第四十三話:無為
復ッ!活ッ!
作者復活ッ!!
作者復活ッ!!
作者復活ッ!!
……いや、本当にすいませんでした。
――このドーム内は静まり返っていた。
誰も言葉を発することはできず、人によっては舞台を直視するとすらできなかった。
その原因となっているのは、無論楓だ。
がくがくと揺れる足を踏ん張り、うなだれそのまま前に倒れかねないほどに危ういバランスを保ちながら、両手もだらりと投げ出している。
ほぼ目は裏返って白目となり、だらしなく開かれた口からはよだれの混じった血が流れ落ちていた。
「あ、がぐぉあぁっ――!!」
最早半死人といって差し支えの無い楓だが、それでも振るうアームズに陰りは無い。全快時となんら変わらない、いやそれ以上の力のこもった拳がブルードールに叩き込まれる。
その拳は鈍い音を立ててブルードールの胸板をえぐるが、しかしブルードールの立つ姿に揺らぎは無い。
これまで数え切れないほどの攻撃を受けているブルードールだが、その攻撃が効いている様子は全く無く、意識は無いであろう楓はともかく傍から見ている廉は苛立ちを隠せない。
「(……くそっ!!絶対おかしいだろう。普通のアームズでもここまで食らったらダメージどころか完全に破壊されてもおかしくないというのに!!)」
緒戦のハッカードールとは違い、ブルードールの防御力は異常と言っていい。無論、元となったアービティアリィ・ハッカーとグレーシャー・ブルーとでは基本性能に差があるのはわかってはいるが、それを考えたとしてもやはり異常である。
まさかさっきの暗殺未遂が少年の機嫌を損ねたのではと廉は考えるが、だとしてもこれは少年らしくない。このような『つまらない』戦いを望むわけが無いのだから。
どうせやるのなら、楓を廉や氷雨のような二段階目に進めさせ、且つ叩き潰すのが理想のはずだろう。
じゃあなぜ?と廉は頭を巡らせるが、答えは見つからない。気の利いた助言も応援もできないまま戦いは進んで行く。
「廉……」
焦燥に駆られる廉の手が、ぎゅっと力強く握られた。
すると冷や水をかけられたかのように加熱していた廉の精神が冷やされ、振り向くとそこには東子がいた。
その表情には恐怖や不安以外の暗い感情が垣間見えていた。……それは嫉妬であり、無力感であった。
一歩間違えれば今あそこに立っていたのは東子であり、そして東子自身はいまだに戦い続けることはできなかっただろうと自覚しているからだ。
そんな東子にできるのは廉を落ち着かせることのみ――いや、この行為ですら自分が落ち着きたいがための行動なのである。
現に廉は東子に対して無理に笑い、落ち着かせるように頭を撫でただけで再び舞台のほうに顔を向けてしまった。
そして、この行動が廉の行動を止める枷を吹き飛ばしたということを、東子は分からなかった。
躊躇いはあったのだろう。傍らに突き刺した二つの十字架を力強くつかみ、恐怖をかみ締めるように奥歯に力を込めた。
しかしそれでも、廉は十字架を構えながら全速力で駆け出した。
後ろで誰かが止める声がするが、廉は無視してさらにスピードを上げていく。
そしてトップスピードに至った瞬間に踏み切り、楓とブルードールの頭上に飛び上がる。
明らかな闖入者に、しかしブルードールは何もしてこない。こういった事態は想定されていないのか、はたまた――
「アービティアリィ――ッ!!」
「――やめておけ」
――なんら問題ない、かだ。
二人の間に割って入るように落ちながら、十字架を槍のように突き出した廉の横っ面が目にも留まらぬ速さの――恐らく蹴りであろう――によって叩かれ吹き飛んだのである。
「あぐぁっ!?」
まるで弾丸のような速さで廉は蹴り飛ばされ、ホームランのごとく観客席に突き刺さった。
椅子と数人をなぎ倒しながら廉はようやく止まり、しかし起き上がることができなかった。
「……正直なところを言わせてもらうと、私は呆れている。まさか、とは思ったが本当にやるとはな」
うつぶせに突っ伏した廉の首が背後から凄まじい力で押さえつけられていたからである。
喉元も同時に押さえられているため、声にならないうめき声を上げながら暴れるが、力が緩むことは無い。
だが、声の主は分かる。聞き慣れているとは言い難いが、こんなことをできる奴はそうそういるものではない。むしろ、こんなのがポンポンいたらたまったものではない。
「(はな、せ――!!)」
肩の関節を百八十度回し、吹き飛ばされても離さなかった十字架を叩き込んでも揺らがないシンに、廉は舌打ちをしながら別の手段に移行する。
ここでシンを倒すのは二の次でいい。まずは無理矢理でも楓の傷を治すのを先決すべきだ。
まずアービティアリィ・ハッカーで自分が押し付けられている地面をへこませ、下に空間を作る。
そしてある程度の自由を確保できたら今度は抑え込まれている自分の首に触れようとする。
流石にシンといえど、生身の体をアービティアリィ・ハッカーに触れられれば無視できないダメージを受けることとなってしまう。故にシンは咄嗟に手を離し、アームズの手で抑えなおそうとする。
だが、その手はろくろ首さながらにひん曲げられた廉の首に触れることは無く、そのままからぶってしまう。
「アぃにクだが……。俺の体に常識が通じると思わないほうがいいっ!!」
首を曲げたことによって揺らいだ声を直しながら廉は再び十字架を構える。
そしてからぶったことによって前のめりにつんのめったシンの鳩尾に十字架を叩き込み、しかし振り切ることなくすぐに体を反転させて楓の所に向かおうとする。
廉はその場から踏み切り、シンにも負けじと劣らないスピードで観客席から楓の前まで一気に跳んでいこうとする。
だが、その行動は崩れた体勢から伸ばされたシンのアームズによって遮られてしまった。
再び首を掴まれた廉はよろめくシンと一緒に引き倒されてしまう。
シンは同じ過ちは繰り返させないと、アームズの両手で廉の両腕を瓦礫に埋め込み、次いで暴れられないように廉の上に馬乗りになった。。
すぐさま廉は暴れだすが、多く見積もっても同程度の身体能力を持つシン相手に不利な体勢から逃れられるはずは無い。
微動だにできない腕ではアームズを操ることもできない。切ることのできるカードが無い廉は歯噛みする。
そんな廉を、シンは無表情のまま見下ろし、そして耳元に口を寄せ
「……しばらく眠ってもらおう」
と、シンが呟いたとたん、ぷつりと糸が切られたように廉の意識は無意識の海に沈んで行った。
廉の特攻に近い乱入は空振りに終わり、舞台上の楓の耳に届くことすらなかった。
だが、決して無駄だったわけではない。無論、有益だったと言い切れるわけではないが。
そしてそれは廉が意図したことではない。むしろ、憐憫や温情に近いものである。
完全に取り押さえられた廉を遠目で眺める少年はどこからとも無く水晶のナイフを一本だけ取り出した。
「ふふ、彼があそこまで必死になるなんてね」
そして少年の傍らのテーブルにはチェス盤があり、そこには二つの駒が向かい合わせに置かれていた。
それぞれがフォーミー・ザ・ワールドとブルードールを模してあり、楓の体力が尽きて行くと共に対応した駒も磨耗していった。
「やっぱり友というのは重要なものなのかな。それとも、彼らの関係が特別なのか……どう思う?」
そう言いながら少年が見上げると、そこには別のの少年が立っていた。
彼はは見上げる少年のほうを向かず、ある一点を見続けながら答える。
「そんなの知らないよ。俺はそういったものとは無縁の人生だったんだからね」
その声色に特に感情は込められてはいなかった。他のことに気を向けているかのような、そんな声色だった。
おざなりな返答を不満に思った少年は、彼が何を気にかけているのかが気になり、その視線を追ってみた。
その視線の先には舞台下の東子たちのあたりを注視しており、しかしこの距離であるため細かくどこを見ているのかは分からない。
だが、それでも少年は彼のひととなりを知っているためにどこを見ているのかが分かった。
「……ああ、そうか。あそこには君の意中の人がいるんだったね。邪魔して悪かったよ」
向けられている当人は気づかないであろう熱視線を注ぎ続ける彼を放置し、少年はつまらなさそうに水晶のナイフを手で弄ぶ。
「はあ。金城廉のまねをしてかっこつけようとしたけどやっぱだめかぁ……」
そう嘆きながら少年は気を取り直し、比較的しまった表情で水晶のナイフをチェス盤に突き刺す。
そして、比較的作った声色で少年は呟く。
「……金城廉。君には礼を言うべきかな」
突き刺さった水晶のナイフは沈みながら溶けていき、楓を模した駒に染み渡って行く。
少年はもう意識が途切れ、無力に倒れている廉をもう一度遠目に眺めて笑う。
「正直、踏ん切りがつかなかったんだよ。三連勝されちゃうとせっかく作った人形の出番がなくなっちゃうからね」
楓に力を与えなかったのは、決して負けるのが怖かったわけではない。単に、三連勝では盛り上がりに欠ける。唯それだけの理由だった。
「……でも、こんないい機会に何もしない僕じゃあない」
少年が楓に目を移すと、そこでは目に見えて戦況が変化していた。
「――さあ、唐傘楓。君は期待に応えられるかな?金城廉と……僕の期待に」
*楓視点
――痛い。
今あたしが感じられるのは唯それだけだった。
一応、あたしも廉に痛覚を鈍くしてもらってるけど、そんなの嘘っぱちにきこえるほど全身に激痛が走っている。
特に痛いのは胸と左腕。少し息をするだけで、少し揺れるだけで気が遠くなりそうな痛みが襲ってくる。
でも、あたしは諦めない。ここで負けたら命だけじゃなくプライドも奪われてしまうから。
あれだけ大口をたたいて、あれだけ期待されてたのに、このざま。もし生き残れたとしてももうあたしは廉に顔向けできない。
せめて……せめて、この命は奪われても、プライドまでをも奪われるわけにはいかない!!
喉が使い物にならないから心の中で叫んで、渾身の――しかし全快の時に比べたら貧弱な――拳を放つ。
それを受けてもブルードールは揺らがない。……でも、間違いなく効いている。
あたしがこんな状況だから共感できるのかもしれないけど、ブルードールは平然な振りをしているだけで、ほんとはすごくつらいと感じているのが分かる。
相手が人じゃない以上、回復力まで人の常識が通じるとは思えない。一寸の猶予も与えずに何度も殴りつける。
勝ち目は無いに等しいけど、希望が無いわけじゃない。元々、廉はこんな茶番に付き合う気はないといっていた。
それはつまり機が熟したら事を起こすっていうことで、それまであたしは時間稼ぎをすればいい。
……悔しいけど、その機っていうのは霧霜のことだと思う。あいつはあたしなんかよりもよっぽど強いから。
あたしは、無力。あのシンとかいう女に一撃を与えることもできなかったし、挙句の果てには逃がしてしまう。
こーいうマイナス思考はアームズの力にも影響してしまうと分かっていながらも、あたしは止めることができなかった。
「く、ぅ……」
そんなマイナス志向の最中に放った拳は目に見えてなまっちょろい拳で、それを見たあたしはまた自分に幻滅してしまう。
……集中するのよ唐傘楓!さっき、負けるわけにはいかないって言ったばかりじゃない!!
この殴るだけっていう単純作業がいけないのよ。もっとめまぐるしい戦いならこんな悠長に考える暇なんて無いのに。
そんな愚痴を乗せて放った拳はいつもどおりの威力だった。……うん、下手な考え休むに似たり、ね。
そこからあたしはしばらく極力無心でブルードールを殴り続けていたけど、やっぱり、どこか弱い心があったみたい。
この終わりの見えない苦痛の連続から、早く抜け出したい。そう考えてしまった。
だから、少しだけ、ほんの少しだけ守りに割いていた力を攻撃に振り分けてしまった。
重ねて言うけど、割いた部分は本当にほんの少しで、あたし自身も判別できないほどに微小、だった、のに……。
何が起こったのかすぐには分からなかった。ただ分かったのは、今まで感じた痛みが吹き飛んじゃうほどの衝撃が再び襲い掛かってきたことだけだった。
そして、そこから一拍をおいて、あたしの攻撃がまたカウンターされたのだと気づくことができた。
そう、ブルードールはまるでコンピューターのような正確さで反撃が通るか通らないかを見極め、境界から一歩でも踏み出そうものなら手痛いカウンターを見舞うことができたのだ。
あたしはそのギリギリを歩いていたのにもかかわらず、その事を忘れてまた馬鹿みたいに特攻してしまったのだ。
その対価は大きく、まるで回転ドアのように衝撃を利用したブルードールの拳が、あたしの命を刈り取るべく振るわれた。