14 束の間
それから幾日か、矢武が俺の命を奪ってくるような素振りは見せてこなかった。
もしかしたら矢武に振るわれた暴力の恐怖で有りもしない現実にも似た夢でも見ていたのだと割り切ることにした。
妄想に囚われ、現実から遠ざかろうとしていたなんて我ながら情けなさ過ぎてやはり誰にも言えない。それどころか一刻も早く忘れたい黒歴史のひとつに換算されていた。
「最近は死んだりしてないの?」
俺の妄言に近しい話を唯一信じたであろう納富も最早ほくそ笑みながら聞いてくるので恐らくは信じていない。
いや、彼女にとって俺の話など信じる信じないという次元ではないのだ。ただ面白いかそうでないかというそれだけ。
だから俺はこう答える。
「あの時はきっとどうかしてたんだ。痛い話聞かせてごめんな」
そう言うと納富は豆鉄砲を喰らったかのような表情を見せたあと「そっか」と笑いながら返したことで、この手の会話に終止符を打つこととなった。表情の意味を問うことなく、ただ納富に一杯食わせてやったと少しばかりの愉悦に浸った。
そうやって自分の心を誤魔化す日々が始まってしまうのだと、また周りからタブー視される学生生活に重きを置くだけなのだと思うとなんだか急にこの世界が窮屈に感じた。
こうして日々を綴っているこの行為も、また黒歴史のひとつとして何年後かに焼却処分をするに違いない。
中学生の頃から使っている勉強机に(ほぼ使ったことがない)向かって書き連ねる日記帳……というには不出来か、一言日記程度のクオリティだがこのノートも今すぐ破棄することも考えたけれど実行までには至らなかった。
「情けないな」
恥ずかしい妄想、夢物語と断定したのに俺はまだ諦めきれていない。
嫌で痛くて苦しくて辛い思いをしたのにも拘らず、まだ縋りたい自分がいるということはそれ程まで現実に疲れていると気付かされた。
「父さんは今、どんな気持ちだ?」
壁に掛かったコルクボードにはもう二度と戻れない幸せとも呼べた日々の一部一部が貼り付けてある。
もしあの日に戻れたら。
父親の死を回避できたら?
家族の哀しむ姿を見ずに済んだのか。
俺の心境は変わらずにいたのだろうか。
「ガーァッデム!!」
夜も遅いのに隣の部屋から妹である沙希の悲しい断末魔が聞こえてきた。
「寝ませいっ!」
解決しないことで悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきたので壁を蹴ってからベッド・インで寝ませう。




