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第四十二話:氷の刃と愛の盾

第九話  



「――やぁっ!!」


開始の宣言がなされてすぐ、楓はブルードールに向かって駆け出した。


二人の距離はそれほど離れてはいないが、しかし運動の習慣が無い少女の足では一拍程度の間ができてしまう。


しかし、ブルードールはその間に対策は何も講じず、ただ、受け入れるように両の拳を上げただけだった。


「フォーミー・ザ・ワールドッ!!」


その余裕に楓は多少不快に感じるが、油断してくれるなら僥倖と気にせず拳をねじ込むようにブルードールの顔面叩き込んだ。


無論、楓の技術ではコークスクリューブローなどという大仰なことはできない。ただ、殴るときに手首を捻っただけである。


ガッ!という音と共に楓の拳にクリーンヒットの感触が返ってくる。だが、そこで楓は気を緩めない。


基本能力が低いといわれているハッカード−ルでさえ、あの巨大な十字架の一撃を受けて耐え切ったのだ。ただの拳一発でダウンを奪えるとは思えない。


とはいえ、まだ戦いは始まったばかり、切り札を切るにはまだ早い。どうせ切るのなら相手のカードをすべて見てからだ。楓はそう思っていないだろうが、順当にカードを切っていって勝てるはずが無い。多少の奇襲と囮を駆使しなければ楓に勝ち目は無い。


……ま、これも客観的な一意見に過ぎないが。


拳を振りぬきはせず、すぐに拳を引いてもう一撃逆の拳を顔面にお見舞いする。


流石にこの程度ではよろめくことは無く、かといって反撃もしない。大振りの一撃を振りぬけばあるいは、だが、そんな隙だらけの姿をどんな好機であってもさらけ出すわけにはいかない。


楓はいつ反撃が行われても対応できるように腋を締め、そして左手(ここではアームズのことを言う)をボクシングの防御のように顔面の前に配置した。


そして右手で、パシパシと軽い打撃音を立てながらチマチマとブルードールの顔面に牽制の拳を叩き込んでいた。


「(……反撃してこないってのも気味が悪いわね)」


能力が防御系であるため、楓は後の先を取るつもりでいた。故に隙はあまりさらさず、牽制程度しか行わなかった。


だが、予想に反してブルードールは何もしてこない。牽制ならダメージは無いと考え好きにさせているのか、はたまた単に楓を甘く見ているのか。


「(思考パターンが人間と違うってのがやりにくいのよね。ま、同じだとしてもあんまりわかんないけどね)」


ほんと、よくわかるもんだわ……気持ち悪い。と今まで完璧とは行かなくともそれなりに敵の思惑を看破していた廉を茶目っ気をこめてそう評した。


ある意味、最高の賛辞であろう。


「(むぅ……ちょっと釣ってみようかしら)」


膠着した状況に楓は痺れを切らし、すでにフォーミー・ザ・ワールドの障壁で塞いだ隙をさらし、多少大振りの拳を振り上げた。


ここで動きを見せなければ少しずつ隙を大きくしていき――勿論障壁で塞いだ上で――反撃を放ってきたのならば手痛いカウンターを食らわせてやればいい。


まず一発。瞬きほどの隙をさらしてみたが、反応は無い。


二発目も反応が無い。同じく三発目も。


四発目、そろそろ見てから突ける隙ぐらいになったのだが、やはり反応は無い。ここまで大振りになればくらうダメージも無視できなくなるというのに。


「なら――」


楓は全身を障壁で覆い、最早捨て身の体勢で拳を振り上げる。いくらブルードールであろうとも、これをくらえば無傷ではいられないだろう。


「――このままKOしてあげようじゃない!!」


今度こそ、今度こそ反撃は来るかに思えた。――だがやはり反撃は来ない。


ブルードールは腰をすえることもせず、無防備に楓の拳を受けて吹き飛んだのだ。


受身も取らずにブルードールは舞台の上を場外ぎりぎりまで吹き飛んで行く。


「はぁっ……!はぁっ……!……っ!!」


いつの間にか荒くなっていた息を楓は胸に手を当てて落ち着かせながらブルードールの反応を見る。


ブルードールはしばらくうつ伏せに倒れていたが――……何の前触れも損傷も無く立ち上がった。


「――!?」


楓は驚きに目を見開く。所謂渾身の一撃を受けきり、尚ブルードールは平然と立っているのだから。


そして今度はブルードールから距離を詰めてくる。……走りではなく、隙だらけの姿をさらしながら歩きで。


ブルードールは先ほどと同じ間合いで立ち止まり、再びおざなりなファイティングポーズをとる。


流石に、これほどの事されては楓も頭に血が上るのを抑えることはできなかった。


「こ、の――っ!!」


怒りという感情の後押しも受けたフォーミー・ザ・ワールドは今までに無い力の充溢を見せ、今までに無い右の一撃をブルードールに見舞った。


メキィッ!!


体がまるで竹とんぼのように吹き飛び、空中をくるくると舞う。


少なくとも、骨の数本はいかれただろう。咄嗟に出した防御の腕をへし折り、そのままのど元によりわずか下に拳を叩き込んだのだから。


気管支と胸骨をやられ、左腕も動かない。視界に入る左腕はあらぬ方向に曲がっていた。痛みもあるがそれ以前にまず呼吸ができず、意識も朦朧となってきた。


気絶してもおかしくないほどの激痛をやり過ごせたと考えれば、得と考えられなくも無いが……。


ゼヒ、ゼヒとおかしな音を立てて呼吸し、何とか意識をつなぎとめるが、今度はジクジクと熱を持った痛みが襲い掛かってくる。


当事者の楓でさえ、よくわからないまま大勢は決してしまった。そう――


「――ぇで!――楓っ!!起き上がれ、楓ぇっ!!」


――楓のノックアウトという形で。


先ほどの攻防は、むしろ遠くから見ていた廉たちのほうがよくわかっただろう。


怒りのままに拳を振り上げた楓に対し、ブルードールは拳が放たれてから動き出したのだ。


正面同士で楓に相対するように立っていた状況から腰をブルードールから見て右に半回転させて半身になり、同じく右に少しだけ体を動かして楓の右拳を左腕で受け止めた。


そしてその一撃のベクトルに沿って風車のように体を回し、楓のパワーとブルードールのパワーが上乗せされた字義通り必殺の右拳が放たれたのである。


結論から言うと、ブルードールは楓を甘く見てなどいなかった。だからこそ、楓の牽制にも精一杯耐えたのだ。


全力のこもっていない攻撃はすべて受け止め、そして痺れを切らした全力の攻撃をカウンターで返す。ブルードールでも簡単に破れない障壁を生み出す楓を確実に倒すにはこれしかなかったのだ。


無論、普通の殴り合いでも『ほぼ』確実に勝てたであろう。……だが、『ほぼ』では駄目なのだ。


そう少年が操ったのか、ブルードールの個性なのかは知らないが、ともかくブルードールは万が一も無く勝つ手段を採ったのである。


楓は、少しずつ隙をさらして釣りをしているつもりだったのだが、仕掛けを行っていたのは楓だけではなかった。。


まあ……一言で言うのなら、楓は根比べに負けたのだ。


楓に戦意があと少し無ければ、もっと我慢することができたであろう。だが、皮肉にもその戦意が楓の堪忍袋の尾をぶった切ってしまったのだ。


「う……が、げはっ!!」


まだ無事な右腕に力を込めて何とか起き上がろうとするが、少し体を動かすだけで全身に激痛が走り、喉から血がこみ上げてくる。


左腕は最早使い物にならず、アームズも消滅してしまっている。唯の拳ならまだ使えただろうが、相手はグレーシャーブルーなのだ。左腕は完璧に凍てついてしまっている。


不幸中の幸いというか、左腕を間に挟んだことによって直接楓の胴体に凍結が及ぶことは無かった。流石にそうなってしまうと戦うことはできなかっただろう。


もっとも、今のこの状態で戦えるかと訊かれたら……それは否と答えるしかないが。


両膝と右肘を突いてようやく倒れるのを耐えているという楓に、ブルードールは容赦なくトドメを放つために向かってくる。


もったいぶることも無く全速力で駆け出したブルードールは一瞬にして楓のもとに辿り着き、今の楓なら必殺に値する全力の拳を繰り出した。


忍と東子は見ていられずに目を塞ぎ、伊集院も僅かに目を伏せる。だが、廉だけは決して眼をそらす事はなかった。


それは信頼であり、決意でもあった。廉とて犠牲なしに勝ちを得られるとは思わない。親しい者を失う痛みにも、今のうちに慣れておく必要があるのだ。


メキィッ!!


楓は避けようと体を動かしたが、結局はその場に崩れ落ちてしまうだけだった。


本来なら、能力を使うまでも無く楓の体は物言わぬ肉の塊と化していただろう。だが、幸いといって良いものか楓の能力はいまだにか細い道を残していたのである。


無論それは勝利への道などではなく、ただ苦しみと決定的瞬間を先延ばしにする。そんな険しく辛い道であった。


楓に触れる一歩手前、そこには虹色の境界が走り、ブルードールの拳を食い止めていた。


フォーミー・ザ・ワールドの能力である障壁の生成によって作り出された障壁は普段以上の硬度を誇り、ブルードールの攻撃をもってしても歪みすらしなかった。


端から見ればまだ余裕があるのだと解釈できるであろうこの光景に、しかし廉は苦渋の表情を浮かべる。


表情を見なくともわかる。いま、楓は文字通り死力を尽くしているのだ。


最早勝ち目の無いこの状況で、しかし何も残さず果てるのはプライドが許さないという楓の意地故の力だった。


「(……ま、だ。負けてない、死んでない……!!どんなに傷ついたって、死ななければ安いものよっ!!)」


足を障壁で補強しながら立ち上がり、まるで最終ラウンドのボクサーさながらにふらふらになりながらも闘志を漲らせた。


まさに吹けば倒れるといった楓の状態に、なぜかブルードールは追撃をやめてしまう。


その反応に楓は訝しがるが、すぐに理由を思い立つ。


そもそも、ブルードールがカウンターに徹したのも楓の障壁を簡単には破れないからなのである。今の楓は完全に戦える状態ではないが、アームズに関しては戦う前以上に力が漲っているのだ。


ゆらりとアームズを発現させ、楓は全力ではない拳をブルードールに放つ。


するとブルードールは防御の姿勢に移り、反撃はしてこない。この程度の攻撃を利用してカウンターしても、障壁は破れないからである。


どうせ今の楓はそれほど長くは持たないのだ。好きに殴らせて体力を消耗させるのも一つの手である。


その、妥当に見えるブルードールの対応に、楓はむしろほくそえむ。


なぜなら、解釈を変えればそれは、こちらが全力で殴らない限り、反撃をしてこないということなのだから。


「は、はは……!!この無様な泥仕合、最後まで付き合ってもらおうじゃないの――っ!!げほっ、がふっ!!」


叫んだせいで楓は血を吐くが、気にせず楓はもう一度雄たけびを上げる。


楓の体力が尽きるのが先か、ブルードールが倒れるのが先か。――この戦いのゴールは、すでに見えている。






































「……むぅ。あまり面白い展開にならないもんだね」


客席の中で一段高い位置にすえられた椅子に腰掛ける少年は、つまらなさそうにそう呟いた。


その傍らには二人の人間がおり、その片方はシンであった。


「一回戦目は仕方ないと思うよ?彼がああしてくれないと勝負にすらならなかったんだから。でも、これはちょっとなぁ……」


生半可なAIでは相手にならないだろうと急遽ブルードールを強化したのだが、完璧に裏目に出てしまった。


膠着状態というエンターティメントとしては最悪な事態に陥り、たったの一発で勝負がついてしまったのである。


楓はまだ勝ちを諦めずにはいるようだが、あまり無様に戦われても興ざめするだけだ。


「霧霜氷雨を強制的に呼ぶってのも一つの手だけど……。それだと乱入イベントも起こせないし……。むー」


少年はむくれるが、良案は思いつかない。それでも思案を巡らせていると、突然鋭い表情となる。


「……やめておきな」


特に何か行動を起こしたわけではない。突然その一言を呟いただけの少年に、シンは問いかける。


すると少年は「らしくないね」とだけ前置きして先程の呟きの意図を説明する。


「さっき、そこにまで金城廉がいたんだよ」


そう言って少年はちょうど背後の銅像の陰を指差すが、そこに人の気配は無い。


表情に出さなくとも、シンが疑問を感じているであろう事を悟った少年はさらに詳しく説明する。


「やめろと言うまでも無く、彼は僕の警戒範囲に入ったとたん逃げ出したんだよ。……全く、今の彼は逃げるという一点においてだけだけど頂点を極めているね」


所謂暗殺の危機に瀕していたのにもかかわらず、少年の口調に危機感は無い。それもそうだろう。少年にとって廉の暗殺などすべての点においておそるるに足らないのだから。


むしろ廉を褒めるニュアンスまで含んでいる。逃げられるギリギリのラインを見切り、そこに一歩でも踏み込んだ瞬間脇目も振らずに逃げ出したことを、少年は評価しているのだ。


「成長したってこともあるんだろうけどね。生まれる時代が時代ならいい指揮官になれたと思うよ」


指揮官に要するものはカリスマと戦機を見切る力だ。軍略も必要には必要だがいざとなったらそれは部下に任せることもできる。カリスマがあるかどうかは疑問だが、少なくとも死地へ無駄死にに行くことは絶対に無いと言い切れるだろう。


これが終わったら彼にそのシュミレートでもしてもらおうかなと笑う少年に、シンは疑問を投げかける。


「……ですが、玉砕覚悟で突貫するというのも一つの手ではないのですか?」


その疑問に対し、少年は自信を持って首を振る。


「今日はやけに口数が多いね。……まあいい、答えよう。今の唐傘楓を救うには二つの手段があったのさ」


一つは楓が死なない程度で決着がつくように取り計らうこと。どんなに傷ついたところで心以外はいくらでも直すことができるのだから。


そしてもう一つは戦う理由をなくす事。ここで少年が死ねばもう廉に戦う理由は無い。適当に煙をまいて逃げ出せばいいのだ。


この状況で廉が採った手段は後者。少年に対する暗殺……なのだが、廉は結局失敗してしまった。


そこで他に手段が一つも無ければ玉砕もしたかもしれない。しかし廉がここで玉砕してしまえばもし楓が一命を取り留めたときに直すものがいなくなってしまうのだ。


安全策といえばそれまでだが、玉砕するのはすべての手札を切ってからでも遅くは無い。


「ま、彼に手札がいくつあるのかは知らないけどね」


少年は少なくともジョーカーに値するものぐらいは持っているだろうと推測する。いや、むしろ持っていてほしいという願望がある。


ここで一つ言っておくが、少年は決して負けることを望んでいるわけではない。ギリギリのスリルを味わい、相手が全力を出し希望が垣間見えたところを叩き潰すという似て非なるものなのだ。


故に廉がどれほど無茶をしようとまだトドメをさすつもりは無い。散々もったいぶり、血反吐を吐かせ、ようやく勝機を得たと勘違いさせたところで消すつもりである。そして無論、廉以外にそのような配慮(少年にとっての)は無い。楓にも手心が加えられはしない。


少年はそれが残酷だという感覚は無い。蟻を踏み潰しても何も思わないように、少年にとっての廉はその程度の存在なのだ。


「せめて、僕のカードの一枚くらいは、切り捨ててもらいたいものだよ……。ねぇ、そうは思わないかい?」


笑う少年は、廉の思惑など考えてもいない。もっとも、考える必要すらないのも事実だが。


そんな彼には、決死の結界を張って拳を振るう楓と、耐え切るブルードールの姿が見えた。


そんな彼には、様々な感情の入り混じった楓の咆哮が聞こえていた。


そんな彼には、悲痛な叫びを上げる少女の声が聞こえていた。


……だが、それは少年の奥底に届くことなく、すべて上滑って消えて行った。







鳴神:楓ちゃん……。流石に惨め過ぎて涙が出てきたわ……


耕作:そう言ってくれるなよ。……なにせ、もうすぐ俺たちの仲間になるんだかな


楓:やめてっ!そんな目であたしを見ないでーっ!!


鳴神:ほらほら耕作さん。楓ちゃんが怯えてるじゃない。まだ決まったわけじゃないんだから


廉:それはどうかな?


楓:……それはどういうことよ


廉:いや、言ってみたかっただけだ


(廉退場)


楓:本当にあれが言いたかっただけなのね……


耕作:……彼は何がしたかったんだ?


鳴神:だからあれがしたかったんでしょう


耕作:そ、そうなのか


鳴神:……そうなのでしょうね



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