第七話:突撃(不本意)隣町の夜明け
「おーい、寝たら死ぬぞー?」
割と気持ちよく眠っていた廉を、氷雨の声が目を覚まさせた。
目を開いて最初に目に入ったのは氷雨の顔、そして背後には電車の車内と窓を流れる風景だった。
向こうの席にはかなりテンションの上がっている楓がいて、廉のバックを漁っている。
「……………」
無言のまま蝿を払うような動作で氷雨を追い払うと、廉は辺りを見まわす。
別に楓が廉の持ち物を漁るというのは珍しくもない事なので放置している。なので、廉の部屋には青少年が持っているであろう本はない。
これも、楓に枯れていると言われる一つの要因である。
外は薄暗く、自分たち以外に乗客はない。
それは、ここが錆びれた鉄道というわけではないし、貸しきりである筈もない。確かに利用数は少なめではあるが、流石に一人も乗客がいないというわけではない。
廉はいまだに覚醒していない頭を振りながら、自分と違ってはちきれんばかりにテンションを上げている二人を見る。
「あー……そういえばそうだったな」
廉がこうなるに至ったのは、氷雨と戦った日の夜に遡る。
草木も眠る丑三つ時。割と夜更かしの多い廉も、伊集院や氷雨との戦いで心身ともに疲れたせいで割と早く床についていた。大体十時ごろくらいである。
完全に熟睡し、今なら火事が起こっても目を覚まさないだろうという廉に、二つの人影が忍び寄る。
一つはツンツン頭のシルエットで、もう一つは猫っ毛である髪のシルエットである。
いわずもがなだが、氷雨と楓である。
氷雨は足音を忍ばせて廉のところまで忍び寄ると、枕もとに数個箱のようなものを置いた。
殺し切れない笑い声が静かな部屋に響き渡るのだが、廉が起きる気配はない。
楓は楓で、置いた箱が何を意味するのかを知っているため、氷雨よりも若干大きい笑い声を上げている。
一旦離れた氷雨は両手を出してカウントダウンを始める。
途中でカウントを戻したりと小ネタを交えながらどんどんとカウントは減っていき
「(3、2、1……0!!)」
パアァン!!
「……ぐあぁっ!?」
夜中のマンションの一室であるにもかかわらず、廉の枕もとにある箱が閃光や音と共に弾け飛んだ。
簡易式スタングレネードという所である。
それを至近距離で食らった廉は一気に目が覚めさせられる。
耳を抑えながらベットの上を転がった後、廉は楓達の存在に気付き、睨みつける。
「な、にをするんだ……!」
してやったり、という顔をしている二人に軽く殺意が沸くが、なんとか抑えてベットに座りなおす。
アームズを持っている廉がキレたら、氷雨はともかく楓は血をぶちまけてしまう事になってしまうだろう。そんな事になったら掃除が大変だ。
廉は精一杯に冷たい視線を向けながら二人を問いただす。
「何よ、海行くって言ったじゃない」
「で、俺も便乗する事になりましたとさ」
無論、ホッキョクグマクラスに面の皮が厚い二人には効きはしないが。
悪びれない二人に廉は頭を抱える。
「………フライングにも程があるだろう。今日と言った覚えも無いし……」
ささやかな抗議にも楓と氷雨は声をそろえて善は急げって言うだろう的な事を言って親指を立てる。
彼らはこういう時だけ仲が良いのだ。
諦めた廉は立ちあがり、電気をつけて身支度を始める。
楓がいるのにもかかわらず着替えを始める廉だが、別に裸になるわけでもないので双方共に気にしない。
いずれフライングで来るだろうとは予想していたので、既に出かける準備は整っている。
……まさか、こんな早くに来るとは思っていなかったが。
シンプルなジーンズとシャツを着こんだ廉は、最後に戸棚の中から金色のわっかを取り出して腕や足首、首にはめる。
護身用の為、アービティアリィ・ハッカーで武器にするための素材である。
骨を使ったのはあくまで苦肉の策である。そんな危険を何度も侵すほど廉は馬鹿ではない。
事情を知っている氷雨は特に気には留めていないが、廉の方は見たことの無いファッションに若干戸惑っている。
ちなみに、このわっかは氷雨から逃げる時に、色々な所から少しずつ金属を奪って作ったものである。
他にも金属製のベルトをつけたりと暗器さながらに全身へと金属を仕込んで行く。
着替え終わった廉は再び楓に向き直る。
「……で、まだ始発も動いていないだろう時間帯に来た理由を聞かせてもらおうじゃないか」
すると楓は急に残念そうな顔になり
「そうなのよ。本当ならなる先輩のところに行ってからここに来るつもりだったんだけど……。いなかったの」
いなかった?と首を傾げる廉に楓は続ける。
「うん、廉の時みたく忍びこんでも誰もいないしさ、携帯に電話しても留守電だし」
そこで時間を潰すつもりだったからこんな時間になっちゃったのよと、楓は意図的にてへっとでも言いそうな表情を作るが、廉も意図的に無視する。
「だったら別にどっかで時間を潰してくりゃいいだろうが……」
「なんでこんなのと一緒にいなくちゃ行けないのよ」
なら最初から呼ばなければ良いじゃないかと突っ込みたい衝動に駆られるが、なんとか耐えきる。
楓は廉の部屋で時間を潰す用意は万端だったのか、持ってきていたカバンの中からゲーム機の本体とソフトを取り出す。
色々と版権的にやばいので詳しくは言わない。ジャンルは格闘ゲームだ。
廉はまだ完璧に覚醒していないという理由で断ると、楓はあからさまに嫌そうな顔をして氷雨にコントローラーを渡す。
楓が氷雨との対戦を嫌がるのは、普段からの仲の悪さのせいだけではない。
「くあーっ!いいかげんにしてよね!!」
「はっはっはっはっは、勝負ってのは勝ったもん勝ちなんだよ」
楓の持ちキャラは前作では一位二位を争う強キャラであったが為に今作では悲しいほど弱体化されたキャラである。
ジャンプは特殊な軌道を描くがかなりの距離を移動でき、攻撃技も一定の高い水準を保っているし、使い勝手の良い一撃必殺系の技もある……というのが前作で
今作では全体的に能力を下げられ、ジャンプはただ使い勝手が悪いだけになり、攻撃技も一定の低い水準を維持している。一撃必殺系の技に至っては見てから反撃できるという始末である。
対して氷雨が使うのは、同じく緩やかな動きのキャラだが、基本的な機動力は高く、多種多様な遠距離攻撃で敵を近寄らせず、近くに寄られてもまともに戦えるという万能キャラである。
最強とまでは言わなくとも、十分な強キャラであろう。
と、ここまで言えばわかるだろうが、氷雨対楓の戦いは完璧なワンサイドゲームである。
動かしにくいキャラで近づこうとする楓を氷雨は逃げながら遠距離攻撃で叩き落す、これが最初から最後まで続くのだ。楓が叫びたくなる気もわかる。
見てる廉も楓に同情を禁じえない。
ほとんど氷雨に傷をつけられないまま楓は力尽き、リアルでもコントローラーを投げ捨てんばがりに楓はイライラとしている。
廉の使うのは防御が弱く機動力もそれほど高くはない代わりに、他のキャラとは桁違いのリーチと攻撃の素早さを持つというキャラである。
氷雨は遠距離主体で、廉はリーチと連打で押すキャラを使うという普段とはまるで正反対の戦い方をするのだ。
余談だが、鳴神の使うキャラは全キャラ中最速のスピードを持ち、代わりに攻撃力は下から数えた方が速いという何というか極端なキャラである。
実力は割と伯仲していて、一部の例外を除いてだれか一人が勝ちつづけるということはない。
氷雨対楓がワンサイドゲームなのは持ちキャラの関係上であって、他のキャラを使えば充分に戦える。
しかし、勝負が佳境に入ってくると、氷雨や楓は必要以上に熱くなって攻撃が単調になってしまう。
数十回ほど繰り返す頃には勝ち星は圧倒的に廉が多くなってしまった。
そこで、氷雨がゲームなんかで俺の強さが表現できるかと叫んで廉にリアルファイトを申し出て、そして流されるのがいつものパターンである。
「……で、そろそろだな」
そうこうしている間に時計の針はどんどんと進んでいき、始発の時刻となった。
廉としてはこれほど朝早く海に行く意味がわからないのだが、こうなった楓を止める術は無い。
今回のアームズ騒動で楓には割と迷惑をかけたので、その罪滅ぼしもかねて自由にしてやろうと思う。
廉は用意してあったバックを肩にかけて立ちあがり、駅に向かって楓達と歩いていった。
……回想終了。
電車に乗ってからは流石に廉も眠気を堪える事が出来ずに眠ってしまったが、その度に氷雨が声をかけて頬を叩いてくるので熟睡は全くできそうに無い。
半目で楓達を見ると、他に乗客がいない事をいい事に電車内でキャッチボールを始めている。
……楓と氷雨は本当に仲が悪いのだろうか。
「あの元気は一体どこから出てくるんだ……?」
一厘でもその元気を分けてくれれば、廉がここまでテンションの下がる事は無かっただろう。
身体をそらして背後の窓から流れる景色を見ると、森の間から蒼い海が見えてくる。
砂浜も見えるが、やはり人の数は無い。自分達三人はかなり浮いてしまうだろう。
途中、ユーディットと出会った町の駅に止まったときは流石に表情が強張るのを押さえる事ができなかったが、楓が何も言わないという事は恐らく特に気にはしていないのだろう。
いくらなんでもこんなところでユーディットと出会うなんてことは、それこそ天文学的確率だろう。
隣の車両の扉が開いたが、そちらを向いても一人、黒髪の少女が立っているだけでユーディットの姿は無い。
二人に聞こえないように小さな溜息をつき、もう一度寝入ろうとするが、アナウンスが次の駅が廉達の目的地を流し、さらに楓達のテンションを上げる。
「おーい、もうすぐだよーっ!!」
ペチペチペチペチペチとウザイほどに頬を叩いてくる楓に廉は眉をひそめて目を開ける。
「廉らしくも無いんじゃない?こーんなに無防備に寝てるなんてさ」
からかうような楓を手の甲でよけ、楓からバックを奪い返す。
「仕方ないだろう……。昨日は色々とあったんだから……」
昨日、の部分で楓は僅かに表情を曇らせるが、すぐにいつもの快活な表情に戻り、廉の背中を叩く。
「なーにいってんのよ。あたしを蚊帳の外にして立ち直ったくせによく言うわね。ほんとに」
氷雨が電車の止まる前から開くボタンを連射していたのですぐに扉が開き、楓は一人、氷雨より先に下りていった。」
氷雨と廉は楓の後ろにつき、まだ眠っている町に向かって歩き始めた。
鳴神:楓ちゃんと氷雨君につれてこられちゃった早朝の海。まだ完璧に目を覚ましていない廉君をよそに、はちきれそうな若さをふんだんに表す二人
このまま俺のことを忘れてくれないかなという廉君の儚い願いは砕け散り、彼はは海の中へと叩きこまれ、その他いろいろなものも叩きこまれちゃう
そして体力をすり減らし、息をきらせる廉君に魔の手が忍び寄る!
次回、『束の間の余暇』
ようやく私が出るわよー。楽しみにしててね?