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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.2 リデイト
17/68

17 色欲のメイハ



最近ボーッとすることが多くなった、らしい。


「好きな人でもできた?」


渡り廊下を歩いていると、なんとも懐かしいヤツと出くわした。


「いと」

「や、明羽。久しぶり」


3年ぶりだけど、会ったばかりで納富いとだと分かった。


「変わらないねアンタ」

「そういう明羽はまた随分と」


仲が悪いわけじゃなかったけど、アタシは正直会いたくなかった。

澄ました顔、自分にはさほど悩みが無いと言わんばかりの自信にいつも溢れている。

アタシとは違う人種。なのに、分け隔てなく誰とでも話せる。アタシにでさえも。


「そんなに嫌そうな顔しなくても、必要以上に関わる気はないよ。明羽から来てくれるなら歓迎だけど」


いとは無邪気な笑顔でアタシに近付く。やたらと距離が近い。


「ていうか好きな人とか、急に何?」

「たまに隣のクラスを覗くけど、一目瞭然だね。明羽の一つ前の席の男子でしょ?」


ギクリ。


「……どうかしらね」


はぐらかそうとしても、多分バレている。単なるハッタリやカマかけだけで、こんな質問は普通ならしない。


「ふーん。そういう反応か、まいーけど」


いともこれ以上追求してくることはせず、立ち去っていく。


「あのさ!」

「ん」


いとの事は苦手だけどアタシは彼女を信用している。


「アタシがあいつを好きって、へんかな」


そんな自信の無いアタシの質問にいとは嫌な顔ひとつせず微笑む。


「そう思う明羽が変だね」

「ぷっ、なにそれ」


あまりに拍子抜けなことを言われて、思わず笑った。

そっか、アタシが変なのかぁ。


「明羽がそこまで恋焦がれる男子のほうにも興味があるけど、私は恋愛に疎いからなぁ。そっちに関してのアドバイスはできないけど、味方にならなれる」


いとは軽く胸を叩いて勇ましさを見せた。


「確かに心強いかも」


アタシは笑顔でいとと別れた。

一般論とは程遠い感性の持ち主だけど、妙に説得力もあるいとの言葉は、アタシを勇気づけるには勿体無いくらいだった。








その日の放課後。


「明羽ぁ〜聞いてる?」

「ごめ、ぜんぜん聞いてなかった」


ボーッとする理由が分からないほど、アタシは自分の気持ちに疎いわけじゃない。むしろ疎いのはアイツ。


「ねー、ほらまたボーッとしてる。風邪治ってないんじゃない?」

「ばっか、いつの話だよ。明羽はとっくに治ってるって、な?」

「え、あ、うん」


そう言えばアイツって親しい人を名前で読んだりするのかなぁ。原町のことはマコっちゃんて呼んでるけど、戸田はそのまんまだし。

原町とは幼馴染みなのかな。アタシの名前ってあだ名とか付けづらいし、よくてメイちゃんとかだもんなー。でもちゃん付けって線引きされててちょっと遠いからやっぱ名前の方を呼び捨てかな。


「ねぇーやっぱり明羽おかしいって」

「…………あぁ、そうだよな」

「心ここにあらずって感じでさ、まさか好きな男子とか出来たのかもっ!」

「まっさかぁ!」


スマホが震えて画面を見ると立川からメッセが入った。


『いつか、放課後とか空いてない?』


その文章を見て間髪入れず返信。するとすぐに返ってきたので数分やりとりする。

周りの友達は時折怪訝そうにアタシの方を見るけどそんなのはお構いなし。いつもはすぐに送る文面も少し言葉を選びながら確認してから送る。

そして、やり取りを終えたアタシは左手で小さく握りこぶしを作ってガッツポーズ。


「ごめん、アタシ今日用事できた!」


放課後はどこかしらで集まったり遊んだりする。今日も話半分にしか聞いていなかったけど確かどこかに行く予定だった。


「ほら、あのテンション」

「ウケる」

「……」

「んだよ。つまんねーの」


教室を出て玄関へ向かい、急いで靴に履き替える。

ニヤニヤが止まらない。

それに気付いていながら、恥ずかしがったり自分の気持ちに嘘なんて吐いたりしない。

学校から少し歩いた先のアーケード。最近は学生が来ることも多い。ゲーセンやカラオケ、ボーリング場に書店レンタルショップと充実している。違う高校の生徒も贔屓にしているからゴタゴタになることも多い。


「急でごめんな」


アーケード入口付近で待っていた立川に合流。アタシを見て申し訳なさそうにしている。


「別に。暇だったから」

「今日じゃなくても、別の日でも俺はぜんぜん大丈夫だったんだけど」


アタシが走って来たこと、今日もいつメンと予定があったことを知っていてのフォローだった。


「そんなこといいからサッサと行くよ」


早足で目的の場所へと向かう。その後ろを大人しくついてくる立川。

確かに唐突な話で今日は予定があった。いつでもいいとは言われていたから先送りにしても問題はなかった。

じゃあもし、いつも食べているファミレスのパフェと話題の行列ができるケーキ屋さんが今日たまたま空いている場合、どちらを選ぶか。

アタシは断然ケーキ屋に行く。


「ほら、ここでしょ」

「おー」


そこは立川が行きたいと言っていた施設。アタシがみんなとの予定を切り上げて付き添いで来た場所。

カラオケ。

アタシにとっては馴染みが深すぎて拍子抜けもいいところなんだけど。


「いや、楽しみだ」


いつもより少し高いトーンで立川は興奮していた。カラオケBOXに来るのは3年ぶりなのだと言う。しかも家族と来たのが最後らしくロクに歌手も知らなかったため、不完全燃焼だったらしい。


「もうなんか、色々と見てて面白いわ」


アタシでさえ軽く呆れた。

でもなんか新鮮。


「ヒトカラ専用の店とかあるし、そっち教えてあげても良かったんだけどね」

「え、まじで? 世間もボッチに優しくなったなぁ」


けどアタシは立川と遊びたい。どんな音楽が好きなのか知りたいし、歌声も聴きたい。


「おふたり様ですね、ご希望の機種などはございますか?」

「あ、そうですね。店員さんのオススメは?」


いきなり二人で個室はハードルが高い気がするけどイスとテーブルで向かい合って座るだろうから自然だろう。


「こちらの機種ですかね。お部屋の方はスタンダードからステージ風、リラックスとお選び頂けますが」

「落ち着く部屋でお願いしまーす」


アタシが受付へ近付くと既に立川が話し込んでいて今しがた終わったみたいだ。


「あれ、もう部屋とったの?」

「ああ、1人でできた」


謎のピースサインを前後させ係りの人がドリンクバーの注文の仕方などを説明していた。アタシはシステムを理解しているので立川にバトンパスしたまま待っていた。

部屋番号と利用時間の書かれたカードを持った立川について行き部屋へと入ったアタシは、


「へ?」


間の抜けた声を漏らした。

部屋は靴を脱いであがるタイプ。小さなソファが1つとピンクと水色のマシュマロクッション。小さなテーブルと大きな壁掛けの液晶。そしていい香り。


「ここ選んだの?」


アタシはまさか狙って仕組んだのではと立川を疑った。


「昔来た感じと違うな! すっげぇ」


すっかりテンアゲMAXの立川にもはや怒りを覚えることすらなかった。

これは、アタシの心が持つかが問題かな。

店員も気を利かせたつもりでこの部屋を案内したのだろう。男女の高校生二人きりで放課後カラオケとか、いったい何拍子揃いだろう。


「アレどうやるんだ、点数つけてくれるやつ」


ソファに座りデンモクを操作しながら立川はアタシを手招きする。

なんというか、少しは距離感を考えたりしないのだろうか。無神経というか無頓着。

まぁ、だからアタシはこの男に警戒心は見せないんだけどね。

男子とこういうシチュエーションには何度かなったことがある。だいたいは相手側の強引さでやむを得ずだったけど。


「これはコンテンツから採点ってとこタップして――」


小さなソファだけど立川も体格が大きいわけじゃないので最大限のスペースは空けてアタシも隣に座る。

普通なら、このタイミングで男子がどう反応するかである程度分かってしまうけど。

立川はカラオケの機能に素直に感心して曲名をたくさん調べている。

その姿を隣で見て身の危険が一切ないと安心したのと同時に虚しくもなった。

異性として、見られていないんじゃないかと。


「あんたどうせ緊張してあまり歌えないタイプでしょ? 手本見したげる」


後ろ向きな思考回路を閉ざすように、アタシは誰でも知る定番曲を入れた。


「〜〜♪」


点数は86点。


「あーあ、テストの成績もこれくらいあればな」


叶いもしないことを口にしてマイクを机の上に置いた。


「よし、次は俺だ」


イントロが流れると同時に立川は立ち上がる。


「織田は綺麗な声してるよな」

「なに言っ――――」


反論すると同時に立川が歌い始めたので、大人しく黙って歌声を聴く。


「ずるいんだよ(ボソッ)」


どうせ歌うことに夢中なので小声で悪態でも吐いてやる。アタシだって立川の歌声、褒めてやりたいけど……。


「な、72点だと」


うん、声は悪くない。


「高い声出すの向いてないんじゃない? 裏返ってたし」


男性の歌ってわりと難しいの多いし、立川が選曲したのもサビがキツいやつだし。


「なんか悔しいな」

「いぇーい、アタシの方が優秀」

「こうなったら織田の点数越えることを目標にするしかないな」


ちょっとした優越感に浸りながらアタシは次の曲も歌う。歌ったことのない曲でも85を下回ることは滅多にないので安定感には自信がある。


「ならこれはどうだ」


立川が次に入れた曲はアタシのお気に入りバンド、ゴライアスのアルバム曲だった。


「なんでこんなマイナーな曲……」


ゴライアスというバンドはデビューから爆発的な人気を誇っている。最近はやっと落ち着いてきたかなぁ、という感じ。

代表曲はキングオブクレーマー。シングル曲は少ないけれどアルバムには力を入れまくるちょっと変わったバンド。アタシは好きだけど。

そして曲が終わる。


「なんだ、織田知ってたのか」

「うん、まあね。立川もゴライアス知ってるんだ。てっきり有名どころしか知らないんだと思ってた」

「俺にもハマるものくらいあるぞ。ゴライアスならライブも行ったことあるし」


へぇ、意外。


「立川もライブとか行くんだ」


てっきり部屋に閉じ篭ってるイメージがあったから、なんて言うとさすがに怒りそうなので黙っておこう。

そんなことよりもアタシの好きなものと偶然一致したことに歓喜だ。

もちろん(おもて)には出さず、あくまでアタシもゴライアス好きなら知っているであろう曲をチョイス。


「はは、地味なやつまで知ってんだな」


この立川の反応を見てアタシは心の中でガッツポーズ。


「なんなら一緒に歌ってみる?」

「お、いいのか?」


余ったマイクを持ち二人して立ち上がる。

それから時間を忘れて盛り上がった。なんか予想外だったけれど、久しぶりに気を遣うこともなくはしゃいでしまっていた。


「あんたこのグループも好きそうじゃない?」

「あーどことなくゴライアスっぽいな!」


カラオケで久しぶりにストレスが発散できたアタシはもう何歩か踏み込めるのではと期待した。


「ね、他に何か趣味ないの?」

「マンガは何冊か持ってるな、あとは妹のゲームに付き合ったりとか」

「へー、妹いるんだ」

「だいぶ変わってるけどな」


家族の話をするとき、立川は楽しそうだった。この前はその「家族」で苦しんでいたのに、すごく大事なんだなって気付かされた。

アタシも最近は家族のありがたさを感じることが出来ている。

いつの間にか退室時間が迫り、フロントからの電話を合図に店を出ることにした。

そして、立川は急な誘いで来てくれたお礼も兼ねて全額を奢った。

アーケードを出た帰り道。


「聞いてもいい?」

「なんでも」


アタシがこれから尋ねようとしている内容は、アタシに傷をつけるかもしれない。


「なんで原町とか戸田じゃなくてアタシを誘ったの?」


カラオケくらいなら、男友達で来たって良かったはず。そこで誰でもよかった、なんて言われる可能性が大いにあった。けれどそれ以上に探究心が上回ってしまった。


「効率を考えたんだ」

「え」

「アイツらは部活やってるから休みの日とか合わないことが多い。けど俺って他に友達いないから」


やっぱりか。

アタシにもそういう存在がいる。

仲のいい男子で、よく奢って好感度を上げようとするけれど肝心な好きという気持ちは伝えない。賢い女はその気持ちに気付いた上でうまく男を扱う。中には操ることに失敗した友達で暴力を振るわれた子もいた。

アタシはそこまで器用なことはできない。危ない橋を渡る気もないから、男子に対して大きな貸しは作らないようにしている。

程度は違うけれど、要は都合のいい関係ってこと。

アタシも立川のことをそういう風に扱っているのかもしれない。


「あと織田が楽しめたらなと、それくらい」

「え、アタシ?」


アタシを楽しませるため? 今、立川はそう言った?


「居場所がないとか言ってたろ。最近はグループで上手くいってるか知らないけど、息抜きになればと思ってな。それがまさか今日すぐだったのは驚いたけど」

「あはは……」


まさか喜んで立川の好意に甘えていたとは。これはかなり恥ずい。

緊張していた糸が解れて胸を撫で下ろす。


「織田が迷惑じゃなかったらまた誘っていいか?」

「ダメ」


アタシは力強く答えた。そして、


「聞かないで」


アタシは涙を流していた。

さっきの緊張が解けた影響、のはず。


「……また誘うからな」


今度は聞かずに、宣言した。

涙を拭うアタシの後ろから聞き覚えのある声がして無意識のうちに振り返ろうとした。隣にいた立川がアタシの肩を寄せた。


「あいつらだ、道を逸れるぞ」


そっか、今日この辺で遊ぶ予定だったんだ。

今ならまだ後ろ姿しか向こうも捉えていない。制服で同じ高校というのは分かってしまうけど誰かまでは特定できない。


「俺といるところ見られたくないんだろ」

「なんで」


肩を寄せて歩きながら立川は時々後ろに気を配る。


「なんでって……普段の態度からして分かるよ。それに今泣いてるしな」


立川は不敵に微笑む。

アタシを馬鹿にしているのか、励まそうとしているのか知らない。

ただ安心感があるだけ。


「……こっち」


アタシは立川の手を引き雑居ビルの横の狭い道に入る。奥の方は換気扇があって邪魔なのでその手前。壁を背にして立川の手を壁につかせる。それでアタシの顔は通行人には見えない。

傍から見ると壁ドンだ。


「今どきこんなシチュもないけどね」


アタシは呆れて笑ってしまう。

そして我に返り、この状況を、鼻と鼻がくっつきそうな距離にいる立川と瞳が重なる。

普通ならドキドキして全身が熱くなるような展開だっただろうけど違った。気付いてしまった。

アタシはその瞳の奥に、光というものが視えなかった。


「織田の眼は、綺麗だな」


か細い声。アタシでさえドキドキしているのに、立川は耐えられるんだ。

いや、そうじゃない。

この状況に耐えているとかそんな次元の話じゃない。どうして今まで頼もしかった彼が、今のアタシにはとても弱々しく今にも消えそうな存在に見えてしまうのか。

分からない、何もわからない。

立川巡瑠という男子のことを知りたくなったアタシは、彼の首に手を回してゆっくりと引き寄せた。


「んっ」


僅かに漏れる吐息がとても恥ずかしく、すぐに腕の力を抜いた。


「何してんだ」


先ほど重ねた口から怒気が込められた声が聞こえた。


「立川が好き」

「見ればわかる。けど俺は――――」

「分かってる」


言いたいことは分かっている。

立川は、他人を愛することを知らない。


「別にカノジョになったからって何も奢らなくていい、アタシが気に入らなかったら捨てても構わない。問題も起こさないし誰にも迷惑はかけさせない。だから、だからせめて形から入っちゃダメ……かな」

「なんでそこまでして。俺は織田に好かれるような魅力はないし、その為に青春を捨てるようなこと…………」


少しずつ距離を置こうとする立川の顔を両手で抑えて、真っ直ぐ互いに見つめ合う。


「馬鹿にすんな! アタシはあんたの事なんてまだ全然知らないし、あんただってアタシの底を知らないだろ」


見開かれた立川の眼に映るアタシは、この上なくみっともない姿だった。すっぴんで髪の毛ボサボサ、部屋着で会ったあの時よりも。


「それに青春は捨ててない。アタシはもうとっくにあんたに捧げてんだ」

「今日は」


立川はアタシに向かって笑顔を見せた。


「全敗だな」














高校2年生の夏。

別れた今でも、あの眼の奥をアタシはまだ知らない。

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