12 読み違い
もし未来を予知または予言が可能だとしたら?
物語にもよくある題材であり、もしもという話の大前提における部分である。
地球上のどのような生物であっても未来を考える又は想像するのは他ならぬ人間だけとされる。
身体能力の進化を捨て、思考のトップに躍り出たのが我々ヒト成るモノだ。算術や化学現象、コミュニケーションを図るための言語を生み出すのも全てが想像から成り立ち実現する為の努力を費やす。
ただ闇雲に未来を見据えているだけでは何通りも存在する過程をトライアンドエラーばかり繰り返すわけではなく、時には過去からヒントを得たりして未来は創造されていく。
時代によっては流れを読むことから軍師であったり、時として魔術と言われたり、空を眺め気流を探れば天候を操る神などと謳われることもある。
過去の出来事から統計し、未来を見るというのは昔も今も相違なく歴史の偉大さを物語る。
西暦2000年に現れた謎めく未来人ジョン・タイターはタイムトラベルをしてきたと語った。彼の予言は幾つも命中した事でその名を聞いたことのある人は多いのではないだろうか。
都市伝説で例えるなら秘密結社として名だたるイルミナティやフリーメイソン。「万物を見通す目」のマークが有名だろうか。
エジプトでは第三の目「未来をみつめる」意味を有しており、それらも神に最も近しい、いや神そのものだったかもしれない。
未来を知ることは不可能であることから、誰もが手にしたい能力のひとつとされてきた。
そんな逸話かもしれない情報が現在もマニア間で錯綜する中で俺にとってひとつの疑問がここで生じた。
「俺はなんだ?」
それは誰だって疑問に思ったことが幾度となくあるだろうが、俺の場合は根底から違う。
気が付くと自分の部屋にいた。そしてやはりそこでも既視感を拭えない。
背中がじっとり濡れている。悪夢からようやく解放されたと思うと幾許か落ち着きを取り戻すことが出来る。
「兄ちゃんAKの弾足んない?」
手が止まったせいで画面上の武装したキャラがが止まる。
「あ、いや」
とにかく目の前に映る情報を必死にかき集め、頭の中を整理しつつもキャラクターを操作する。
二分割された画面の片方は妹の沙希が操作するキャラが動いている。
戦争を模したゲーム、三人称視点でキャラを操作して敵を見つけると手持ちの武器で殺す。ヒットアンドアウェイの世界。
殺されたキャラは自陣のセーフゾーンからリスポーンされる。
普通は殺されたらそこで終わりなはずの人生なんかより、よほどヌルゲーだろう。
終わるはずの人生。
「あ、なにやってんのーわざと殺られただろ!?」
俺のキャラが銃殺されて倒れる。
「Player kill」という表示は、ゲーム内のキャラに向けてではなくまるで俺に向かって示しているのではないかと感じた。
「そろそろ終わらないと母さん帰ってきた時に困るのは誰かな?」
意地悪にそう言うと何を想像したのか、慌てた妹が俺の部屋からサッサと退散する。
もちろん全裸だ。
春先から夏は基本的に全裸で過ごす、裸族な妹だ。もし俺が妹に欲情するような救いようのない変態だったらなんて、想像すらしたくない。
「16時24分か」
生々しい。
確証も無ければ誰に相談するでもない案件とでも言うべきか。
二度目で理解できないほど、俺は現実主義者ではない。
取り払っていなければ、あらゆる出来事は起こりうると考えた方がいい。
敗因は世界を甘く見ていたこと。受け入れなかったことだ。
「未来人とはちょっと違うか」
ジョン・タイターに2062氏とは違う観点。
タイムトラベルというには飛躍した時間が短いし、タイムワープとも言い難い。この時点でしっくり来るのはタイムリープだろうか。
「誰かに話せば妄言ととられるかな」
そう簡単に信用されないし、相手の捉え方によっては反感を買いかねない。
信じたくはないけど、夢じゃないなら先に進むことが出来ない状況に説明がつかない。
「確かめる方法なら」
いや、よそう。
次も同じような現象が都合よく起きてくれるとは限らない。非常にリスキーな賭けに打って出るほど、事態はまだ深刻化されてはいないはず。
ひとつだけ確定しているとするならば、明日が命日。
そうじゃなきゃ、あの痛みが嘘だなんて信じられない。
「ただいまー」
1階から買い物帰りの母の声が聞こえる。
正確な時間を覚えていないがだいたいの見当をつけていたその通りの時間に帰宅してきた母。
安静にするよう言われていたが俺は階段を下りてキッチンの方へ向かう。
「おかえり」
「あ、起きてたの? また沙希と遊んでたんじゃないでしょうね?」
「明日からまた学校だしいつまでも寝てられないよ」
沙希と遊んでいたことに関してはスルーして俺は買い物袋の中身をチラと覗き込み、ひとつの確証を得る。
「今日は生姜焼きかな」
「ご名答。なんでわかったの?」
「なんとなく」
食料は3日分くらいを買溜めするので袋の中身を見たくらいじゃ今夜の晩飯は分かりようがない。
だが、それを経験していればどうだろう。
俺の中では既に三日連続で晩御飯は生姜焼きということになってしまう。
盛り付け、品数、味と確かに覚えている。
その記憶をスパッと切り取り、目の前に貼り付けたように全く同じ晩御飯が机上に配膳されていき、それだけで疑いようは無くなってしまった。
「どうしたの?」
食事の手が止まった俺に母が尋ねる。
「何でもない」
思えば身体は食事を取り込んでいないのに脳にはその記憶があるというのは変な話だと思ってしまう。
例えば高級料理を食べて同じような出来事が起きた時に、その食事の味はどこで判断するのだろうか。再度食べた時に覚えている、思い出したことになるのかそれとも初めての感覚に戻されるのか興味深いところでもある。
そんなことを考えつつも、どさくさに紛れて俺の皿から肉を1枚奪う沙希に気付いていたので脳天チョップをお見舞した。
「でっ!」
***
次の日、登校するとより明確になるのは自分以外の人間が起こすアクションは変わらないということ。
実験とまではいかないが自身と関わりある人たちは全員ほぼ同じの会話を切り出す。これが1人や2人程度ならば同じような話を繰り返す人なんてさほど珍しくない。そこは友達らしく指摘するか聞き流すくらいで丁度いいところだが、これを全員が同じ行動をとっているというのは狂気染みていて吐きそうだ。
こちらから起こすアクションによって会話が異なる事も既に実証済みなので一旦ノートの端にメモ書き程度だがまとめてみる。
もちろん今の時間は授業中であり、こちら側から1番アクションを起こしづらい時間帯なので一度聞いたことのある授業を再度受けなければならない状態なのだ。
ただ聞いたことがあるだけで、それを板書した記憶があろうとなかろうと行動はリセットされているのでやる事はあまり変わらない。ノートは執っているが話は聞いていないスタイル。
「ここまでで質問はあるか」
壁掛け時計をチラと見やった教師が一つの区切りを呈する。
挙手はなし。
誰にも確かめられずここまで仮説を立ててきたが、思えばこの授業も3回受けていることになる。もしそうなら、前回は授業中に寝ていたことが致命的だったのかもしれない。早く異変に気付いていれば、そうすれば誰かに二度刺されることも無かったかもしれないのに。
「じゃあ今日はここまで。次はこの続きからやるので復習しておくように」
訪れた休み時間に誰もがテンションを高くする。たかが10分、されど10分。
何気ないこの風景も繰り返されているという事実さえ無ければ“似たような風景”の一言で片付くのだろう。
「なぁイトチン」
「NANDA!」
この反応は初めてだ。
それは俺から行動を起こしているからなだけに過ぎないが、些細な変化があっても大事に至る結果は変わらないのかもしれない。
例えば晩御飯のメニューが誰かの干渉によって変われど、俺が死ぬ結末は変わらないとか。だがSFな話で語るなら俺には何か使命があり、だから日付けが巻き戻ると後付けできる。
「もし、今日が俺の命日だったらどうする?」
「何それ新手の告白?」
話す相手を間違えた。
「......忘れてくれ」
今の何をどう理解すれば告白などと捉えられるのか皆目見当もつかないが。
「え、なに違ったの? むっつりスケベなめぎゅるんなら有り得ない話じゃないと思うけど」
「イトチンの中の俺を改めさせなければならないらしい」
やだやだ見解の相違。
「んで、今日死ぬの?」
今までのような浅薄な物言いから一変、真っ直ぐこちらを見つめる納富に一瞬だけ言葉が詰まった。
「こんなことで自殺するようなタマじゃないと思ってたんだけど?」
「ほんと、俺をなんだと思ってるんだか」
こんな馬鹿げた話をしたところで、やっぱり納富いとという女子は馬鹿にするのだろう。だけどまったく信じないわけじゃないという確信だけは充分にあった。
彼女は非日常を求める人間だから。
事細かくとまではいかないが体験したことを話してみることにした。
「で、塚本と下校してる途中で通り魔に2回とも刺されるんだけど」
「結局そっちが本命なの?」
俺は見せ付けるように深く溜息を吐いた。
「あはは、でもそれが本当なら単純な話一緒に帰らなきゃいいんじゃない?」
誘いを断る。
もちろんそれは考えもした。だけど少し気掛かりな事もある。
納富にはまだ話していないがこれは単に通り魔や無差別とは違う気がしてならない。帰り道の途中で刺されることは共通しているが問題は時間帯と場所だ。これらが異なる状態で最終的に結末が同じだと言うなら、犯人は明らかに狙いを付けて行動している。
そして悲しいことに俺は、犯人に心当たりがあった。
顔は見ていなくても体格や雰囲気でバレてしまうものなのだ。
犯人の立場で考えてみても、帰り道のルートを変更する事にあまり意味があるとは思えない。
人を殺める行為を簡単に実行に移さない理性のように、一度行動すればちょっとやそっとの事で引けなくなるのもまた勇気。
「うーん、まぁ試してはみるさ。ダメだったらまた相談しにくる」
「今日の朝とか授業中でもいいよ。丁度いい暇潰しになりそ」
俺のこの話を、やっぱり彼女はゲームの盤面を見るような角度からしか語らないのだろう。ミステリー小説のトリックを考察しながら俺という物語を読み進める納富いと。
彼女の俺を見る眼差しには奥底に隠している秘密を暴かんとする強い意志が働いているように見えた。
やはり油断ならない女だ。
「今帰り? なら一緒に帰ろうよ」
帰りのホームルームで俺はこの誘いをどう断ろうか随分と頭を悩ませた。納富は「帰りに寄るところがある、とか用事って言えばいいんじゃない?」と他人事だと思って軽く言っていたけれど、いざそれを言うとなると少し緊張する。本当の事ならまだしも少なからず嘘をつくことになるからだ。
「ごめん。ちょっと寄るところがあるから今日は無理だ」
軽く目の前で手を合わせて謝る。
塚本は少し寂しそうな顔をしたがすぐにいつも通りの笑顔に戻る。
「そっか、じゃあ気を付けてね」
手を振り彼女は駐輪場へと向かう。その背中を少し見送りながら俺はこの誘いを断ることが果たして正解だったのかを確かめに動かなければならない。
矢武という男バス生徒が謹慎処分を喰らった事で、あいつは俺を逆恨みしていると考えられる。だが、それだけで人を殺めるような行動に移るのか、実行できるのか。矢武周辺の人物からなどの評判は納富の口ぶりからして良くはない。
今回俺を殺そうとしたところでやはり納得が出来てしまう。人はいつ何処でスイッチが入るのか分からない。矢武はスイッチの入りやすいというケースで間違いは無さそうだ。
ただ問題は標的というのが俺だけに絞られるのか、という話。
怪我の回復から登校できるようになって、俺自身がひとりぼっちになる時間は登下校中に限られてくる。何故そのタイミングではなく塚本といるところにわざわざ姿を見せる? リスクを冒す必要性がまるで感じられないし、それほど切羽詰まった状況でもないならば日を改めても良いはず。
だから一つの仮説を唱える。掲示板事件に関与してしまった塚本も少なからず狙っているのでは。そんな可能性もゼロではないと思っている、思ってしまっている。
だから迷った。
一緒に帰るか、帰らないべきか。
塚本には悪いが俺は尾行する形で帰路をたどることにした。
「ん〜んん〜」
鼻歌交じらせつつ周囲の警戒も行った。
一番の標的であることは揺るぎない。そして格好の的であることもまた厭わない。
不意を突かれなければ、こちらも丸腰で無ければ対処する余地は充分にある。
塚本は自転車通学なので当然姿は見えなくなる。こればかりはどうしようもないけれど。せめて注意喚起はしてもよかったのかな。
歩いていると例の橋に差し掛かった。これが言うところの生か死かの分岐点。
昨日寝る前にネットサーフィンで時間が戻る現象について幾つか調べていた。過去に行くのではなく遡る、タイムリープに近い現象なのか?
「ん」
橋を越えた。だが油断してはならない。自宅まではまだ少し距離がある。その間で仕掛けてくるのかもしれない。
そうしてしばらく歩いた。どこから攻めても大丈夫なように浅知恵ではあるがペンケースや水筒などを取り出しやすく仕舞ってある。自衛手段としては心許ないのは仕方がない。こちらも対抗心で凶器を仕込んでいた場合、不測の事態で非を浴びるのは自分なのだ。
「……着いた」
思慮に耽っている間に家に着いた。拍子抜けしたことで思いがけず声を漏らしてしまうが、一体全体どういうことだ?
「ゴール」
鍵を開けて家の中に入った俺は素早く鍵をかけドアを背に息を吐く。
スマホを開いて時間を確認。そこに示された時刻は16時52分。
「さすがにもう危険はないだろ」
家にまでは押し寄せてこないと、そう願いたい。
無事に家へとたどり着いたことに俺は安堵の息を漏らしつつ同時に不安も過ぎる。現行犯であれば大声を上げて助けを呼んだりスマホの動画撮影で証拠を残せたりもした。そうすれば脅威は取り除けたのだが、言い換えるなら犯行が先延ばしになっただけとも取れる。
明日か、明後日か、明明後日、一週間後、一ヶ月後、考えれば考える程、こめかみ辺りから全身に痛みが響き渡りそうになった。
現状に安心するのはまだいい。
だが、これから危険と隣り合わせの状態で学校生活を送るという恐怖に見舞われる、そんなはじまりの合図を鳴らしたも同然。
自室へ向かいながら俺は今日の出来事をメモ書きすることに決めた。
帰り道に一人という絶好の機会をみすみす逃した矢武。
実はタイミングが掴めなかっただけで見張ってはいたとか、俺は別に気配を察知できる超人とかじゃないから断定も出来ない。
結局、解決策も見出せないまま問題は次のアクシデントまで先送りになってしまうのだろう。たとえ生き長らえて日は進んでも、俺の気持ちが前に進むわけではないのだ。




