15 虚飾のメイハ
その頃に共通点なんてものは無かった。
ただ高校入学時にある程度周りにいた男子を品定めしていて無いなと早々に斬り捨て、他校の男子か年上に憧れていたこともあり先輩狙いで彼氏を作ろうとしていた。
元カレが同い年で年上の男性にリードされたい憧れはあった。うちの学年の男子は見るからにバカっぽくて異性としての魅力はとてもじゃないけど感じなかった。
ただ一人を除いて。
いつも授業中は真面目に取り組む生徒とそうでない生徒でくっきり分断されている。
アタシは勉強なんか生活する上で不必要だと決めつけていたせいか抵抗感しかなく、そうなれば当然不真面目な派閥に数えられる。
仲のいい女子も自分と似てテンション高めの流行りもの好きな軽い友だち。そこに何人かチャラそうな男友だちも合流してのグループが確立されていった。
このメンツと卒業まで何事もなく過ごすんだろうな〜としか思っていなかった。アタシらのグループにいる男子も恋愛対象には一応入ってはいたんだけど、どいつもこいつも積極的ではあるもののハッキリと付き合ってとは口にせず雰囲気でキスしようとしたり、身体を求めようとしたり、そういう奴は最低なので勿論アタシは許さない。
それでいい感じの仲に発展していく人たちを見て、アタシは少し嫌な予感がしていた。
一人だけ取り残されていくこと? いや違う。仲のいいグループでカップル成立っていうのは珍しいことじゃない。問題だったのはそのせいでグループ間に亀裂が入るということにあった。
もともと中学時代でもこういう事は少なからずあった。友だちのカレシが同じグループの子と浮気したとか何とか。どうしてアタシがそんな問題に巻き込まれなきゃいけないのか、でも友だちだからスルーというわけにはいかない。
あの時と同じことが起こるのだろうか、とヒヤヒヤしていた。
でもアタシ自身が起こさなければいいだけの事。不祥事を起こさない自信はあるし、それも踏まえて彼氏にするなら近場じゃない方がいいし意外性における優越感に浸ることが出来る。
「つまんない」
根暗そうな男もヤリモクも無理。
かと言って自分からアピるのも正直めんどい。
「運動神経悪くないのにホント勿体無いよなー」
男子の会話がふと聴こえてくる。私の前の生徒の席にサッカー部の男子二人が集まっている。サッカー部のうち一人はまぁまぁイケてる、だけど彼女持ちなのは知っているけれど座っている男子は?
「仕方ねーって。家のこととかあるんだしさ」
あー、確か立川とかいう生徒だ。
顔だけで言えばクラス一、二を争ってもいい。だけど根暗そう。
ぼっちだと決めつけてたけど友だち居たんだ。
それに、楽しそうに笑っている。普段はなんというか、人を受け入れなさそうな雰囲気なのに。
放課後すぐに帰ってるからネトオタとかそっち系なんだと思ってたけど。
「ねー明羽も帰り寄ってくっしょ?」
「もちに決まってんじゃん」
それでもアタシには関係ないか。
放課後にはグループで寄り道して帰るのが定番。
なんでもない日々が、アタシにとっての肥やしなんだ。
最近はコンビニのイートインスペースも増えて過ごしやすくなってきている。反対にカフェのようなオープンスペースが減りつつあるのも少し悲しい。都会になると洒落た飲食店が多いのは嬉しいけど、その分狭く人口密度も高いのでリラックスどころか逆に息苦しい。学生のアタシらにとってどんな場所でも自由なら構いやしない。
その中でもファミレスはとくに過ごしやすい。ドリンクバー飲み放というのが時間を潰すにはいい材料になっている。
「久々にカラオケ行きたーい」「アタシ夏服足んないから買い行きたい」
このあとの予定を立てるか、学校内のムカつくやつの悪口を言ったりだとかそんな他愛ない話。男女混合グループでも恋バナやったりとかするけどこういうのは自慢話したいってのがほとんどだから真に受けない。
「お待たせしました、ご注文お伺いします」
「えーと、チョコナッツパフェと抹茶杏仁、フライドポテト大盛りにドリンクバーセットみんな分」
店員はタッチパネルから顔を上げ目だけで一周。
「6人分ですね、かしこまりました」
淡々と注文を繰り返したあと厨房へと引っ込んでいく。さすがにこの手の雑な客層も手慣れている感じ。
「ごめ、アタシトイレ」
「ほいよ」
奥側の席に座っていたので手前の男子は一度通路側に出てもらうことになる。
「そのまま奥詰めてていいから!」
荷物は持ったままなので特に問題は無い。
どちらにせよドリンク注ぎに行く頻度が多いアタシは元々奥側はあまり好きじゃない。
圧迫される感じが苦手なのだ。
「グリルステーキ上がりました」
トイレの隣は厨房につながる店員用通路。よほど清潔なのか、このお店は比較的従業員スペースもわりとオープンテイストである。
「どっかで見た顔」
厨房から僅かに出た横顔に見覚えがあった。マスクをしているのでハッキリとは分からない。
「誰だっけ」
そう呟きつつも内心はどうでもいいのでそのまま化粧室へ。
結局その日は暗くなるまでファミレスでダラダラとしていたのでカラオケもショッピングも次回へと持ち越しになった。
「は、何このニュース……気持ち悪い」
その日家に帰ってテレビを点けると悲惨なニュースが見出しにあった。
舌を切られた男性の遺体、旅館内のとある一室で見つかる。
「尚、一緒に泊まっていた女性は亡くなった男性と親密な関係だったこともあり、現在は事情聴取を――」
テレビを消した。
「晩ご飯前になんて事件起きちゃってんだか」
思わず自分の舌先を指でチョンチョン触って無事か確認してしまう。食事の時舌噛まないように気をつけよう。
ネットでも、そして翌日の学校でも当然この話題はクラスで持ち切りになっていた。
何せ、二つ隣の県の高校で起きた事件らしいからだ。でもおかしい、事件は旅館で起きていたはず。
「なに明羽、ニュース見てないの? 死んだのは高校教師らしいよ」
同じクラスの女子に聞いたところ、二つ隣の県にある高校教師が既婚していながら女性と二人で旅館にお泊まり、今流行りの不倫というわけだ。一番に疑われたのは一緒にいた女性。証言によると女性が温泉から上がって部屋に戻った時には既に舌を切られて死んでいたのだという。争った痕跡は無く、顔見知りの犯行と断定せざるを得ないらしい。そうなるとまず最初に疑われたのは同室の彼女。
驚いたのは第二の容疑者が浮上したこと。部屋には見覚えがないという2つの箱が机の上に置かれており小さめの箱と少し大きめの箱。
小さな箱には女性にプレゼントする筈だったと思われるネックレス。
残りの大きな箱には死亡した男性教師が他の女性とも関係を持っていたと思われる証拠写真が数枚ほど。その中には旅館で共に過ごしていた女性との写真も混じっていることから警察は第二に男性の妻へと疑いを掛けた。
その妻は犯行日には家にずっと居たというがアリバイを裏付ける事が出来ず、捜査は難航しているらしい。
「軽い気持ちで女を騙すからこんな目に遭うんでしょ、自業自得じゃない?」
犯人が誰であれ、被害者は騙された女性たちだとアタシは思う。
「手口や証拠の残し方からネットで名前付けられたらしいんだけど、あたし妙に納得しちゃった」
得意気に今まで語っていたこともあり、その付けられた名前をどうあってもオチとして言いたいらしい。ソワソワしている態度でそれは分かった。だから仕方なく付き合ってあげることにした。
「なにそれ」
「舌切り雀事件!」
また随分と懐かしい童話のタイトルを語ってくれたもので、それが逆に事件への恐ろしさを引き立たせる。
えっと、確かごはん粒を食べた雀の舌をお婆さんが切っちゃう話だったっけ。
逃げた雀を心配したお爺さんは雀の宿でお土産のつづらを貰う。大きいつづらか小さいつづら。
小さいつづらを持って帰ったお爺さん、中身は金品。
宿に押しかけたお婆さんは大きいつづらを選んで持って帰ると虫とかが入っていた。
こんな話だったかな。
「それって犯人がむしろそっちに寄せてるじゃん」
まるで愉快犯。
「そう! だからこの不倫問題を知った第三者の犯行もありえるんじゃないかって」
「あー、もうこの話おわり! アタシグロいの苦手だから」
冗談じゃない。こんな吐き気がするような話題で盛り上がれる神経が分からない。
けど、そこで反発すれば些細な亀裂が生まれかねない。グループという輪からはみ出ないためには、少々嫌な会話でも合わせるしかない。
はぁ、アタシ疲れてるのかな。
「やっぱ話題になってんな、例の舌切り雀事件」
「女の嫉妬って恐いのな!」
私の前の席、立川のところでもこの手の話題で持ち切りみたいだ。
「どうでもいいだろ。そういうの」
「立川は興味ないのか」
「死んだ教師がまいた種なら殺されても仕方ないだろ。その方法が舌切り雀に因んでたとしても関係ない」
男子っていいな。
あんな風に自分の気持ちを素直に表現できて。アタシも好きで今までこうやってきたのに、いつから自分の殻に閉じ篭ったんだろ。
「学校生活って、こんなもんなの?」
「え、明羽なんか言った?」
「なんでもー」




