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Re Day toーリデイトー  作者: 荒渠千峰
Date.1 まだそれは日常でしかなかったということ
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1 恋の鍍金

※不定期更新となります。




とても居心地が悪い夢を見ていた気がする。

それが何なのか、すぐに思い出すことが出来ない。ついさっきまで見ていた気がするのに、夢とは実に不思議なものである。何にせよあまり気持ちのいい目覚めでは無いことは服にまとわりつく汗で証明されていた。

こんな日は不吉な事が起こるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。とんだ小心者であると無論自覚はしているつもりだ、実際ここぞという時にチカラを発揮できないタイプなのだから。

例えば中間テストでは問題なくいい点が取れるのに期末になると調子が悪かったり劇の本番ではうっかり台詞を飛ばしそうになったりと、そういうレベル。

そんな内気な性格をしていながら、学校生活は滞りなく過ごせているから割と説得力が無かったりもする。人間関係も程なく良好だし、成績だって総合ならクラス内で10本指にはちゃっかり入っていたり。

その状態をどうにか維持しようとする俺の中にある小さな見栄みたいなものがこうしてネガティブ精神を構築していくのだろう。何事もまだこなせている方なので感情を誤魔化せてはいる。というか、それしか尺度がない。

それもこれも春休みが昨日までで今日からまた学校生活がスタートするから鬱になるのも当然といえば当然と言えよう。重たい身体を起こしながらスマホを充電器から外す。


「ん?」


取り外しをしても画面は真っ黒のままだ。なんで反応をしなかったのだろうとボタンを押してから気づいた。


「やば」


コンセントのスイッチを押し忘れていたせいでスマホの充電がされていなかった。慌てて画面を立ちあげると表示残量は37%、昼休みにでも誰かからモバイルバッテリーを借りる為に頭を下げている自分の姿が目に浮かぶ。


「はぁ〜」


さっそく不吉なことが起こった。

ベッドから起き上がりカーテンを開けるとベランダに停まっていた小鳥が勢いよく飛び立った。驚きのあまり完全に意識が覚醒した。


「おっす」


部屋を出ると忙しく廊下を歩く一人の妹中学生とバッタリ出くわす。俺の存在に気付くとキリッとした顔で敬礼。


「おはよーござい」


妹は部活の朝練で早起きだ。吹奏楽のコンクールが近づいている為、今週は自主練も兼ねて早起きを心掛けている。普段は低血圧で俺より遅く起きる妹だが、よほどそのコンクールに力を入れているみたいだ。吹奏楽とかよく分からないけど、というかコンクールとかコンサートとかゴチャゴチャになってるからそのどっちなのかもよく分からない。


「あー、土曜日だったっけ?」

「そーそー。別に見に来なくていいから?」


別に見に行こうという意思はなく、確認のために尋ねただけだったのに拒絶されちょっと傷ついた。


「妹界隈で言うところのツンデレだな? 喜んで見に行ってしんぜよう」

「世に蔓延る全ての妹たちと抗議を起こしに来るからね」


あらあらま、思春期かな?


「じゃ、行ってくる」

抗議妹(デモうと)よ、精進してまいれ」


ヒラヒラと掌を返しながらドタドタ階段を降りる妹の背を見送ったあとのんびりと下る。


「おはようございます、奥様」


リビングにて先に朝食を食べ終えてモーニングコーヒーを飲む母さんに向かって声を掛ける。


「おはよ。朝からアホみたいなこと言ってないでさっさとご飯食べたら? 少しは沙希を見習いなさい」


母さんは少し困った顔で言う。


「俺はアホだから何言ってるのかわかりませんね」


と、いうのは嘘で返答するのが面倒だから適当にあしらっただけ。

そもそも妹の沙希の方が始業式始まるの早かったんだから生活リズムを取り戻していて至極当然じゃろうて。俺は今日からコツコツとリズム感覚を取り戻そうという心持ちなのにへし折られた気分だ。


「なぁ父さん、俺はこの家で生き残った最後の男なのに寄って(たか)ってイジめてくるんだ」


仏壇の前に座り手を合わせながら俺は父の写真にボヤく。特別厳しい寡黙な人というわけでもない父は幸せそうな顔をしていた。母だって凄くお上品とかキャラクター設定持っているわけでもない。俺から言わせればこれがごく普通の家庭ということなのだろう多分。そんな父と母がいたおかげで俺も妹の沙希も社交性そのものが低いわけではない。

けど、いくら仲睦まじかろうが家族内での喧嘩が全く無いということはありえないので結局人間という性には抗えない。


「顔洗ってきますわ」


昔、両親が互いのどこを好きになったのか聞いた時、示し合わせたわけでもないのにどちらも同じ答えだったことがとても面白く今でも記憶に残っている。とても仲がいいというか、同じ穴の(むじな)というか。

洗面所で顔を水に濡らし、父が生きていたあの頃の光景が今もあったなら、そんな幸せそうな家庭を他人が今も味わっているとしたなら嫉妬に狂って毎晩丑の刻参りやってただろうね。


『自然体でいられるから』


誰かと暮らすということに関してその答えが実は一番正解に近いのではないだろうか。もちろん正解不正解は人それぞれだけれど、俺は何の躊躇いもなくそんな答えが脳裏に浮かび口に出せた両親が素敵だと思ってしまった。

けど、俺にはそんな風に誰かを想えるその気持ちが分からなかった。

時折どこか憂いを帯びた表情を見せる母には、きっと俺のこんなちっぽけな悩みなど理解できないんだと思う。





***





「生物というヒエラルキーのトップは何だと思う? マコっちゃん」


通学路を歩いているとたまに登校時間が被る友達の(まこと)。出会って早々おかしな問いをぶつけてみた。


「なんだその覚えたての知識披露するような物言い。なんか引っ掛けでも考えてなければ人類でしょうよ?」

「当たりぃ、なんだつまらん」


ただ自分たちがトップだと勝手に言い張っているだけかもしれない。そんな自覚なんてある訳でもないのに。


「でもなマコっちゃん。俺は人類って嫌いなんだよ」

「なんだ? 股から棒に」

「それはただのオス」

「おっと失敬」


わざとらしく舌をペロリンと出して、かくもわざとらしく右手をグーにして自分の頭を小突いてみせる。


「うっぜぇーーー」

「私のことは嫌いでもぉ! 人類のことは嫌いにならまいべっ」


チョップしたら見事に舌を噛んだ。涙目だ。


「調子にのんな」

「あんまりだぁあ」


マコっちゃんとこうして歩くのはけっこう久しぶりだったけどこれはこれで楽しい。最近になってようやく友人との時間を大切にできるようになったから今がとても楽しい。


「けど――」

「……」

織田(おりた)ちゃんと別れてから今度は人類とまでお別れしようとするメンヘラ君だとは如何せん気付かなんだ」

「お前の手首をリスカしてやろうかー!!」


ケタケタと不気味に笑うマコっちゃんを追いかけ校門を抜ける。結局は靴を履き替えるから生徒用玄関で捕まるんだけど。後ろから首をキュッと掴むとどこぞの五月蝿いオモチャのような悲鳴をこだまさせた。






始業式はとても退屈になる。

高校生はまだ未成年だからと言って馬鹿じゃない。気を引き締めるだの後輩ができて示しをつけろだのと今さら当たり前の事を回りくどくクドクドクドクド言われても憂鬱になる。しかもそれが担当教員ごとに似通った事をさらに蒸し返してくるから足の裏がムズムズしてきそうになる。別に水虫でもなんでもないのになー。


「あ」


後輩と言われて気が付いた。

そっかー、学年上がったんだっけ。高校生活の一年なんてホントにあっちゅう間に過ぎんのな。これといって青春ぽいこととかなーんも無くてそこにある日常に溶け込んで行くだけとは入学当初は露知らず。

そんな一年前に自分がいた場所を見てみると、採寸が上手くいってないのか明らかに気慣れていないブカブカのブレザーを身に纏う一角をみて頬が緩んだ。

緊張からか、ワクワク感からか、どことなく落ち着きのない態度の一年生たち。

去年の俺もあれくらい純粋だったっけ?


「立川立川、お前もさっそく品定めか?」


俺が不純な動機で後輩を見ていると勘違いした隣の戸田がニマニマしながら肘で小突いてくる。


「もって言うなもって。ちゅーか、戸田って年上好みじゃなかったけ?」

「慕う側から慕われる側のギャップを楽しむための高校二年生だろ!? 先輩と後輩という両属性が備わってこその!」


あかん、こりゃ末期や。


「そこ、静かにしなさい!!」


数学の小畑が怒声を上げながら近づいてくる。


「げっ」

「新学期早々ついてないねぇ、ご愁傷」


戸田の背中をポンポンと叩いてた俺もついでに怒られた。とんだ巻き添えを喰らったものだ。

イヤな注目を浴びて誤魔化すように周りに笑顔を振振り撒いていると、ある女生徒と目が合いふっと我に返った。脳の奥底から封印しておきたい記憶というものが掘り起こされていくようだった。

そこで俺は今朝の夢の内容を思い出したのだ。





***





内容は夢というよりは、少し前の痛烈な記憶。

春休み半ば。朝起きると会話アプリ『signal』に通知が入っていた。


『起きてるー?』

『ヒマー』


その通知が朝5時に入っていた。どんだけ早起きなんだよと呆れつつも開いたら既読が付くので律儀に返すことにした。


『時間帯がお歳を召されておりますやん』


送信して十秒足らずで既読。

はやいなー、まさか俺が起きるのを待ってた?


『ぶっ飛ばーす!( º言º)』

『、というわけで今から来ていい?』


えー。

今からはだるいなぁ、と思ったら時刻はもうお昼に差し掛かろうとしている。


『ぶっ飛ばしに来るならダメー』

『間に受けんな笑』

『ご自由にどうぞ』


「既読つくの早くて怖い」


織田明羽(おりためいは)と名前が書かれたアイコンには俺とアホみたいにチューしながら撮ったプリクラの写真を全体モザイクにしてプロフ画像にしている。

俺は正直こういうアピールは苦手で明羽も苦手だったんだけど、こうでもしないと独り身と勘違いしてDM送ってくるやつが多いんだと。

明羽がモテてる事が彼氏として鼻が高い事なのだが、それを上回るくらいアイコンの方が恥ずかしかったり。


「あー、めんど」


せめて部屋の中だけでもファブっとくか。


「汗臭どもよ、ナノイーをくらえ!」


ベッドやカーテンに惜しみなく噴射。あとは床などの髪の毛や陰毛などを粘着質コロコロちゃんで集める。季節の変わり目ってなんでか毛が抜けやすいんだよね、不思議。

部屋を開け放っていたので廊下から妹の沙希がいつの間にやら覗き込んでいた。


「おう兄者よ、春休みだというのに性欲が溢れ出てますね」

「おい愚妹よ。そこは性欲ではなく性が出ますね、の間違いだろ? あっはっは」

「はっはっは、あたしの部屋ただでさえ壁が薄いんだから激しいのは勘弁しておくれ」


その発言に数秒、俺は固まった。


「うぉー! 兄は悲しいぞー、妹が俺の性事情に通じているなんて!」


窓を開けているのにも構わず俺は叫んでいた。


「うっしゃい! いーもんね、私も彼氏とか連れ込んで激しくキメ込んでやる!」


キメ込むなんて人聞きの悪いことを仰る妹御ね。


「お前がぁ? ハッ、冗談だろぉ??」

「…………」


あれ?


「え、ちょっ! なんで何も言い返してこないわけ? まさかマジ? 彼氏いるの?」


沙希は何も言わず、廊下を闊歩して自室に戻っていく。


「ねぇ、ちょっ聞いてないんですけどマジで!? 連れてきたら兄ちゃん泣くからな! 血の涙でこの家を赤くリフォームしちゃっても知らないからな!」


部屋の戸をドンドン叩いても反応なし。完全に怒らせたなこりゃ。


「ちぇ、つまんねぇーの」


気を取り直そうとして掃除に戻る。

専用モップで階段のフローリングを掃いていると程なくしてチャイムが鳴った。


「いらっはい」


玄関を開けると明羽が前髪を気にしながら困惑していた。


「あ、うん、何泣いてんの?」


鼻と目元が赤くなっていた事から即バレしたので誤魔化すように俺は鼻をすすった。


「今晩は家族会議を開かねばと思ってな、気にしないでくれ」

「家族会議ってイミフ……、とりあえずお邪魔しまー」


首を傾げつつブーツを脱いでからご丁寧に自分で並べる。


「先に部屋行ってて、茶菓子を用意してしんぜよう」


モップ掛けついでで廊下を掃きながらキッチンへと向かう。

冷蔵庫の中には、んーー。


「どくだみ茶とな」


なんとも微妙なチョイスな気もしなくない。が、背に腹は代えられぬか。

ポテチとお茶をお盆に乗っけて階段を上がる。

カチャリ。


「はいおまちどぉー」

「ん、お構いなく」


明羽は俺のベッドにうつ伏せで寝転がり漫画本を読んでいた。いくら彼氏の部屋だからって危機感とか遠慮がない。パンツとか丸見えだ。

思わず見とれて躓きそうになるところを踏ん張り、お盆を手早くテーブルに置いた。


「何度でも読み返すのな、それ」


タイトルは「君のために死ぬ回数」。死という絶望から好きな女の子を救うために主人公がタイムスリップを繰り返すという最近ではありきたりな設定になりつつある作品。


「新刊出ないから仕方ないよ」


現在、作者が大病で刊行が大幅に遅れているのをスレッドで知った。週刊誌の方も復帰の目処が立っていないからコミックになるのはまだまだ先の事なんだろうね。


「買い始めた頃は面白かったんだけどさぁ、読み返すと主人公の性格がさ、これ無理あるんじゃね? って感じがしてけっこうエモい」


単に熱が冷めただけかもしれないけれど。


「うっそー、あたしこーいうの憧れるけど」


いったい何が気に食わないのか、聞かせろと言わんばかりのジト目を向けられた。少々世界観を派手にぶち壊しそうになるので言わないつもりだったけど。


「これは主人公が過去に戻るチカラを持ってたから出来たわけで、仮にヒロインが死んでどうにもならなくなったら普通は新しい彼女とか作っちゃうんじゃね? とか、どうせ相手が死んじゃうならサッサと違う相手見つけた方がお互い辛くなくて済むんじゃないかなーと……か」


ある程度言い終えて明羽の顔を見ると案の定、嫌悪感丸出しの面構えになった。


「うわ、サイテー……じゃあ仮にあたしが死んじゃったら巡瑠はすぐに新しい彼女作るんだー?」

「なんだよそれ、誰もそんなこと言ってないだろ?」


だいたいどこからそんな話がでてきた?


「言ってるようなもんじゃん!」

「……たかが物語と自分を棚に上げんじゃねーよ、何様だよ」

「なにそれ、意味わかんない」

「…………ちっ」





カチカチと壁にかかったアナログ時計の秒針だけが部屋の静寂に割って入る。

明羽は相変わらずベッドで「君死ぬ」をひたすら読み耽っている。俺は時折明羽のパンツをチラ見しながらただひたすらスマホをいじっている。

長い沈黙が続いていたけど、1日に換算してみればそれはあっという間に過ぎて夕刻へと差し掛かっていた。

「君死ぬ」の既刊全てを読み終えた明羽がコミックを閉じたと同時に上体を起こし俺の方へ向き直る。


「何か言うことある?」


やたらと棘のある口調だ。

俺はしばらく天井を見上げた後に、


「『君死ぬ』欲しかったら持って帰っていいよ?」

「この、粗チン野郎!!」


明羽は俺の顔面目掛けて君死ぬ最新刊をぶつけてきやがった。ビックリした俺は膝を机に打ち付けた。


「あいてっ」


その拍子に机の上のコップが倒れ、中のどくだみ茶が零れ落ちる。そしてそこへうっかりスマホを落としてしまう。


「ぼなぺてぃーーー!!」

「ざまぁみろ、ばーっか!」


ムンクの叫びヨロシクな俺をほっぽって明羽は帰ってしまった。彼氏ならばここで追いかけるのが正解だったのかもしれない、けどスマホが水没してしまいただの屍になった事の方が何よりも深刻だったし、というか明羽への怒りはこの日でピーキーになった。メーターマックス、レギュラー満タン。


「うるせぇー! ケツでも掘られてんのか兄ちゃんよぅってはりゃま」


沙希が部屋に飛び込んで厨二くさい決めポーズをしたが、黒画面から動かないスマホを抱きしめて苦行を強いられたような俺の顔を見た途端、素に戻る。


「スマホにまで噴いてしまうとは、よほどの悦楽だったのだな(あん)ちゃん」

「ちげーよぅー、お茶零したんだョー(くわっ)」


涙ながらに怒り顔で訴えかける。

ちくしょぅ、お花見イベントの途中だったのに……!


「もうすぐ高二にあがる大の男が、嗚咽を漏らすって何だい何だい」


床をタオルで拭く俺を見て呆れた沙希がドタドタと自室に向かい程なくして戻ってくる。


「んもーまったく、しょうがないから私と今からバケモノ退治にでも行こうじゃないか」


二画面の携帯ゲーム機片手にウインクを決め込む沙希。いつもだったらここで一つ二つツッコミを入れるところだが、


「んわー! 沙希様ー!」


この日ばかりは銃槍使いの妹の背中がとても逞しく見えていた。


「罠と麻酔、忘れるなよっ」


親指をグッと立てた沙希。

素材足りてないのね。




「ばかやろっ、そこで研ぐ奴があるか!」

「この絶妙な位置こそが必殺判定殺しだー! あれ? 嘘オチた?」


茫然自失。


「スレ見てないの? アプデで改善されてんだよこの世は己が技量のみしか信じられないのだよ!」

「こっちの都合が悪いバグばかり残しやがんなぁ。ステブレスやガオンタックルとか」


すべてが見えざる攻撃、すなわちバグ。


「目に見えない攻撃と言えば現実(リアル)でも喰らってるようなものじゃないかい兄者。汚染やら細菌とか、言葉とか」


最後のだけはやたらと含みを効かせて言いやがった。


「おいおいゲームにリアルはタブーだろ、ガチ萎えしちゃうだろーが」

「いいのだよ、今はオンラインでもなければオフラインでもない。ただ兄妹が仲良くローカライズしてるだけなんだから」


にへら、と緩い笑みをこちらに向ける。


「ん、ローカル通信プレイをローカライズとは言わんぞ愚妹よ。それだと意味がまったく変わっちまうからな」


まったく、吹くこと以外はてんで頭のネジの緩い困ったちゃんだ。吹奏楽のし過ぎで知識すら音色にしちまったのではなかろうか。


「あれ、けど今日彼氏を連れ込むとか言ってなかった?」


俺はチラリとゲーム画面から沙希へと視線を飛ばすが、カチャカチャと画面に釘付けのままだ。


「私には家族より大切な他人なんてこの世にいないよ。いたらそいつはもう家族でしょ」

「あ、いや。さっきは取り乱したけど沙希だって別に彼氏作ったりとか好きなことしたっていいと、思う」


そりゃ、いきなり彼氏とか出来てたら実際凹むだろうけど。むしろ前科作っちゃったし、家族会議開催しようとしてたし。


「そりゃ幸せなカップル見てたらICBMの一発でも落ちろとか念じてるけど、羨ましい部分だけを見せつけられたからと言ってそこに憧れたら私も他の人間と変わらんのよね」


捕獲成功、という画面表示が出たところで区切りをつけるようにゲームを閉じた。

机の上に乗ったコップを手に取り中身を一気に飲み干す。


「幸せなんて総合でしか測れない不規則なものを他人を通して得ようなんてそれこそ時間の無駄さ。世の男女が乳繰りあう欲のためだけに生まれてくる命には申し訳ないと手を合わせたくなるよ」

「随分と悟っちゃってるな、まぁ気持ち分からんでもないけど……ほい」


コップに沙希の分のどくだみ茶を注いで渡す。


「さんきゅ、要は日常が潤えば潤うほど愛とか恋なんて奴は薄っぺらくなっていくものさ。たかだか薄くコーティングされていくだけなんて、外からの劣化や刺激に勿論弱い、当然剥がれやすくもなる」


どくだみ茶を一気に飲み干す沙希。どうせならゆっくり飲んでほしいな、また注ぐ羽目になるやんけ。

空になったコップを机の上に置くと小さくゲップをした。ほら言わんこっちゃない。


「そぅら、ニンゲンの本性がそこに顕れる」



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