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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.1 まだそれは日常でしかなかったということ
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2 気まぐれ帰路


「え、意味わかんない」


とても冷静な口調とは裏腹に、俺は右頬を叩かれた。ジンとしたその部分をさすろうという気にはならなかった。

特に感情を表に出すことなく叩いた相手へと向き直った。


「なんで? 急に別れ話とか、今までそんなこと無かったじゃん」


俺の方をジッと睨む明羽に視線を合わせる。


「そんなこと無かったから、別れようとしてんだけど」


明羽の表情が途端に弱々しくなっていく。


「ほかに好きな人出来た?」

「いや、そうじゃないけど」

「じゃ、なに?」


この問い詰めてくる感じ、どうもニガテだな。


「愛とか恋とか、好きって何なのかよく分からなくなった」

「は?」


そんな反応をすることは正直分かってた。だから理由なんてものを求めて欲しくなかった。自分でも別れ話を切り出せる程の勇気があると思っていなかったのだから。


「何? ふざけてるの?」

「そう捉えていい。俺のこと最低な人間って思われても仕方ない、それでいいからさ」

「勝手に話を進めないで!」


その言葉を聞いた俺は、とても冷静ではいられなくなった。


「明羽がそれを言う? 俺の話とかまともに聞きもしないくせに? はは、ちょーウケる」

「巡瑠?」


今まで見せてこなかった俺の態度に明羽は眉根を寄せた。


「好きなら何を言ってもいいのか? 怒りをぶつけたっていいのか? その人の話を聞かないでも構わないのか? それってワガママだろ! 俺は都合のいいオモチャじゃない」

「…………」


思い当たる節が全く無いというわけではなかったのだろう。俺の言うことに異議を申し立てしてくることはなかった。


「被害者面してるお前はタチの悪い加害者でしかないよ」


涙を流し苦悶の表情を浮かべた明羽は、俺のことが嫌になったのか、はたまたその顔を見られたくなかったからか逃げるようにその場から駆け出した。

俺は明羽の姿が見えなくなるまでそこからは動けなかった。


「あんな表情(カオ)できたんだ」


あの表情を思い出すと意外にも凄く興奮したので、ちょっと惜しかったなぁ、なんて気もしなくはなかった。




***




つまりは夢ではなくただ最近の思い出がプレイバックしただけに過ぎないというオチ。

視線の合った相手、織田明羽は気まずそうに前へと向き直る。あれから明羽とはいっさい連絡を取り合ってはいない。プロフ画像も変えていたから多分俺たちは破局した、という認識で合っている筈だ。周りが見ても瞭然だ。

当然仲のよい友達内なら画像の変化に気付かない事なんて無く、「なにかあったの?」と数人がチャットを飛ばしてきてからその情報は瞬く間に拡散されていった。

情報社会ってホント怖い。

裏垢とかで俺の悪口とか女子はバンバン書いてそう。あくまで偏見だけど、そのくらい恐ろしい集団性を垣間見ているのだ。

当事者間の問題でどうして部外者が必要以上の域に踏み込んでくるのか、ありがた迷惑もいいところだ。

それとは裏腹に男友達は実に楽でいい。「すぐに新しい彼女が出来るさ」とか「孤独の世界へおかえり!」なんて呑気に声を掛けてくる。気を遣っているというよりは何も考えていないのだろうけど、俺にとってはそっちの方がありがたい。


「ふぁあ〜」


眠い。

クラス替えが行われたことにより明羽とは別クラスになった。その事が喜ばしいわけではないけど、正直どこかホッとしている自分がいた。恐らくこの一年は関わらずに済む。もしかしたら金輪際(こんりんざい)関わらないなんてこともあるかも。

全校集会が終わりそれぞれが新しく振り分けられた教室へと戻る。案の定、学年が変わったことを忘れて一年のクラスがある階まで行こうとした集団に危うく騙されそうになるところをマコっちゃんが止めに入る。


「お前ら留年したのか〜!?」

「しまった。ノリでつい」


俺を含めて何人かが顔を真っ赤にしてバタバタと戻ってくる。それを見た複数人がゲラゲラ笑う。


「もっと早く教えてくれよ」

「教えたら面白くないだろ?」


なんという理屈だ。


「そういえばうちの学年に転校生が来るらしいぞ、しかも女の子」

「そういうのは教えるのかよ」

「どっちでもいいけど転校生と転入生って違いあんのかな?」

「さあ?」


二年になって転校か。

まあ、俺好みの可愛い女子だったらいいなー、くらいの期待値で待ちますか。

うちのクラスとは限らないだろうけど。


「隠す気ゼロじゃん!」


教室に戻ると、全校集会へ行く前には無かった机と椅子の一式が教室の隅に置かれていた。


「お、ラッキー。うちのクラスじゃん」


女子と聞いて俄然テンションがダダ上がりの男子勢。とくに興味も無さそうな女子勢は仲の良いグループごとに駄弁っている。

新学期早々グループ割れするの早くない??


「でもま、マコっちゃんが同じクラスだから俺はどーだっていいや」

「ゲイ? バイ?」

「バイバイ!」


素早く後ろに回り込んだ俺のチョークスリーパーが見事マコっちゃんに決まる。


「ロープ、ロープ!」

「おまいら仲良すぎて気持ち悪いな」


あたふたしているマコっちゃんの手にハイタッチした戸田。一年の時に同じクラスでよろしくやってた間柄だが連続で同クラになった。


「ん? 戸田とマコっちゃんって面識あったん?」


マコっちゃんを解放して二人を改めて引き合せる。首をさすりながら互いが互いを認識し合うと俺へと向き直った。


「俺らが何のスポーツやってるか知ってるか?」

「モテるためのサッカー」


俺の即答に指パッチンを鳴らした戸田。隣のマコっちゃんは顔を顰めている。


「それは戸田だけだ」

「ウソん!? 純粋な気持ちで汗水垂らしてんの? 気持ち悪っ」

「てんめ、戸田ゴラァ! 今日の部活勧誘で余計なこと言ったら絞めるかんな!」


俺がマコっちゃんにやっていた事を今度は戸田にやり始めた。


「あ、んじゃ今日からもう部活?」

「まぁどこも似たようなもんだろ、新入生の勧誘時期だからな」

「去年はいいカモにされたぜ、女子にモテるなんて売り文句はズルイだろ!」


戸田が「ふんがー!」と憤慨している、あはれなり。


「ろくに考えもしない体力バカはこうやって釣れるんだなぁ」


俺はしみじみしながら席に戻る。


「そこ、席に着きなさい!」


既に教卓の前に立っていた先生がマコっちゃんたちを指差しで注意する。


「いつの間に!」


他の生徒も先生が教室内へと入った段階でそれぞれが目をつけられまいと着席していた。


「一日に二度も怒られてたまるか」


俺はトボトボと自席へ戻る二人に手厚くピースサインを送った。


「えーと、既に知ってる人もいるでしょうけどこのクラスに転入生が新しく来ます。学年が一つ上がり気持ちを一新してみんなでより良いクラス作りにしてくれればと思います。それではどうぞ!」


ガラガラと戸を開けて見知らぬ女生徒が入ってくる。転校生だから知らなくて当然なんだけど、妙に堂々としている感じがした。

教卓の前まで来るのを待たずして、既に先生は名簿を見ながら黒板に転校生の名前を書き綴る。


「えー、はい。彼女は塚本(つかもと)麻衣(まい)さんです。塚本さん、軽く自己紹介をお願い」


横から顔を覗き込む先生を見て軽く頷いた。右から左と受け流すように教室内を一通り見回したその塚本という女子は深く息を吸いこんだ。


「初めまして、塚本です。父の仕事の事情でT県からこの町へ越して来ました。拙い部分も多いとは思いますが、どうぞ宜しくお願いします」


塚本の深々としたお辞儀で自己紹介へのピリオドが打たれた事を確認、あちらこちらから拍手が鳴った。

当たり障りのない、常套句だ。


「それじゃ塚本さんの席なんですが、手続きの遅れで座席表の変更が間に合わなかったので窓際の一番後ろにしましょうか。廊下側は扉があって支えるでしょうから」


あれ、窓際の後ろって俺なんだけど……。


「立川くん、ロッカーの前にある机と椅子を窓際まで持って行ってくれない?」


名指しかよ。いくら一番後ろが俺だからといってそこは「誰か手伝ってくれませんか?」の一言で良かっただろうに。


「了解です」


軽く息を吐きながら椅子から立ち上がる。その様子をクラスの連中が見守っているなんてどんな罰ゲームだろうか。

前の方にいた塚本が俺と同じペースでロッカー前まで駆け寄る。


「あ、ありがとうございます」

「いやいや、いいんすよ」


俺は頼まれただけなんでね。

机を運ぶ俺の後ろから椅子を持ってくる塚本。それを俺の席の後ろに配置するんだから変な気分だ。

それにしても横の列1人だけって凄く悲しい光景だな。前後している俺が気を遣ってでも仲良くしといた方がいいのだろうか?

何にせよ今度の席替えで塚本の席にはなりたくないなぁと心からそう思った。


「ご苦労さま立川くん。それではホームルームを」


順当に行けばこのままホームルームが11時半頃には終わるだろうか。その後部活生は昼飯食べて新入生勧誘に勤しむことだろうね。

生憎だけど俺は帰宅部だ。学内の三分の二は恐らく部活動をやっているんだと思うけど俺は帰り道とか買い食いしたい派なので……、というのは冗談で道具とか揃えるのに金が掛かるからやらないだけ。その代わり、妹の沙希が才覚を発揮しているので楽器とかに金掛けてる。たまにギターとか借りて遊んでる。ギョ〜ンギョ〜ンと変な音しか鳴らせないけど。


やがてホームルームも終わり本日の学生タイム終了っと。


「なぁ君たちよ、購買でも行かんかね」


せめて昼飯くらい一緒に食べようと手を振ってみる。


「すまないねぇ、部室で食うことにしてんだ」

「俺も〜、というか購買開くの明日からだろ?」


平謝りの戸田と欠伸をしながら手をひらひらさせるマコっちゃん。


「裏切り者! ボールは友だち!」


激おこな俺を差し置いて二人ともせこせこ準備をして行ってしまった。

他の生徒もちらほらこの後について話し合ったりしながらバラバラに教室を出ていく。


「んーっと」


必要なノート類だけを鞄に仕舞い込み、席を立とうとして後ろの机にぶつかってしまった。自分で運んだ机なのにすっかり忘れていた。


「あ、ごめ……すみません」

「いえ、大丈夫です」


つい敬語で謝ってしまった。

よそよそしさが伝染したのか、塚本のほうも困惑しているようだった。


「あー、えっと」


一応、挨拶とか個人的にしておいた方がいいよな?


「転校生って質問攻めとかみんなしてくるもんだと思ってた」

「現実なんて、どこもこんな感じです。私はその方が気楽でいいですけどね」


俺の少々度が過ぎた言葉に塚本ははにかんで答えた。


「残念、授業で分かんないとこあったら聞こうと思ったのに」

「そこは別物じゃないんですか?」


模範的な自己紹介をしていたからてっきりコミュニケーションが苦手なのかと思っていたけど。


「案外普通に喋れるんだ」


すると、塚本は少し困った表情になる。


「気遣わせちゃった? かな」

「んにゃ、この学校での最初の友だち候補と恋人候補に名乗りを上げようかと思ってね…………、後半のは冗談だよ」


そこまで目を見開かなくても、ちょっとしたジョークのつもりだったんだけどかえって警戒されたかもしれない。


「あはは、面白い人ですね。改めまして、塚本です」

「俺は立川。まぁ適度によろしく」


まぁこれで席前後のよしみとしては上々のスタートをきれたことだろう。

仲良しとまではいかなくても話しやすい関係性を持つことは社会に出て最も大事なことだと思う。だから、ほんの少し羞恥心を捨ててしまえば知らない人とも打ち解ける筈。


「えっと、立川さんは何か部活してるんですか?」

「いんや、そんな青春じみた事はしてないね」


運動は嫌い。いい汗なら夏にたくさんかけるし。


「今からは帰宅部の活動時間って感じかな」


カバンを持って塚本の前で見せつけるように揺らしてみる。


「あ、そうなんだ。だったら一緒に帰りませんか?」


あれ、まさかそうくるとは予想外。


「もしかして周りの目とか気にしないタイプ?」

「転校初日から私たちを恋人だと思う人は異常だと思いますけど」


うーむ、話が早い。俺が言わんとすることに対して瞬時に回答を寄越すとは、なんだか心の内側とか見透かされてるような気持ち悪い感じ。

けど、


「塚本さんが気にならないならご自由に」


カバンを肩に掛けて教室を出る。

僅かながら教室内に残っていた生徒がこっちをチラチラと窺う様子が見てとれた。

転校初日から男女二人きりで帰るなんて、良くも悪くも目立つでしょうね。

ただそういう噂を裏で(なじ)られるのは間違いなく俺の方なんだけどね。

別に俺が誘ったわけじゃないけど、謂れのない事は多少覚悟しとくべきかな。


「おつかれ」

「おー、勧誘頑張れよ」


廊下ですれ違う顔見知りと軽い挨拶を交わしては半歩後ろから付いて来る転入生塚本に興味は移る。昔の夫婦みたいな、まるで亭主関白のようにも見られたかもしれない。この光景も今頃SNSで拡散されているかsignalのグルチャで引っ掻き回されているのか、想像するだけで胃がムカムカしてくる。

そして最も注目を集めたのは生徒用玄関から校門にかけてまで。


「おー必死だね」


などと呑気なことをいう塚本だが、まぁ部活に所属していない身からするとパッと見そんなふうに見えなくもない。恥ずかしそうに手づくりのチラシを渡そうとする女生徒、看板持って声を張る男子生徒。部活によって勧誘の仕方は多種多様だ。

何人かが俺と塚本を見てコソコソ耳打ちし合ったり指をさしたり。誰も気にしないと思っていた俺の考えとは裏腹に、注目は浴びていた。

転校生の女の子がもう男を連れ歩いて帰っている、もしくは春休みに彼女と別れた俺が転校生に手を出した。どちらにせよ俺は矢面に立つしかないだろうね。

なんとか学校の敷地から出たところで安堵の息を漏らす。


「活気に満ちてますね、みんな」

「塚本さんは部活やんないの?」

「私、ひとつの事が長続きしないので」


ふーん、要は飽き性なのか。

だったら俺もすぐに飽きられるだろね、わら。


「で、俺帰り道こっちだけど塚本さんは?」

「私もそっちですね、行けるところまでご一緒しますよ」


去年、自転車をパクられてから歩いて帰るのが当たり前になった。塚本も俺と同じく歩きだけど、家が近かったりするのだろうか。他意はないけど、聞きづらい内容だなぁ。


「立川くんは学校から家って近いの?」

「いや、そこそこ歩くけど……そういう塚本さんは?」


反対に彼女が尋ねてくれたおかげで自然と聞くことには成功した。


「私は自転車通学用のシールを今日貰ったから歩きなだけでまぁまぁ遠いですね。今朝は車で送ってもらったからどれくらいかかるかも分かんない」


さっきから気になっていたけど敬語を使ったりそうじゃなかったり、さん付けだったりくん付けだったり、なんとなく不安定だな。


「そうなんだ、じゃあ一緒に帰るのは今日が最初で最後かもね」

「そう、なのかな」


困ったように笑う塚本。もしかして友達作りが得意ではないのだろうか。別に突き放すつもりで言ったつもりはなく、今後は仲のいい女友達と自転車で帰るものだと思ったから口にしたのに。


「ま、かもってだけで誰が誰と帰るかなんて自由さね」


一応フォローを入れておこう。女心って難しいからね、散々痛感してきたコトだから慎重になるべきなのよこの場合。


「友達なんてすぐに出来るさ。普通にしてれば」


普通に喋れて、普通に物事を考えることが出来て、ちょっとの思いやりで友情なんてどうとでもなる。それ以上踏み込むのには時間、もしくは覚悟がある程度必要になるかもだけど。


「簡単なことを言うようで難しいですね」


万人受けする人間なんていない。人の心が不安定な限り。

それこそ普通という価値基準も不安定に変わる。自分にとっての当たり前が誰かと食い違うように、それを個性だと綺麗事のように納めて。


「感情がたくさんあるってのは、罰ゲームみたいなもんだ。選ぶことなんて出来ないからね」

「そこまで悟ってしまうものなんですか?」

「そこら中にいる人たちを観察していたら、いつの間にかこんなにひねくれちゃっただけ」


塚本はクスクスと堪えるように笑いを零す。


「変な奴だなって思った?」

「いえ、その逆で。声を掛けてくれたのが立川くんでよかった」


その言葉に深い意味なんてないと思いたかった。ただ塚本の照れを隠すような仕草にムラムラしてしまったことは否めない。今夜のオカズが決まった瞬間だと思わざるを得ない程に美しかった。





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