っていたかのように正面を向いていた。手に持っているマチェットが真っ赤に染まっている。


「暗くて見えないか? お前の女、今ちょうど死んだよ」


矢武の足元に見覚えのある服装の人影が転がっていた。


「うわああああっ!!」


俺はそれが誰かなど確認する間もなく、叫んでいた。

そして目の前が白くチカチカとフラッシュしたような現象と共に矢武に殴りかかっていた。


「がはっ」


右頬に当たった拳はジンジンと痛み出すがそんな事はどうでもいい。

よろめく矢武は壁に手をついて頬を抑える。

俺は納富に駆け寄り、胸に抱き抱える。


「なんで、なんでこんな」


溢れた涙が止まらなかった。俺は納富の顔さえも見られないというのか。

抱えただけで分かる。意識がなく全身の力が抜けている。

矢武の言う通り、もう死んでいた。

どうして、俺を置いて一人で行ったんだ。それを聞きたくても、もう聞けない。俺が浅はかだった。


「矢武っ!!」


今すぐにでも矢武を殴り殺してやろうと思い、憎むべき相手の名前を叫びながら振り返る。


「余所見すんなよ」


矢武の手から落ちたモノに、俺は目を奪われてすぐに動けなかった。

ライター?

俺は周囲に転がった空のポリタンク、そして漂うこの臭いに背筋が凍った。

夏場ということもあり、草が生い茂っている庭を一瞬にして焦げ付かせていく灯りが家の壁にまで迫っていた。


「っ」


俺は立ち上がり、急いで玄関の方へ周りながらありったけの声量で叫ぶ。


「逃げろ!! 火事だ!!」


玄関を乱暴に開け放ち、靴を脱ぐのも忘れて階段を上がろうとする。


「母さん! 沙希!」


すると、誰かに押されたかのように足を滑らし階段にぶつかる。


「あ、いってぇ」


背中がイヤにズキズキと痛む。でもどうして?

立ち上がろうとしても脚に力が入らない。すぐにその原因が分かった。体は覚えていないが感覚が覚えている。

刺されたのだと。

すると、背中を強く踏みつけられ段差の角が接地している胸や太股が痛みを増す。

矢武は背中に刺したマチェットを引き抜くと今度は俺の太股に刺した。


「あっがあああっ!!」


刺しては引き抜いて、今度は反対側に刺し込む。もうここから動けないのだと悟った瞬間だった。


「どうしたの!?」

「なになに?」


2階から降りてくる沙希と、1階の寝室から姿を見せる母。火を放たれた庭から家の中を焼き切るのにそう時間は掛からない。一刻も早く逃げ出さなければならない、けど玄関先には矢武が凶器を持ってそこにいる。


「に」


握り拳も作れないほどにもう俺は衰弱している。


「逃げ、ろぉおおっ!」


火事場のクソ力なんて漫画の世界での話だけだと思っている俺でも、最期の力くらいは出せる。

起き上がり、振り返りながら俺は矢武の体にしがみつき押し倒した。


「兄ちゃん!?」

「沙希、警察、警察に連絡して!」


違う、そうじゃない。

火事なんだ。早く逃げてくれ。

そう声に出したかったが、体の力が抜けてしまいそうで声を出せない。俺がここで踏ん張るしかない。

背中と両太股の裏側から流れていく血が俺の命を瞬く間に削り取っていく。

だが、矢武が本気を出せば俺を殺すことなんてそれこそ容易いはずなのに…………、どうして目の前のコイツは何もしないんだ。


「必死だな」


マスクの下はどんな表情なのか、目の形を見ればすぐに分かった。


笑っている。


「気が変わった。お前を殺すのは最後にしてやろう」


矢武は覆いかぶさる俺の体を蹴り飛ばして、いとも簡単に拘束から逃れた。

矢武は気付いたんだ。俺が一番苦しむ方法に。


「や、め…………」


仰向けに倒れる俺は、通り過ぎる矢武と廊下の天井を見つめることしか出来ない。いや、それさえも見つめられないくらい視界が揺れていた。

とうとう家が燃え始めたのだろう。焼け焦げた嫌な臭いと、家族の泣き叫ぶ悲鳴が俺を包む。

ごめん、なさい。


「誰か」


指先ひとつ、もう満足に動かせない。

あとは気絶しないように踏ん張るだけ。俺はあまりに非力だ。


「殺してくれ」


息を吐くように出した声は、俺の意識を刈り取りながら頭の中で何度も反芻する。

死んだ方がマシだと思える瞬間、大切な人を奪われる時間が耐えきれない。

次があるか、保証なんてものはない。だけど俺は、もしまたやり直せたなら。

絶対に矢武を殺すと、そう誓った。











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