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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.2 リデイト
19/68

19 教祖と信者



「っ!?」


勢いよく起き上がったことで軋んだベッドが揺れを訴える。

頭を抱えるように俺は自分の存在を確認する。その手は未だに震えていた。

汗もびっしょりで今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だったけど今は夜中の1時ほど。さすがに自重しなければならない。

部屋の灯りを点け、スクールバッグの中に入れてあるデオドラントシートで汗を拭き取りゴミ箱へ捨てる。


「はぁ、はぁ」


思い出すだけで身の毛がよだつ。

喉仏を手でさすり、ベッドに座る。

矢武の反応から俺があの場所に現れる可能性を考慮していたと考えるのが自然だろう。そうじゃなきゃ放火するだけのために刃物を所持していたことは、幾ら何でも用意周到すぎる。

だけど犯行前日にガソリンスタンドへ寄り、灯油を購入するという詰めの甘さはなんだ?

ただでさえこの時期では不審な上に放火事件が起きたとなれば目撃証言だけで疑われるのは目に見えている。


「そこまでして俺を殺すのか」


俺に向けられていた殺意がそこまで膨らむものだろうか。周りが見えなくなるほどに。

ほとんどの殺人は理不尽から成り立つ、自分とは違う考えを持つから他人は恐ろしくもある。


「明らかにおかしいんだよな」


少し前、俺はアイツに通り魔を装って刺されたことがある。2回とも瀕死に近い、というか死んだのか。とにかく俺は塚本と帰らなかったことで、なぜか自分の死を回避出来た。

だから、矢武が俺を殺しにかかるのは恐らく初めてのことなのだ。

人はあんなにあっさりと人を殺せるのか?

一切の躊躇いも、戸惑いもなく、ただただ数ある人間の急所のひとつを的確に突くような。

とても素人とは思えない。殺しに素人もクソもあるのか分からん、だけどあの時の矢武はまるで別人としか言い様がなかった。


「淡々としてるんだよな」


俺が殺したいほど憎い奴が目の前に現れて、もし殺すとしたら俺は激昂しているに違いない。

ふてぶてしい態度の俺を殴り飛ばした矢武からは、とてもできる芸当じゃない。あの時の俺はそうされても仕方なかったんだけどな。

明羽には申し訳ないことしたな。いないところでディスってしまった。


「さてと。会いたくないけど、会うか」


俺は部屋の灯りを消して、部屋を出た。

少し前、厳密に言うと24時間後のことがフラッシュバックした。

矢武が公園の茂みで掘り起こしていた物の写真もフォルダから消えている。

タイムリープってこういうところが不便だな。

靴を履き外に出ると、今日も星が綺麗に見えていた。

例の公園に向かって俺は歩き始める。


「隠れてるのか」


周りに人の気配も何もなく、ただただ歩いた。

矢武もわざわざ学校帰りにじゃなく夜中に準備すればいいものを。と、まあ敵の立場に立ってしまうのは俺の悪い癖なんだけど。

数分歩けばすぐに公園へと辿り着く。

前回の失敗を活かして今回は服を着込んでいるおかげで暖かい。


「この辺りでいいだろ」


俺はスマホの画面を操作してとある人物へ電話をかける。

呼び出し音が鳴り、4コールほどで繋がった。


「あれ、めぎゅるん。こんな時間にどしたの? まさか寂しくなったとか?」


画面に映し出された名前は【納富いと】。俺はその声を聞いて思わず笑った。


「さすがに消音だったか、用心してるな」


俺もあの時フラッシュ機能を解除していればなぁ。


「え、何が?」

「もういいだろ、出てこいよ」

「…………」


しらばっくれても俺にはお見通しだ。恐らく家から出てきた俺のあとをバレないように尾けてきたはずだ。

納富いとは人をからかうのが好物だからな、簡単に尻尾なんて掴ませてくれない。


「死んだんだよ、俺」


ガチャ、ツーツー。

切れた。

このままシラを切るのか、と思っていた矢先に足音が聞こえてくる。


「や、いい夜かな? こんばんは」

「残念だ。悪い夢を見たせいで気分は最悪なんだよ」


ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってきた納富。


「またお得意の死ぬ夢かな?」


納富はニヤついていた。

自分の尾行がバレた意趣返しのつもりだろうか。


「あぁそうだな。前回を抜かせば今回は多分2回死んでる」

「なるほどぅ、じゃあ私とのやりとりも3回目なのかな?」


話が長引くと想定したのか、納富が指差すほうにはベンチがぽつんとあった。

俺が歩き出すと納富もあとを付いてきてほぼ同じタイミングで腰掛けた。並んで座るというのは、新鮮味があった。


「いや、初めてだな。2回目の時にお前が俺のストーカーをやってるって言ってくれたおかげで今こうして接触したわけなんだ」


自分で言っててなんか情けない。なんで納富が俺のストーカーをやってるって知ってからもまだ普通に話ができるのか。普通なら不快や嫌悪感を抱くだろう。恐怖心を与えているようなものだし、日常を過ごす上で息苦しくなるものだ。

なのに俺は普通に接している。俺の感覚は麻痺している。


「あっははー。覚えがないけど私らしいね!」

「なんだそりゃ」


それでも納富にとっては身に覚えがないことなのだろう。未来に起こる出来事、その出来事も俺が先出ししたことで無くなってしまったことになるのか。


「でもまー、そっか。明日か明後日かの私が見事にゲロったわけね了解」

「なんだかいやに物分りがいいな」


そしてゲロったとか言わないでほしいね!

喉を掻っ切られた時のことを思い出してリバースしそう。


「適応力と、記憶力は高めないとね。例えば教えた覚えがないのに私の部活事情を知っていたりとか、ね」


今までの比じゃないくらいドヤ顔を晒してくる。

ただ、それだけの自信を持っているということにもなる。

そんな些細な会話を覚えている人間がいるのか?

それだけで疑問を抱けるのか。そんなはずは無い。

つまり、


「お前がここまで結論を出せるほど、俺はミスしていたってことか?」


記憶の共有がされないループは相手を出し抜く力もあれば相手が気付く危うさもある。

回避されなければ繰り返される。

同じ行動を取れば死に近付き、逸れると矛盾点が生じる。


「私は私が不可解だと思うことを調べているだけだよ。そこに先があろうとなかろうとね。もしかして未来(さき)の私がもうこの話をしているのかもしれないね」

「マンガの読みすぎだろ。俺はそんな主人公キャラって柄じゃない」


1人の人間も愛し、護り通せない男なのだ。そしてそれらから逃げ出して今も尚、逃げ続けている。


「人生のやり直しを本当に信じるなら、と私は仮説を立てて動いていたんだけどめぎゅるんは神様に選ばれた救世主とかじゃないよ」

「なんだそりゃ。じゃ、俺は呪われているんだな」


青春なんてあってないようなもので、人はいつだってその時その場にいるだけでしかない。

運命に抗うのもまた運命だ。


「違うよ。神を創り出したのが人なら人もまた神であり、進化の先を行く人間が神様なんだよ。だから私は(きみ)を助けるのさ」


目の前にいる人間がもし、選ばれた人間で隠された能力を有していたとして普通ならどうする?

尊敬する? はたまた羨望? 嫉妬や嫌悪と様々だろう。この感情の共通点は自分と相手を線引きしている点にあるだろうか。

納富いとにはその線が存在しない。


「お前が何を言っているのかさっぱりだけど、俺に近付いた目的だけは分かったよ」

「はれ? もう気付いてるかなと思ってたけど、そっか。黒幕に気付いてなさそうだけど死んだ回数は少ないんだね」


俺はさっきから納富が何を言っているのか、さっぱり理解できない。


「話がまったく見えないな。お前は何を知っているんだ?」

「真犯人」


真犯人?

俺に殺意を抱いているやつが他にもいるって言うのか? いや、でもいたところで何ら不思議じゃないか。


「でも今のめぎゅるんは信じない。私に不信感を抱いているし、真犯人はまさかっていう人だからね」

「その真犯人の名前は、教えてもらえるのか?」


納富の口ぶりからして恐らく真犯人とは言わないでも、掲示板事件の事も含めた首謀者がいるってのは事実かもしれない。


「それはまだムリ。脱線しちゃったけど、それよりも今は別の話があるんじゃないの?」


恐らく納富は証拠を持っていないのだ。だからこの場ではまだ言いたくないし、言えない。不用意な発言を避けることで目の前の問題に支障を来すことを恐れているのか?


「明日でもいいのにわざわざこんな夜中を選ぶなんて、緊急事態でしょ?」


納富の言うことは正しい。

俺は今、目の前の事態を早急に解決したい。自分でも今まで以上に焦っていることは分かっている。苦手意識がある納富に(すが)るしかない。


「家族にまで危険が迫るなら手段なんて選べないからな」

「だから一度は嘘に仕立てたタイムリープのことも、あっさり認めたわけね」


彼女が言うことは半分正解で半分は間違いだ。ありえない現象や超能力類(たぐい)の話を信じる人間がいるなんて思いもしなかった事が誤算だった。せめてもしもという仮説のもとで納富が接してくれていたのなら良かったけど、彼女は本気にした。そこが危ういと感じた俺は夢物語で終わらせようとした。

もう半分は、自分でもあんな出来事は夢であってくれという願いだったかもしれない。


「出来れば夢であって欲しかったけどな」


溜息混じりに俺はベンチから立ち上がり茂みの方へ向かう。納富も自然に後ろからついてくる。

そして俺は、自分の手が汚れることなど厭わず素手で地面に手を掛けた。


「えっ、ちょ」


納富も最初俺が何を始めたのか理解するのに数秒要したようだったけど、やがて俺が掘り出そうとしている物を見てからは黙ってそれを見守っていた。


「軍手、ライター、ロウソクにガムテープと、ナイフ?」


俺が掘り出したビニール袋の中身を見て、納富は眉をひそめた。


「俺は矢武にこのマチェットで喉を切られて死んだんだ」


まさか俺がここを探り当てることも矢武は想定していたのか、はたまた目撃者を亡き者にするための口封じか。


「そのほかの道具は何のために?」


今のところ凶器という凶器はこのマチェットのみ。確かに肝心の物が無ければ連想ゲームは厳しいものとなる。


「明日の放課後に灯油の入ったポリタンクが2つ、ここに追加されるんだ」

「あー、なるほどね。家族が危険に晒されるってのもそういうことかー」


こういう時は話が早くて助かる。余計な説明をする手間が省けてちょうどいい時もあれば、こいつはこいつで更に色々考えたりするから厄介なんだけどな。


「私がめぎゅるん家を見張ってたのは、もともと矢武のせいなんだけどね。それについては聞いた?」

「いや、初耳だ」

「つまりは見張りの見張りってわけ。最近この辺りを彷徨いてるって話を聞いたから方角的にまさかとは思って尾行してたんだ。とある家の周りを重点的にね」


納富は左手で輪っかを作り右手の指先で輪っかの周りをクルクルとバラつきがある動きをしてみせる。


「それが、俺の家か」

「ここ2日くらいは夜に見張ってる事が多かったのは、きっとそういうことなんだと思う」


立川家では妹の沙希がよく夜ふかしをすることが多いため、遅く寝ても夜の12時は過ぎてしまう。矢武が見張っていた目的はつまり、犯行時刻の確認。


「見張っていたのに、ここに隠してた道具は知らなかったのか?」

「私だってずっと監視していたわけじゃないよ? もしかすると私が目を付けるより前に隠してたかもしれないし」


まぁ問題はいつ計画したかではなく、いつ犯行に移ったか、というのが重要だろう。


「それより矢武に喉を切られて死んだって、つまり放火では死んでないんだよね?」

「そうだな、食い止めようとして殺された」


だが、あの矢武の様子。どこか違和感が残っていることが気持ち悪い。

死に対する慣れ、あんなに簡単に生命を奪える精神力。

あいつに何が起きたのか。


「めぎゅるんさ、信者ってどういう人を指すか分かる?」

「信者?」


宗教とかで信仰する人をそう呼ぶのではなかったっけ?


「信徒というにはちょっと違うかもしれないけど、比喩的な意味でね。矢武は虜になったってこと」


虜。

捕虜という意味だろうか。誰かに脅されて仕方なく犯罪に手を染めている。

もしくは、誰かに魅了された。


「俺の記憶違いじゃなければ、矢武は明羽のことが好きなんだと思っていたんだが?」


明羽に対する並々ならぬ感情はきっと恋なんだとばかり、そう思い込んでいた。もしそうなら明羽が黒幕? いや、どうにも腑に落ちない。


「そう、矢武はきっと明羽が好き。だから私はここで信者という表現を敢えて使ったの。圧倒的カリスマ性の持ち主ってところ」

「つまり矢武が冷酷になったのは、そいつのせいってことか?」


こんなに短期間で人格を変えられるなんてあるのか?

信者と称するならその教祖たる人間は確かにカリスマだ。洗脳に近い、いやもうほぼ洗脳しているようなものか。


「エジプト神で言うハトホルか、北欧神話に出てくるフレイヤか。とにかく愛って深くなればなるほど怖いもんだね。さて、クロノスはこれからどうするのかな?」


ハトホルやフレイヤとは確か愛を司った神ではなかっただろうか。

そしてクロノス、聞き馴染みは無いが恐らくは時間の神。

納富のその笑顔を向けた先は神の力か、俺になのかは分からない。

ある意味で納富は、俺の信者なのかもしれない。




***




「ギリギリのラインを攻めるしかないと思う」


昼休み。

俺はマコっちゃんたちからの食事の誘いを断って納富と2人、食堂で食べていた。

ちなみに昨夜はあのまま話を続けるわけにはいかず、解散してから次の日に阻止計画を立てることになった。


「今夜がタイムリミットだとして矢武の犯行を止めるため、そして今後も安全に暮らすためにはやっぱり警察の力しか頼れないと思うんだ」

「説得……はもう無理なのか?」

「無理。もっと時間を掛ければもしかしてだけど、めぎゅるんのタイムリープって自在じゃないんでしょ?」


お互い目の下にクマを作り、ご飯を食べながら向かい合う姿はシュールだった。


「意図的にってのは試せるものかどうかも知らないんだよな。トリガーになってるのは死ぬ時くらいで」

「今ここで強く念じてみてよ」

「うわ、ムチャぶり」

「昨日今日で矢武(アイツ)を止めることの方がムチャぶりだと思うけど?」


ジト目で訴えてくる納富を無視して俺は目を強く閉じて念じてみた。

昨日に戻れ、あわよくばもっと前に遡れ!


「無理です!」


諦めた俺はカツ丼をかっ食らう。


「本当なら何日か死んで戻ってほしいんだけど、記憶って共有されないんだよね?」

「サラッと恐ろしいこと言ってません?」


心臓が動かなくなる瞬間まで痛みって続くんだよ? その後は真っ暗になっていつの間にか一日前に逆戻り。


「記憶は俺だけだな。憶えてるのは」

「うーん、だとしたら戻った私にまた同じ説明からってことでしょ? 手間だよねぇ。それと多分この世界の私には関係が無くなるし……、これまでも幾つかあるわけだもんね。誰かが生きてる世界と死んだ世界」


まさにパラレルワールド。

本当にそんな説があるのかは誰にも確かめられない。それこそ漫画チックな話だ。

それに似た能力を持つ俺が、主人公って感じか? ピンと来ないな。


「そんな曖昧な世界のことなんて考えてる暇ないんだよな」


現実目の前のことで手一杯だし、世界とか漠然としたスケールの話を持ち出されても困る。


「欲がないなぁ。それこそ神様にだってなれるかもしれないのに」

「うっせ、ほっとけ」


平和な現代社会でそんな野望抱いてたまるか。


「それはそうと、最終的にはサツに頼るとして問題は食い止め方かな」

「なんでそんな野蛮な呼称?」


やだこの子のキャラわかんない怖い。

俺は思わずサクサクの(ころも)を喉に詰まらせそうになった。むせ返りながら付け合せの味噌汁を飲むと納富は「ちっ」と舌打ちをした。


「お前……なんか俺を殺そうとしてない?」


協力者が一からゼロに切り替わる瞬間を目撃した気がする。


「まーまー。多分1日や2日くらい時間を掛けても矢武の気が変わることは無いとして、食い止めるならそれこそ刑務所送りに出来るくらいの証拠か、現行犯しか無いかな」

「未成年ってそもそも刑務所に入るのか? 少年院とかはよく聞くけど措置は軽いんじゃないか?」


更生プログラムとか、少年法が適用されるから一時凌ぎなんてことも有り得る。


「たとえ未成年であっても死罪が確定されることもあるにはあるよ。集団リンチや一家惨殺とか、あまりに非道で反省の色がないと刑は重くなるし。今だと無期懲役なのかな。でも、めぎゅるんが言うように未遂に終わった場合だと刑罰は大きく変わるね」

「やっぱりそうだよなぁ」


手作り弁当を綺麗に食べ終えた納富は手提げ袋に弁当箱を入れ、お茶を飲み干す。


「ぷぁーっ」


うん、実にオヤジくさい。見た目との激しいギャップに俺は思わずカツ丼をリバースしそうだ。


「公園に隠してある凶器を警察に回収させたところで指紋とかすぐに出ないしなぁ。犯行現場を抑えようにも、返り討ちにあったし」

「警察に同行して貰うのが一番じゃないかな?」

「素直に応じてくれるといいけどな」


人が寝静まる夜中の犯行で、果たしてそこまで誘導出来るだろうか。


「ね、めぎゅるんのお母さんの名前は?」

「は?」


突然何を言い出すんだ?


「いいからいいから、あと住所と家の電話番号をSignalで送って」

「えー」


個人情報とかあまり納富に教えたくないんだけど、仕方なく本当に仕方なーく送る。

もし悪用でもされたらそれこそ自害してでも教える前までの時間に遡ってやる!

納富のスマホがピロリンと震え、文章の中身を確認すると不意に俺のスマホを奪い取りキーパッドを操作する。


「あ、おい何を!」

「静かに」


左手で制された俺は椅子から飛び上がりそうな気持ちをどうにか抑え、まるで「待て」をくらった犬のようにその場でジッとしていた。


「あの、お願いしたいことがあるんですが、はい、はい、最近夜遅くに近所で知らない男が家の方を覗いてまして――――」


俺の脳内における思考回路がピタリと止まった。

は?

まさかこいつ。

俺が書いた文面を読み上げたり俺の家の近くにある施設の説明、というかほぼ俺の家あたりを口頭で伝えている。

そして数分ほどのやり取りで通話が終了。

納富はウィンクしつつ親指をぐっグッと立てスマホを返す。

俺はすかさず履歴を開くと案の定。


「おまっ、人の携帯で警察に電話しやがったな」


なんて女だ。少しの躊躇くらいしろよ。


「てへぺろろろろ〜ん」


わざとらしく舌を出して澄まし顔を決め込む。ビンタの一発くらい神様も許してくれるよねっ!


「少し情報を与えれば幾ら事件沙汰にならないと動かない警察でも今晩の巡回くらいはするでしょ」

「ソーダトイーネー」


その分、俺らも動きづらくなることに気付いているのだろうか?

例え補導されたとしても交番で名前住所、親御さんに連絡して違反切符とかで終わりそうなんだけど。


「だから私たちは敷地内で待機するんだよ」

「たち?」






その夜。


「…………」


食卓で黙々と俺は晩御飯を食べる。別に我が家の食事中における私語が禁止されている訳でもない。


「あっははは、そうなのね!」


現に斜め向かいにいる母は声を出して楽しそうに笑っている。


「へぇー」


俺の向かいに座り、愛想笑いしながら俺の膝を蹴ってくるのは我が妹の沙希です。目が怖いですねぇ。

そして厄介なのがお隣。


「それで、今のドラマに出てるあの人が昔はですね――」


ドラマという主婦層が見事に食いつく話術で母を虜にした納富いとが俺の隣で共に食卓を囲むという、俺史上極めて異例の事態に困惑している。

その様子を隣で観察していた俺は、コイツこそがやっぱり教祖様なんじゃね? と8割がた本気で思った。




犯行時刻まで、残り5時間ほど。











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