第四十話:VS グレーシャーブルー?
「……随分と格好つけたのね。廉らしくもない」
舞台から降りてきた廉に楓はそう言いながら右手を顔の横に掲げた。
廉はパンと楓と手を合わし、意地悪い笑みを浮かべる。
「なんだ、柄にもなく緊張してたのはどっちのほうだ?なあ、楓」
すると楓は恥ずかしそうに顔を紅潮させ、口を尖らせる。
「うっさい。……録音しときゃあよかったかしらね。『まだ続けるのか?この戦いとすら呼べない――』だったっけ?きゃー恥ずかしい恥ずかしい。よくこんなの素面で言えたもんよ」
すると今度は廉が閉口してしまう。
そこにたたみかけようと楓が口を開こうとするが、その前に少年の放送によって遮られてしまう。
『おめでとう!これで対戦成績を一対零に、後二勝すればまず一回戦は君たちの勝利になる』
そう言いながら少年が右腕を一振りすると、今度は青い人形が舞台に上がる。
『――でも次はそう簡単にはいかないよ』
その青い人形とは、そう、氷雨のアームズのグレーシャーブルーである。
それを見た廉は厳しく表情を歪める。まさか、こんなに早く出してくるとは思わなかったのだ。
廉のアービティアリィ・ハッカー、楓のフォーミー・ザ・ワールド、東子のクロック・レイジネス、耕作と忍のラルウァマヌス、伊集院のインスタントラヴァーズ、そして氷雨のグレーシャーブルー。これらの中では氷雨のグレーシャーブルーが問答無用で最強であり、大将、もしくは最も重要な場面で持ってくるであろうと廉は予想していたのだ。
少なくとも、二勝目を得るまで来るとは思っていなかったのだ。
それまでに氷雨が戻ってきたのならぶつけられたのだが、生憎そうはいかなかった。
普通のポイント制マッチであれば、グレーシャーブルーに東子や忍をぶつけて捨て試合にすることも可能だったのだが、この戦いに降参などという結末はないのだ。
故に、最悪でも戦闘不能で済ませられる実力の氷雨ならば安心してみることもできたのだが……。
「(廉……ちょっといい?)」
誰をぶつけるべきか、頭を巡らしていた廉の袖が静かに引かれる。
廉が振り向くと、そこには神妙な、強張った表情の東子が佇んでいた。
見下ろす廉に気圧されたのか、漲っていた何らかの意志の炎が眼に見えて鎮火していくが、それでも東子は精一杯の勇気を振り絞って口を開く。
「あの、次は私が――「駄目ですよ」
……が、最後まで言う事はできなかった。
廉も、呼ばれた時点で予想はついていた。東子がいったい何が言いたいのかを。
「(だが、そんなことをさせるわけにはいかない――!絶対にだっ!!)」
これは廉一人の感情の問題であり、戦略的には愚策であることは廉自身よくわかっている。
ユーディットの時も同じようなくだらないプライドのせいでひどい目にあっていたとしても東子を戦わせるわけにはいかなかった。
それは廉のプライドであり、弱点でもあった。
圧倒的な力を持つ相手であるからこと、躊躇ってはいけないというのに。
実際、この試合を捨てれば氷雨で確実に一勝でき、インスタントラヴァーズかクロックレイジネスに楓をぶつければこれで三勝である。
反論を封じるために睨み付ける廉に、東子は俯き、しかし反論はやめない。
「――そう、やっぱり廉はわかってないよ」
口を開く東子に、廉は表情をさらに厳しくするが、東子はとまらない。
「なんで、なんで――、私が強くなろうとしたか、廉はわからないの!?」
楓たちからすれば突然叫んだ東子に驚き振り向くが、誰も口を挟むことはできない。
廉も言葉を失ってしまう。
叫ぶとともにあげた東子の顔に浮かぶ表情は例えるならそう――強い、表情だったのだ。
「廉が傷ついて、でも、私は何もできなくて……!その無力感を、廉だって知らないわけじゃないでしょ!?」
廉が直せるのは体の傷だけであって心の傷は直せない。だが、体が傷ついた所で痛みさえなければ心はまったく傷つかない……それは、廉だけのことだったのだ。
廉のような若輩者にはわからなかったのだ。いくら直るとはいえ、自分が傷つくことを悲しむ人がいることを。
「無謀だってことぐらい、私にもわかるよ。……でも、私がやらなかったせいで自分以外の人が傷つくなんて――私には耐えられないの!!」
すれた人なら偽善者とでも罵るだろうが、この程度の良心の呵責がない人はそうそういないであろう。
廉は東子の言い分を聞きながら、しかし戦わせる気は起きなかった。
だが、これほど強い表情をする東子の心を言葉で曲げることはできない。最悪、力ずくで抑えることも視野に入れるべきだろう。
「――だからごめんね廉。ちょっと、無茶をさせて」
……そう考えるだろうと、東子もわかった。
だから、東子が先に実力行使に移ったのだ。
「『クロック・レイジネス』」
「っ!?」
油断もあっただろうが、それ以上に侮りがあった。
戦力として考えていなかった以上、東子のアームズについてもよく調べなかった。
故に時を止めるという能力がどこまでなのかもわかってはいなかった。
実際、その能力の干渉を受けたことは前にもあったが、その時は特に自分の動きが阻害されることもなかった。
……だが、今は違う。
「前ならこんなこと、できなかった。……いつまでも弱いままじゃない、やりかた次第で強くなれるってことを見せてくれたのは廉なんだよ?」
廉の時は完全に止められ、瞬きひとつすることができない。……いや、廉にとってはそう思うことすらできないのだが。
東子は廉から手を離し、舞台に上がろうとする。
無論、東子とて恐怖がないわけではない。だが、その恐怖を覆い隠すほどの意思があったのだ。
隠しているだけで決して無くなってはいないが、そのことについて言及するのは野暮というもんだろう。
「ちょーっと待った」
……だが、どこの世界にも空気の読めない奴というものはいるもので、ここも例外ではなかった。
楓が東子の肩をつかみ、前に進ませなかった。
「確かに気持ちはわかるよ。……でもねぇ、さすがに初陣があれってのはやり過ぎだってば」
今の状況はそういう問題ではないと思うのだが、気にせず楓は廉の頬をたたいて目を覚まさせる。
頬をたたくことに意味があったのか、はたまた単に効果時間が切れただけなのか、廉は再び動き出す。
「東子さ――へぶっ!?」
東子を止めようとするためであろう、すぐに舞台に向かって走り出した廉の目の前に壁を作って動きを止め、楓は廉に落ち着くよう言う。
「彼女ならここにいるって。だから少し落ち着きなさい」
顔面を強打した廉はその場にうずくまりながらも状況を理解して楓に礼を言う。廉は痛覚消してるんじゃないの?という突っ込みは聞かない。廉はギャグでならダメージを受ける体質ってことにしておいてくれ。
落ち着きを取り戻した廉を見下ろしながら楓は言う。
「あのさ、廉としてはあたしや霧霜をそんな強くないのにあてて三勝するつもりなんでしょ?でもこの戦いにギブアップも判定もない。だから悩んでた」
「……さすが楓だな。言わなくてもいいことを言いやがる」
得意げにふふんと笑う楓を廉は見上げながら忌忌しげにつぶやく。
なら、と前置きし、楓は続ける。
「話は簡単よ。あたしがあれに勝てばいいのよ」
「――お前の脳を一度フォーマットして来い」
間髪いれずそう言い放った廉に楓は『ひどっ!?』と叫ぶが、廉は無視する。
「ああ。俺としてもあれにはお前をあてるつもりでいた。でもお前だから言うが、勝てるとは思えない」
今廉が怖いのは、負けることではない。凄惨な負け試合になることによって心が折られてしまうことだ。
その点、楓なら盛り上げ方も心得ている。負け方も演出してくれるだろう。忍や伊集院にそれができないという確証はないが、一番信用に値するのはやはり楓だったのだ。
不本意そうに楓は頬を膨らませ、反論する。
「ぶーぶー。廉はあたしが霧霜なんかに勝てないと思ってんのー!?」
「相手は氷雨なんかじゃないんだよ。それぐらいわからないお前じゃないだろ」
本当に氷雨が相手ならどれほど楽だったか。無論、氷雨を甘く見ているわけではない。ただ、相性があるというだけだ。
何しろ、向こうには搦め手が一切通用しないのだ。それだけでこちらの戦力の半分は削られたといっても過言ではない。
と、比較的真っ当な意見を出した廉に、楓はこう返す。
「違うよ。――私のアームズの名前、忘れたの?」
「――っ」
端から見ていた東子や伊集院にはわからない、十年来の親友特有の何かが楓と廉の間に交わされた。
それを見た東子は落ち込み、軽く目を伏せてしまう。当人から太鼓判を押されているとはいえ、不安なものは不安なのだ。
廉は急に反論をやめ、楓は何も言わず舞台に上っていく。今の一言ですべてが決まったのだろう。
第二戦は楓対ブルードール。今、その幕が切って落とされた。
「『フォーミー・ザ・ワールド』!!――私のための世界は、二度と壊させない!!」
「……一丁前に決め台詞なんか言いやがって」
舞台上に登っていく楓の背に、廉は悪意のない悪態を送る。
その表情は喜びとも悲しみともとれる表情で、東子はなんと声をかけるべきか思いつかなかった。
「なあ、ひとつ訊いていいか?」
躊躇う東子を尻目に、黙っていた忍が廉の横に立ち、声をかける。
廉は特に他意なく首をかしげる。
それを了承の証と取った忍はゆっくりと口を開く。
「君は、所謂参謀というものがしっくりするほどに策を練るのに長けている。……だが、それにしては彼女、楓を信用しすぎではないか?」
信頼、というのは策を練るうえで必要であるが、時には致命傷となるものである。
信用できない相手にはどんな策も預けられないが、それが盲信となってしまえばすべてはおしまいになってしまう。
「失礼だが。短期間とはいえ今までの彼女を見たうえで言わせてもらう。――彼女はそれほど強くはない」
基本性能、特殊能力、どちらも楓は中途半端といわざるを得ない。
基本性能は、廉よりは強いが伊集院ほどではない程度であり、特殊能力は防御力は折り紙つきでもそれ以外はおまけ程度である。
自分もアームズの使い方を慣れるために楓と組み手のようなものをしてみたが、手加減という前提の上でも楓は中の下というあたりであった。
少なくとも、忍が相対したあの優男とは、話にならないほどの実力差が開いていることだろう。
それを踏まえたうえで忍は廉にそういったのだが、笑われてしまった。
「忍さん。……ひとつ忘れていますよ。アームズの強さはなにで決まるんですか?」
「感情、ですわね。私がこれほどの力を持つのも廉様への――「ああはいわかったから」
ここ数日で伊集院のあしらい方を覚えた廉は訊いてもいない伊集院の答えを流してしまう。
「そう、感情。その面では楓を上回るものはいない。そう俺は思っている」
絶対の信頼をこめてそう言いきった廉に忍だけではなく東子も首をかしげた。
揚げ足を取るようだが、それは、廉よりも上回っているということなのか?
二人の表情からそれを察した廉はまた小さく苦笑し、続ける。
「……楓は知ってるんですよ。世界というものがどんなに壊れやすいかを、一度、壊してしまっているだけにね」
遡るは四年前、廉と楓がそれぞれ中学校に入学して一年たったころのことだった。
「う……らぁっ!!これで仕舞いっ!!」
四年前の廉は今とそれほど服装などは変わらないが、年相応に幼い表情をしていた。
廉の周りには数人の不良がのびており、たった今最後まで果敢に挑んできた男の顔面に拳を叩き込んで止めを刺したところだった。
無論、いくら喧嘩が強いとはいえ数の暴力にはかなわない訳で、廉は逃げながら無理矢理に一対一の状況を作り出していたのだ。
そんな廉に後ろから楓の拍手が送られる。
「さっすがー。これって確かここらで一番でかい不良グループでしょ?ほんとよくやるわねー……」
この頃の楓はポニーテールにはしておらず、朝に一時間以上時間をかけてストレートにしていた。
その努力の結晶たるストレートヘアーをかき上げながら楓は廉を見上げる。。
今のように廉は戦うことを嫌っておらず、むしろ好戦的な部類に入っていただろう。
こちらから仕掛けることはないとしても、因縁をつけられれば一人残らず返り討ちにしていた。
楓の賛辞に廉は素直に笑い、答える。
「当たり前だっての。あの小指のないヤクザ者との耐久鬼ごっこに比べたら、冬眠明けの熊と出くわしたときに比べれば……、こんなの文字通り児戯さ」
楓のせいで一通りの即物的な恐怖を味わった廉にとって、多少の威圧など数のうちにも入らない。
絶体絶命の状況でも、死の危険性さえなければ廉は冷静に頭を働かせることができる。無駄にすごいスキルである。
現に、大体五十対一だった今の状況でも口八丁手八丁で包囲を抜け出し、逃げながら一人ずつ潰して行ったのだ。
「数は力だ。……でも、こいつら程度の頭じゃな」
廉はそうつぶやきながら起き上がる気配を見せた奴の頭を蹴り飛ばす。
時々恨みを買われて逆襲を受けるときもあるが、その時は素直に公僕の力を借りていた。好き好んで怪我をしようとする人間などそうはいない。
と、まあ、時々危うい綱渡りをしながらも、廉は基本的に平和な生活を送れていた。無論、廉の基準として、だが。
廉は完璧に気絶した奴らの懐をあさり、迷惑料とばかりに財布から金を抜き取った。
「さて楓、臨時収入も入ったことだしどっか飯でも食いにいかないか?」
氷雨:――あー、うん。言いたいことはよくわかる。だが、まず落ち着いてくれ
廉:結論から言えば『すまん、嘘だった』というところか
氷雨:ああ、まさかあそこで過去話に入るとは思わなかったんだよ
廉:予想が外れたな。……まあ、許してやるよ。だからそこに跪け
氷雨:許す気はねぇだろ
廉:強請る気ならある
優姫:……あんたら仲いいのね
廉:それほどでもないよ。ただのねじれた縁でつながれた間柄さ
氷雨:……まあ、だな。ぶっちゃけいつ切れてもおかしくないし
廉:――そうだな、今すぐ切ってみるか?
氷雨:勘弁しとくよ。お前に勝ってもあのお嬢様にぶっ殺される
廉:ああ、だから言った
氷雨:お前って奴は……!
廉:しかし意外だな。それをわかってても突っ込んでくるのがお前だと思ったんだが
氷雨:……けっ。俺をイノシシかなんかと勘違いしてないか?
廉:何をいまさら
氷雨:前言撤回だ。今すぐこの縁ぶっちぎってやる――!!
廉:カモン伊集院&伊集院SS!!
伊集院:ただいまここにっ!!
氷雨:あってめっ!?ずるいぞ!!
廉:はっはっは。これほど扱いやすい武器を使わぬほど俺は馬鹿ではない
優姫:さすがにこれは引くわー……
廉:何を言っているんだ?勝てば官軍という言葉もあるだろうに
優姫:不正な手段で得た権力には俗物しかついてこないわよ
廉:その俗物さえも使いこなすのが真の指導者だとは思わないのかね?
優姫:……よくもまぁそこまで口が回るものね。弁護士にでもなったら?
廉:それもありだな。まあ、この能力がある以上医者になるのが一番だとは思うが
優姫:は?この戦いが終わったらアームズも消えるんでしょ?
廉:いや、だとしても俺は人間の体の細部までをも知っているからな。少なくとも座学ではじかれることはない。だからといって勉強が必要ないわけではないが、その点なら問題はない。
優姫:……それは嫌味なのかしら?このヤンキー上がりが
廉:俺だって好きでああなったわけじゃないよ
優姫:へー……。ところで霧霜氷雨はどこいったの?
廉:ああ、なんか伊集院家の地下強制労働施設に送られたらしい
優姫:……そしてチンチロリンで金稼いで出てくるわけね
廉:ん?なんだそれ
優姫:知らなきゃ別にいいわ