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第五話:偽りの抱擁

「アービティアリィ・ハッカー――――ッ!!」


廉は振り向きざまにアービティアリィ・ハッカーを振るうが、簡単に受けとめられてしまう。


拳が触れているのはあくまでアームズなので、アービティアリィ・ハッカーの効果で組成を弄る事は出来ない。あくまで対人間の能力なのである。


伊集院は受けとめた拳を掴んで引っ張り寄せる。


「もう……、しょうがありませんわね」


多少引き寄せられた廉の顎に、残った腕でアッパーのように殴りつけた。


なんとか廉も残った腕で防ぐが、多少前傾姿勢であるせいで持ち上げられるように吹き飛ばされてしまう。


そして、吹き飛ばされた先には大量の雑魚どもが。


「……くそっ!」


廉は空中で体を捻り、落ちながら向かってくる雑魚どもを殴りつけ、筋肉をイカレさせる。


そのせいで受身も取れずに落下してしまうが、袋叩きにあうよりはいくらかマシだろう。


殴りつけた奴らとは別の奴らが倒れた廉にのしかかって来ようとする。恐らく、普通に蹴ったりするよりは数の暴力で押しつぶした方が良いと判断したのだろう。


廉は転がって仰向けになり、片っ端から落ちてくる奴を弾き飛ばす。


四肢を狙える奴はその筋肉をイカレさせ、内臓部分の場合僅かに血流をずらしてショックを与える。あくまで奴らは伊集院に操られた者、殺される謂れは無い。


弾き飛ばしている途中、廉は片手で地面を殴り、その反動で立ちあがる。


「(悪い予感が当たったか……!奴は俺よりもパワーがある)」


押しつぶすように近づいてくる奴らを弾き飛ばしながら廉は歯を食いしばる。


数もパワーもスピードもインスタントラヴァーズの方が上、まともにぶつかっても廉に勝ち目は無い。


……だが、忘れてはいけない。


「……アービティアリィ・ハッカーッ!!」


彼の二つ名『三十七計の韋駄天』を。


廉は攻撃が緩んだ隙に地面を殴り、自分の周りにコンクリートを使って壁を作り出す。


自分の場所は使わず、敵のいる部分のコンクリを使う事により、落とし穴としても機能させる。


その上、敵の能力はあくまで一般人、コンクリを壊すほどの力は無い。


壊す事の出来る伊集院はそれなりに遠くの位置にいた、時間稼ぎは出来るだろう。


「(……でも、ここから逃げたところで奴はすぐに網を張るだろうな)」


どれほどの人数を操れるかは知らないが、今廉の位置から見えていた人数だけでもかなりの範囲は覆えるだろう。


「(第一、落とし前はつけてもらうべきだからな……!!)」


廉は今の地理的状況を思い出し策を練る。


両側をビルに囲まれた裏路地で、道幅はかなり狭い方である。


ガンガンとコンクリの壁が揺さぶられる中、廉は一つの策を思いつく。


効果はあるものの、それは無差別の攻撃で、下手をしなくとも人死にが出てしまう。


「……でも、俺の命に代えられるものじゃないっ!!」


しかしそれでも廉は苦渋の決断を下す


「アービティアリィ・ハッカー!」


アービティアリィ・ハッカーで地面を殴りつけると、地面がトランポリンのように跳ね、廉を高く跳び上がらせる。


壁となっているビルだが、いくらなんでも、完璧な壁というわけではない。必ず屋上はある。


少し届かなかったが、アービティアリィ・ハッカーを伸ばして手すりを掴み、体を引きあげる。


「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――ッ!!!」


そして、着地と同じに屋上の地面を何度も殴りつける。


アービティアリィ・ハッカーのパワーでビルをどうこうする事は出来ない。しかし、能力で鉄骨等を弄れば話は別だ。


ミシッと建築家の一番聞きたくない音が鳴り、ビルの形が揺らぐ。


「とどめだっ!!」


廉の大きく振りかぶった拳を皮切りに、ビルが今まで廉がいた場所に崩れ落ちる。


下を見下ろしても、未だに奴らが逃げる気配は無い。このままでは死ぬのは一人どころではすまないだろう。


むろん、このままの話だが。


「インスタントラヴァーズ!!」


伊集院が叫ぶと、凄い勢いで敵が遠くまで走り去っていった。


そして、伊集院自身は持ち前のパワーとスピードで瓦礫を全て弾き飛ばす。


ビルを崩した事で廉も共に落ちる事になり、望まなくとも伊集院の前に出てしまう。


瓦礫は伊集院が弾き飛ばした事によって、周りに壁を作りだし、小さなリングを作る。


「助かったよ。こんな若い身空で殺人犯にはなりたくないからな……!!」


瓦礫とその外周の操られた人々によって二重に囲まれた今の状況では逃げる事は適わないだろう。


あのまま逃げるつもりだったのだが、計算が狂ってしまった。もっとも、天才軍師という訳ではない廉にはこれが限界だろう。


「アービティアリィ・ハッカー!」


今出来る事は、腹を括って戦う事しかない。


「落ちついてくださいな……」


廉は今出来る限りの力でラッシュを仕掛けるが、全て伊集院に止められてしまう。


アームズの原動力は感情である事はわかっているが、どうやっても伊集院より強い感情を呼び起こす事は出来ない。


今の廉に出来るのは、喧嘩で培った技術を利用する事だけである。


ユーディットと違って特殊な能力が持つせいか、インスタントラヴァーズの能力はそれほど高いわけではない。


無論、それでもアービティアリィ・ハッカーより高いのだから笑えない。


一応アービティアリィ・ハッカーでラッシュを仕掛けつづけていれば、ユーディットのように反撃される事は無い。


右手でフックのように伊集院の顔面を狙うが、左手で軽々と防がれてしまう。


廉は左手を使って防いだ事によって空いた左側から、右足のミドルキックを放つ。


「きゃっ……!?」


廉の蹴りは一般の中でも速い方に入るが、あくまでそれは尋常の戦いでの話。アームズに比べれば止まっているに等しい。


伊集院が驚いたのも一瞬、すぐに右手で脚を掴まれてしまう。


「まだまだだ……!!」


しかし、まだ廉は諦めない。


掴まれた右足からインスタントラヴァーズの能力を込められる前に、廉は残った左手で伊集院の右の二の腕辺りを狙う。


伊集院は右手で左側からの中段を防いでいる。つまり二の腕は丁度腹部、もしくは胸の辺りにある。


インスタントラヴァーズは肘部分までしか保護されていない。二の腕は充分にアービティアリィ・ハッカーの効果が及ぶ部分なのである。


かといって腕を避けようとも、今度はもっと致命傷である腹部を狙われてしまう。


仕方なく伊集院が両手を離して後ろに飛び退くと、廉は左手をそのまま振りぬいて地面を叩く。


地面のコンクリートをカタパルトに作り変え、同じくコンクリートで出来た槍を放つ。


飛び退いた姿勢では避ける事は出来ない上、防いだとしても態勢を崩すことは必至だろうと、廉は追撃するためにカタパルトの背後を走る。


しかし、あくまで廉の策は高校生という素人のもの。その上咄嗟に考えたものだけあって不測の事態に対処する事は出来ない。


不測の事態とは、伊集院はカタパルトを壊す事は無く、逆に掴んで投げ返してきた事である。


「くっ…!?」


カタパルトの近くを走っていた廉は、アームズの力で投げ返されたカタパルトを防ぐ事は出来なかった。咄嗟に構えたガードをかいくぐるように廉の腹部に突き刺さる。


「がっ!!」


後ろに吹き飛ばされ、逆に攻められる側になった廉は、地面に着地(落下とも言うが)すると同じにアービティアリィ・ハッカーで壁を作り出す。


なんとかその間に体制を整えようとするが、そんな企てはすぐに砕かれる。


僅か一発で砕かれたコンクリートの壁のように。


「(そんな……。同じ特殊能力持ちだってのにここまで差があるのかよ……!!)」


自分のアービティアリィ・ハッカーでもそれなりに壊すのに苦労するほど頑丈に作ったつもりである。


相手がユーディットならまだ分かる。ユーディットのアームズは特殊能力が無い代わりにかなり高い水準のパワーとスピードを持っているのだ。


しかし、伊集院は能力を持つ上にその内容は後方支援向きのもの、廉とて同じようなものだが、これほど差があるとは予想だにしていなかった。


掴みかかってくる伊集院を倒れたまま両手で弾くが、キリが無い。


「く、そ……!!」


今のところかろうじて掴まられてはいないが、掴まられるのは時間の問題だろう。


「がああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッ!!」


廉は叫びながらスピードを上げようとするが、いくらスピードを上げようとも伊集院を上回ることは出来ない。


「だから、落ちついてくださいませ……!」


ガシッ


こちらから攻撃を仕掛けた腕を掴まれてしまう。それも、アームズではなく素手の方を。


「っ!?」


廉はすぐに振り払おうとするが、手は完璧に抑えられて動かない。もう一方の手で殴ろうにも体全体が動かない。


「まさ、か……!!」


廉の全身に怖気が走る。


全身の神経に糸が走って行く気持ち悪い感触に体を震わせようとするが、そんな微細な運動すら出来なくなってしまっている。


廉は強制的に立たされ伊集院の前に立つ。


「何を……!?」


そんな廉の困惑をよそに、伊集院はパッと大輪の花が咲いたような笑顔になる。


「やっと、貴方を手に入れた……!!」


余程感極まっているのか、目尻に涙を浮かべながら廉に抱き着いてくる。


「………………」


廉は胸にすり付いてくる感触にくすぐったそうな顔になる。


何とか動ける部分はないかと全身を細かく動かしていくが、動かせる部分は首から上だけしかない事がわかる。


抱き着いている伊集院を見下ろし、歯を食いしばる。


「(くそっ……!俺の背負っているのは俺自身の命だけじゃないっていうのに!!)」


なんとか口で丸め込めないかと、今までの険悪な雰囲気を消し去って廉は言う。


「……なあ、伊集院、だったか?」


「百合子と呼んでくださいませ」


廉が口を開いてからほとんどのタイムラグもなく、伊集院は顔を上げて答えた。


「なんで……俺のためにここまでするんだ?」


こんなふざけた事を、と言いたいのを渾身の力で抑え、普段楓にも出さないような優しい声で続ける。


「もし俺がお前よりも強かったなら逆に殺されてしまうかもしれないんだぞ?それなのに……」


「見くびらないでくださいませ」


廉の言葉を遮って伊集院は続ける。


「アームズの力は感情に依るところが大きいと聞きました。貴方様の質問は私の恋心を侮辱するものですわ」


伊集院のあまりに真摯で真っ直ぐな宣誓にも聞こえる言葉に、廉はむしろ呆れてしまう。


「(その恋心がどうなったらこんな行動になるんだよ……)」


その真摯さを逆に利用できないかと考えるが、途中まで策を練ってから途端に虚しさを感じてしまう。


「(……最低だな、俺。こんなに一途な女を騙すなんて)」


廉は表情に出さずに項垂れる。


しかし、だからといって伊集院に全てを捧げる気など毛頭無い。


「……ありがとう伊集院。目が覚めたよ」


怒りや憎しみは心の奥に押しこめて、好青年を演じる。


初めて好意的な表情(完璧な演技だが)を向けられた伊集院は今までで一番輝いた表情を見せる。


「……とりあえずこの能力を解除してくれないか?これじゃあ抱きしめる事も出来ない」


その表情に廉の良心がチクチクと痛むが、やめるつもりも無いしもう戻ることもできない。


頷いた伊集院がアームズの指を動かすと、操られた時とは逆に糸が体から抜けていくように感じる。


全身が動くようになった廉は自分の表情を見せないように伊集院を抱きすくめた。


「……ところで一つ聞きたいんだ。なんで俺がビルを崩した時にあいつらを逃がしたんだ?あいつらがいればもっと簡単に抑えこめると思ったんだが」


同じように廉の背に手を回していた伊集院の手に力が入る。


廉は地雷を踏んでしまったかと戦慄するが、予想に反して何も起こらず、ただ伊集院が拗ねたような声を出すだけだった。


「……私をなんだと思っているのですか。私の目的は貴方を倒す事ではないのですよ?貴方を殺人犯にするつもりはありませんし、彼らを殺すつもりもございません」


その言葉に廉の良心が再び痛みを発するが、歯を食いしばって耐える。


「……本当にお前には頭が下がる」


廉は背中に回した手で伊集院の頭を撫でる。


伊集院は本当に幸せそうに目を細める。


……だからこそ、どんどん変わって行く廉の表情に気付かなかったのだろう。


「そして、心苦しいよ」


頭に触れた手にアービティアリィ・ハッカーを出す。


「え――――?」


ドクン、と伊集院の脳に振動が走る。


「……その思いを裏切らなければいけないなんて」


抱き寄せていた手を離し、伊集院を突き放す。


「そん、な――――――?」


伊集院は手を伸ばそうとするが、アービティアリィ・ハッカーによって脳を揺さぶられてしまった伊集院の体はピクリとも動かない。


倒れ行く伊集院の顔は状況を把握できずにキョトンとした顔になっている。


苦渋の表情を浮かべていた廉だったが、自分の頬を叩いて決然たる表情に戻る。


「だけどな……、俺の命は俺だけのものなんだ!だれにも奪えやしないっ!!」


目を見開いたまま気絶している伊集院の瞼を閉じ、廉は背を向けて瓦礫の壁に向かう。


恐らく伊集院が気絶した事によって洗脳は解けているだろうし、瓦礫の壁もアービティアリィ・ハッカーで簡単に避けることが出来る。


廉は振り向かずに、聞いているはずも無い伊集院に声をかける。


「……本当に、悪かった」




































瓦礫を一通り除けた廉は、洗脳の副作用か眠るように倒れている人々を避けながら楓のいる公園に向かって走っていった。


途中再び自転車を盗んだのは御愛嬌である。


幸い、廉のいた裏通りから楓のいる公園にはそれほど距離は無く、人通りも信号も無い。無論、あったとしても無視するが。


「間に合ってくれ……!」


祈るように廉は呟くが、望みは薄である。


廉と伊集院が相対してからもうかなりの時間がたっている。人一人を殺すには充分な時間だ。


しかしそれでもペダルを漕ぐ足は緩まない。


自転車でドリフトをしながら乗り捨てて公園に入った廉は、二人が別れたベンチに向かって走る。


そして、ベンチが目に入った時、廉の中で時が止まった。


「え……?」


そこに見えたのは、ベンチから崩れ落ちるように倒れる楓と――


「な、んで……だよ?」


――手、いや、アームズに返り血を浴びながら立ち尽くす氷雨の姿だった。


楓:さいってー……


廉:ちょっと待て、楓は今喋れる状態じゃ無いはずだぞ


楓:そんなのはどうでも良いのよ。そんなんだったらあたしなんか後書きに一回も出れないわよ?なんてったってアームズの事なんか全く知らないんだから


廉:ううむ……


楓:それとも、霧霜と百合子ちゃんの三人で混沌とした会話でもしてみる?


廉:俺が悪かった


楓:でしょ?……でさ、廉も結構えげつない事するのね。気持ちはわかるけどさ


廉:ああ、だろうな。……どうも、ね


百合子:酷いですわ廉様ぁーっ!!


廉:ゲフォアッ!?


百合子:私の穢れない恋心を弄ぶなんてぇ……!見損ないましたわっ!でもアウトローな廉様もそれはそれで……


廉:駄目だこいつ……


楓:穢れない恋心がどうやったらあんな凶行につながるのかしらね


百合子:貴方も恋をすればわかるようになりますわ。この押さえることの出来ない乾き、彼のことをよく知りたいが故に盗聴することも恋心から出たことならすべて許されてしまうのです。たとえば……


楓:ああはいはい、もうわかったから


廉:……本人の前で話すべき事じゃないな。今度盗聴機探してみよう


楓:ああそれなら大丈夫よ。あたしが全部取っといたから


廉:……おい、知っていたのなら教えろよな


楓:いや〜?だって面白そうだったし、わざと『廉……大好きぃっ(はあと)』的な言葉入れてみたりとか……


廉:こいつが暴走したのはお前のせいかァッ!!


楓:うーん……でもさあ、あたしからしたらアームズなんてファンタジーの世界なのよ?そこまで過激な行動に出るなんて予想もつかないわよ


廉:この魔女が……!


百合子:私を放っておかないでくださいましっ!!


廉:げふぁっ!?


楓:なんでいちいち鳩尾にタックルすんのかねー……


廉:ちょ、どこを触っているっ!?服を脱がすな、おい、楓、こいつをどかして――うあぁっ!?


楓:……さて、後ろのバカップルは放っておいて次回予告でもしようかね。どうせあたしは日陰者だよ


楓:どんどん軋んで行く廉の心に追い討ちをかけるように、霧霜は血にまみれた手からアームズを廉に向ける。

その時、廉の中で何かが切れた音がした。それは理性だとかの制約がすべて切れた音だった。

純然たる殺意を向け霧霜と対峙する廉、親友同士でありながら怒りと殺意を向け、廉はアームズを振るう!!


  次回『氷河の青』お楽しみにっ!


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